第4話 一人称+テンプレ+パロディ=ラノベ

きつねには穴あり、鳥にはねぐら、されども人の子には枕するところ無し」


それ、それ、それだ。ちゃんと白状していやがるのだ。

ペテロに何が出来ますか。

ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマス、痴こけの集り、

ぞろぞろあの人について歩いて、脊筋が寒くなるような、

甘ったるいお世辞を申し、

天国だなんて馬鹿げたことを夢中で信じて熱狂し、

その天国が近づいたなら、

あいつらみんな右大臣うだいじん左大臣さだいじんにでもなるつもりなのか、

馬鹿な奴らだ。


その日のパンにも困っていて、私がやりくりしてあげないことには、

みんな飢え死してしまうだけじゃないのか。



 前話で見当けんとうをつけた前頭葉は、やっぱり思った通りだ! と、歓喜に震える場面が来ました。


 ペテロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマスとくれば、この小説はキリスト教の聖書を元にして書かれていると、わかります。

 

 つまり、この短編は聖書のパロディです。


 ただ、カクヨムで本作を読んで頂いている、読者の多くは若年層。

 小学生から大学生が大半です。

 小学生が、上記の名前で「これは聖書の一場面を書いたもの」だと、察しがつくかどうかは、あやしいところ。


 しかしながら、昭和初期に活躍をした文豪太宰治の生きた時代、小説はインテリ層の娯楽でした。ペテロ、ヤコブと名前を目にして、これは聖書だと気づかないインテリはいないはずだと想定した。

 その想定下で書かれたものだと思われます。


 聖書なんて、初めて耳にしたという読者様は、ぜひネットで検索して下さい。


 イエス・キリストが十字架に掛けられる場面の前後を読んで頂いてから、本作に戻ってもらえると、以降の創作論が読みやすくなるかと思います。



 この記述以降、読者はキリストが生存していたエルサレムの風景を、勝手に思い描いてくれるでしょう。

 

 エルサレムは、中東イスラエルの主要都市。


 アーチ型の窓が、等間隔とうかんかくで連なる石造りの街並みや、幅の狭い石畳の路地。雲ひとつない青い空。強い日差し。乾いた空気。土埃つちぼこり

 男性は白い長着に、白いベールとサンダルを。

 目元以外は、黒いベールと長着で覆い隠された、神秘的な女性といった、エキゾチックな空気感。

 

 読者は一気に時空を超えて、キリストが十字架の刑に処せられた、エルサレムの旧市街地へとタイムスリップ。


 ですので、わざわざ情景描写をしなくても済む。それは書かれなくても

 蛇足だそくではありますが、原文の『右大臣・左大臣』とは、忠臣を装いながらも、キリストを裸の王様に仕立て上げ、金の流れと権力を掌握しようとたくらむ弟子への、太宰の皮肉。


 このように、テンプレを使うメリットは、筆者が設定や情景描写を省略できてしまうこと。

 読者も面倒臭いオリジナルな設定を、読んで理解しなくても、おおよその想像がつくところ。


 異世界ファンタジー作品のタグを見て、異世界転生、勇者召喚、戦記、チート、ハーレム等々、書かれていれば、作品の枠組みぐらいは、わかりますよね。

 それと一緒。

 現状のラノベは、たまたまヒットした作品のパロディのパロディのパロディだと、感じています。


 ですけど、ラノベはそれでいい。

 

  太宰も、この小説では状況も情景も、読者に「勝手に想像してね」と丸投げします。まったく書こうとしていない。では、丸投げされたあとの小説に、いったい何が残るのか。

 そして、私は小説のタイトルを思い出す。

 タイトルは、『駆け込み訴え』。


 主人公が訴えようとすること以外、太宰は書こうとしていない。


 私は、これほどまでにラノベ寄りの純文学を、知りません。

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