第3話 『ウッキウキの冒険者生活がはじまった』



「……えっとぉ、これって使えるのでしょうか?」


 拾った冒険者証をガイウスに見せてみた。本来は冒険者証は複製の類は出来ないはずで、二枚目の話なんて聞いた事もなかったのだ。


 現に彼は「うーむ」と困り顔で長考に入ってしまっているではないか!



 しかし、前述したようにこれは偽造の出来る類のものではないのも事実である。つまり、これは超法規的措置が働いたって奴であり、ギルド長の権限を越えた存在の力――端的に言ってしまえば皇帝本人か皇帝の許可を得ての発行と考えるのが妥当である。



 やがて彼はコホンと咳ばらいをした後に今回の件に決着を着ける気になったようだ。


「アンリ様……いや、アンリさん。 一つ確認させてもらってもいいかな?」


「どうぞ」


「貴方は降格を希望されている。 これは間違いありませんね?」


「はい、間違いないです」


「ふむふむ、では、この名誉ある『勇者』級の冒険者証はいらない。 これも間違いありませんね?」


「はい、それも間違いないです」


「分かりました。 では、こうしましょう。 この冒険者証は私がお預かりして、貴方の持つ『ブロンズ』級を正式な物としましょう。 先に言っておきます。 この冒険者証は貴方が返却を望めばいつでもお返ししますし、以後は貴方を『ブロンズ』級――つまりは新人冒険者として扱います。 それにご納得いただければ今回の件はそういう事にしましょうか」


「はい! それでお願いします!」


 俺は満面の笑みでこう答えてやった。



 こうして『ブロンズ』級冒険者アンリが誕生したのだ。




――ああ、やはり旅の空って奴はいいもんだ……。


 少し前までの自分が聞いたら発狂しそうな事を俺は荷馬車の後部に座り、足をプラプラとさせながらこんな事を考えていた。


 『ブロンズ』級の仕事なんてものは大したものがない。例えば害獣の駆除とか薬草の採取、今回俺が受けている商人の護衛とか……。


 今回、偶々一番早いタイミングで受けられる仕事がこれだったってだけで、碌に金にはならないがしばらくは旅費がロハになればいい程度の考えしか持たない俺は真っ先にこれに飛びついた。



 任務は実に簡単だ。二日ほど離れた町までの護衛。俺は子供だった事もあり馬車に乗っている事が許されたので実に楽ちんである。俺の他にもう一人、戦士風の男が護衛についているが、そいつは歩きである。



「お嬢ちゃん、水でも飲むかい?」


「んー、自分の水筒があるので大丈夫です。 でも、ありがとうございます」


 雇い主のおっちゃんがそう進めてくれるが、おっさんと間接キッスなんてまっぴらごめんだったので、ニッコニッコの愛想笑いをしながら自分のバックから水筒を出すとそれに口を付ける。


「それよりぃ、まだ少し離れているけれども、何か人型の物がこの馬車と追走しているよ?」


「なんだと?」


 どうやら気が付いてなかったようなので、俺が聞いてみると案の定、戦士は驚いた様子だった。



――まあ、こいつもブロンズな訳だから、こんなもんか。


 俺はこんな事を思う。現在の俺は十一歳の幼女な訳だが、歴戦の勇者の経験を持っているのだ。まあ、それが敵かどうかはまだ分からないが、気配を感知するなんて事は当たり前の様にする事ができるのだ。



「えとえと、おじさん、どうしましょう? 今の速度だと追いつかれちゃいそう。 逃げ切れるか分からないけれど速度を上げるか、迎撃態勢を整えるか、んー、わたしとしては……」



――ん?


 俺もヤキが廻ったものだ。俺が感知していた気配は一つ。街道を伝ってこちらの方に向かっていた。そして、新たに四つの気配を感知する。それもどうやら大型の獣っぽい感じだ。


 ずいぶんと感知範囲が狭くなったものだ。アンリの能力の限界なのか、単に俺の勘が鈍っているだけなのかはわからないが……。


「どうしたらいいんだい?」


「ダメ、逃げきれない。 素直に迎撃しましょう!」


 青ざめた表情で尋ねるおじさんに俺はそう言い切ると馬車から飛び降りた。


「戦士さんは、ここで馬車を守ってください。 わたしは様子を見てきます!」


「いや、しかし……」


 子供の俺にこんな事を言われて、反論しようとした戦士を無視して俺はトテトテと走り出す。



――遅い!


