記憶喪室

キングスマン

記憶喪室


少女A「……ん」


少女B「……ん」


少女A「……ここ」


少女B「……どこ?」


少女A「……あなた」


少女B「……だれ?」


少女A「っていうか、私って……」


少女B「……だれ?」


少女A「──どうしよう! 記憶がない!」


少女B「──私も!」


少女A「……えっと、たぶん、同じ学校の人だよね? 一緒の制服着てるし」


少女B「……うん、たぶん」


少女A「じゃあ、ここって学校?」


少女B「違うでしょ、なんか豪華な部屋だし。どこかのお屋敷か、ホテルのスイートって感じ。このソファー、ふかふかすぎてまた寝ちゃいそう……」


少女A「こらこら、ほんとに寝ないでよ!」


少女B「だって、やることないんだもん」


少女A「適応能力高すぎでしょ。知らない部屋にいるんだよ? きっと私たち誘拐されちゃったんだよ!」


少女B「それは飛躍しすぎでしょ。もし誘拐されてたら、こんないい部屋にいないって」


少女A「でもこの部屋、綺麗だけどなんだかこわくない? 窓がないから時間も場所もわからないし……ねえ、何か思い出せた?」


少女B「うーん、思い出そうとしてるんだけど、逆に頭がモヤモヤするというか、変な気分。ああ、記憶喪失ってこんな感じなんだなってなってる」


少女A「なんか、元気だね」


少女B「まあ、せっかくの記憶喪失だし、とりあえず楽しまないとね」


少女A「その性格がうらやましいよ、事件に巻き込まれてるかもしれないのに」


少女B「心配しすぎだって。この状況で事件に巻き込まれてる確率なんて1%くらいでしょ。それに、そんなに心配なら外の様子見てくれば?」


少女A「外?」


少女B「ほら、あそこに立派なドアがあるでしょ? 外にいけるかどうかはわからないけど、少なくともどこかにはいけるはずだよ。ここからじゃ読めないけど紙みたいなのも貼ってあるし、あれって私たちへのメッセージじゃない?」


