第15話 『そして伝説へ・・・。 それが自分だとなると気恥ずかしいものだ(中)』
「えとえと、今日も一人でお出かけするつもりです」
「ダメです!」
翌早朝に俺がそう宣言するとシルは即座にそれを却下した。
「昨晩からのアンリちゃんは実にやんちゃな顔をしています。 だから一人にはできません」
よく見ているじゃないか。頬を膨らませてそう言うシルに思わず感心してしまう。
「えとえと、じゃあ言い方を変えます。 わたしは一人でピクニックに行くのだけれども、付いてこない方がいいよ?」
「私は前回の事だって納得したわけではないのですよ? 私たちはパーティーのはずです。 確かにアンリちゃんから見て私はヨワヨワで頼りないのかもしれません。 でもですよ、アンリちゃんが一人で傷つくなんて嫌なのです。 辛い事も、悲しい事も、楽しい事も、嬉しい事も私は共有していきたいのです。 だから一人は駄目なのです!」
手をギュっとしながら、力強くそう主張するシル。そもそも、俺はこれまでの冒険で傷ついた事なんて無い訳だが、彼女が言いたいのはそういう事ではないのだろう。
「えとえとえと……、じゃあ、更に言い方を変えます。 怖い思いをすると思うので、付いてくると後悔しますよ?」
「だから一人は駄目なのです。 だって、私はアンリちゃんのお姉ちゃんになりたいのですから!」
「お? 戦いにござるな。 腕が鳴り申す」
今日はやけに強情なシルの対応に困っていると、カスミは妙に達観していた。
「分かりました。 付いてきた以上は役に立ってもらいます」
「えっと、守ってくれるのですよね?」
「楽しい、楽しいピクニックー♪」
こらこらこら。俺がそう宣言すると、シルは少し青ざめた表情で戯言をほざいた。俺はそれを聞き流すとニッコニコで空を見上げる。
雲が僅かにしかない実にピクニック日和だった。
俺たちは町の外に出ると辺りを徘徊した。俺としては適当に歩いている訳ではない。魔界側の方をある事をイメージしながら練り歩く。何もない荒野が目的地だ。
「……うっぷっ、アンリ師匠。 それは勘弁して欲しいでござる」
町を出てた頃からカスミの顔は次第に青ざめていき、今では口元を抑えながら辛うじて付いてきている。そんな感じになっていた。まあ、当然だよな。
「カスミさん、どうしたのですか?」
不思議そうな顔でカスミにそう尋ねるシル。むしろ、平然としているお前の方がおかしいのだよ。
エルフにはそれに耐性があるのか、精霊の加護によるガードなのかは俺には分からなかったが。ちゃんとそれを出来ているかが不安になってしまうぞ。
「シル殿には分からないのですか? 師匠は先程から強烈な闘気を辺り構わず放っているでござるよ。 これはまるで、この辺り全ての生き物に喧嘩を売っているようでござる……」
ふむ、やはりお前には戦いのセンスがあるようだ。俺がやろうとしている事は正にそれなのだ。
そろそろ気配を感じてきたので準備に取り掛かることにしようか。
「そろそろ、ピクニックの準備に入ります。 待ちきれなくて、フライングしちゃう子もいると思います。 わたしは集中を切らしたくないので、そういった悪い子の相手はお姉ちゃんたちがしてくださいね」
俺がそう言うとシルはハテナ顔であったがカスミが絞り出すような声で「分かり申した」と答える。
俺はその言葉に満足すると天高く――雲よりさらに高い場所に巨大な魔法レンズを生成していった。
「ピクニック―♪ ピクニック―♪」
俺はお友達が俺たちを遠巻きにして沢山集まり始めたことに上機嫌であった。だから、もっと強く放った。
「カスミさん、大丈夫ですか?」
耐えられなくなってカスミはリバースした。シルがそう言って彼女の背中を摩ってやると「吐いて少し楽になり申した……」などと言い水筒の水をがぶ飲みしていた。
「ねえねえ、アンリちゃん。 先程から何か凄く怖そうな唸り声が聞こえるのですけど……」
「そだねー♪」
「ねえねえ、アンリちゃん。 何やら私たちの頭上を見慣れない生き物が旋回しているのですけど……」
「そだねー♪」
「ねえねえ、アンリちゃん。 何やら向こうから、大きなライオンさんが猛烈な勢いで向かってきているのですが……」
「そだねー♪ どうやら、抑えの効かない跳ねっ返りが来たみたい。 お姉ちゃんたちよろしくね」
先程からの気配は俺の放つ闘気にムカついて追って来たはいいが、仕掛けるタイミングを伺っている。こんな感じの連中だ。だが、やはり世の中、我慢の出来ない輩ってのがいる訳で……。
それはライオンではなかった。人の頭にライオンの胴、そしてサソリの尻尾を持つ――つまり、マンティコアだ。強さは中の上といった所。二人の実力を試すには十分な相手だろう。
「カスミお姉ちゃん、全力で戦ってください。 可能な限りの連撃。 これを意識して戦えば五連撃を使いこなせるようになるでしょう」
「心得ましたでござる」
「シルお姉ちゃん、ミドルレンジからカスミお姉ちゃんを援護してください。 二人は愛称がいいはずです。 がんばって」
「戦わないとまずいですぅ?」
当たり前だろ!