 分かっていたが俺の足は遅い。いや、歳の割には早いのかもしれないが、それでもやはり遅すぎた。


「『テレポート』」


 人型の少し手前へと転移すると、一度、振り返る。馬車が辛うじて見える位の距離だった。


 しかし、高位魔法とは言え、たった一回で結構疲れるな……。勇者パーティーから抜けたのは真面目に正解だったかもしれない。そうは思いたくはないが真面目にやっていてもあいつらの足を引っ張る事になっていたかもしれない。



「うわあ、危ないからにげてくださーい!」


 人型はよく見ると女性のエルフだった。こちらに向かってくる速度がやたらと速い。恐らく何らかのブーストを使っているのだろう。


 だが、追いつかれるのも時間の問題だ。何故なら、彼女の後方から迫りくる大きな灰色狼達の足は少しだけ彼女より速かったからだ。


「『マジックミサイル』」


 まあ、実は彼女が密猟者かなんかで灰色狼の方が被害者だった。こんな可能性もないわけではないが、ここは素直に助けておこうか。


「魔法変換『パラライズ』」


 俺は頭上に四つの魔力の矢を作り出すと、更に魔法を使った。光の矢の先端を紫色の光へと変える。


 俺の魔法力なら最下級の攻撃魔法である『マジックミサイル』でも狼を殺すには十分な威力だ。


 だが、事情が分からないので殺す事が躊躇われたので、麻痺を与える矢に変換したのだ。


「少し痛いけど……、恨まないでね」


 俺の矢が四匹それぞれにに命中すると『キャンッ』と情けない声を上げて痙攣を始めた。


 まあ、十分位で麻痺は解けるし、それくらいの時間ならこの辺りで別の通行人と出会う事もないだろう。運悪く狩人が偶然通りかかっちまったら、その時は諦めてくれ……。


「『テレポート』」


「え?」


 俺は呆気にとられる彼女の手を掴むと……、と、身長差の為、上手く掴めなかったので服の裾を掴むと馬車の所まで彼女と転移した。



「すごい! 高名な魔女様でしたか!」


 彼女はそう言うと大はしゃぎで俺を抱え上げて抱きしめる。


 結構、大きかった。エルフというのは華奢な体形をしているものだ。彼女はそこ以外は例に漏れず華奢な体形をしていたが胸だけは結構大きかった。


 顔を胸に埋めさせられている状態の俺は『出来れば前世でこういうの味わいたかったぜ……』なんて事を考えつつ、少しの間、その柔らかく心地の良い感覚を顔面で味わった。


「ええと、現状を説明してもらえるかな?」


 と、雇い主のおっちゃんが当然の要求をすると俺は誰にも気が付かれない様にチッと舌打ちをすると状況を説明した。


「ですから、撃退したわけではないので直ぐに出発しましょう。 たぶん、狼さんたちが動けるようになる頃にはあの子たちの探索範囲からは離れられると思います。 えとえと……、エルフのおねえさんはどうしましょう?」


「え!?」


 こう返したのはおじさんではなくエルフだった。心底意外そうな表情をしているのを見る限り、彼女としてはこのまま着いて来るつもりっぽかった。


「えとえと、おじさん、どうします?」


 俺にこう問われたおっちゃんは渋い顔をしていた。別にこいつが薄情な訳ではなく至極まっとうな反応と言えよう。こちらとしては巻き込み事故の被害者である訳だし、恐らくは大丈夫だろうと言っても間違いなく臭いを覚えられているであろう彼女を狼たちがしつこく追ってくる可能性はあったからだ。


 まあ、俺としても例え襲われても遅れを取るような相手ではないが、冒険者として雇われている以上、雇い主の安全の方が優先なのは当たり前の話だ。


「私エルフ、ちょー美形ですよぉ! 一家に一台エルフ、ちょーお得ですよぉ、いると人生捗りますよぉ! どうです、お客さん? エルフ、エルフはいかがですかぁ……、お安いですよぉ」


 錯乱したのか彼女は奇妙な踊りを始めると猛烈に奇妙なアピールを始め、俺たちが奇行にドン引きしていると「うわーん」と泣き出してしまった。



「えっぐ……えっぐ、魔女様、ありがとうですよぉ……」


 結果としては彼女を連れていく事にした。これ以上、足止めされると狼が動き出しかねない事。連続で魔法を使って思った以上に疲労していた俺は今日はもう戦いたくなかった事。何よりもコイツが美少女だった事。こんな理由で俺が助け舟を出すと、おっちゃんは「何かあったら、その時は頼むよ」と、彼女の同行を許可したのだ。


「えっと、その『魔女様』っての止めてもらっていいですか? わたし魔女じゃないですし、アンリって名前があります」


 まあ、彼女がそう思うのも無理はなかった。こんな幼女が高位魔法を使えるなんて考えるのは、どう考えてもおかしい。それなら何十年も修行した魔女が『若返りの秘法』で若返った状態だって考える方が自然だ。


 まあ、似たようなもんではあるのだが俺は魔法使いではなく魔法戦士だったし、何よりも魔女って呼ばれるのが嫌だったのだ。なんか魔女って年寄りっぽいイメージがあるし……。


「じゃあ、唯の天才児ってだけだって言うんですかぁ。 そっちの方がずるい……」


「そういいう言い方されると照れちゃいますね、エヘヘ」


 面倒臭い女だ。こんな事を思いつつ愛想笑いをする。強引にこの話題を打ち切ろう……。


「おねえさんって旅人っぽいですよね? って事は『風の氏族』なのかな?」


「そんな事まで知っているんですか? ……やっぱり、天才児ってずるいですぅ」 



「おい、そろそろ日が暮れるし飯にしないか?」


 ナイスアシスト! いい加減苛立ってきた俺を見かねてか戦士がそう呟いた。


「アンリはお腹ペコペコなのです!」


 俺は強引に話を打ち切ろうと、その提案に飛びついた!


 

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