第7話 『戦場に立っていいものは、自らの行為に責任を負う覚悟があるものだけだと俺は思う』
「む、この依頼は他の奴が受けなくて正解だったな」
「え?」
「あれは魔界の生物だ。 何故、こんな場所にいる? ……いや……、そういう事なのだろうな」
それは黒い豹だった。ただ、普通のそれとは違い足は六本。そして背中から二本の触手が生えている。
それはディスプレッサービーストと呼ばれる。割と危険な魔物であった。
「アンリちゃん?」
おっといけない。冒険者ギルドの杜撰な仕事に腹が立って。思わず素が出ちまったよ。
「えとえとぉ……、本当の意味で『ブロンズ』級だったら、返り討ちに合っていた。 みたいな?」
不安そうな顔で振り返ったシルに俺はそう言ってニコリとしてやった。
「お姉ちゃん、んー、やっぱいいや。 痛いの嫌だったら回避に専念してね」
シルの実力でも計ってやろうかやろうか、なんて思ったが大怪我でもされると目覚めが悪いので素直に俺が戦う事にする。
「『マジックミサイル』 魔力変換『マーキング』」
俺は魔法の矢を二本作り出すと、今正に襲い掛かろうと前傾姿勢を取った魔物に向かって放つ。
「え? マジックミサイルが的を外すなんて……」
そう驚くシルに俺は『ほう』なんて表には出さずに感心した。どうやら、彼女はそれなりには魔法の知識があるらしい。
俺の放った魔法の矢は一本は地面に、そして、もう一本は奴の体に刺さると消滅する。
「あの魔物はね。 目に見える場所と実際にいる場所が違うの」
俺は簡単に魔物の特徴を説明すると奴に強烈な気を放った。
俺の気に当てられた魔物は一回、大きく嘶くと踵を返し逃げ出した。
「お姉ちゃん、あいつを追います。 わたしを抱えて走れますか?」
「できますが、あの子の方が速いですよ?」
「うん、それは大丈夫。 わたしが言う方向に向かってね」
森の中だけあってか、もう既に足音は聞こえるが姿は良く見えないって状況になっていたが、魔法の効果中であればよっぽど遠くに逃げられない限りは追跡する事ができるのだ。
「どうして、こんな回りくどい事をするのです? アンリちゃんなら、そのまま倒せたのでは?」
「えとえと、それはね。 この近くにいるのはあの子だけじゃないからです」
そう言って抱えながらも、えっへんと胸を張る。
「あ、お姉ちゃん、もういいよ。 あの子の動きが止まりました。 そこに巣穴あるか飼い主さんがいるかするはずです」
「えー!」
甲高い咆哮が辺りに響いた。
隠密行動をしていた訳ではないので、まあ、相手も当然こちらに気が付いている。
俺は構わず歩みを進める。目視可能な範囲まで近づくと、そこには小さな洞穴があり、丁度、もう一匹のディスプレッサービーストが這い出てきた所だった。
「二匹も……」
「ううん、多分、四匹いるよ」
さてと、見つけた以上はそのままって訳にはいかない。もしかすると、このパーティーは今日で終わりかもな……。
「『マジックミサイル』」
そんな事を思いつつ、俺は魔法の矢を生成する。今度はフルパワーの十本だ。
「これがマジックミサイルですか……、まるでフォースジャベリンの様です。 それも一度に十本も出せるなんて……」
――これでも大分弱体化しているんだがな……。
驚きを見せるシルの顔をちらりと見つつ、俺は矢を放った。
先行させたそれぞれ一本ずつが、やはり地面に突き刺さると、それで正確な位置を測定した俺は残りを叩きこんだ。そして矢が消える頃、二つの巨体が地面に倒れ込んだ。
「終わり……ですか?」
「ううん、多分、巣穴の中にもう二匹いるよ」
俺はシルの方に振り返ると、ぎこちない笑みを作った。まあ、無理をしてニコリとした訳だ。
「さて、シルお姉ちゃんに二つ質問をします。 答えてください」
「え? ……分かりました」
「わたしはこれからこの二匹を解体しようと思います。 何故なら、この子の目、触手、皮はそれぞれ高額で売れるからです。 さて、どう思いますか?」
「質問の意図がよく分かりませんが……、狩りの獲物の解体は私たちエルフも当然しますし、得意ではありませんが私自身もやった事があります。 ですから……」
「分かりました。 それ以上はいいです」
俺は強引にシルの言葉を遮ると、大きく深呼吸をしてから続けた。これが本題だ。
「では、次の質問です。 中にいるのは多分、小さな子供です。 私は容赦なく、その子らを殺そうと思います。 これについてはどう思いますか?」
「え!?」
なんとも表現し難い表情だった。俺は無理に笑顔を作り続け、彼女の答えを待った。
「えっと、子供なんですよね?」
「うん、でも魔物だよ」
