荒んだ心は満月を前に

Aoi人

悲劇は喜劇へと移り行く

(なんでそんなこと気にしてるの?)

うるさい。

(辛いのはあなただけじゃないのよ。)

うるさい。

(結局はただの甘えでしょ?)

うるさい。

(外に出ないから良くならないのよ。)

うるさい。

(学校の皆はあなたを待ってるのよ。)

うるさいって言ってるでしょ!!!


「っ!」

夢の中で叫んだ後、嫌な記憶から解放される。

最悪な寝起きだった。

精神を病み、外に出れなくなってからもう2ヶ月が経ったことを確認して自己嫌悪に陥る。

今年の春、高校生になった私は、いじめが原因で精神を病んでしまい、夏休みを過ぎてからは、もうほとんど学校に行けなくなっていた。

もちろん、いじめのことは親にも、そして先生にも相談した。

でも、「あなたにも悪いところがあるんじゃないの?」、「原因を作ったのはあなたなんじゃないの?」と、どんなに訴えたとしても、大人たちは、私の訴えに答えようともしなかった。

何度も何度も相談したけど、相談を重ねるごとに、大人たちは、私のことを責めていった。

そうして身近な大人たちに頼れなくなった私は、いじめ相談窓口というものを利用した。

正直、不安で仕方がなかった。

でも、勇気をふりしぼって、私は電話をかけた。

出てくれないのではないか。私なんかがかけたら迷惑ではないだろうか。

そんな不安が私を襲う中、電話の向こうから声が聞こえてきた。

『はい、こちらいじめ相談窓口です。』

その声を聞いたとき、私は少し安心した。

その安心を糧に、私は全てを話した。

いじめのこと。周りの大人が頼れないこと。

電話の向こうの人は、それを何も言わずに聞いてくれた。

私が全てを話し終わった後、電話の向こうの人はこう言った。

『なるほど。一旦、そのいじめている子と話してみてはどうですか?もしかしたら、分かり合えるかもしれませんよ。』

私はその言葉を信じて、私をいじめている子と話そうとした。

後から考えれば、向こうが取り合ってくれないことくらい、分かりきっていたはずだ。

でも、そのときの私は、その言葉を純粋に信じてしまったのだ。

もちろん、何か改善することはなく、向こうが取り合ってくれないまま、ただただ私が傷付いて、その日は終わりを告げた。

私はまた、あの窓口を頼った。

でも、返ってくる言葉に変化はなく、『あなたの伝え方が悪いのかもしれません。ちょっと一緒に考えてみませんか?』と、ここでも私は悪者に仕立て上げらる。

私はもう、何も信じられなくなった。

部屋に閉じこもり、毎日自分を責めて、毎日誰かも分からない人に怯えて、毎日何もない虚像に向かって謝り続ける日々を過ごしていた。

何度も、何度も、自殺を考えた。

こんな私に生きてる価値なんてないって、自分が一番理解している。

でも、いざ死を目の前にすると、怖くて、怖くて、何もできないまま震えて。そして、また謝って。

何をするわけでもなく、ただただ現実に怯えながら日々が過ぎていく。

そんな辛い日々を送っていたときに出会ったのが、羽波与はばたく 千羽せんばという、バーチャルYouTuberだった。

『皆さんどうも、こんパタパタ~。大空に羽ばたけ!羽波与 千羽で~す。』

と、センスの欠片も感じない挨拶を初めて聞いたときは

「なんだよ、それ。」

と、思わず吹き出してしまったのを覚えている。

そんな挨拶をした後は、他愛もない雑談を1時間続けて配信が終わった。

その雑談の内容も、『今日散歩してたらセミの抜け殻を5個も見つけちゃった!』とか、『今日近所のスーパーのキャベツがめっちゃ安くてびっくりした!』とか、本当にどうでも良いことばかりで、見ているだけで元気をもらえる。