少女A「本当だ。ちょっと見てくるね」


少女B「いってらっしゃい」


少女A「────ただいま」


少女B「おかえり、早かったね。っていうか、どうしてドアを開けなかったの?」


少女A「……鍵が、かかってた」


少女B「紙にはなんて書いてあったの?」


少女A「……時がくれば帰らせてやる──って」


少女B「……なるほど」


少女A「…………」


少女B「……事件に巻き込まれている確率が1%から91%に上昇したかも」


少女A「ででで、でも、まだ誘拐とかそういうのって決まったわけじゃないよね?」


少女B「どうしたの? 言ってることがさっきと正反対になってるけど」


少女A「だって、急にこわくなって……」


少女B「とりあえず状況を整理してみようか」


少女A「うん」


少女B「ここはどこかの素敵なお部屋で、あなたは自分が誰かも私が誰かもわからなくて、私も自分のこともあなたのこともわからない」


少女A「うん」


少女B「──以上、終了!」


少女A「終了! じゃないよ! 元気いっぱいに言わないでよ、何も変わってないじゃん」


少女B「気になることといえば、私たちの記憶についてだよね。二人同時に記憶をなくすなんて、そんなのありえる?」


少女A「そんなこと言われても、ないものはないし……でもどうしてだろう?」


少女B「この部屋に入るとき、二人同時に頭をぶつけたとか?」


少女A「そんなベタな記憶喪失ってある? 薬を飲まされたとかじゃないの?」


少女B「そんな便利な薬ってある?」


少女A「……ううん」


少女B「とはいえ、誰かに意図的に記憶を消されたって可能性は高いと思う。しかし、そうなると別の疑問が出てくるのだよ、ワトスン君」


少女A「え? なに?」


少女B「記憶を奪う合理的な理由がわからない」


少女A「それは……私たちが何かの犯行現場を目撃したから口封じのため、とかじゃない?」


少女B「だったら殺したほうが手っ取り早いっしょ」


少女A「だからどうしてそう物騒なことをさらっと言えるの!」


少女B「だったら……殺したほうが……早い……だろう?」


少女A「重々しく言えばいいってものでもないの!」


少女B「そもそも犯罪なんて関係なくて、別の理由でここにいるんじゃないの?」


少女A「え? 例えば?」


少女B「いま流行はやりの異世界転生とか?」


少女A「いや、どう見ても現実世界だよ、ここ」


少女B「だったら、もしかしてこれ夢なんじゃない? 確かめてみようよ」


少女A「いたい! いたい! いたい! いたい!」


少女B「ううむ、夢じゃなかったか」


少女A「あのさ、そういうのって普通、自分のほっぺでやらない?」


少女B「っていうかさ、この場合、ここはどこ? 私は誰? っていうより、私たちはどういう関係なのか気にならない?」


少女A「気にならなくはないけど、それって重要? 同じ制服着て、年も同じくらいだし、普通に学校のともだちなんじゃないの?」


少女B「うん、私もそう思う」


少女A「…………」


少女B「…………」


少女A「……え? 話、終わっちゃったよ?」


少女B「だったらお互いのことを掘り下げてみる? 話してるうちに記憶が戻るかもしれないし」


少女A「そうかな?」


少女B「やってみようよ。じゃあいくよ? ええと、ご趣味は?」


少女A「わからないです」


少女B「特技は?」


少女A「あるのかな?」


少女B「好きな食べ物は?」


少女A「なんだろう?」


少女B「じゃあ、お名前は?」


少女A「……忘れました」


少女B「からかってる?」


少女A「そっちがでしょ! 記憶ないの知ってるよね?」


少女B「──あ! 急に思い出した」


少女A「なに? 私たちがここにいる理由?」


少女B「そうじゃなくて、私、こういう状況知ってるかも」


少女A「──?」


少女B「聞いたことない? 『マボロシ部屋』っていう都市伝説」


少女A「あるような、ないような……どんな話だっけ?」


少女B「不思議な部屋に二人の女の子がいてね、二人とも記憶をなくしてるの」


少女A「まさに今の私たちだね」


少女B「でもね二人のうちの一人は人間だけど、もう一人の正体は妖精なんだ」


少女A「それで?」


少女B「妖精は人間の世界に憧れていたの。だけど人間の世界にいくためには人間の記憶を持っている必要がある。だから妖精は自分と同じくらいの年頃の女の子をつかまえて、その子の記憶と自分の記憶を交換したの」


少女A「ふむふむ」


少女B「妖精は女の子の記憶を使って人間の世界を楽しんだ。それから妖精の世界に戻って女の子に記憶を戻そうとしたとき、事件が起きてしまった」


少女A「どうしたの?」


少女B「人間の女の子の記憶を落として、こわしちゃったんだ」


少女A「あらあら大変」


少女B「あわてた妖精は自分の記憶も落としてこわした。だから部屋には記憶のない女の子が二人。そして二人は永遠に部屋から出られないのでした──とさ」


少女A「部屋から出られないのはどうして?」


少女B「マボロシ部屋の扉を開くには、お互いが本来の記憶を持っている必要があるの。だから記憶を失っているかぎり、二人は永遠に部屋から出られない。扉のメッセージにもそういうの書いてあったんでしょ?」


