カンナちゃん
「おにいちゃんはお疲れ様だから、これも食べるの!」
「あーしのパンケーキも食べていいっすよ、せんぱい。あっ、口移しがいいっすか?」
俺は岬からきっちり正方形に切り取られたケーキが乗っている皿を受け取ってもぐもぐと食べる。
食べながらアリスの口元にイチゴを乗せたスプーンを運ぶ。
「へ? あ、あーしの番じゃないっすよ!!」
そう言いながらもアリスは照れながら苺をパクリと食べる。
感情が薄いアリスでも照れている時はわかる。
大きなイベント事が終わったあとの、俺達のいつもどおりの光景だ。
ここは近所の古めかしいカフェで、週に10回通っている。
洋食からケーキまで揃っていて、俺も岬もこの店が大好きだ。
きっちり綺麗に並べられた調度品や、シンプルな空間が好ましい。
いつもは岬とアリスの三人だけど、今日は少し違う。
関口がこの場にいるのであった。
谷口さんは弟さんもいたから帰らなければいけなった。原島もお母さんの事があるから帰った。
そんなに喋ることは出来なかったけど、手を振ってお別れすることができて良かった。……まだ喋るのは少しだけ照れる。
関口はケーキをパクパク食べている。
時折、美味しいと言ってくれた。良かった。俺と岬の味覚は間違ってなかったんだな。
「あ、あのさ、ちょっといいかな? オーディションの結果……、残念だったね……」
関口が恐る恐る口を開く。
俺と岬は首をかしげる。
「結果はあまり気にしてない。俺は十分満足した」
「ん、おにいちゃんが100%の力の踊りを観れたから別にどうでもいいの」
STRオーディションの結果は6位で終わった。
ということは俺はメンバーになれなかった。
俺も岬も本当に気にしていない。どうでもいいことだ。
そんな事よりも、俺は今日踊ったダンスの感覚が忘れられなかった。
「で、でも、わ、わたし、悔しい……、絶対、一位だと思ったのに……」
何故か関口は悔しがって泣きそうになっていた。
少し困惑してしまう。俺がまた間違った選択肢を選んだのか?
「しゃーないっすね、私が説明するっす」
そう言いながらアリスはタブレットを取り出して話し始めた。
「今回勝ち残った候補生はこの五人っすよね。元々、このオーディションはこの五人のために開催されたものっす」
「えっ……? そ、そんな事ありえるの!?」
「色々あるっすよ。それに、いくらコネがあってもせんぱいが初めっから本気を出していたなら話が違うかもっすけど、最終試験の段階で獲得していたファンの数が違うっす。上位五人は完璧な実力を持ったアイドルでしたっす。一度の舞台でどんなに力を見せても、積み重ねには勝てないっす」
俺も岬もアリスの説明に頷く。
「じゃ、じゃあ、初めから勝てないってわかってたの?」
俺はこくりと頷く。
初めからアリスに説明されていた事だ。
俺も岬も勝てないとわかっていた。
「……関口、俺は大丈夫だ。だっていつもの事だから」
「あ……」
終わりがわかっていた事は悲しいけど、最後の踊りは楽しかった。本当に楽しく踊れたんだ。
だから、勝てなくてもいい。次に繋げられればいいんだ。
この気持ちをどうやって関口に説明していいかわからない。
「……関口、慣れているから大丈夫」
同じ事しか言えない。
それでも、俺は絞り出すように言葉を続ける。
「原島と谷口さんにも説明しておいて欲しい。……もしかしたら残念がっているかも知れない」
「う、うん。ちゃんと説明しておくね」
関口は深呼吸をしていた。彼女が何を考えているかわからない。
なんて言っていいかわからない。
ただ、こんな風に一緒にカフェにいると、妙に懐かしい気分になる。
アリスが俺に抱きついてきた。
「ちょっと、せんぱーい。関口さんに優しすぎない? あーしのことも見てほしいっすよ〜」
「龍宮寺、ちょっと暑いよ」
「もう、意地悪なんだから。……そんなせんぱいに新しいアイドルサバイバルオーディションの話があるのよ。岬ちゃんも聞いてくれるっすよね? 今回は『うち』が主催よ」
俺と岬は頷く。
次の戦いが始まる。
これまでとは違う。俺は今回で自分の魅力のなさを自覚した。最初から全力で望む。
「あ、あの……、わ、わたし、席外そうか?」
関口が席と立とうとしたら、岬が関口の腕を掴んだ。
「居てほしいの。……おにいちゃんのために」
岬の口調は平坦ではあったが、今までこんな風に誰かと喋ったことはない。
関口は困惑しながらも、俺達と一緒にアリスの話を聞くのであった。
*********
「き、昨日の源のダンスだけどさ、あれってこんな感じの動きだったっけ?」
「違う、あの動きはこうだ」
俺は何故か関口と一緒に登校していた。
今朝は、岬がアリスと一緒に登校する日だ。
俺は一人で通学路を歩いていた。そしたら、たまたまコンビニから出てきた関口でばったり出くわした。
俺は走って学園に行こうと思ったけど、何故か動けなかった。
関口は俺に近寄って来て「パ、パン、食べる?」と言ってきた。
俺はとっさに頷いてしまったのであった。
登校中の関口と俺の間には微妙な距離感がある。
俺と幼馴染であった関口。
子供の頃はこんな風に何度も一緒に登校した覚えがある。
今日は何故か他の生徒からの視線を感じる。
いつもと様子が違う。
「おい、あれって……」
「うん、雰囲気が似てる」
「いや、絶対そうよ! ツバサ君の魅力は抑えられないもん!」
「は、話しかけちゃ駄目かな?」
「え? あんな生徒いたっけ?」
「てか、なんで今まで気が付かなかったの!! 私のバカ!」
おかしい。メイクは落としたはずだし、今日はいつもどおりの陰キャだ。
それなのにバレてるのか?