「教育してやれば健全に育つかもしれませんよ?」
「ううん、成長したら必ず人を襲うよ」
「でも……」
「分かった。 お姉ちゃんはここで待っていてね。 中で仕留めてくるから。 邪魔をするなら一時的に無力化するよ。 お姉ちゃんにそんな事はしたくないから、大人しく待っていてくれると嬉しいかな?」
そう言い残すと俺は洞穴に入っていった。外に引きずり出して始末した方が楽なのは間違いないのだが、その光景をシルに見せるのが躊躇われたのだ。
闇の種族は光の種族に必ず敵対する。
これは定説であり、歴史がそれを証明していた。知性のある魔族が利己目的で協力的な振りをする事は確かにあるが、それはあくまでも振りでしかない。
洞穴をゆっくりと進みながら俺はある愚かな男たちの事を思い出していた。
魔界との境界線近くに開拓村があった。その近くに邪竜が住み着いてしまったのだ。何人もの被害が出てしまった為に男たちはそれの退治に向かった。中々に手強い相手で打ち漏らしてしまった。そこで巣へと追撃したのだ。
そして、ようやく邪竜の退治に成功した訳なのだが、困った事が起こった。まだ殻を割ったばかりの幼体がそこにはいたのだ。
男たちは議論をした。『幼体とは言え魔物、やはり退治するべきだ』ある男はこう言った。『悪さもしていない幼体を見逃してやるべきだ』と、別の男は言った。『力ある者が力のない幼い命を絶つなど名誉に反する行為だ』と、主張する者もいた。
結局は、最後に主張された『名誉』って奴を重視する事にしたのだ。ただ単に、幼い命を奪うと言う罪悪感から逃げたかっただけなのだ。
そして、数か月後、開拓村は全滅し、男たちは結局、その幼体を退治する事となる。
狭く天井も低い洞穴だった。背の低い俺が中腰になってようやく進む事の出来る、そんな洞穴だった。そして少し進むと立てる位の高さとなり、俺はそこで二匹の黒い獣を見つけた。
やはり子供だった。俺に向かってウーウーと唸り声を上げていた。
こんな場所で魔法を使うと崩落の危険がある。そこで俺は剣の柄を握ると腰を低くした。
「せめて一撃で屠ってやる。 痛みを感じる事のない程の速度でな……」
敢えて言葉にする。そして、思わず苦笑してしまう。結局はそんなものは俺のエゴなんだよな、と……。
シルの躊躇いは間違いではない。むしろ、人間味に溢れている素敵な考えだと言っても過言ではない。俺は彼女の考え方は嫌いではないし、そのままで居続けて欲しいとも思っている。
だから、俺が手を汚そう。彼女が綺麗なままで入れる様に。例え、その結果、彼女に嫌われて今日でパーティーが終わる事になったとしても……。
だが、現実は綺麗事だけでは生きていく事などできない。
そして、俺は神速の剣技を放った。
事を終えると俺は洞穴を出た。流石にあの狭さでは返り血を避ける事ができず、顔なり服なりに大量のそれを浴び、どろっどろの姿となってしまった。あー、早く風呂に入りたいものだ。
「アンリちゃん……」
俺の姿を見たシルが目を見開き、そして、そこから涙を溢れさせた。
そして、俺を抱きしめると、何度も「ごめんなさい」と呟いた。
「別にいいんだよ、お姉ちゃん。 こういうの慣れてるし……」
「違うんです。 本当は私がそうしなくてはいけなかったんです。 私だってそんな事は知っていたんです。 それでも私は、それを受け入れられなくて……。 私なんかよりずっと幼くて小さなアンリちゃんに押し付けてしまったのです。 私はそれが、それが……」
「別にいいんだよ、お姉ちゃん」
そう言って、膝から崩れ落ち俺の胸に頭を押し付けて泣き出したシルの頭を優しく撫でてやる。
「弱虫の私はアンリちゃんに失望されてしまいました……」
ん?今の俺はそんな顔をしているのか?こんな事を思い、思わずプッと吹き出してしまう。単に疲れているだけなのだがな!
「ならば、シルお姉ちゃんは強くならないといけません」
俺のは唯の杞憂だったんだな。何故なら、シルはこんなにもいい子なのだから。
「え?」
「わたしに悪いと思っているのなら、次は――ううん、いつかはそう思わない様になればいいだけなんです。 わたしはいつまでもいつまでも我慢強く待ち続けますよ。 だって、人は何度だってやり直せるし、どこまでだって強くなれるのだから」
「アンリちゃんと一緒にいると――年下だって、幼い子だって分かっているのに何故かお父さんと一緒にいるような安心感があって……。だから、つい甘えてしまうのです」
俺は無言で微笑みながら、彼女の顔を上げさせるとシルの頬にキスをしてやった。
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