少女A「確か『時がくれば帰らせてやる』ってやつ?」


少女B「そう。それは女の子と妖精が自分のことを思い出した時ってことだと思うの。つまり、その時がこなければ、ずっとここに閉じ込められたまま」


少女A「なるほど……だったら一刻も早く、あなたが妖精だって思い出させてあげなくちゃだね」


少女B「え? どうして?」


少女A「だって、あなたが妖精なんでしょ? 私はどう見ても人間だし」


少女B「私だって人間だよ。そっちが妖精なんじゃない? なんか、かわいいし」


少女A「……あ、ありがと。で、でも、あなただってかわいいよ……よ、妖精みたいに」


少女B「でしょ!」


少女A「うわあ、すんなり受け入れちゃったよ。いや、確かにかわいいけどさ。なんか私よりお肌も綺麗で血色もいいし、普段、どんなもの食べてるの?」


少女B「なんだろう? 人の生き血?」


少女A「それは妖精じゃなくて、妖怪とかの好物じゃないかな?」


少女B「ぐへへへへ」


少女A「ちょっと待ってよ、正体あらわすなら、とりあえずここから出してよ」


少女B「いや、だから私は人間だって」


少女A「だったら今のぐへへへは何だったの?」


少女B「人間のみにくい本性のあらわれ?」


少女A「話しが脱線しすぎて変な方向にいってるし……ねえ、作り話で盛り上がるのもいいけど、そろそろ現実的にここから出る方法を考えない?」


少女B「作り話じゃなくて都市伝説。伝説だよ? かっこいいじゃん」


少女A「かっこよくても実話じゃないでしょ。そもそも突っ込みどころが多すぎだし」


少女B「え? 例えば?」


少女A「記憶をなくした女の子が二人で永遠に部屋から出られないんでしょ? だったらこの話はどうやって広まったの?」


少女B「それは部屋から出ることのできた子が、みんなに教えてあげたんだよ」


少女A「どうやって出ることができたの? 妖精と女の子の記憶はこわれちゃったんでしょ? そもそも記憶がこわれるってどういうこと?」


少女B「記憶は飴玉あめだまみたいに丸くて小さくてこわれやすいんだよ」


少女A「それならもう元に戻せないよね、記憶」


少女B「だけど少しだけ記憶の欠片かけらが残ってたの。そのおかげで記憶を取り戻すことができたんだよ」


少女A「出た、都合のいい後づけ設定」


少女B「もしかして小説や映画で少しでも気になるところがあれば速攻でAmazonに星一つのレビュー書くタイプの人?」


少女A「そんなことしないけど、だったら教えてよ。その記憶の欠片とやらはどこに残ってたの?」


少女B「…………」


少女A「え? どうしたの急に赤くなって。私、なにか変なこといた?」


少女B「うん……えっち」


少女A「ちょっと待って。エッチな要素なんてどこにあったの?」


少女B「絶対この話、知ってたでしょ。じゃないとピンポイントでそんな質問できないよ」


少女A「本当に知らないって。誰でも真っ先に思いつく疑問でしょ? いいから教えてよ、記憶の欠片はどこに残ってたの?」


少女B「お互いの……口の中、だよ」


少女A「それで?」


少女B「それでって……ああもう、なんでわからないかな! 記憶の破片は相手の口の中に入ってるわけでしょ? 妖精の記憶は女の子の口に、女の子の記憶は妖精の口に。そんでもって記憶の欠片はもろくてすぐこわれちゃうから指で取り出すことはできません。ちなみに自分の記憶を思い出すには自分の記憶の欠片を飲み込めばいいだけ。さてここで問題です。記憶を取り戻すためにはどうすればいいでしょうか!」


