第5話 新たなイケメンにトンデモ発言されました。
数刻後、ノック音とオルティス司教の声で目を覚ます。モゾモゾと布団から抜け出して、ベッド端に腰掛け、伸びを一つする。寝る前に感じた頭の痛みはすっかり引いていて、だいぶスッキリした気分だった。
簡単に身だしなみを整えて、ゆっくり扉を開くと、オルティス司教が部屋の前に立っていた。夕飯の準備ができたのだろうと、そのまま外に出ようとしたが、司教に待ったをかけられた。不審に思っていると、司教は数歩後ろに控えていた人物を呼んだ。
司教の隣に来た人物は、黒の隊服を着て、赤いマントを左肩にかけていた。精悍な顔つきで、トオルが少し見上げるほど身長は高く、無駄のない引き締まった身体からは、力強さを醸し出していた。目を引かれたのは、髪色。黒はほぼ居ないと聞いていたのに、目の前の人物は黒髪のように見えた。
ーー目が合うと、心臓がひとつ鳴った。
紫色の瞳の中には、黄色い輝きもあり、アメトリンを初めて見た時のように、不思議な気持ちにさせられた。その人物は一歩前に出てトオルの前に跪いた。動きに合わせて揺れて肩から垂れた一束の細い髪は、明かりに照らされて紫色に煌めく。
「神子様にご挨拶申し上げます。私はウィルフレッド・エスターライヒ。女神様の泉と神子様を守護する一族でございます。今世におかれましては、神子様に相見えたこと、大変光栄に存じます」
「ーーこちらこそ、お会いできて光栄です」
ハッ!!イケメン×イケメンの衝撃で意識が飛びそうになっていた!オルティス司教が綺麗系なイケメンに対して、エスターライヒさんは男前のカッコいい系のイケメン…。地球に二人が居たら、絶対にモテた!大学に居たら間違いなくファンクラブできてると思う。自分からは絶対関わらない人達だろうに、まさかこんなことになるとは…異世界恐ろしい…。いや、そもそも顔面偏差値おかしい。世話をしてくれた神官の二人も整った顔をお持ちでしたし。どこかに普通の顔は居ませんか!?凡人にはツラいです…。
「神子様、詳しいお話は食事の時にでもいたしましょう。エスターライヒ卿も宜しいですか?」
「ああ、それで構わない。まずは神子様に食事を取って頂こう」
オルティス司教の先導で食堂に移動する。移動中、特に会話はなかったが、エスターライヒさんは自分の後ろを歩いていた。神子を守護する一族って言っていたから、これもその一環なんだろうか。
会話のない移動に気まずさを感じて、食堂への行き方でも覚えてみようかと、辺りをキョロキョロ見ながら歩いていたが、白い石造りの壁には目印になりそうなものはなく、通路はどこを見ても同じ造り。途中にある扉も全て同じに見えて、とてもじゃないが覚えられそうになかった。移動が必要なときは必ず誰かに案内をお願いしようと心に誓った。十八にもなって迷子になるのは本気で避けたい。
「神子様、着きましたよ。どうぞお入りください」
オルティス司教に促され、開かれた扉の先に向かう。食堂というから、てっきり机が複数並んでいて、他にも人が居ると考えていたが、どうも違ったらしい。洋画で見かける長い机が部屋の中心に一つあるだけだった。
トオルは長机を見て思った。一体どこに座れば良いのかと。日本において上座は一番偉い人が座るわけで…、きっと三人の中で位が高いのはおそらく神子である自分だろう。だが、テーブルマナー脆くに使えない自分が上座に座るのは大変頂けない。そんなプレッシャーには耐えきれません。食事もきっと味がしないと思う…。
「神子様、こちらにお座りください」
戸惑っていることを察したエスターライヒさんは席まで誘導し、椅子まで引いて座らせてくれた。あまりにもスマートなエスコートにトオルは感動を覚えた。
そんな彼はトオルの右隣に座り、オルティス司教はトオルの正面の席に着いた。
三人が席に着くと、食事が運ばれてきた。パンにサラダ、焼き物二種にスープと、凄く豪華な食事がテーブルに並んでいた。
