第18話 『目的を果たすには偶然には頼っていられない』

「はえぇー、何と言うか……ザ・荒野って感じにござるな」


 そう言うカスミの感性は間違いじゃなかった。


 ここは廃村だった。鉱山が廃坑になった後に、岩ばかりで作物の育たなそうなこの土地は棄てられたのだろう。


 軍団からはぐれた魔物がこういった場所に居付くのはよくある話だった。人が住んで居ない為、被害が無いのは幸いである。


「さてと、予告通りに今回は攻撃魔法は使いません」


「では、競争にござるな」


「いえ、そこです」


 俺は血気盛んなカスミをメッすると忠告をした。


「廃坑に入る時はわたしが先頭です。 これは絶対に守ってください」


「えー、それだと結局いつもと変わらない気がするでござるよ」


「分かりました。 それではわたしは舐めプをします。 これ以上は譲りませんよ?」


 俺がそう言うと彼女はしぶしぶと了解するのだ。


「アンリちゃん、ここは何がでるのですか?」


「それが分からないから釘を刺したのです」


 俺の予想ではそれなりに強い魔物が出る。恐らく俺は手紙に誘導されている。そして、俺はそれに乗るつもりだ。


 冒険者とは危険を買う職業だ。だからと言って無意味に買う訳にもいかないのだ。



 俺は周囲の気配を探る。どうやら村には、これといった気配は感じない。ふむ、ここは素直に廃坑に入るしかないか。


「もしかすると単に出払っているだけの可能性があります。 背後に気を配るのを忘れないでください」


 廃坑の入り口で俺はそう言うと光の玉を三つ程、生成した。約束通り攻撃力は持たせていない。俺達それぞれの周囲に浮かばせた、唯の明かりだ。


「アンリちゃん、何か感じますか?」


「んー、まだよく分からないけれども……、奥の方に一つだけ、何か大きな気配を感じます」


「お! 師匠、それがしにタイマンさせて下さらんか?」


 その言葉に俺は答えずにゆっくりと廃坑を進んでいった。まだ、それがどれ位かが分からない以上、答えは保留したのだ。



「えとえと、今、歩いているのが本道で一杯側道があるのだけれども、どうします?」


「無論、その気配とやらに向かって一直線にござる」


 俺の問いに、カスミはそう言うとエッヘンと胸を張った。シルの方に視線を向けると彼女もおずおずとではあるが頷くのだ。


 気配は下の方にあった。俺は『まあ、それでいいか』とその気配を目指す。


 幾度か行き止まりを戻りつつ進むと、道が崩落していて気配はその先にあるようだ。そして、その頃から何かの唸り声の様なものが聞こえてきた。


「ああ、鍾乳洞とかち合っちゃったんですね」


 シルの言う通りだった。慎重に崩落の後を降りていくと俺は彼女らに戦闘準備を促した。



「カスミお姉ちゃんはタイマンを希望してるんだっけ?」


 そう俺が意地悪く言うとカスミはバツが悪そうに「うー」と低く唸った。


 あれは竜だ。分厚い緑色の鱗に覆われた地竜であった。奴は翼を持たず飛ぶことは出来ないが、その分、固くまた地上戦に特化をしていた。


「えとえと、じゃあ、わたしがお手本を見せます。 それを見た後、二人で頑張ってください」


 言い終わると俺は跳ねた。シルの「えー!?」という叫び声が聞こえたが俺は聞えない振りをした。


 ドラゴンが身構えるより速く俺は奴との距離を詰めて大きく飛ぶと頭を小剣で切りつける。


 剣は頭を切り裂くどころか嫌な音を立てて折れると、刃が明後日の方向に飛んでいった。そして、俺はそれを確認する前に、これまた大きく後ろに跳ねると二人の元に戻った。


「えー、この様に舐めプをすると武器が壊れます。 では、これを参考に頑張ってください」


 『何言ってんだコイツ……』みたいな二つの視線に俺は柄を投げ捨てながら、ニコニコと笑顔を向けてやった。


 地響きがこちらに向かってくる。俺に殴られて怒り狂った竜が突撃してきていた。


「えー、サポートは一応します。 『フローティング・シールド』」


 光の盾が四枚生成されてカスミの周囲で浮遊する。


「じゃあ、カスミ。 失望させるなよ」


 そして、俺たちは散開する。竜の突進が空を切った。


「やらいでか!」


 カスミはヤケクソ気味にそう叫ぶと抜刀した。


 そして、戦闘は始まるのだ。



 カスミは腰を低くし両手で柄を握って正眼に構えていた。行き成り切りかからなかった所を見ると、俺の行為で学習したようだ。


 明らかに考えあぐねていた。だからと言って敵は待ってはくれない。


 竜が尻尾を振りかざし彼女を薙ごうとした。シルの剣が空を切ると尻尾が見えない力にはじき返される。尻尾を戻すバネで竜は爪で切りかかった。それを光の盾が二枚ほどカスミの前に集まって防ぐ。