少女A「そんなムキにならなくても……相手の口の中にあるものを手を使わないで自分の口の中に戻せばいいんでしょ? だったら自分の口を相手の口に近づけて…………あ」


少女B「…………」


少女A「どうしよう……私、エッチだ……」


少女B「……それで、どうする?」


少女A「どうするって?」


少女B「……記憶、取り戻すこと、する?」


少女A「ええっと、それってつまり……」


少女B「マウスとマウスをトゥする?」


少女A「なんだろう、遠回しに表現されるとかえっていかがわしいというか……」


少女B「早く決めないと、本当に部屋から出られなくなっちゃうよ?」


少女A「え? どうして?」


少女B「二人が目覚めたときから記憶の欠片は口の中でとけはじめてるの。だからはやくしないと、なくなっちゃうの」


少女A「まさかの後づけ設定、第二弾」


少女B「どうする? 私はどっちでもいいよ?」


少女A「え? ここから出られなくてもいいの?」


少女B「うん」


少女A「なんで?」


少女B「だってここ、快適じゃん」


少女A「だけどこの部屋、何もないよ?」


少女B「あなたがいるよ?」


少女A「……嬉しいこと言ってくれてるけど、私たちお互いのことまだ何も知らないし」


少女B「これから知っていけばいいじゃん。ないもの同士、ここからはじめるっていうのもアリじゃない?」


少女A「思い出すんじゃなくて、思い出を作っていくってこと?」


少女B「そうそう。そんな感じ」


少女A「……確かにそれって、いい──」


少女B「なんちゃって。冗談だよ。さすがに私もここから出たいし、記憶は取り戻したいよ」


少女A「…………」


少女B「だからさ──」


少女A「……だから?」


少女B「…………」


少女A「ちょ、ちょ、ちょっと、なになに? 急に顔を近づけて──」


少女B「…………」


少女A「えっと、これって、つまり、その……あ」


少女B「…………」


少女A「あ、あれ? どうしてそこで止まるの?」


少女B「無理やりするのは嫌だから。私は私の意志で近づいた。だからもしあなたも同じ気持ちだとしたら、後はあなたから近づいてきて。私は抵抗しないよ」


少女A「……え、えっと……えーっと……」


少女B「…………」


少女A「目を閉じないでよ……」


少女B「…………」


少女A「──ああ、もう! はい、この話はここまで! 閉廷、閉廷!」


少女B「どうしたの?」


少女A「どうしたもこうしたもないでしょ。そもそもそういうことすれば記憶が戻るとか都市伝説でしょ? 作り話でしょ? 本気でそういうことすればどうになかるって思ってるの?」


少女B「キスって言うのにそんなに抵抗あるの?」


少女A「えい!」


少女B「おっと、怒りのクッションミサイルが飛んできた」


少女A「まったくもう」


少女B「ははっ、なんか楽しいな」


少女A「あなたは本当に気楽そうでうらやましいよ」


少女B「そんなことないよ。実は不安だしこわいよ?」


少女A「とてもそうは見えないけど」


少女B「あなたのおかげだよ。うまく言えないけど、一緒にいて安心するというか、ほっとする」


少女A「……そう言われると、悪い気はしないけどさ」


少女B「ねえ、記憶とかどうでもいいから、試しにやってみない?」


少女A「何を?」


少女B「ちゅー」


少女A「その前にクッションミサイル二号と三号を撃っていい?」


少女B「ははっ、冗談だって」


少女A「まったく……ねえ、この部屋暑くない? 別に二人しかいないからいいよね」


少女B「え? なんで急に脱ぎ出すの? まさかキスを飛ばしていきなりその先の──ぐはっ!」


少女A「ごめん、手がすべっちゃった。これは暑いからシャツのボタンをはずしただけで──あ」


少女B「ん? 今の『あ』は何?」


少女A「……鼻血、出てるよ?」


少女B「……あ、ほんとだ」


少女A「もしかして、私の下着姿を見て……」


少女B「いやあ、おそらくだけど、顔にクッションをぶつけられたからじゃないかな。でもあなたって──着やせするタイプなんだね。よかったらボタンをはずすだけじゃなくて、その下着もはずしたら? 女の子同士なんだし何も恥ずかしがることなんて……ってとりあえずその手にしたクッションをソファーに戻して、テーブルの上のティッシュを取ってくれると嬉しいな」