「では、食事の前に女神様に祈りを捧げます。神子様、祈りの言葉に決まりはありません。自身の言葉で女神様に感謝の気持ちをお伝えするのです」
女神への祈りは、日本で言う”いただきます”のようなものかと納得していると、オルティス司教は手を組んで目を瞑る。エスターライヒさんも同様の姿勢をしていて、トオルも慌てて二人に倣う。
えーっと、感謝の気持ち…。……。………。食事ができることに感謝します。あと言葉が通じたこと、視力が良くなったことに感謝します。あと、できればチート能力持ちで異世界転移がしたかったです。あ、これは感謝ではなく不満か。つい口が滑りました。どうかお許しください。
トオルが祈り?を終えて目を開けると、二人も祈りが終わったところのようだった。
「さっ、食事にしましょう」
オルティス司教の言葉で食事が始まったのだが、食事のマナーが気になり、二人をチラ見する。日本に居た時には、複数のナイフとフォークが並べられた状況で食事をすることがなかったトオルは、内心汗だくで何か手がかりはないかと記憶を漁った。
「神子様、今日はマナーなど気にされずにお食べになってください」
「そう言って頂けると助かります。テーブルマナーなどよくわからないので…」
エスターライヒさんの気遣いを受けて、ようやく食事に手をつける。パンは客間で食べたものと同じようだ。サラダには色とりどりの野菜と花が盛られていた。花は飾りではなく、食べるものらしい。オイルがかかっていて、味は…もう少し塩気が欲しいところ。ただ花に意外と味があってこれを他の野菜と合わせて食べるとちょうど良い味になった。
それから肉のソテーとパイが並んでいた。宗教的に肉が禁止とかじゃなくてよかった!!肉禁止は本当に死活問題だった。ソテーは何の肉か分からないけど、見た感じ牛かな?食べた感じも似ていると思う。パイには根菜や葉野菜が入っていた。クリームベースの味はシチューを連想させる。スープには赤い色をしていて、キノコと豆が入っていた。ミネストローネかなと思って食べたら、思わぬ辛味に咽せそうになる。
油断した。もう一口恐る恐る食べてみる。しかしついさっき感じたほどの辛味はなかった。ピリ辛のスープは食事のアクセントにピッタリだった。やっぱり食べ物に変な味付けのものはなく、改めて安心した。
結局、食事中に会話することもなかった。というか、おそらく話す間もなく自分が食事に夢中になっていたからだろう。色々気を遣ってもらって申し訳ない…。そして、食い意地を張っててごめんなさい。
食事が終わって食器が下げられると、オルティス司教とエスターライヒさんは視線を合わせた。
「それでは神子様の状況について、話す前に確認したいことがあります。まずお手を拝借しても宜しいですか?」
そう言うとエスターライヒさんはトオルに向かって右手を差し出してきた。トオルはおずおずと彼の右手に自身の右手を乗せた。合わせた手から暖かな何かが流れ込んでくるのを感じた。それは身体の表面を覆うように広がっていき、全身に広がったところで、エスターライヒさんは手を離した。そして暖かい何かは跡形もなくとスッと消えた。
「神子様に神聖力が十二分に備わっていないのは、やはり顕現時に問題があったようです。神子様の神聖力回路は激しく損傷しており、全身を巡るように繋がっているはずの回路は現在ほぼ繋がっていません。今ご自身の力で動けているのは奇跡と言っても良いほどです。おそらく女神様の加護あってのことでしょう」
思案したエスターライヒさんが話し始めたのはとんでもない内容だった。動けるのが奇跡って、また爆弾発言が…。こちちに来て、濡れネズミだったところから、服装を整えてようやくまともな格好ができたと喜んだのに、身体の中は破茶滅茶な状況らしい。一体どうなってるの自分の身体ーー。
異世界で神子になったけど、神聖力がほぼないので、女神の泉で力を得ることにしました。 沐猫 @kimisizu
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