「尻尾には毒があります。 ピンチになると刺を放ってくるので注意してください」
二人の戦いを能天気に観察する。
カスミは勢いよくマンティコアに飛び込んでいくと連撃を放った。
惜しいな。五連目を出すところで体制を崩してしまい、よろけてしまった。そこに空かさずサソリの尻尾が襲い掛かるのだ。
それを見たシルは両手で剣を構えると思い切り振るった。当然届かないはずのそれは見事に尻尾を弾いたのだ。
「シルお姉ちゃん、ナイス! カスミお姉ちゃんはしくじったら死ぬつもりでやらないとダメだよ」
二人は良く機能していた。カスミは着実にダメージを与えていて、シルは敵の攻撃を上手い事、阻害していた。そう言えば、シルは以前『戦いは苦手だ』と言っていたな。そもそもが支援向きなのだろう。
戦いの終盤。命の尽きかけたマンティコアは最後っ屁を放った。奴の尻尾から無数の刺が放たれて今まさにカスミを襲わんとしていた。
「ダメです。 全部は反らせません!」
シルが悲痛な叫びを上げた。
「カスミ、死ぬ気で放て!」
「心得た!」
そう言うとカスミは刀を鞘に戻す。
「『桜花五連撃』!」
鞘走りが火花を上げた。そして、彼女の斬撃は刺を切り裂き、マンティコアの頭を両断した。
「お見事!」
練習で出来るのと実戦で使えるのは別の話だった。俺は彼女を称賛するとカスミはエヘヘと照れ笑いをして答えたのだった。
「んー、そろそろいいかな……」
周囲を取り巻く気配の数が三百を超えた頃、俺はそう判断した。滞空させていた魔力レンズの数も十となると今の俺では体力的にも限界に近かった。
俺は歩みを止めて。空と周囲を確認した。
「お姉ちゃんたち、そろそろ始めようと思います。 その前に一つだけ注意があります。 わたしの体に触れる位に――ううん、いっその事、抱き着いちゃってくれて構いません。 兎に角、わたしのそばに集まってください。 でないと死にます」
そう言うと俺は闘気の放出を止めた。その刹那、三百を超える殺意に曝されるのだ。
「大丈夫……ですよね?」
「うん、あと……この後、わたし多分動けなくなっちゃうんで町まで担いでいってね」
様々な種類の方向が不協和音を奏でる。怒り狂った奴らは我先にと向かってくるのだ。
シルは俺に抱き着いて震え。カスミは俺の肩に手をやっていた。
俺はそれを確認すると魔力障壁を展開する。
「さあ、ピクニックの始まりだ」
こんなの馬鹿げている。俺は苦笑をしながらこう考えた。
「『フレイム・オブ・ゲヘナ』」
その死の天使は音もなく舞い降りた。
十個の魔力レンズに蓄えられた太陽の光は収束され、圧縮され、増幅され、そして拡散された。
そこから放たれた超高熱の光の柱は辺り一面を縦横無尽に駆け抜けると無慈悲な死を振りまいていくのだ。
こんなの馬鹿げている。俺はもう一度、苦笑した。
戦いは効率的に行うものだ。最小限のコストで最大の成果を得られるように戦うべきなのだ。
こんな圧倒的で絶対的なオーバーキルなどふざけた話だった。
光の柱が駆け抜けた後には何も残らなかった。一瞬でそれを焼き、蒸発させていく。例外なく平等に、全ての魔物を駆け抜けていくのだ。
「後はよろしくね」
光が完全に消え去ると俺は膝を着いて力なくその場に崩れ落ちた。
「みゅー、あれはマスターの魔法力なのだ!」
ミュウはそう言うとその場で嬉しそうにピョンピョンと跳ねた。遥か遠くで何か大きな魔法が発動したのを感じたのだ。
「やっぱり、マスターは生きているのだ。 早く会いたいのだ―!」
そう叫ぶと彼女は小龍の姿に戻り、その方向に嬉しそうに飛んでいった。
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