第10話 『さて、それでは勇者の闘争という奴を見せてやろうか(上)』


「ミュウや、近頃あなたは落ち着きがないですが、どうしたのです?」


 光を浴びてキラキラと輝く美しい金色の体毛を持つ龍王は、忙しなく辺りを行ったり来たり飛び回っている銀色の小さな龍にそう呼びかけた。


「うにゅー、何か変なのだ。 契約が復活しているのだ……」


「あなたの契約者は亡くなった筈では?」


「マザー、そうなのだ。 あの時、確かにリンクが切れたのだ。 だから、ミュウはここに戻って来たのだ」


 クンクンと匂いを嗅ぐような仕草をしつつミュウと呼ばれた小龍は龍王にそう返答した。


「不思議な事もある物ですね。 他の子はどうなのです?」


「ミュウだけみたいなのだ。 だから、マザーお願いがあるのだ」


「そうですね。 あなたがリンクを感じる以上はあの勇者は生きていると言う事なのでしょう。 ならば、あなたには契約を守る義務がありますね」


 ミュウの言葉の意味を素早く理解した彼女は何やら呪文を唱えるとミュウの前に光の玉を作り出す。


「マザー、ありがとなのだ」


 そう言うとミュウは嬉しそうに、その玉を飲み込むと空高く飛び上がった。


「ミュウ、あなたに『人化』を許可します。 いってらっしゃい」


「何十年かしたら戻ってくるのだ。 行ってきますなのだー」


 ミュウは元気な声でそう言うと辺りを何度か周回した後、人間界に向けて飛び立っていった。




 平和というものは素晴らしい、とは思う。誰も傷つく人がいない世界とは実に良いものであるはずだ。それでも刺激のある人生を求めてしまうのは無いものねだりという奴なのだろうか?


「うー、暇ですぅ」


「そだねー」


 御者台で足をプラプラさせながら、天を仰ぐシルに俺は同意をした。


 あれから数日が経ち、いくつかの町をスルーした俺たちは何事もない日常に飽き始めていたのだ。


 まだまだ魔界が遠いからか、はたまた皇帝陛下の善政のお陰なのか。兎にも角にも道中は実に順調であった。


 俺たちの頭は平和ボケで茹だっていた。


「アンリちゃん、私のおっぱいはパンチングマシーンじゃないですよ」


「エヘヘ、運動不足気味なのです」


 俺は意味不明な言い訳をすると、ポスリポスリとシルの胸にパンチする。絶妙の弾力が素晴らしかった。別にスケベ心からではない。


 シルはシルで「アンリちゃんはエッチですねえ」なんて、どうでも良さそうな感じで俺の好きにさせていた。


 恐らく、余りの暇さに怠惰感とか倦怠感とか、そんな感じの状態なのだろう。


「あ、そろそろお姉ちゃんの番だよ」


「分かりました」


 俺が催促すると彼女は目を瞑りながら馬車に魔法力を注ぎ込む。


「んー、次の町では、少しお金を稼いで暇つぶしの道具でも買おっか?」


「そうしましょう!」


 そうこうしていると、町が見えてきたのだ。



「あ、見ない顔ですが、後一時間ほどで緊急クエストを発令しますので絶対に発表を聞いてくださいね」


 昼頃、冒険者ギルドに顔を出すと何やら固い、と言うか切羽詰まったような表情の受付嬢が俺たちにそう告げた。


「緊急クエストですか。 どんな内容なんでしょうね?」


「全く見当が付かないけれど……『緊急』と言う以上は何か重大な事態が発生したんだろうね」


 まあ、これから金になる仕事を探そうとしている俺達には実に都合の良い状況だった。であるからして、昼飯を軽く済ませて発表に備える事にしたのだ。



「私は、ここのギルド長を務めさせて貰っている、ケネスだ。 今日は集まってくれてありがとう」


 時間になると奥から出てきた男が自己紹介を始め、それに合わせる様に受付嬢が掲示板にやたらと大きな紙を張り付けた。その紙にはこれから彼がする説明が書かれていた。ギルドには俺たちを含めて十五人ほどの冒険者がいて皆、彼の次の言葉に注目していた。


「それでは説明させてもらおう。 以前、『ゴールド』級冒険者が引き受けた鉱山村のオーガの大群襲撃事件が失敗に終わったのだ」


 どよめきが起こる。『おいおい、ゴールドの奴らがオーガ退治を失敗するのかよ』こんな声が上がったが、俺も同感だった。その言葉から察するに『ゴールド』級のレベルがその程度って訳ではなさそうだ。


「そうだ。 ゴールドの諸君が負けたのだ。 それも一人を残して全滅したのだ! 事態を重く見た我々は今回はレイド募集をする事にした。 それも無制限レイドだ。 当然、依頼料も上乗せをする」


 ここで一度、彼は言葉を切ると辺りを見回す。当然の様にざわめきが起こった。


「しかし、『ゴールド』級が失敗する程の難易度だ。 今から三十分ほどの後に会議室で生き残りの話を聞いてもらう事にする。 よく考えて、『我そこは』と思った者のみが会議室に来るように。 以上だ」 そう言うとケネスは会議室へ入って行った。