少女A「……まったく」


少女B「あ、鼻に紙入れるのって気持ちいいかも。ところで喉かわかない? 体が失った水分を補給しろって命令してくるんだけど」


少女A「あそこに冷蔵庫あるから何か取ってくる」


少女B「待って一緒にいきたい。ずっとソファーに座ってたからお尻がじんじんしてきた」


少女A「じゃあ手をかしてあげる」


少女B「ありがと──おお、立ちくらみ」


少女A「あぶない!」


少女B「あ、ありがと。でもおおげさだよ、ちょっと倒れそうになったくらいで……」


少女A「…………」


少女B「……あれ? どうしたの?」


少女A「ねえ、ちょっといい?」


少女B「何が? ……って、わあ! 何で突然お姫様だっこするの?」


少女A「なんでかわからないけど、急にしたくなって」


少女B「こういうのって急にやりたくなるものなの? っていうか大丈夫? 腕、ぷるぷるしてるけど」


少女A「……お、重い」


少女B「ちょ、失礼だよ。私、スリムなほうでしょ?」


少女A「毎日何食べてるのよ、この健康優良児」


少女B「もういいよ、そんなにつらいならおろしてよ」


少女A「いい……このまま冷蔵庫まで運んでみせる……」


少女B「じゃあ、お言葉に甘えて、よろしくお願いします」


少女A「…………」


少女B「がんばって、あと十歩くらいだよ」


少女A「…………」


少女B「あと五歩、四歩、三歩……二歩…………はいゴール」


少女A「──!」


少女B「…………ええっと、運んでくれてありがとう……って聞こえてる?」


少女A「……き、聞こえてるけど……とりあえず、何か飲ませて……」


少女B「何がいい? お水にお茶にジュースにスポーツドリンク、エナジードリンク、なんでもあるよ?」


少女A「……じゃあ、エナジーを」


少女B「どうぞ。私はこのお水飲むから」


少女A「──ああ、生き返る」


少女B「おいしいね……あれ?」


少女A「どうしたの?」


少女B「なんだか目眩めまいがする……それに体に力が……」


少女A「どういうこと? もしかして飲み物に何か入って──」


少女B「……くるしい」


少女A「待ってて! 今すぐ人を呼んで──」


少女B「……待って、いかないで……」


少女A「……どうして?」


少女B「……もういい。やめて」


少女A「……なんの話?」


少女B「……本当はとっくに戻ってたんでしょ……記憶」


少女A「…………え?」


少女B「というか、たぶん、あなたは最初から記憶喪失じゃなかった。ちがう?」


少女A「…………」


少女B「……やっぱり、そっか」


少女A「ごめん。何の話か全然わかんない。もしかして記憶戻ったの? だったらあなたのこと教えてよ」


少女B「先週、あなたが一生懸命つくったチョコレート、まちがって捨てたって言ったけど、あれ嘘。おいしくて一人で全部食べちゃったんだ」


少女A「ひどい! あれ私も楽しみにしてたんだよ! ────あ」


少女B「……ふふっ、あいかわらず、つめがあまいなあ」


少女A「……あなたは、いつから記憶が戻っていたの?」


少女B「かなり早い段階からだよ。やっぱりこの体はどんな薬も効きにくいみたい」


少女A「だったら……これまでのことはずっと演技してたの?」


少女B「それはあなただって同じでしょ?」


少女A「…………」


少女B「……すごく、楽しかったよ」


少女A「…………」


少女B「ねえ、ドアに貼ってあった紙には、本当は何て書いてあったの?」


少女A「──『お客樣は現在、弊社のサービスによりお客樣の意志で記憶喪失のような状態にあります。強い不安を感じたらこのドアを開けて外気にあたればすぐに記憶は戻ります。どうかまっさらな気持ちで本物のリラックスをご堪能ください』──みたいなこと」


少女B「……そっか、実験は失敗だね」


少女A「…………」


少女B「ネットのニュースで見た、海外で私と同じような病気の人が交通事故で記憶をなくしたら、病気のことまで忘れちゃってて、そうしたら体からも病気の症状が消えてたって──同じ時期にここのサービスがはじまって、あのときはこれは神様からのお導きだって本気で信じたよね……」


少女A「ねえ、もう一回やり直そうよ! たぶん、私が記憶をなくさなかったのがいけなかったんだよ! 今度は私もあのケムリを吸って記憶をなくすから! そうすればきっとうまくいくから!」


少女B「……遠慮しとく……もう体がもちそうにない……それにもう一回やったら、あなたは私のことを忘れて、私はあなたのことを忘れた状態で、私はこの世界からいなくなっちゃうでしょ……それだけは、ぜったい、いや」


少女A「うるさい、だまって! 聞きたくない!」


少女B「そんなこと言わないで……今日はありがとう……すごく嬉しかった」


少女A「なんのこと?」


少女B「何度も何度も私が元気な女の子だって思い込ませてくれようとしてたでしょ? それに私が鼻血を出したとき、服を脱いだりクッションをぶつけたりして、原因が別にあるって思わせてくれようとした。立ち上がってもう自分の力で歩けそうにないってわかったとき、お姫様だっこしてくれた……あなた、力持ちじゃないのに……私って、そんなに軽かった?」


少女A「…………うん」


少女B「そっか……じゃあ、天国まで浮いていけるね……」


少女A「……お願いだからそんなこと言わないでよ」


少女B「それに私いま、あなたと同じ学校の制服を着てる。結局一緒に学校に通うことはできなかったけど、これを着ていると、経験したことないはずなのに、あなたとの学園生活を思い出せる気がするの……もう、この世に未練なんてないかも……」


