第2話(第一三回〜二十二回)

 それから宮内は語り出した。それは僕にとってこれまで心底深くに蔵っていた記憶を堀り起こすこととなった。


「大学に行く途中で、反対側の歩道を駅へ向かって急ぎ足で歩いてくる男女が目に入った。俺の方も急いでいたが、女が咲希であるのを認めると挨拶しようとしたが、彼女はこちらには気づかない。

 すると、咲希の背後にぴったりとついて歩く男がいる。斎藤だった。彼は咲希にしきりに話しかけているようだったが、咲希は眉間に皺を寄せて彼を振り解くようにして早足で歩いていく。斎藤はそれを追いかけてほとんど駆けていた。

 俺はただならぬ何かを感じて道を渡った。それから彼らの後を追ったんだ。


 駅の方へと歩いていくと思われた彼らは途中で道を折れて繁華街の方へと歩いていく。そして二人の姿はラブホテルや雑居ビルの立ち並ぶ界隈に入った。そしてうちの一棟のビルに消えた。そこはキャバクラやバーなどが入るビルらしかった。夜になるにはまだ間のある時間で、辺りは暗く閑散としていた。


 一台だけあるエレベーターに彼らは乗り込んだらしく、なかなか降りて来ない。俺は電光表示を睨みながら彼らが何階で降りるのか伺っていた。『R』でエレベーターは止まった。俺はエレベーターを降ろそうとボタンを押そうとしたが、ふと思うことがあって非常階段を探してそこから上がることにしたんだ。

 俺は斎藤が言い寄っていて、咲希が嫌がっているものと思っていたから、彼を諦めさせようとしたんだよ。7階か8階分くらい登っただろうか。一番上の階から、さらに屋上階段を上がっていると、斎藤のものらしい声が聞こえてきた。

「咲希ちゃんは誤解している。あれはそんな意味で言ったんじゃないんだ」


 屋上への扉の影で潜んでいると、男の声にかぶさるようにして咲希の声が聞こえた。

「嘘ばっかり。お願いだからもう後つけてこないで!」

 それから男の声が何か言ったが、聞き取れないでいると、

「やめて、触んないで!」と咲希の声が叫んだ。

これ以上看過できないと、俺が飛び出そうとした時だった。


「……わかった」と男が言った後で、靴音がした。こちらに近づいてくるのを感じとった俺は、階下の物影に急いで隠れた。暑くて汗が全身を流れた。斎藤相手だが、なんとなく見られてはいけないような気がしたんだ。

 段々と足音が大きくなってくる。逆光だったが、目の前を過ぎる人影は確かに斎藤だった。

 すぐに斎藤の後を追ったよ。駅の辺りで奴を捕まえた。俺は奴が咲希をつけ狙っているのだと決めてしまっていたから、張り倒してやったんだ。

 そしたらアイツ、俺の方が誤解しているって譲らない。口を割らせると、咲希は……あ、アイツにも同じことを……」

 彼の声がくぐもった。そして、目を伏せた。

「咲希は、な、何を言ったんだ?」

宮内は口にしようか悩むようだった。僕の中に得体の知れない不安が墨を一雫ずつ滴っていくのを感じた。

「咲希は言ったよ。『私を思い出してくれるのは宮内くんだけだって』……。俺も、咲希のこと好きだったんだよ……」

 彼の同情の籠った眼差しが僕を刺した。




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『青の瞬き』 ※140字小説の連載です 葉暮 実 @hagureminoru

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