第19話 『陰謀(?)渦巻く中、それでも淡々と俺たちの日常は過ぎていくのだ』
「ふむ、アリだな」
「アリとは?」
セバスチャンは自らの主が報告書に目を通して、そう呟くと、その意図を尋ねた。
「爺やよ、以前、お前はこう言ったな。 『勇者は既にそこにいる』と」
「確かに」
「俺は数年後にアンリちゃんを勇者パーティーに復帰させるつもりだった。 しかし、彼女が現状を望むのであれば、この形もアリじゃないかと思うのだ」
「成程。 アンリ嬢はこちらの思惑にも乗ってくださる様ですしな」
現状、二つある勇者パーティーは上手く機能しているし、その方が彼らの負担を少なく出来るのだ。つまり、皇帝は勇者パーティーの更に別枠を作ろうと考えている。
セバスチャンはこう考えて主に深々と頭を垂れるのだ。
「俺はさ、慣例という事で従って来たものの、実は先代までの今のやり方が余り好きじゃないんだ」
そう言うとユリアノスは引き出しから紙を取り出して何かを書き始めた。
「だって、そうだろ? 人知れず戦い続けるんだぜ? いくら、そうしないと人間界が滅びかねないって言ってもよ。 それじゃあ、余りにも報われないよな」
「仰る通りにございます」
慈悲深い主に感動すら覚える。彼は目頭に熱いものが込み上げてくるのを感じつつ感慨にふけった。
「……アイドル。 そうだな、アイドルがいい」
「は?」
「だから、アイドルだよ。 爺や、お前知らないの?」
「いえ……、それは存じていますが……」
「だからさ、アンリちゃんを地上で活躍させて、それを宣伝するの。 『アンリちゃん、つおい』『アンリちゃん、すごい』『アンリちゃん、かわいい』ってな具合にな。 そうやってアンリちゃんをアイドルにするんだよ。 それで俺がファン一号なわけ。 んー、プロデューサーでもいいかな。 ああ、じゃあ、まずは曲と振り付けの発注しないといけないな……。 確か、仲間も美少女だったよな。 ならば、それも都合がいいな」
絶句した。そう言って頬を緩ませる皇帝に彼は絶句したのだ。
お前、それ勇者関係ないやん。 そう思うセバスチャンであった。
報酬の受け取りに指定された町へ到着すると、そこは実に活気に溢れていた。その理由を知って俺は満更でもない気分となるのだ。
「しかし、師匠。 行き成り放り出すとか酷いでござる」
「全くです。 びっくりしてチビっちゃうかと思いましたよ」
各々がそう不満を漏らすが、俺は「あの時は崩落するかもしれなかったから」なんて適当に言い訳をする。
まあ、信じてもらおうなんて考えてはいない。しかし、あんなもんはお前らが知る必要のないものだ。
「『勇者焼き』はいらんかねー?」
「勇者様も好んだ『勇者蜂蜜水』だよ。 お嬢ちゃん、飲んでいかんかね?」
「さて、皆さまご覧ください。 どこから切っても勇者様。 『勇者飴』だよ、いらんかねー?」
広場には数多くの露店が並んでおり、それぞれが盛んに呼び込みを行っているのだ。俺のかつての仲間の一人の出身地でもあったこの町はそいつを全面的に押し出した観光業に力を入れているらしい。
「この『勇者焼き』って、あまり馴染のない食感ですが上品な甘さで美味しいですね」
「これは餡子入りのカステラにござるな。 拙者の故郷ではよくある甘味にござるが、確かにそこ以外ではあまり見かけぬものでござる。 懐かしいでござるな」
シルが鎧武者をかたどった小さなカステラを口に放り込みながらそう言うと、カスミが感慨深そうにそう答える。
俺は好物の蜂蜜水を飲みながらニッコニコで二人の後を歩いた。女の子って奴は甘い物に目がないものだ。俺たちは様々な『勇者〇〇』をパクつきながら町を散策した。
