第14話 『そして伝説に・・・。 自分がそうなると気恥ずかしいものだ(上)』
旅の資金は十分であったので補給以外で町には寄らなかった。
俺はその時が近づいて来るのを感じていて、この数日は妙にそわそわしていたのだ。
――三十年以上か……。
俺が勇者に選ばれ故郷を離れてから、それ位の年月が経っていた。今、故郷はどういう感じだろうか?そんな事を考えると妙にそわそわしてしまうのだ。
無論、名乗るつもりはない。だが、興味は尽きなかったのだ。
あと半日もすれば到着する。だから俺はそわそわしてしまうのだ。
「凄く変わったな……」
「来た事があるのですか?」
「ううん。 聞いていたのとたいぶ違うって」
声に出してしまったようだ。御者台から俺の方を向いてそう尋ねてきたシルに俺は嘘を吐いた。
魔界に近いこの町は俺がいた頃はまだ小さな開拓村であったが、今はこれまで通って来た町とそん色のないものに成長していたのだ。
比較的近年に作られたのではないだろうか? 町を覆う堅牢な作りの壁は劣化が見られなかったし、何と言うか……この町は計画的に作られた、そんな整然とした感じを受けたからだ。
町の前で馬車をしまい。門をくぐると石畳で綺麗に舗装された道が通っており、その奥には大きな館が建っているのだ。恐らくは領主の館だろう。
町の入り口と館のほぼ中心点は大きな広場になっており、その中央には噴水がある。そして、その噴水を囲むように様々な露店が軒を連ねていて活気を感じさせた。
更にはその噴水の真ん中には戦士風の大きな銅像があり、それは俺だった。
「お嬢ちゃんたち、お参りに来たのかい?」
露店のおっちゃんに声を掛けられた。
「お参りですか?」
俺がそう尋ねると、おっちゃんは丁寧に俺の事を説明してくれたのだ。自分の事なのでこっぱづかしいから要約する。
何十年も前に、この町から勇者が出た。その勇者は自分の命と引き換えに魔神を倒したのだ。そして、亡骸の上がらなかった勇者の為に墓標代わりの銅像を作ったのだ。こんな感じだ。
前世の俺は給料とか褒美なんかを実家に送っていた。生活費などは国持ちだったので金を使う機会がなかったからだ。まあ、有効利用してくれたみたいで何よりだ。
「おー、この方がユリシーズ様にござるか!」
「そうみたいだね」
「アンリちゃん、どうしたんです?」
力なく答えた俺にシルは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
別に俺はどうもしていない。ただ、『他の奴らもこんな感じで祭られているのかな?』なんて、そんな事を考えていただけだった。
「ううん。 そうだ、ここに数日滞在しようと思うけどいいかな? 多分ね、シルお姉ちゃんがそう思うのはアンリが長旅で疲れちゃったからかな」
シルはまだ不安そうな顔をしていたが、その提案には乗ってくれるようだった。
「今日は一人で散策したいと思います」
翌日になると俺は二人にそう宣言をした。
「危ない事はしませんよね?」
「え? うん、町を散策するだけだから危ない事なんて何もないよ」
「それはアンリちゃん的に『危なくない』ですか?」
何だかやけに食って掛かるな。ジト目でそう言うシルに俺は「町の外にでる気はないよ」と断言をした。
「あー、そうそうカスミお姉ちゃんはわたしが教えたストレッチをちゃんとやる事!」
「心得申した!」
そうして俺は宿を後にした。
嘘は言っていない。一人で散策したかったのは、ここではボロを出しそうだったからだ。俺は二人に、いやこの世界の人間に転生した元勇者である事を知られたくなかったのだ。
俺はアンリに罪悪感を持っていた。俺の普段の口調や仕草は間違いなくアンリのものだ。アンリと俺は同じ存在のはずだ。
しかし、俺の意識が目覚めたあの日、アンリの魂を磨り潰して、乗っ取ってしまったような、そんな感覚を覚えたのも事実であった。
だから、俺はアンリでなくてはいけない、と考えているのだ。今後、名誉や富を得る事があるとしたら、それは『勇者アンリ』のものでなくてはならない。こう考えているからだ。
俺はこんな事を考えながら館へと向かう。門番はいなかった。町人が何の躊躇もなく館へ入って行くのを見ると、そこは政庁を兼ねているのだろうと俺は予測した。
「おや、小さい子がどんな御用かな?」
「わたしは冒険者をしているアンリといいます。 ご領主様にご挨拶したくて、ここに来ました」
俺が館に入ろうとすると、庭で草むしりをしていたナイスミドルに声を掛けられた。俺は彼の方に向き直ると、こう言ってペコリとした。
俺はこの男を知っていた。不覚にも涙が溢れそうになった。
彼は俺の顔を凝視すると、少し考えたようなそぶりをしていた。
「それはそれはご丁寧にどうも。 私がこの町の領主を務めさせて貰っているユピテルだ」
この言葉で俺は親父の死を悟った。何故ならこの男は俺の弟だったからだ。
「えとえと、前の領主様のお墓参りをさせて貰ってもいいですか?」
「おお、それはありがとう。 でもね、お嬢さん。 墓は壁の外にあって一人では危ないよ。 ここら辺も最近は安定してきたと言っても、まだまだ魔物が多く出るからね」
「あ、わたし、こう見えて『ゴールド』級なんです。 だから、大丈夫だと思います」
こう言って俺が冒険者証を見せると彼は「そうか、そうか」と頷くと庭の花壇から百合の様な花を一本引き抜くと俺に渡したのだ。
「それではお嬢さんに依頼をしよう。 この花を両親の墓に備えて欲しい。 受けてくれるかな?」
「ふふふ、その依頼お受けします」
それは懐かしい花だった。
「これはね、本来はこの辺りには咲かない花なんだよ。 私は幼い頃、体が弱くってね。 私が熱病に掛かって苦しんでいると、兄が危険を省みずに魔界から取って来てくれたんだ」
「確か、花びらを煎じて飲むと解熱効果があるんでしたよね?」
「ああ、よく知っているね。 何故か君を見ていると、その事を思い出してね。 本当に優しくて強い自慢の兄だったよ」
「では、そのお兄さんに免じて依頼料は無しでお受けしますね」
「ありがとう。 では、簡単に場所を説明しようか」
ユピテルが説明を終えると、俺は花を受け取るとペコリとお辞儀をした。
「親父、お袋、久しぶりだな」
この墓地には見覚えがあった。俺がまだこの町にいた頃、ここら辺が開拓村の中心部であったはずだ。つまり、当時の墓地をそのまま使っているという事だ。親父はお袋の墓に一緒に埋葬されたって事だ。
俺は墓に花を供えて祈りながらそう呟いた。
町の雰囲気から察するにユピテルはよくやっているようだ。元々、あいつは俺より頭が良かったし、何よりも人物鑑定眼が優れていた。この危険な土地を治めるには何よりも大事な資質を持っているのだ。
「なあ、親父。 あんたが作ったこの町は自慢の弟に任せておけばいいよな?」
俺は天を見つめながらそう呟いた。
「だけどさ……、ちょっとした事に過ぎないけどさ。 親の死に目に会えなかった親不孝者としては、少しは親孝行って奴をしていってもいいよな?」
そう言って俺は微笑んだ。
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