第2話 状況がわかれば、冒頭での情景描写は必要なし!


いや、あの人は知っているのだ。ちゃんと知っています。

知っているからこそ、尚更あの人は私を意地悪く軽蔑けいべつするのだ。

あの人は傲慢ごうまんだ。

私から大きに世話を受けているので、それがご自身に口惜くやしいのだ。


あの人は、阿呆なくらいに自惚れ屋だ。


私などから世話を受けている、ということを、何かご自身の、ひどい引目ひけめででもあるかのように思い込んでいなさるのです。

あの人は、なんでもご自身で出来るかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。


ばかな話だ。

世の中はそんなものじゃ無いんだ。


この世に暮して行くからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだし、そうして歩一歩、苦労して人を抑えてゆくより他に仕様がないのだ。


あの人に一体、何が出来ましょう。

なんにも出来やしないのです。私から見れば青二才だ。


私がもし居らなかったらあの人は、もう、とうの昔、あの無能でとんまの弟子たちと、どこかの野原でのたれ死じにしていたに違いない。





 ここでは、現代サラリーマンの鬱屈をぎゅっと凝縮したような、嘆きがずっと述べられます。


 主人公にとっては主君筋の『あの人』は、『阿呆なぐらいに自惚れ屋』の『青二才』。

 この世で生きていくために、どうしたってしなければならない処世術を全く身につけないまま、ちやほやされて成人した。いわゆる三代目のバカ社長タイプが『あの人』です。


 私の職場は老舗料亭。

 そして典型的な三代目のバカ社長。

 上記のこころの叫びのような文言が、すべてこころに刺さります。


 仕方がないから『あの人』のために、自分がそれをしているのだと主張します。

 ペコペコ周囲に頭を下げて回っては、必死になって食料や献金をめぐんでもらう。だからこそ、自分が食わせてやってるぐらいに思っている。


 なのに、どうやらそれを『あの人』は引け目に感じているらしい。



 とはいえ、自分が人より優れていると思っていたい『あの人』には、ペコペコ周囲に頭を下げて回るだなんて、格好悪くてできないに違いないからしないのだと、ちょっとだけ『あの人』を、憐れんだりする気持ちもあったりする。


 それなら、それを代わりにやってくれている主人公を『あの人』は、感謝するべき場面です。

 けれども主人公は『あの人』に、劣等感を抱かせる脅威でもある。

 なぜなら、主人公は生活能力に関しては『無能でとんまの弟子たち』の、誰より秀でているから。



 ここまで読むと、どこぞのお坊ちゃまの世話役だった男が疲れ果て、溜りに溜まった鬱憤を晴らすべく来た。そんな風にも読めますね。


 冒頭でわかるのは、それだけでいいんです。

 いつの時代か、どの場所で、誰が誰に喚いているのか、一切書かない。

 それはからです。


 書かれずとも読者は既に、感情を揺さぶられ、共鳴している。後頭葉が大好きな激情型のに食いついた魚状態ですからね。


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