さっきまで自己嫌悪していた自分が馬鹿らしく思えるほど、この人の明るさに助けられていた。

もうかれこれ2週間ほど見続けているが、最近の私は、毎日の生きる気力をこの人から貰っていると言っても過言ではない。

それほど、この羽波与 千羽という人は、私にとっての大切で、かけがえのない日常となっていた。

そんな千羽さんが、今日の深夜23時から、相談とか質問とかに答える配信をするということをSNSで呟いていた。

私はその呟きを、その日のお昼頃に見かけた。

私はなぜか、この人なら心の底から信用できるという謎の自信と、そして信頼があった。

だから、ほんの少しだけ私に残ってた勇気を出して、私は匿名の質問サイトで、この人に全てを打ち明た。

そして、私はこれからどうするべきなのかを相談した。

不安だった。

笑われるんじゃないかと。嫌がられるんじゃないかと。また責められるんじゃないかと。この大切な日常が壊れるかもしれないという恐怖が私を襲ってくる。

いろないろな不安が心を押し潰し、呼吸が荒くなっていく。

そのせいでまた自己嫌悪に陥り、また泣きながら、誰もいない虚像に向かって謝り続けた。

何時間もの間ずっと泣いて謝った後に、千羽さんの配信が始まっていることに気が付いた。

私は震える手をなんとか押さえつけて、配信を視聴するをクリックした。

すると、ちょうど私の質問が読まれている頃だった。

『えー、「私はいじめが原因で、現在不登校です。親や先生にいじめのことを相談しても、私が悪いと責められるだけで、相手にしてくれません。いじめ相談窓口に相談しても、何も解決しませんでした。私は、これからどうするべきでしょうか?」とのことです。まずは、ご相談ありがとうございます。あなたにできることですが、そうですね…』

少しの沈黙が訪れる。

実際はほんの数秒程度だったけど、私にはそれがとても長かった。

心臓の鼓動が速くなるのが伝わってくる。不安からか、嫌な汗まで出てきて、シャツが背中にひっつくのを感じる。

そして、少しの沈黙が開けて、ゆっくりと言葉が再開され始める。

『あなたにできること、ですが、それはしっかりと休むこと!以上!』

その言葉に、私の思考は一瞬だけ停止してしまった。

あまりにも簡単に片付けられたことに、驚きを隠すことがてきなかった。

(自分の相談って、やっぱり変なことだったのかな…)

不安で呼吸がおかしくなっていく。

そんな私とは裏腹に、千羽さんは何事もないかのように、言葉を紡ぎ続ける。

『休むことって、別になにも悪くありませんからね。休むことは、何かするにあたって大切な準備の一つです。もしあなたが今、休むことに後ろめたさなどを感じているのであれば、それこそ良くないことです。あなたは今、大きな準備をしているのですから。何も悪いことはしていませんし、無駄なことも全くありません。なんにも後ろめたさを感じることなんてないのです。ゆっくり、ゆっくり、自分のペースでやっていけばいいのです。人間、急いで何かするようには作られてませんからね。』

その言葉に、私ははっとさせられた。

今までずっと、こんなことで休んでいる自分が嫌いで、ずっと、ずっと自分自身を責め続けてきた。

周りから責められて、私が悪いんだと、私がおかしいんだと、ずっとそう思っていた。

でも、それはとてもおかしなことで、準備をしているだけなのに責められるなんて、そんなの理不尽極まりない。

そうか、そうだったんだ。

私は何も間違ってなくて、悪いことをしているわけでもなくて、むしろ私は今、ちゃんと普通ことをしているんだと、どこからかそんな元気が湧いてきた。

「はは…なんだよ、それ。」

そう言いながら、私は頬を濡らしていた。

「ちょっとだけ、外、出てみようかな。」

そう一言だけ呟いてみる。

そこからは、別の方の質問とか相談とかに答えたり、また他愛もない雑談なんかをしたりして、私が視聴し始めてから40分が経った頃に、千羽さんの配信は終了した。

いつものように『乙!』というコメント残し、配信画面を閉じる。

その後、私は重い部屋の扉を開けて、重い足をなんとか玄関まで運んで行き、そして、重い玄関の扉をゆっくりと開けた。

そのとき見えた満月の輝きは、千羽さんと同じように、ほんの少しだけ、私に元気を与えてくれた。

「ありがとう、千羽さん。」

一言だけお礼を言ってから扉を閉める。

どうやら、私にはまだ、外の世界とやらは早いらしい。

でも、私はそんな自分が嫌になることはなかった。

私は私のペースで、ゆっくり外に慣れていけばいい。

なぜなら、

「人間、急ぐようには作られていないから、ね。」

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荒んだ心は満月を前に Aoi人 @myonkyouzyu

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