星に届かなかった僕らは

朱鷺戸

無数の星が見える日

 俺は天体観望てんたいかんぼうが好きだ。観望をするときは学校のことや家のことも何もかも忘れて浸ってしまう。


 いつから熱をあげているかと言われると、正直思い出せない。ただ、星の輝きに魅了されて始めたことだけはなぜか鮮明に覚えている。


 高校一年のとある冬の日、俺はいつものように星座早見盤を持って自身の住んでいるマンションの屋上へと向かったのだった。


つむぎ、お前なんでここにいるんだよ」


 俺が屋上へと辿り着くとそこには一人の少女が佇んでいた。


 彼女の名前は白澤紬しろさわつむぎ。同じ学校のクラスメイトで小さい頃から何かと関わりのある幼馴染だ。透き通る銀色の髪、スラっと整えられた体型、どんな人の目も引く美しい顔、そんな容姿を兼ね備えている彼女はなぜかいつもことあるごとに俺についてくる。それは天体観望のときも例外ではない。


「え、なんでってしゅんが来るからに決まってるじゃん」

「どうして俺が来るって知ってるんだよ」

「……幼馴染直感で?」

「何言ってんだお前」


 俺と紬は幼馴染ではあるが実のところ俺は彼女のことについてあまり理解できていない。


 話すようになったのは自然のことだった。同じ建物に住み、同じ施設、学校に通う同い年。これで他人のままでいる要素がどこにあるというのだろうか。

 お互いに気兼ねなく話せる仲になってからは特別何も関係に進展はなかったと思う。だがこいつは何をするにしても俺についてくるようになった。小さい頃の彼女を俺は知っているが、それもほんの僅かなことだけだ。ここまで俺に執着してくることに関しては本当になぜなのかわからない。


「ずっと思っていたが、なんでそこまで俺にひっついてくるんだ?」

「……? 今更何言ってるの? え、まだわかってなかったんだ。はあ……残念。瞬がそこまでバカだとは知らなかったよ」

「はあ? 俺、そこそこ勉強できる方だろうが」

「はいはい、ソウデスネー」


 呆れるように、それでいて少し楽しそうに微笑む紬。


 成績としては学年で十位以内をキープしているのだからバカと言われる筋合いはどこにもないはずなのに、紬は俺のことを脈絡もなくバカだと言い張る。

 やっぱりこいつの行動原理は一ミリも理解できないな。


「それで、星を見にきたんでしょ? 今日はどんな星が見えるのかな」

「今日は冬の大三角を観望する予定だ」

「それって中学のときに授業で習ったやつ?」

「ああ、オリオン座のベテルギウス、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン。この三つの星で形成されているんだ」


 そう言って俺は冬の大三角を見定め、紬の方に近づく。


「ほら、くっきり見えるぞ。あれだ」

「って、瞬、急に近寄らないでよ。……びっくりする」

「ああ、悪い。でもこっちの方がわかりやすいだろ?」

「それはそうだけど……心臓に悪い」


 何がいけなかったというのだろうか。ここにいるってことはこいつも星を見にきたんだろう。それなら詳しい俺が近づいてみた方がよほどいいと思うのだが、一体なんなんだ。


「でも、本当に綺麗だね」

「あの星々は俺たちの想像を絶するくらい輝いているからな」

「……いつになったらあの星たちに届くんだろうね」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は彼女の方を振り返らずにはいられなかった。そしてそこで見た彼女の顔は悲しそうで、どこか悔やんでいそうなとてつもなく儚げな表情をしていた。




 俺たちの日常が一変したのは中学三年生のときだった。

 

 それまでの人生で一度も経験していない恐怖だった。誰と話すのにもマスクの着用が必須、そもそも外に出ること自体が規制され、学校も一ヶ月間休校になる始末。自分、一人の気軽な行動で人の命が脅かされるという前代未聞の状況。


 そう、それらは全て世界的に今もなお猛威を奮っている一つの感染症の影響だった。


 学校が休校になったとき、クラスメイトのみんなは大いに喜んでいた。俺も少しは浮かれた気持ちになっていたと思う。受験生でもあったので気を緩めることはあまりできなかったが、逆に勉強するチャンスだと思って俺はその期間、机に向かって奮闘していた。


 そして訪れた合格発表当日。例年通りなら高校の昇降口に合格者の番号が張り出されるところだったが、そこもやはり感染症の影響でウェブサイトでの発表となった。


「えーと……俺の番号は……あった! よっしゃ‼︎」


 俺はその場で飛び上がってガッツポーズをした。その場に友達や家族はいないが、どことなくみんなから祝福されているような気がした。


 そうすると家の電話が鳴った。


『もしもし、瞬! 私、受かったよ! 瞬はどうだった?』

「俺も受かったぞ!」

『……! やった! これで高校生になってもまた一緒にいられるね!』

「ああ、そうだな……!」


 電話をかけてきたのは同じ高校を受験した紬だった。

 彼女もまた俺と同じく無事に合格できたようで、俺たちはお互いを讃えるように喜んだ。


 そうして迎えた入学式。

 俺は華やかな気持ちで学校へと向かった。


「やあ、瞬。今日から私たちも高校生だね」

「……! なんだ、紬かよ。新学期早々、おどかすな」

「えー、何ー? 高校生になるからって緊張してるのー?」

「っ! うるさいな、してねえよ」

「大丈夫だよ、高校生になったからって瞬が考えてるようなリア充生活は送れないからさ」

「だから期待してねえっての!」


 その後体育館に向かい、入学式を終えた俺たちは各々のクラスで担任から衝撃の事実を伝えられた。

 それは当分の間、対面での授業は行わず、全てオンラインでの授業にするということだった。


 俺はそれを聞いて絶望した。

 紬にあんな反論をしておきながら、本心では華やかで煌びやかな高校生活を期待していた。漫画やアニメで見るような生活は送れないにしても、高校生になればキツイこともあるだろうけど、部活や学校行事、恋愛なんかもあったりして全力で楽しめる。やっぱりそんな生活を夢に見ていた。


 でも現実は残酷にも俺たちの理想の高校生活を崩壊させた。

 体育祭や文化祭のような学校行事は感染の恐れがあるため全て中止。不要不急の外出は制限されているため友達と遊びに行くことも許されない。しかもオンライン上での授業であるため新しい友達なんて一人もできない。

 そんな誰も望んでいない日々が続いている。

 今は対面での授業を行えているため友達は増えたりもしたが、依然として思い通りの生活は送れていない。




「あの星の輝きは本来ならあんなに眩しくないはずなのにな」

「私ね、本当は高校生になったら絶対にしたいことがあったんだ。瞬と一緒に勉強を頑張って、学校行事も成功させて、色んな所に出かけて楽しく遊んで……それで……」

「……それで?」

「伝えようと思ってた。でも、もう今はその輝きに触れることもできないくらい置いていかれちゃった」


 紬は俺の方を向いて小さく笑う。


「私たちは今、どこに立ってるんだろうね」


 そう言った紬と見上げた夜空には無数の星々が世界を飲み込んでしまうほど、強く明るく色のない俺たちを照らしていた。

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星に届かなかった僕らは 朱鷺戸 @suiu_010

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