「いい? ちゃんと二人で協力しないと倒せないよ?」


 奴が嚙みついてきた。盾四枚が集まってそれを防ぐ。


「成程、防御面は完全といった所……。 ならば、女は度胸にござる!」


 そう叫びカスミは竜の腕を切りつけた。鱗が何枚か爆ぜた。ほう、中々の技物の様だ。しかし、これではダメージにならない。


「シル殿、貴方の攻撃で奴を傷つけられませぬか?」


「出来るかどうかは分りませんが、やってみます。 少し時間を稼いでください」


「心得た!」


 シルはそう言うと目を閉じて集中し始める。それを見たカスミは竜を滅多切りにした。竜の体に軽く当てると素早く刃を引いて別の場所に同じことをする。


 これはダメージを与える為ではない。奴の意識を自分に向けさせるための行為だ。盾はカスミの周囲を忙しなく飛び回り竜の攻撃を何度も防ぐ。


「カスミお姉ちゃん、盾の感度を下げます。 ちゃんと、かわしてくださいね」


「鬼ぃぃぃ!」


 カスミの非難も最もであったが、これじゃあ鍛錬にならん。まあ、こんな事を言いつつも、避けきれなかった攻撃はちゃんと受けさせるがね。


「お待たせしました! 精霊さん、頑張ってくださいよぉ」


 そう言ってシルは空振りする。強い力を感じた。そして、それは竜の首筋を切り、そこから血を吹き出させた。


「さて、弱点ができたね。 どうしよう?」


「無論、そこを斬るのみ。 シル殿、任せたでござる」


「無理ー。 ここまでの力は暫く集まりそうもないですぅ」


「心得た! 『桜花五連撃』!」


 素早い判断だった。カスミは首の傷を狙った五連撃を放つ。しかし、そこに当たったのは二度のみ。着実に傷を広げる事には成功したが切り落とすにはまだまだ足りなかった。


 怒り狂った竜が大きく息を吸い込んだ。ブレスのモーションだ。


 盾が四枚ともカスミの前に集まる。シルは空を切った。灼熱の息が少しの間、盾を焼くと突風に流されていった。


「さてと、有効打は二回だね。 それを三回、四回、五回と出来るかな?」


「そんなに体力が持たないでござる……。 五連撃を放てるのは精々が二度、それが限界にござる」


「それが限界だと言うのなら、限界を超えろ」


 俺は冷たく言い放つと、光の盾を消した。


「最強になりたいんだろ? ならば死ぬ気でやれ。 いや、できなければ死ね」


「ちょ、ちょっと、アンリちゃん……」


「それすら嫌なら俺が倒してやってもいい。 どうする?」


 カスミは無言だった。無言で刀を鞘に戻す。


「かぁー! ムカつくでござる、ムカつくでござる! 師匠とは言え、上から目線の童女のその言い草、実に腹が立ち申す!」


 そうひとしきりヒスった後に眉を吊り上げキリっとした表情となる。


「しかし、最もにござる。 拙者が限界を認めてしまえば、そこで終わりにござるな」


 カスミは大地を踏みしめて腰だめを作る。


 それでいい。もう既にそれはお前の中で芽吹いているのだから。


「『桜花六…』」


「数で限界を語るな!」


「『桜花夢想連撃』!」


 それは完成にはまだ程遠かった。しかし、超高速の七つの刃が竜の首を切り落とすとカスミは無様に地面を転がった。



「師匠、一生付いて行きまするぅ」


「がんまりましたね」


 カスミが上機嫌で俺を抱え上げると、俺はそう言って彼女の頭を撫でてやった。シルが頬を膨らませて「私もがんばりましたぁ」なんて不平を口にするので、シルの頭も撫でてやる。


 二人の成長を喜ぶ半面、俺の心は覚めていった。


 そこにはまた在ったからだ。


 禍々しい光を放つ例の魔法陣が……。


「あれを消滅させ……」


 そう言いかけた時、新たに召喚された、その気配に俺は思わず二人を外に転移させた。


「邪竜だと……? これはそんなもんまで呼び出せるのか……」


 赤黒く禍々しいその姿を見て、俺は思わずそう呟いた。こいつは地竜なんかとは比べ物にならない力を持った『アビス』の魔物だったからだ。


「『無限斬』」



 俺はバラバラになった忌々しいその破片を一瞥すると破邪の術を使った。


 

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