第4話 『女湯、それは目覚め。 俺はその時、新たな力に覚醒した(上)』




「えっと、私の事はシルって呼んでください。 それと今更ながら助けてくれてありがとうです」


 食事を終え落ち着いたのか、エルフは今更ながら名乗りと礼を告げた。変な言い方に聞こえるかもしれないが、エルフの本名ってのはクッソ長いので大概の場合は愛称で伝えてくるってだけの話だ。


「それにしても、えっと――アンリちゃんって呼んでもいいですか?」


「うん」


「アンリちゃんは凄いですね。 こんな小っちゃいのに高位魔法が使えるなんて……」


「転移魔法なんてものは初めて見たが、やはり凄いものだったのか」


「そうなんですよ。 高位魔法って才能がないと一生かかっても到達できない領域なんですよ」


「えへへ、でも、シルお姉ちゃんの『加速』って風の精霊術だよね? 結構、走ってたように見えたけど息も切らして無い様だったし、あれって結構、高度な術なのでは?」


 シルの俺アゲに戦士が乗っかってくる。


 勇者パーティーでは高位魔法を使えるのなんて――と言うか規格外に強いのが当たり前の話なので、能力の高さを褒められるなんて事はまずなかった。


 なので俺は少し気恥ずかしさを覚え話を変えようとした。


「それなんですよぉ! 私の氏族を見抜いたり、精霊術を知っていたり。 アンリちゃんはどうして、そんなに博学なんですか?」


「状況判断とその支持も的確だったな。 まるで歴戦の勇者の様だった。 君が子供だというのも忘れて素直に従ってしまったよ」


「それにちょー可愛いですぅ」


 そう言って、ふくよかな胸に俺の顔を埋めさせてフリフリするシル。


 俺としては、今の貧弱な体になって弱くなったと言う自覚がある。それも恐らく前世の五分の一程度の力しかないだろう。それでも『プラチナ』級位の力はあるんだろうな。


 能力の出し惜しみをするのは好みではない。何故ならそれで過去に痛い目を見た事があるからだ。


 それでも多少は自重した方がいいのかもしれなかった。


 尚も俺アゲトークで盛り上がる二人を眺めながら、そんな事を思った。そして、心の何処から湧き上がるドギマギに堪えられなくなった俺は必殺技を使う事にした。


「ふわぁ……」


 と、可愛らしいあくびを一つ。


「あらあら、アンリちゃん。 おねむになっちゃいましたか。 ふふふ、凄いと言ってもまだ子供ですものね。 私の膝を枕にしていいですよ」


 必殺技成功。 ニッコニコのシルを見て、こう確信する。


「『サンクチュアリ』」


 寝る前に今日最後の魔法。


「この結界は有効半径30メートルです。 効果範囲内にはわたしより弱い、敵意を持つ存在は入る事が出来ませんので安心して休んでください」


 俺はこう言い残すとシルの膝を枕にして眠りについた。



 翌朝、俺の目覚めは快調であった。シルの柔らかい胸や膝の感触を思い出す。思えば、今までの人生で俺と言う奴はこういった感触と縁が程遠いものであった。


 いや、自分のがあるではないかと思うかもしれないが、悲しい事に俺は幼女だった。十一歳と言えば第二次成長期とやらが始まって女の子らしい丸みを帯びた体に変貌するはずなのだが、俺の体にはその予兆すら表れていないのだ。腕や足は細いし何より胸もほんの僅かに盛り上がっている程度。慎重も同世代から見て低いといったありさまだ。


 だから、俺の体という奴は『柔らかい』と『固い』の二択で言ってしまうと、悲しい事に『固い』と言わざるを得ない。


 シルの体からはほんのりと良い匂いがした。女の子の匂いって奴だろう。俺の体からそういった匂いがするかが疑わしいのが現状だ。



「私、お金を持っていないのでせめてものお礼です」


 俺が目覚めたのを確認するとシルは俺の髪を梳かしながら、そう言ってツインテールに纏めて、完成したそれを手鏡で見せてくれた。


「綺麗な組紐! 貰っちゃってもいいんですか?」


「凄く似合ってますよ」


 エルフ秘伝の製法による赤色に染めた組紐だ。それをいい感じの蝶々結びで結んでくれている。確か、これは親愛の証であったはず。


 口には出さない。また、俺アゲが始まるのがこっぱずかしかったからだ。


「ありがとう!」


 愛想ではなく素直に喜ぶ。色々な角度から眺めて『そう言えば俺って美少女だったわ』なんて今更ながらに思い出すのだ。


「そろそろ出発しよう。 昼頃には着くはずだよ」


 おっちゃんの号令の下、旅が再開された。




「えっと……、シルお姉ちゃん?」


「アンリちゃん、どうしたの?」


 無事に町に着いて、別れ際におっちゃんから貰ったお菓子をニコニコで食べながらシルが俺の後に着いて来るのだ。


 俺はと言うと冒険者ギルドに顔を出して報酬を受け取りつつ仕事の確認っといった予定だ。


 だが、なぜシルが着いて来る?


