第8話 『俺の知らない所で何かしょうもない事が始まっていた件』
「あのぅ、依頼の達成報告とこれを換金して欲しいんですが」
冒険者ギルドに戻ると、俺は報告書とディスプレッサービーストの素材を置いた。
「お疲れさまでした。 ……あれ?」
依頼書と報告書、そして素材を何度か見比べた受付嬢は疑問顔を浮かべた後に「少々、お待ちください」と言って奥の方に行ってしまうのだ。
そりゃそうだ。俺は一切の虚偽なしの報告書を作成したし、何よりもその証拠がここにはある。しかし、依頼の内容と実際の難易度が違い過ぎたのだ。
「アンリさん、お待たせしました。 これより照合作業に入りますので、もうしばらくお待ちください」
奥から現れたのはこないだの上司だった。彼は百科事典を携えて来て、そのページを忙しくめくりながら、それが何かを調べていた。
「えとえと、ディスプレッサービーストの項目を見てみてください」
「えー、ディスプレッサービーストですか……。 あー、これですね。 『ディスプレッサービースト危険度B』ですか……。 え!?」
彼も似たような反応だった。取りあえず、報酬は今払うので、素材の真贋の鑑定と追加報酬の検討をしなくてはいけないので明日、また来てくれ、との事だったので俺は素直に従う事にした。
「アンリちゃん、アンリちゃん」
「なあに、お姉ちゃん?」
「私、よく分からなかったのですが『あれ? 俺また何かやっちゃったんですか?』みたいな感じなんですか? 私にはちょー楽勝で倒したように見えたのですが?」
そりゃそうだ。あんなもんは俺って言うか俺達『勇者』級にとっては唯の雑魚だ。ただ、それは超越者たちの基準であり、一般のそれとは大分違うものだ。
「えとえと……、例えばドラゴンやデーモンを倒したってレベルの話じゃないです。 それよりもっとレベルの低い話なんだけれども……。 正直、わたしにはそれぞれの冒険者のランクの実力ってよく分かりません。 だけれど、あの時も言ったのだけども、少なくとも最低ランクが相手をするような敵ではないってだけの話です。 ギルド員さんの反応を見た所、もしかすると『シルバー』級でも手に余る相手だったのかもしれないね」
「アンリちゃん、凄いですぅ!」
「エヘヘ」
俺を抱きしめながら『凄い』連呼のシルに俺は実にいい気分だったのだ。
「あ、そうだ。 お姉ちゃん、報酬の話をしましょう。 んー、ここじゃあ何だから部屋に戻ろっか」
「私も貰っちゃってもいいのですか?」
「もちろん! だって、パーティーだもの」
「これまでの草むしり見たいな個人単位で受ける依頼は今まで通りに各人の取り分としましょう」
「うんうん」
「えとえと、これから人数が増えた時の為に、こういう言い方をします。パーティーで得た報酬は『人数+1』等分して分配します」
「うん?」
なんだ、こいつは算数が出来んのか……。
「今の状態だと三つに割って、一つはお姉ちゃん、一つはわたし、そして一つはパーティーみんなで使う消耗品や食料の調達に使いたいと思います。 ここまで何か異論はありますか?」
「本当に同じ分だけ貰っちゃっても良いのですか? アンリちゃんがそれで良いなら異論はありませんが……」
「もちろん! では次です。 こんな話をした後で何ですが……、素材を売ったお金なんですが、今回はごめんです。 欲しいものがあるので、それに使わせてください」
「別に構いませんけど、何が欲しいのです?」
「わたしはここに留まるつもりはありません。 その移動手段として馬車が欲しいんです。 あの素材は金銭と交換ではなくギルド所有の馬車とお馬さんと交換という形で交渉してみるつもりです」
俺には色々と寄りたい場所があった。例えば前世の仲間の墓参りをしてみたかった。徒歩での移動では今の貧弱な体では疲れてしまうのだ。
「分かりました。 アンリちゃんの言うとおりにして下さい」
「わーい、お姉ちゃん大好き!」
そう言ってシルの胸にダイブする。
「くすぐったいですよ」
「エヘヘェ」