勇者の仕事と言うのは一般人には殆ど開示されていない。それでも、『勇者』なんて仰々しい呼ばれ方や何か大事な事をしている位には世間は認識していて、それでも『俺たちがやって来た事が認められているのだな』と俺は上機嫌だったのだ。
「実に立派な祠にござるな!」
「んー、勇者『カシウス』のお墓のようですね」
それは祠というよりは小さな古墳であった。
カスミがそう感嘆の声を上げると入り口付近の説明書きを読みながらシルがこう解説をした。小山のようなそれは玄室に通じるトンネルは勇者たちが魔物と戦っている壁画が描かれており、玄室には棺ではなく石碑が置かれていた。俺同様にあいつの遺体も回収できなかったからだ。
俺はその石碑を小さな手で撫でながら、心の中で『よかったな』と呟く。
「拙者、 一度は勇者様の戦いを拝見させて頂きとうござるよ!」
墓参りを終えて感極まったカスミが目をキラキラさせてこんな事を言いだした。
「もしかして、勇者ってアンリちゃんより強いんですか?」
「んー、どうでござろうな。 師匠もでたらめに強いのですが、勇者に選ばれてない様ににござるし……」
「えー、そんな人間がいるのですか!」
二人の会話を俺は苦笑いで返す。まあ、今の俺は弱いよ。多分、ユリウスと戦ったら試合なら俺が勝てても殺し合いなら負けるだろう。その程度の強さでしかない。
「かぁー、体が熱くなってきたでござる! 師匠! 一手所望いたしまする!」
勇者談義に花を咲かせていたカスミは火が付いてしまったようだ。仕方がないので付き合ってやることにする。
「師匠、早く、早くぅ!」
アホか、町中で剣を抜けるかよ!
顔を高揚させたカスミが仕切りに催促するが俺は無視して町外れまで歩く。
そして、『ここら辺でいいか』と俺はカスミにの方に振り返る。
「ここら辺でやろっか」
「心得申した!」
彼女は元気にそう答えると柄を握り前傾姿勢を取った。行き成り必殺技を出すらしい。
「『桜花夢想連檄』!」
「あ、やば……」
彼女の初段に剣を合わせると俺はある事を思い出したが、それは時既に遅しと言う奴だった。
俺の剣は彼女を大きくのけ反らさせて彼女の刀を宙に飛ばせたのだ。手加減をしていたとはいえ、俺の剣でやればこうなるのは一目瞭然だった。
「ごめんなさい。 ちゃちな小剣じゃないの忘れてました」
唖然とする彼女に俺は言い訳をした。やはり刀はかなりの業物だったらしく、幸いな事に折れてはいなかった。
「何と言うか……、迫りくる巨大な鉄球をぶっ叩いたの如く……」
手が痺れたのだろう。彼女はそう呟きながら手首をヒラヒラとさせながら刀を拾いに行く。
「ノオオオオオオォォォ! 拙者の愛刀がぁ……」
そして、慟哭するのだ。
「その……、なんと言うか……、ごめんね」
俺はいたたまれなくなってエヘヘと頬を掻く。
俺と交えた部分の刃はボロボロとなり、刀身もうっすらとヒビが入ってしまっていたからだ。
「これは俺には無理だな」
彼で最後だった。
翌日、刀の修理の為に、この町の鍛冶屋を回っていく。刀を見せるとその全てが同じような答えを出してしまうのだ。
「トホホホ……」
修理依頼のついでに何か別のものをと見繕うと、彼女によれば刀以外はしっくりこないらしい。
まじで悪かったよ!
「流石にわたしも責任を感じています……。 カスミお姉ちゃん、それってどこで作られた物か分かりますか?」
「確か、ドワーフの名工によって鍛えられた刀だと聞き申した」
ドワーフか。なら、そこに行くしかないな。
こうして俺たちの新しい目的地が決まったのだ。
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