少女A「やめてよ。そんな安っぽいセリフ言わないでよ。難病ものの映画とか小説見て、いつもくだらないってバカにしてたでしょ? 自分だったら他の誰もやらないような、みんなをあきれさせるラストにするって言ってたじゃない! このままだとみんなと同じになるよ? Amazonに星一つのレビューつけちゃうよ?」


少女B「それは無理だよ……だって私はあなたと出会えたんだよ? 星がいくつあってもたりないよ……」


少女A「だったら……さいごに私のお願い聞いてよ」


少女B「あれれ? それってこっちのセリフじゃないかな? だって私、もうすぐいなくなるんだよ?」


少女A「だからでしょ!」


少女B「しょうがないなあ……言ってごらん?」


少女A「私に『好き』って言ってよ」


少女B「おやおや、ずいぶんつつましいお願いですなあ……」


少女A「だって私、あなたに一度も好きって言ってもらってない。私は何度も言ってるのに。どうして? 本当は私のこと好きじゃないの? 無理して付き合ってくれてたの?」


少女B「そうじゃない……そんなわけないじゃん……」


少女A「だったらどうして?」


少女B「……だって、私はもうすぐいなくなるし……そんなこと言ったら、私……自分がどうにかなっちゃいそうで……」


少女A「キスは言えるんだから好きも言ってよ! 文字は同じでしょ」


少女B「しょうがないなあ、じゃあよく聞いててよ……スキ──ヤキ」


少女A「……どうしてこんなときまでふざけるの」


少女B「はい、そっちの願いは叶えたから今度はこっちの番ね。あのね、私の秘密を教えてあげるよ」


少女A「……なに?」


少女B「実は私は──妖精なんだ。人間の世界に憧れて、そこであなたと出会えた。私はそろそろ妖精の世界に帰る時間。だからあなたにこの部屋から出るための本当の記憶を、私の全部をあげるよ……背負わなくていい、でもときどき思い出してくれたら嬉しいかも……記憶の受け取り方は知ってるよね? さあ、もっとよく顔を見せて──」


少女A「  」

少女B「  」


少女B「やっと思い出した……ううん、忘れたことなんてなかった……こんなに愛おしいって────  」






 ☆






少女A「……なんか、いきなり手紙きたんだけど」


少女A「死んでから一ヶ月後に届けるとか、そういうサービスあるんだね」


少女A「今さらここにこさせて何させたいの? まあ、どうでもいいけど、あのケムリ吸うとこんなに眠く……なるん……だ……」




少女A「……ん……ここ、どこ? 綺麗な部屋」


少女A「すみません、誰かいないんですか?」


少女A「……返事なし、か。誘拐、って感じでもないし……ん? なんだろうこのこれみよがしなリモコンは……おっきい画面もあるし、つければいいのかな?」


少女B「こんにちは!」


少女A「うわ、誰?」


少女B「あなたがこの映像を見ているということは、私はもうこの世界にいないということですね。悲しいですねえ」


少女A「え? 誰? 同じ制服着てるし、同じ学校の人? なにこれ、誰かのいたずら?」


少女B「そんなあなたにお伝えしたいことがあります」


少女A「……なに?」


少女B「──好きだよ」


少女A「──は?」


少女B「好き、好き、好き、好き、好き──」


少女A「ちょちょちょ、ちょっと待って! なんで私、知らない部屋で知らない子に告白されてるの?」


少女B「──好き、好き、好き──困ったなあ、これ何回言っても全然たりないや」


少女A「いやいや、私は一回でじゅうぶんっていうか、そもそもこわいんですけど」


少女B「まあでも私からの好きはひとまずこれくらいにして、今後誰かがあなたに好きということも許可してあげましょう」


少女A「許可って──何様なの? というかあなたどちら樣?」


少女B「それから私と会えなくてもさびしくないように、この映像のDVDとBlu-rayをとりあえず二十枚くらい送っておいたから。あとスマートフォンにもこっそりインストールしておいたからね。ビデオアイコンをタップして『ローマの休日2』っていうファイルがそれだよ」


少女A「ちょっと待って、本気でこわいんだけど。誰かいるんでしょ? そろそろ出てきて説明してよ」


少女B「それから最後に一言だけ──」


少女A「今度は何?」


少女B「大好きだよ」


少女A「だからこわいって」




 fin

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