こんな感じでその日は終わった。
おかしな話だった。翌日、俺たちがギルドを訪れると、素材の鑑定にもう少し時間がかかるので、結果が出次第、連絡をするとの事。特殊なマジックアイテムの鑑定でもないのに何日も時間が掛かるなんて明らかに不自然であった。
俺は『まあ、たまたま鑑定する人が忙しいって事もあるか』なんて思い、馬車との交換を検討してくれるように頼むと、どのような物を希望しているかを尋ねられ、それに答えるとギルドの外に出たのだ。
外に出たら出たで、今度は連絡係を名乗る別のギルド員に話しかけられて『こちらの都合で待たせる訳だから、その間の滞在費はギルドで保証する』みたいな事を言われて今まで止まっていた宿とは別の所に案内をされる。
俺はあまりの待遇に何か妙な陰謀にでも巻き込まれたのではないか、と警戒をしたが、これと言って怪しい気配を感じなかったので素直に付いていく事とした。
「アンリちゃん、アンリちゃん。 お姫様のお部屋ってこんな感じなんですかね?」
「そうかもしれませんね……」
やはり、何か陰謀に巻き込まれている気がする……。
俺は能天気に尋ねてくるシルに力なく同意を示した。
案内された場所とはこの町の最高級の宿であり、与えられた部屋とはそのロイヤルスイートルームであった。ギルドの連絡があるまでここに無償で泊ってよいらしい。
「広すぎて逆に落ち着きませんね」
しばらく部屋の中央に並んでいる二つの天蓋付きベッドを行ったり来たりでゴロゴロしていたシルは、そう言って今度はソファーに寝転んだ。
「やっぱり、あれなんじゃないのですか? 『俺、何かやっちゃいました?』的な?」
「そんな事は無いはずなんですけど……、正直、自信がなくなりました」
実はしょうもない陰謀に既に巻き込まれていたのではあるが、神ならぬ俺はそれを知る事が最後までなかったのだ。
ギルドから連絡があったのは、何とそれから十日後の事だった。俺はあの日から兎に角、この不気味なイベントを消化したら、すぐにこの町を出ようと心に決めていたので、この日が来るのを一日千秋の思いで待ったのだ。
「アンリ様、シル様、本来はこちらから出向くのが作法ではございますが、何分の事、お渡しする物がございまして、ご無礼、平にご容赦ください」
ギルドに到着すると、そのまま奥の個室に通され、そこにいたギルド長に開口一番の謝罪を受ける。俺はぶっちゃけ『害がなければどうでもいいや』なんて諦めムードでいたので、流れに任せる事とした。
「まずは、この度のご活躍、誠にお疲れ様でございました。 つきましては、この度の功績を以って『シルバー』級――いや、アンリ様がお望みのようでしたら『ゴールド』級に昇級可能でございます。 如何なさいますか?」
「あ、では『ゴールド』でおなしゃす……」
「かしこまりました。 それでは処理を致しますので一旦、お二人の冒険者証をお預かりさせていただきます」
「はーい」
シルが「え!?」なんて反応を見せていたが、兎に角、早く事を終わらせたい俺は適当に返事をする。理由も聞く気がない。
「そして、馬車をご希望されているとの事でしたので、こちらをご用意させていただきました。 これの手配に時間が掛かりまして……」
「わーい、マジックスタチューですね。 ありがとうございますぅ」
ギルド長がテーブルに馬車のミニチュアを置くと、俺は力なく喜んだ振りをしてそれを手に取る。
「えとえと、用事は他にありますか?」
「以上でございます」
「本当にありがとうございました。 それでは失礼します」
「はっ! お気をつけてお帰り下さい。 私の名はゴレイヌ。 ゴレイヌでございます。 ゴレイヌをお忘れなきよう願います」
「はーい」
わーい、優しいギルド員さん達は総出でお見送りをしてくれたよぅ。
ギルドを出て彼らの視線を感じなくなると俺はシルの手を引いてダッシュで、この町を後にした。
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