番外編 ミルクティーキャンディ

 高校三年生の冬休みがやってきた。

 今日から始まった塾の冬期講習の帰りに、私は久しぶりに「Cafe・Bouteille en verre」のある通りを通って帰った。

 高校一年生の、ミルクティーに水飴を溶かしたあの日以来、恋を諦めたにも関わらず私はわざわざ遠回りをしてこの道を避けて通っていたのだけれど、二年経った今、何だかどうでもよくなってしまった。


 時間の経過は不思議だ。

「時間が解決してくれるよ」

 その意味を体感するときが来るなんて、あのときの私は思ってもいなかった。


 失恋ソングしかなかったプレイリスト。

 メッセージアプリの美久が入った非表示リスト。

「失恋」が含まれた言葉ばかりの検索履歴。

 

 今では全てが遠い昔のことのように感じる。

 茶髪だった髪も今は黒に染まっていて、根本まで染まった黒が夕日に反射して艶々と輝いている。


「美久……?」

 カフェから少し歩いたところにある自販機の前に泣いている美久がいた。

「どうしたの?」

「実は……」


 美久は泣きながら、ついさっき彼氏と別れたことを話してくれた。

「寧々、聞いてくれてありがとう。少し落ち着いた」

 美久がティッシュで涙を拭きながら、アイメイクが落ちてしまったうるんだ瞳で私を見つめる。

 そうだ、と美久がバッグから財布を取り出した。財布のポケットから彼氏とのプリクラが覗いた。

「聞いてくれたお礼に何かジュース奢るよ」


 美久がミルクティーのボタンを押しかけて、指を離した。

「ミルクティー。よく彼氏と飲んでたんだ。いつもの癖で選ぼうとしちゃった」

 知ってる、と言いかけて口をつぐんだ。

 美久は、トップコートが塗られたピカピカの爪で隣のボタンを押した。

 それは「ラムネ味ソーダ」と書かれているジュースだった。

「前夏祭りで一緒に飲んだよね。こうやって手繋ぎながら」

 美久が私の手を握った。

 心臓は高鳴らなかった。今熱を測っても体温計もきっと壊れないだろう。

「寧々は何飲む? 千円札入れちゃったから好きなの選んでボタン押して」


 私はミネラルウォーターを選んだ。


「水でいいの?」

 美久が驚いている。

「水がいいの」

 私は、ふふ、と笑った。


 美久と手を繋ぎながら飲んだミネラルウォーターは、炭酸は入っておらず、甘ったるくもなく、爽やかでもなく、色褪せたただの水だった。


「空、オレンジ色だね」

 

 美久がラムネを飲みながら空を見上げた。

 何色にも染まれる透明の水とボトルが夕日に照らされてキラキラと光った。


 

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