第五章 Web小説でもあり、文学でもある文豪の短編

第1話 実例検証

 やっぱり、これからは電子書籍が主流になるし。

 小説の入口になる後頭葉を疲れさせたり、退屈させたりしない配慮がいるかもよ。


 だけど、Web小説を、そのまま紙媒体にしちゃうと、大変! 大変!

 紙で文章を読みなれている前頭葉から、「なんだ、このスッカスカ小説は! こんなの小説じゃねえよ!」って、たまに拒否されることもある。


 もちろんWebとか紙とか、そういうの全部すっ飛ばして、どちらで読んでも文句なしに『おもしろい!』って作品もあるけれど。


 そんなのはもうレベルが違う。

 完全に別次元。

 そういう作家は、どこで何書いたって、ちゃんともん。


 だけど、私みたいに凡百ぼんぴゃくの書き手なんか、そんな境地に至れない。


 結局あっちを立てれば、こっちが立たず状態じゃん。

 本当に、どうすりゃいいの? って感じだよ。でもさ。私も小説好きだし、ずっと書いていたいから。頑張って工夫してみるよ!

 


 ……と、いうことで。


 この章からは、「これは、Webで読んでも紙で読んでも脳が違和感を覚えない」と、私が勝手に感じた短編を実例として掲載します。

 そして、この短編の作者が作品の中でどのように、Webの要素と文学を、相和そうわさせているのかを書いてみたいと思います。


 作者は太宰治。

 以下の短編の題名は『駆け込み訴え』。

 


   

申し上げます。申し上げます。旦那さま。

あの人は、酷い。酷い。はい。いやな奴です。悪い人です。

ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。

はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。

世の中のかたきです。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。

私は、あの人の居所いどころを知っています。

すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。

あの人は、私の師です。主です。

けれども私と同じ年です。三十四であります。

私は、あの人よりたった二月ふたつきおそく生れただけなのです。

たいした違いが無い筈だ。

人と人との間に、そんなにひどい差別は無い筈だ。

それなのに私はきょうまであの人に、

どれほど意地悪くこき使われて来たことか。

どんなに嘲弄ちょうろうされて来たことか。

ああ、もう、いやだ。堪えられるところ迄は、堪えて来たのだ。

怒る時に怒らなければ、人間の甲斐がありません。

私は今まであの人を、どんなにこっそりかばってあげたか。

誰も、ご存じ無いのです。

あの人ご自身だって、それに気がついていないのだ。




 さあ、難題です。

 何が何だかさっぱりわからない状況で、一人称の主人公が『旦那様』に『あの人』の悪口を言いまくり、殺してくれと訴える。

 

 これが小説の冒頭です。


 文体は口語ですから、ラインに近い感じです。短文だし。

 なんかわかんないけど、すっごく怒ってるっぽい。


 

 ともあれ脳は、殺してくれとわめいていること。

 それさえわかれば、「どうした? 何? 何?」的に、食いつきます。

 後頭葉も前頭葉も。


 状況なんて、この時点で読者は詳細に、わからなくてもいいんです。


 冒頭から小説の設定を書いたりしない。

 これは、太宰治がよく使うテクニック。


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