第20話 『最近、自分が何者なのかよく分からなくなっている件』


「陛下?」


 主の行為に疑問を抱きセバスチャンは口を開いた。


 皇帝は先程から真顔で机に置かれた肌色掛かった厚手の生地サンプルの様なものをしきりに突いたり、それに指を滑らせたりしていた。


「爺や、お前もこれに触ってみろ。 ドワーフの献上品でな。 新素材だそうだ」


「はぁ……」


 皇帝に促されるままセバスチャンはそれに触れる。それはゴムの様であったが彼の知るそれとは若干違っていた。


「何か、人肌みたいだろ? 彼らはシリコンと名付けたらしい」


 皇帝の感想に彼は素直に賛同した。


「爺やさ、ちょっと俺の資産を半分くらい現金化してくんね?」


 そう言う主が何を考えているか感づいてしまった彼は露骨に顔を歪めた。


「投資しようと思うんだよ。 これでさ、アンリちゃん人形作ったら凄くね?」


「しかし、陛下の資産となると半分でもかなりの時間が……」


「今、なんだよ!」


 ユリアノスは彼の言葉を遮るように机を叩くとそう叫んだ。


「投資ってのはな、ここだって思った時にやらないとダメなんだよ。 誰かが名乗りを上げる前に全部かっさらわないと乗り遅れちまうんだよ。 この素晴らしい物を作った天才がな、天才として名を馳せるのは今、俺が投資してやらなきゃダメなんだよ。 爺やなら分かるだろ?」


 そう熱弁すると何やら書状を書き始めた主を見て彼は思う。分かる訳ねーじゃん、と……。


「まあいいや、現金化は追々やって貰うとして、取りあえずこの手紙と俺の現金と貴金属、全部送ってくれや」


 


 最近では肖像画では物足りなくなってきたのだ。完成の暁にはこれで心の隙間を埋める事が出来る。


 そう思うとウッキウキの皇帝であった。



「お祭りですね。 参加していきましょうよ」


「うん!」


 道中、補給の為によった町では祭りが開催されているようだった。


 広場には大きな舞台が設置され、それを観覧できる様に長椅子やテーブルが並べられている。町娘たちは忙しく動き回り料理や飲み物を給仕していて、祭り拍子が心地よかった。


「収穫祭の様ですね」


 俺は娘から飲み物を渡されるとペコリとお辞儀をした。


「もうすぐ、のど自慢大会が始まるから聞いていってね」


 彼女は「飛び入り参加もオッケーだよ」とウインクして俺たちの元を去る。


「シルお姉ちゃん、お歌上手いし参加してみたら?」


「それは楽しみにござる!」


 あの時、聴いた彼女の歌は確かに美しかった。シルは「私なんて全然ですよぅ、エヘヘ」などと頬を掻きながら照れていたが参加賞が高級スイーツだと知るとやる気を出すのだ。



 のど自慢が始まった。特に参加基準はないようで上手い者もいれば今一な者もいた。俺とカスミは出来るだけ舞台の近くの席へと移動してシルの出番を待つ。


「シルお姉ちゃん、がんばってね!」


「シル殿、ファイトでござる!」


 彼女の番が回ってくるとシルは顔を赤らめて少し恥ずかしそうに下を向いていたが、俺たちの声援に応えるかの如く歌い始める。


 彼女は美しかった。容姿はもちろんだが、透明感があり、よく通る美しい歌声だった。


 彼女が歌い終わるとギャラリーは拍手や口笛で彼女を称えるのだ。


「あー、緊張しましたぁ」


「お姉ちゃん、綺麗だった!」


 俺がそう言って褒めたたえると彼女は照れながら俺を抱きしめた。そしてスイーツを三等分するとニッコニコで食べ始める。


「あの、お嬢さん。 ミスコンに出る気はないかね?」


 俺たちが食事を楽しんでいると老人がそう話しかけてきた。のど自慢のシルを見て目を付けられたのだろう。


「はい、でまーす」


 俺は無責任に即答する。シルもカスミも美人だ。恐らくどちらかで優勝だろうな。



――え? え?


 控室に連れられて行ったのはシルでもカスミでもなく俺だった。そしてピンク地に白のフリフリの付いた水着に着替えさせられる。


 そう言えば俺もとびっきりの美少女だった。理由はそれだけでなく、これは後で知った事だが、このミスコンは参加条件が六歳から十二歳までだったそうな……。



「はい、次の子で最後ですね。エントリーナンバー8番、アンリちゃん十一歳。 旅の空から飛び入りだぁ!」


「はーい、アンリでーす! 皆さん、よろしくね!」


 そう言ってクルリと一回転すると俺は愛想を振りまいた。


「きゃー、アンリちゃん。 可愛いですぅ」


 シルが嬉しそうに声援をするので俺は満面の笑みで手を振ってやった。


「それではアンリの歌を聞いてください」


 俺はヤケクソ気味にペコリとお辞儀をすると歌い始める。他の子たちは童謡だと思われる歌を歌っていたが、生憎と生前の俺は歌に興味がなかったし、アンリは貧しい修道院の出だ。


 なので唯一知っている讃美歌を歌った。


 俺が歌い出すと辺りが静まり返った。俺は『引かれたか?』なんて思いつつもミスコンの結果なんぞどうでも良かったので構わず歌いきる。


 ペコリとお辞儀をして舞台を降りると歓声が起こった。中には感極まって涙する者までいた。


 そっか俺って歌上手かったのか。



「今年の優勝は8番のアンリちゃんです! 皆さま、温かい拍手をお願いします!」


 俺の名が呼ばれると係員に手を引かれて再度、舞台に上げられる。そして、花束ではなくお札を渡されると、今度は神輿に乗せられて『えっほえっほ』と運ばれるのだ。


 そして、神輿は町の水門に併設されている人工池にたどり着くと「池に入って中央の祭壇にお札を備えてくれ」と耳打ちされる。


 どうやら俺の膝位しか深さがないようだ。俺はパシャパシャと池に入って行くと『成程、だから水着なのか』と妙に納得をして祭壇にお札を備えるのだ。


 これは恐らく水の精霊だか神だかにお礼をして翌年の豊穣を願う儀式なのだろう。


「来年も実り多からん事を……『ホーリーライト』」



 吹っ切れた俺は天に向かって光の柱を作り出した。




「あー、なんかめんどくさくなってきたのだー」


 ミュウは地面を転がりながらそう愚痴った。同時に、いっその事帰ろうかなんて思ったりする。


 そういう訳にはいかない事は彼女自身がよく分かっていた。


「マスター、ほんとどこなのだ?」


 そう言うとミュウは再び歩き始めた。


 


 

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