第29話 『結局、俺は勇者の宿命からは逃れられないらしい (上)』

――ちっ!


 またこれか!俺は目の前の禍々しい光を放つ魔法陣を睨みつけると破邪の魔法を使った。


「アンリちゃん、これって……」


「そうですね。 恐らくは同一犯によるものだと思います」


 とある探索しつくされたダンジョンにヘルハウンドの大群が現れた。これの調査に赴いた俺たちは最奥でこれを見つけたのだ。


「しかし、一体、何が目的でござるか?」


「唯の嫌がらせです」


「は?」


 カスミが疑問に思うのは仕方のない事だ。


 奴ら魔族の一番の目的はそれなのだ。魔族は人間たちの嫌がる事に自らの命すら賭ける。だから、厄介なのだ。


「兎にも角にも、放ってはおけないって事です」


 自分ではそんな事を言っていたが、確かに腑に落ちない。唯の愉快犯であるなら本人が現れてもよさそうなものだ。恐らくは何かを仕掛けている。


 しかし、それが何かが分らない。だから、これは俺の腹立ちまぎれであったのかもしれなかった。


「そうですね。 ギルドに報告しましょう」


 そう言ったシルも何かもどかしそうだった。



「君宛にこういったものを預かっている」


 ギルドに戻ると、俺たちはこの件についての報告をした。すると、ギルド長が奥からやって来て俺に紙を渡した。


 中身はこの辺りの地図であった。その地図には二つの点が打たれており。


「今回の君たちの報告地点を加えると……」


「きれいな三角形になりますね」


 俺の言葉に彼は頷くと俺を見つめた。


「依頼がある訳ではない。 しかし……」


「ええ、いいですよ。 わたしとしても興味がありますし」


「済まないね」


 まあ、折角手に入れたヒントだ。自ら罠に飛び込んでやろうじゃないか。



「アンリちゃん、今回はどこに向かっているのですか?」


「えとえと、この点を線で結びます。 すると何か気が付きませんか?」


「二等辺三角形ですね」


「うん、じゃあ長い線を無視して一つ点を追加してみるとすると……、シルお姉ちゃんならどこに打ちますか?」


「あ!」


 そう言われたシルが手を打った。


 つまり、犯人は適当に魔法陣を配置している訳ではないと推測したのだ。


 俺たちが目指しているのは四つ目の点。つまり四角形を作る点だったのだ。




――執務室にて



「ふふふ」


「何がおかしい?」


 ユリウスが書類を読みながら満足そうに微笑むのを見て皇帝はそう尋ねるのだ。


「いや、皮肉なものだな、と思いまして。 結局は我々は宿命からは逃れられない。 こう思うと可笑しくて堪らないのですよ」


「神託は単に強い者を選ぶわけではないからな」


「陛下にそう言って頂けるのは光栄ですよ」


 そう言うと二人は笑い合ったのだ。


「さて、この度の休暇……、やる事が決まりましたよ」


「そうか……」


 そして、ユリウスは部屋を後にした。




「助けてくれ!」


「どうしました?」


「仲間たちがおかしくなっちまったんだ! 突然、俺に襲い掛かってきて……」


 傷だらけの冒険者風の男がすがりつく様にそう言った。


 目的地は目の前だった。


「俺たちは村に立ち寄ったんだ。 何と言うか……陰気な村だった。 夜も遅かったんで俺たちはそこに泊まる事にしたんだ」


 男は語った。


 夜中、ふと物音で目を覚ますと建物が村人たちに包囲されているのに気が付いた。彼らは手に松明と武器となりそうな農機具を携えていた。


 男は危機感を覚えて仲間を起こしたそうだ。そうしたら起こした仲間に襲われた。


 そして、彼は訳も分からずその場から逃げ出してきたそうだ。


「おい、あんた等はこんな立派な馬車にのっているんだ。 高位の冒険者なんだろ? 今思えば村人もそうだったが、仲間は何かに取り憑かれていた。 じゃなきゃ、俺を襲う訳がない。 なあ、頼むよ、あいつらを救ってくれ!」


「分かりました。 その依頼はわたし達『ノルン』がお受けします。 だから、おじさんは町で休んで仲間の帰りを待っていてください」


「ありがとう。 ギルドにも報告をしておくよ」


 そう言って男は去って行った。



「さて、中々に手強い依頼です」


「え? アンリちゃんでも、ですか?」


「だって、相手は人間だよ?」


「あっ!」


 問題はそこなのだ。殺してしまっていいのならこんな依頼は容易いが、憑依されているのが本当だとしたら村人や冒険者を殺す訳にもいかない。


 もちろん、俺の破邪の魔法で憑依を解く事は可能であるが人数によっては俺の体力が持たない。そして、そこには高位の魔族がいると予想できる以上は慎重にやらざるを得なかった。


「ですから、まずは村の近くに潜伏して様子を探ります。 作戦はその後に考えましょう」



「確かに何かに取り憑かれている様にござるな」


 カスミが望遠鏡で村を除きながらそう言った。


 村人たちは仕事自体はしているようだった。しかし、まるでゾンビの様にゆっくりと誰とも会話をせずに黙々と無表情で作業を続けるのだ。


 その様子から何かに憑依されたか、精神支配を受けているかのどちらかで間違いなさそうだった。


「それに中々に人口の多い村にござる」


 正確な数は分らないが、今日一日観察した所、村人の数は四、五百人程度。やはり、今の俺では全員を解呪するには厳しい数だった。


「あそこが如何にも怪しげでござるな」


 村には農村には不釣り合いな立派な洋館が建てられていて、そこを冒険者風の集団が警護をしているようだった。



 これは町に戻って増援を要請した方がいい。それが賢明なのは間違いがないのだが、問題もあった。憑依だか支配による村人たちへの影響だ。


 例えば、一定の時間憑依されると本物になってしまう。こんな呪術も存在するのだ。


 なので、今回は二人にも無理をしてもらうことにしよう。


「えとえと、作戦を伝えます。 今回は二人にも十分以上に働いてもらいますね」


「心得た」


「まずは固まって村人の注目を集めます。 襲ってくるようなら、出来るだけ集めながら逃げ回ります。 そうでないなら、そのまま洋館を襲撃しましょう」


「ふむふむ」


「取りあえず、襲われるパターンで説明しますね。 その場合は一定数集めたら、わたしが大魔法で無力化します。 その後、わたしは姿を隠して洋館を襲撃するので、お姉ちゃんたちは無力化できなかった村人たちを注目を引きながら逃げ回ってください。 多分、百人から二百人相手の壮絶な鬼ごっこになると思うので気合を入れないと酷い目にあいますよ?」



 そう言うと俺はニヤリとした。





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