そういえば、さっき関口にもいつもよりと雰囲気が違うと言われた。
とりあえず、気にしないようにしよう。学園の俺はただの陰キャだ。
関口は俺のダンスの聞きたい事が終わったのか、無言になってしまった。
俺は何を喋っていいかわからない。
ダンスしか取り柄がない人間だからだ。
関口とは終わった関係。
屋上から落ちて……。
俺は頭を振った。違う、俺は……。
ふと、関口が俺を見ている事に気がついた。
「……身長伸びたね。なんか私の知ってる源じゃないみたい……」
その声、仕草に懐かしさを覚える。
中学に上る前、いつも一緒に遊んでいた関口みたいな口調だった。
「うん、伸びたよ」
俺も子供の頃みたいな口調になってしまう。
「そっか、大人になったんだね! 私だけ全然成長してないじゃん」
「そんなことはないよ」
「ううん、だって、大好きな人が隣にいるのに、素直になれないんだもん。昔と変わらないよ。……私ね――」
すたすた歩いていた俺の歩調がゆるくなり、小走りだった関口が歩く程度の速度に変わる。
胸のしこりが浮かび上がってきた。痛くならない。
だけど、胸を圧迫する。
中学の時の関口の顔しか覚えていなかったけど、関口はこんなに綺麗になってたんだ。
関口は言葉を探しているのか、しばし無言になった。
何かを伝えたいという気持ちを感じる。
言葉に出さなければ俺はわからない。
俺は空気を読む事なんて出来ない人間だからだ。
関口が小さな声でつぶやく。
「……あの時一緒にいてくれて……ありがとう。わたし、やっぱりこれ以上、源と一緒にいる資格なんてないよ」
昔の記憶を思い出す。
関口が俺をからかって、あとで俺に謝ってきて仲直りをする。
そんな事を何度も繰り返してきた。
中学の時、俺は取り残された。一人は怖かった。
理解していたと思っていた関口がどんどん変わっていった。
関口は言葉を呟いてから、俺を置いて先に行こうとした。
また、俺は取り残されるのか? また、俺は一人ぼっちになるのか? ……岬がいれば大丈夫……なのに……、なんで悲しくなるんだ。
俺は無意識のうちに関口の手を取っていた。
そして――
「――カンナちゃん、もう置いてかないで。仲良くしてくれて嬉しかったんだよ。……一人は、寂しい、よ」
なんで昔の口調に戻る? 俺は何を言っているんだ?
それでも、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになる。
引き止められた関口は俺を見て嗚咽を抑えていた。
「み、源……、わたし……、うん……」
関口は子供の時みたいに口をもごもごさせていた。
その表情を見たのは久しぶりだ。
「カンナちゃん、一緒に踊って遊ぼ」
俺が初めて関口と会った時の言葉が出てしまった。
関口と始まりの言葉。
中学の時に、名前呼びは恥ずかしいと言われてずっと言わなかった関口の名前。
その言葉を聞いた関口は何度も頷いて、声にならない返事をして、手で顔を覆い隠した――
「陰キャのあんたが一番ちょうどいいわ」そう言われてカップルのフリをした俺は、一切の恋愛感情を抱かなかった うさこ @usako09
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。「陰キャのあんたが一番ちょうどいいわ」そう言われてカップルのフリをした俺は、一切の恋愛感情を抱かなかったの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます