第9話 『俺のいない所で貴方、何やってるんですか・・・』
「うおー-ん、アンリちゃん。 君なら、また立ち上がれるってお兄ちゃん信じていたよぉぉぉ」
そう叫びつつ気色の悪い顔をしながら床を転げまわっているのは若き皇帝ユリアノスであった。そして、仰向けの姿勢になると彼は手紙を両手で持ち、もう一度、その中身を確認した。
これにはギルド長ガイウスからアンリの冒険者登録を認めたと言う内容が書かれていたのだ。
「オッホン」
控えていた執事長がわざとらしい咳ばらいをするとユリアノスは真顔に戻り、椅子に座った。
「爺や、何か問題でも?」
「滅相もございません」
そして、彼はもう一度手紙を読み返してニヤニヤすると、机の引き出しから紙を取り出して何やら書き始める。
「セバスチャン、これを各冒険者ギルドに通達するのだ」
「これは公私混同も過ぎるのでは?」
見せられたメモに肩眉を吊り上げてセバスチャンは尋ねる。その内容が余りに酷い物であったからだ。教育係として幼い頃から仕えている彼には時折、暴走気味となる主君をいさめる役目もあるのだ。
「凡そ一億分の一。 爺やよ、これが何の確率か分かるな?」
「もちろんでございます」
「答えよ!」
「現在、七人しかいない神託の勇者が生まれる確率でございます」
「アンリちゃんは替えなどが存在しない貴重な存在なのだ。 それに可愛い。 古の賢人は言っのだ。 可愛いは正義とな。 つまり、ただでさえ貴重なアンリちゃんは可愛い。 それだけで世界一の人材だと知れ」
「非才な爺から見まして、陛下の冒険者証の沙汰は実にお見事な采配だったと感心させられました」
「当たり前だ。 可愛い妹を信じないお兄ちゃんがいる訳が無かろう。 成長した彼女は必ず勇者の使命に目覚めるなど自明の理というものだ」
「しかし、今回は……」
「爺やよ、黙れ! アンリちゃんは困っているのだぞ! それを見過ごすお兄ちゃんがいる訳がないだろうて!」
そう熱弁する主にセバスチャンはヤレヤレと肩をいからせると「かしこまりました」と一礼するし退室していった。
この日、全冒険者ギルドに勅命が下った。アンリちゃんを全力でサポートせよ、と……。
因みに、皇帝ユリアノスと勇者ユリウス双方ともにアンリの血縁者ではない。要するに彼らはそう思い込んでいる唯のロリコンであった。
「えっと……、私、よく分からなかったのですが、どうして急いでいるのでしょう?」
「わたしもよく分からなかったからです!」
「へ?」
シルが間抜けな声を上げたが、これに関しては俺も全く意味不明であったので、そう答えるしかなかった。それでも、何か気味が悪かったのであの場を逃げ出したのだ。
左手に『ゴールド』級冒険者証。右手にミニチュアの馬車。二つをキョロキョロと見比べてみる。
何だこれ? 正直まるで意味が分からなかった。
「えとえと、シルお姉ちゃんはギルドの応対がやたらと良かった位の事は分りますよね?」
「もちろんです。 へへへ、ホテルのお食事も美味しかったですねえ」
「では、能天気な事を言うお姉ちゃんに質問です。 討伐報告に行ったら何故かギルドの待遇があり得ないほど良くなりました。 それはどうしてでしょう?」
「え? アンリちゃんが交渉したのではないのですか?」
「私は何もしてません!」
だから、意味が分からないのだ。正直、気味が悪くて仕方がなかったのだ。かと言って、貰った物を返したくない。だから……。
「正直な処、私にはある程度、目算って奴がありました。 格上を討伐した事で『シルバー』級に成れるんじゃないか?とか。 素材を売って馬車を手に入れられるんじゃないか?とか……」
あー、やばいやばい。訳が分からな過ぎてヒスって来てしまった。深呼吸でもして少し落ち着こう……。
「シルお姉ちゃん、だから何かを言われる前に逃げ出したんですよ」
「やっぱりすごい事なのでしょうね」
「うん、一個飛ばしの昇級は多分、初めての事なんじゃないかな? 後ね……」
俺はミニチュアを地面に置くと、それに魔法力を込めた。
「これが破格なんですよ」
それはみるみると大きくなり、やがて原寸大の二頭立ての荷馬車となった。シルは「おー!」なんて驚いていたが俺は無視して荷台をのぞき込んだ。そして、『ああ、やっぱりか』なんて事を思った。
中は、こんな感じがよい、と俺が伝えたまんまの内装となっていた。まあ、凝った作りではない。幌は布を全部降ろすと仲が完全に隠れるようになっていたし、更にはその内側に蚊帳が巻かれていた。そして、女の子なら『川の字』になって眠る事が出来る位の大きさのベッド。そして棚と大樽が備え付けられていたのだ。まあ、簡単に言うとキャンピングカー仕様だな。
「このお馬さんたちはゴーレムなんです。疲れる事を知りません。それに当然、術者が魔法力を送る事で元の大きさに戻ります」
これは勇者パーティーに貸与される代物だった。だから、俺は見ただけで、これが何であるかを知っていたし使い方を理解していたのだ。
「おお、これは良いものですー!」
「因みに、これ一つで中規模のお城が買えるそうです」
「へ?」
「だから、何か裏がありそうで逃げたくなるでしょ?」
そう言って口をあんぐりと開けて馬鹿面を晒すシルにニヤリとしてやった。
「逃げましょう! そうしましょう!」
こうして俺たちは馬車に乗り込むとこの町を去った。
さて、どこに行こうかな?
ああ、この先に俺の故郷があったっけ。 まずはそこを目指そうか。
「アンリちゃぁん、お兄ちゃんからのプレゼントは届いた頃かな? 君が大人になってしまうのは残念だけれども……、いつか戻っておいで。 僕はいつまでも待っているよ」
そう言って青年はアンリの描かれた肖像画に熱の篭ったキッスをした。いや、緩んだ顔で頬刷りをして舐めまわしもした。
でも、できれば十三歳までに戻って来てくれると嬉しい。こんな事を思う皇帝であった。
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