「お姉ちゃんもこっちに用があるのかな?」


「ありませんよ? と言うか私、この町初めてだから、どこに向かっているかすら、分かりませんよ?」


「どういう事かな?」


「私も、ちょっとアンリちゃんが何を言っているのか分かりませんよ」


 おかしいなぁ。 会話が成立していない気がする……。


「アンリちゃんは冒険者ギルドに向かっているのですよね?」


「うん、さっき町の入り口でバイバイしたよね?」


「だから、着いて行っているんですけど?」


「シルお姉ちゃんって冒険者だっけ?」


「ううん、違いますよ。 えっと……、朝に言ったと思いましたがお金がないので、アンリちゃんさえよかったら少しの間でいいのでご一緒させてもらえればなんて思いまして……」


 ああ、そういう事か。なら最初に言ってくれればいいものを……。でも、彼女だってそれなりに強いはずだ。精霊術を使える以上は少なくとも同行していた戦士よりは強いはず。



「えとえと、お姉ちゃんは冒険者の仕事がしたいのに何で登録していないの?」


 俺にとってはもっともな疑問である。俺は前世も今世も『勇者』級で始まっているので冒険者ギルドの仕組みって奴をあまり知らない。


 冒険者には階級があり、その階級に見合った仕事しか受けられない事。実績を上げれば、その階級が上がっていく事。冒険者になる為には確か適正検査みたいなものがあって、それに合格すれば十五歳を過ぎれば誰でも登録可能である事。この程度の知識しかない。まあ、年齢については俺は例外となるけどね。


 俺の見立てでは彼女が登録できないとは思えないのだが……。


「えっとですね。 何年か前に冒険者に登録してもらおうと思ったんですよ。 その時に『エルフだからダメだ』って言われちゃいまして……」


「何それ!」


 バツが悪そうな表情で頬を指で掻きながらそう言うシルに俺は思わず憤慨した。


 エルフやドワーフと言った光の系譜を持つ亜人種は人間にとって友好的であったり、少なくとも中立的な立場である。人間に善人や悪人がいるように彼らにも犯罪を犯す者はもちろんいる訳だが。種族単位で見れば悪い奴らではない。


 だがしかし、悲しい事に人種差別って奴は存在する。ただ、俺の経験上のそれは個人とか集落とかそういう小さな単位での出来事であった。それが国家単位だと知って思わず義憤に駆られてしまったのだ。


「シルお姉ちゃん、着いてきて。 わたし、ちょっと文句いってみる!」


 俺はそう言ってプリプリしながら冒険者ギルドの扉を潜っていった。



「あのぉ、エルフが冒険者登録できないってどういうことですか!」


 本当は受付のカウンターをバンッと乱暴に叩いて凄みたい所ではあったが、悲しい事に背丈が足りなかった。なので、俺はバンザイの格好をし、ピョンピョンと跳ねながら開口一番そう抗議をした。


「ええと、お嬢さん? 突然、何を……?」


 まあ、そりゃそうだろう。行き成り子供にこんな事を言われて受付嬢が困惑気味でそう返してきた。しかし、頭に血の登った俺はそんな事はお構いなしで同じ事を繰り返す。


 俺が――いや、俺たちが命を捨ててまで守りたかった世界はこんなものであってはならない。この思いが俺を必要以上に怒らせていたのだ。


「お嬢さん、ちょっと奥で話を聞かせて貰ってもよろしいかな?」


 怒りの余り語彙が崩壊し同じ言葉を繰り返す俺を見かねてかカウンターの奥にいた上司っぽい男に奥に連行される。そこで多少、怒りが落ち着いてきた俺はシルとのやり取りを説明した。


「成程、お嬢さん。 いや、失礼。 アンリさんは勘違いをなさっているようだ」


 その男は俺たちにこう説明をした。


 冒険者ギルドは帝国が運営している公的な機関である。その為、ギルドの運営費や維持費、更には依頼の補助金まで、それなり以上の予算が税金から賄われているそうだ。


 で、あるからして、その恩恵を受けられるのは国民のみであり、人種差別を意図したものではないと言う。


「そもそもエルフの各氏族とは国として交流があるのです。 それを国営の組織が面と向かって差別するはずもありますまい。 それに、そちらのシルさんでしたっけ? 貴方が登録を断られた時にきちんと説明をしているはずですが……」


 男はさらに説明を加えた。国民以外も限定的ではあるが冒険者登録する方法があると。


「えとえと、つまり、私が身元保証人となって私のパーティーに所属している限りはシルお姉ちゃんも冒険者になれるって事で間違いないですか?」


「全く以ってその通りです」


 まあ、国民向けのサービスって事なら、それも仕方がないのだろう。


 男の答えと聞くと俺はシルにジト目を向ける。


「だって! お姉ちゃん?」


「『ヒト語』ムツカシクテ ヨク ワカリマセン」


 対してシルは明後日の方向を見て口笛を吹きながらしらを切った。


「では、その方向でお願いしてもいいですか?」


「分かりました。 では、審査に合格するようでしたら彼女を登録しましょう」




「アンリちゃん、ありがとう。 そして、よろしくです」


「シルお姉ちゃん、おめでとう!」


 数時間後、審査と登録を終えたシルが冒険者証を見せながら俺にお辞儀をしてきた。俺はそれにニッコニコで答えてやる。



――パーティーか……。



 そうだな。成人した大人がいたほうが何かと不便がないか。この時の俺はこんな事を思っていた。


 



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