 それと同時に冒険者たちは掲示板に群がるのだ。もちろん依頼料に注目だ。ケネスには無理強いをするつもりはないようだった。


 まあ、当たり前の話だ。冒険者は貴族でも軍人でも、ましてや聖人でもない。金や名誉の為に仕事をするのだ。つまり、自分の命と金を天秤にかけて金が勝れば依頼を受ける。


 俺はと言うと、そんなものには加わらず何の迷いもなく会議室に入室だ。シルもおどおどしながら俺の後を付いてきた。



「残念ながら君たち二人だけか……。 済まないが私は君たちの事を知らない。 冒険者証を拝見させてくれ」


 ケネスがそう言うので俺たちは素直に従う。彼の横には怪我をしてボロボロの男と受付嬢が座っていた。


「君……いや、貴方がアンリ様でしたか!」


「えとえと、取りあえず、その『アンリ様』っていうの止めて欲しいんですけど……」


 俺は『ここでもか!』と思い、気味が悪いのでそう言い返した。


「それではどの様にお呼びしたらよろしいのでしょうか?」


「えとえと……、呼び捨てでいいですし、どうしても何か付けたいのでしたら『アンリちゃん』と呼んでくれると嬉しいです。 後、初対面とは言え、ケネスさんはギルドの上司に当たる訳ですから敬語も止めてもらえると嬉しいです」


 俺がそう答えると、受付嬢が猛烈な勢いでペンを走らせてメモを取り出す。だから、そういうのがキメーんだよ。と、俺は声には出さずに心の中で毒づいた。


「かしこまり……いや……。 アンリちゃん、分かった。 では、これからはそうしよう。 それでは説明を始めよう。これがギルドが張り出した依頼書だ」


 そう言って彼はテーブルに依頼書を置いた。


 内容はホールで説明したものを詳しくした程度のものだった。突如としてオーガの大群が鉱山村に現れて村を占拠してしまった。正しくは鉱山を占拠して村から人を追いやったのだ。幸いな事に村人たちはすぐに逃げ出したので。人的被害は軽微ではあったが、このままでは鉱山が稼働できない。そこでオーガの殲滅を依頼する。尚、目撃情報から推定してオーガの数は二十体前後とみられる。


「で、思ったより数が多かったって事ですね? ギルドの仕事って……ちょっと杜撰過ぎません?」


「いや、それは面目次第もないが、その危険手当込みの報酬な訳で……」


 バツの悪そうな顔をしてケネスが釈明を始めるとボロボロの男がそれを遮った。


「いや、そうじゃないんだ!」


 こう言って懐から紙を取り出してバンっとテーブルを激しく叩くと悶絶する。怪我に響いたのだろう。


「えとえと、その前にちょっといいですか?」


 俺は男の横に移動すると『ヒール』を掛けてやる。


「残念ですけど、わたし回復系得意じゃなくて、他人に掛けられるのはこれだけなんです。 傷は残ってしまうと思いますが、少しすればまともに動ける位には回復するはずです」


 そう言って俺は男に微笑みかけてやった。男は俺に何度も感謝の言葉を述べると『ああ、アンジェ……』と泣き出してしまった。痛みが薄れたことによって思い出したくない事を思い出してしまったのだろう。それは仕方のない事だ。彼は仲間を失ったばかりなのだから……。


「俺たちはきちんと下調べをした。 村や鉱山、それに周囲の地図を手に入れてアイツらの侵入経路を推測し、分布や布陣を道中、議論を重ねながら作戦を練った。 俺達にはオーガ二十体位は――いや、三十体いたとしても問題ないはずだったんだ」


 彼は語った。村を闊歩するオーガを各個撃破し、獲り逃した敵が坑道に逃げ込むのを確認すると背後を警戒しつつ進んだのだ。


「実に順調だった。 だから、俺たちは少し油断をしてしまったんだ。 そして、ある程度、進むとあり得ない事が起こり始めた。 四十体くらい倒した頃、俺たちが疲弊しきっていた頃、ようやくそれに気が付いたんだ。 そんな数はありえないと!」


 そう言って興奮した彼は地図をバンッと叩いた。


 同感だった。例えばそれが『どれだけ入れるかコンテスト』とかなら二、三百も入る事が出来るだろう。だが、そこで寝泊まりする事を考えると多く見ても三十体がいい所だろう。


「しかし、まだまだいたんだ。 俺たちはやばいと思い逃げ出す事にした。 だが、疲労した俺たちは外に出た所で追いつかれてしまったんだ。 そして、仲間たちは『この異常事態をギルドに伝えろ』と殿となりそこに残ったんだ。 俺が足が速いばっかりに……。 あいつらを見捨てちまったんだ……」


 言い終わると男は涙を流して放心してしまった。


「あなたは立派に役目を果たしたのですよ。 仲間たちはきっとあなたの事を誇りに思っているでしょう」


 言葉が虚しかった。



 だが、例えそれが偽善であろうとも過去に似たような経験を持つ俺は男の頭を撫でながら、そう言い切ってやった。 



  


 

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