第3話 再会


 あれから何度もカフェに足を運んだが、タイミングが悪くあの店員さんとも、機械人形の店員さんとも話をできていなかった。

 足繁く通った成果か、マスターとは名前を覚えられるくらいに仲良くなった。幸い午前中は相変わらず客が来ないので気にせず話をする事が出来る。それが店的に良いか悪いかは置いといて。


 そんなこんなで大学も春休みに入り、就活を本格的に始める時期に差し掛かり始めた。3年生になってからは実習があり寝れないと噂されているが、今年もクリスマス、バレンタインとテスト期間に被せられたせいで味気ない年だった。バレンタインは友人からいくつかチョコを貰ったがそれだけだ。ちなみに、めっちゃおいしかった。


 今日は夜からバイトがあるだけなので、勉強がてらカフェに向かっていた。

 開店時間に合わせていると自然と早起きになるのでとても良い。が、今日はあいにく風が強かった。


 乾いた冷たい風のせいでなかなか進まない。車があればな、と今日何回目か分からない独り言を呟く。お金はあるが維持費が嫌で買えていない。

 ようやく着いた頃には前髪が逆立ったバンドマンのような見た目になっていた。


「お、佐藤くんいらっしゃい。すごい風だったみたいだね。」


 ドアを優しく閉めると、さっそくマスターに髪の事をいじられた。


「おかげ様で全然進まなかったです。」

「そうか、じゃあ今日は看板出さない方が良さそうだ。」


 どうぞ、と手で案内されていつもの席に案内される。カウンターには、既にコースターと水が置かれていた。


「今日もコーヒーでお願いします。」

「はいよ。大きいので大丈夫?」

「はい、お願いします。」


 最近は煎ったポットのようなものを丸々出して貰って何度かおかわりできる、大きめのコーヒーがお気に入りだ。その方が長く居られるし、美味しい。


「そうだ、昨日入った新人ちゃんがそろそろ来るから、優しくしてあげてね。」

「そうなんですね、分かりました。どんな子なんですか?」


 僕が優しくするのか?と思ったがまぁ午前中は良く居るから適当に合わせてしまった。

 マスター曰く、明るくて丁寧でかわいくて、まるでリスみたいだったから即採用したらしい。そうかリスか。小さくて人懐っこい子を想像して少し楽しみになる。


「お、おつかれさまです!」


 談笑していると裏口の方から大きな声が響いてきた。居酒屋バイト級のよく通る声だ。

 ちょっといってくるね、とマスターが裏に引っ込む。


 来年のどこかでとる予定の、機械人形整備士の参考書をバックから引っ張り出して広げる。人をこれで殴ったら余裕で意識を刈り取れるであろう分厚さの参考書。人形の内部構造から情報構造まで丸々覚えて資格を取れば、機械人形の自作も出来るようになる国家資格だ。実習で必要だから取らなくてはならず、これがなかなか進まない。

 法律まで細かく出題されるのだが、独特な書き方がどうしても理解できない。参考書の文章に甲乙を使ってくれるな、古典文学じゃないんだぞ。恨めしく参考書を睨みつける。


「あ、あの!!」


 静かな店内に響いた声にびっくりして顔をはね上げると、知った顔が目の前にあった。


「お、ゆい。」

「あ、先輩!久しぶりです!!」


 その視線の先で驚いているのは、高校からの後輩である上林 結衣だった。

 働き始めたのはゆいだったのか。マスターの例えも確かに上手い。見た目と中身は確かにリスみたいなやつだ。高校では1番小さいのに1番食べてた気がする。


「あれ、上林さんは佐藤君とは知り合い?」


 マスターも珍しく驚いている。

 自己紹介も無く下の名前で呼んだのが驚きだったのだろう。まぁそりゃそうだ。


「祐介先輩は高校の時からの先輩です!私に生きる理由をくれた大先輩です!!!」

「いや、そんな事はしてない……」


 ただ一緒の部活で家が近かっただけだ。それ以上でも以下でも無いはずだ。


「いえいえ、祐介先輩がいなかったら私陸上やめてますよ!」


 そうだったのか。しかし大学生になると随分変わるなぁと思う。うっすら化粧もしてそうだし、カフェの制服も似合っていてなかなか可愛い。高校の時はしっかり日焼けしていて休日もジャージしか着ないような後輩だったのに。ここまで印象が変わるもんかと感心してしまう。


「どうです?似合ってますよね!」


 制服とか色んなところを見てたのがバレたか、ただ褒めて欲しいのか。何にせよ可愛く見えるのは事実だ。少し学校の制服っぽいデザインのせいか、違和感がない。が、似合っている前提で聞いてきた事に若干腹が立つ。


「まぁそうだな。陸上のユニフォームより可愛い。」

「あれと比べないでください!忘れてください!!」


 学内で最も可愛くないと評判だったユニフォームを引き合いに出す。俺らの卒業パーティーの時、ゆいはそれを着てネタを披露してくれた。その時の半泣きのゆいを多分死ぬまで覚えてられる自信がある。


 それからしばらく雑談に花を咲かせていたら、「仲良いのはいい事だけど、お仕事中は程々にね。」 とマスターに注意されてしまった。

 すっかり忘れていたが、ゆいはバイトで来てるのだ。必要以上に話すのも良くない。


「そうだな、バイト頑張れよ。」

「はい!」


 元気に返事をし、嬉しそうに裏に戻って行った。確かに見た目はリスっぽいかもしれない。


「佐藤くんと知り合いだったんだね、ちょっと安心したよ。」

「びっくりしました。でもなんで安心なんですか?」

「あぁほら、午前中は佐藤くんしか来ないだろ?だから仕事慣れしやすいかなあって。」

「ああ、なるほど。」


 やっぱり午前中の客はほんとに俺だけらしい。開店時間は間違ってないはずなのだけれど。というか来ない日は午前中客居ないんか。

 まぁ確かにそういうことなら色々頼んでみようと思う。ちょうど他のメニューにも興味が湧いていた所だった。あの店員さんにも頼んでみたいけれど。


「それと今日の12時くらいに機械人形の子が出勤するけど時間あるかい?1時間くらいなら1人減ってもなんとかなるから。」

「ぜひお願いします!」


 なんたる幸運。かわいい後輩と合わせて機械人形とも話せるとは。もし可能なら色々触れて、会話してみたい。可能なら。


 その後ゆいがカウンターの食器棚を漁ったり、洗い物や机拭きを練習していたくらいで、11時まで他のお客さんが来る事も、ゆいが大失敗する事も無かった。

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機械仕掛けの恋人形 新月 @harakifu

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