第4話 どうやら本当に神子だったようです。
「まずは、やはり神子様についてでしょうか。神子様というのは、女神ユトゥルーナ様から天啓を受けた方、または導きによって現世に降り立たれた方の総称です。
カンナミ様のように顕現される方の特徴としては、黒髪に黒い瞳、守護獣を伴っていると史書に記されています。
こちらの世界に黒髪の方がいないというわけではありませんが、神子様のような漆黒ではなく、元の色素が濃くなって、黒っぽく見えているだけに過ぎないのです」
オルティス司教の話を聞いて、神子にも種類があるんだなと思った。それから、黒髪、黒い瞳に限定されてるとか何か理由があるのか。それとも…女神の趣味か?ーーいや、このことはあまり深く考えない方が良さそうだ。何やら背中がぞわりとした気がする。
それにしてもオルティス司教はごく当たり前のように
だが、この世界の人は、歴史的にそういうのがあったからと受け入れられる話なのだろうか?
「あの…質問してもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「オルティス司教様は、この世界とは違う世界について、違和感なく受け入れられてる気がするのですが、変だと思われなかったのでしょうか? 少し不思議で…」
「ーー神子様、私に様付けは不要です。どうぞオルティスとお呼びください」
!?!?オルティス司教からいきなり呼び捨て発言された!いやいや、無理ですって。めちゃくちゃお世話になってるし、恩人だし、自分より年上だろうし、こんなに眩しい人を呼び捨てにするなんて自分には出来ません!!!
「いえ、良くしていただいている方を呼び捨てにすることは出来ません!なので、オルティス司教と呼ばせてください」
トオルは顔と右手を高速で左右に振りながら言った。断固拒否の姿勢である。
そんなトオルの様子にオルティス司教は心なしか残念そうに微苦笑した。
「神子様がそう仰るのであれば、ご随意に。
ーー異なる世界の存在についてでしたね。目には見えない、この世界と違う世界について、一般の方からすれば、全く関心・関係のない話でしょう。私達も史書や伝承でしか知り得なかった話ですし、事実のみが記されているということでもないので、全てを信じていたわけではないのです。しかし、私達は女神の導きにより、カンナミ様とお会いすることができました。今更存在を疑う余地もありません。
それに精霊や妖精の類が見える方も稀にいますので、私達が理解し得ない世界があっても不思議ではありません。私はそう思っていますよ」
…そうか。今、自分がここにいるということがオルティス司教達が管理している史書の正当性を証明することになったんだな。まあ、見たことのない服を着た黒髪に黒い瞳の人物が居たら、信じざるを得ないよな…。
それにしても、この世界には魔法だけじゃなくて、精霊や妖精もいるのか!会えるものなら会ってみたいな。
「そうだったんですね。そういえば、最初にお会いした時にも守護獣がいると仰ってましたよね。…自分にはよく分からないのですが、どこにいるんでしょうか?」
「ーー守護獣でしたら神子様の肩辺りに…あ、今、神子様の正面に移動しました」
オルティス司教の視線が何かを追うように動いた。それにしても答える前に一瞬不自然な間があったような…。
ん?なんかふわふわした黒い物体が目の前を浮遊しているけど、もしかしてこれ??え?存在感うっすっ!!いやいや、これ守護獣じゃないでしょ!言われないと分かんないし、守護獣って言われて、はいそうですかとはならないって!!
そういえば、最初女神の泉で騎士に囲まれてた時にも怪訝そうな顔されてたじゃん。他の人にも守護獣には見えなかったんだな。その反応は間違ってないと思います、はい。むしろこれが見えていたのかすら微妙そうだな。
とはいえ、オルティス司教が嘘をついているとも思えないし……。
「これが…守護獣ですか……」
少し不服そうなのが守護獣に伝わったのだろう。突然前髪が浮き上がる程度の風が吹いた。その現象には既視感があった。
もしかして…剣を弾いたあのつむじ風は守護獣が起こしたものだったのか!?うわぁ、存在感薄いとか言ってごめん!しっかり守ってくれてたんだね!!
トオルが一人でに感動していると、オルティス司教は視線を外して、僅かに口籠もりながら言った。
「…守護獣は神子様の神聖力によって姿を変えるとされているようで……」
突然の爆弾発言にトオルの感動は一気に消え去った。それって、つまりですよ。そういうことですよね?
考えたくもない結論に至って、事実確認すべく口を開く。
「え゛っ。ーーということは……」
「いえ、あくまで史書に記されていただけなので、実際のところはどうなのか分かりません。」
オルティス司教は眼鏡のつるを頻りに触っていた。
動揺しすぎなのでは?
トオルはそんな司教の姿に一周回って冷静になったが、同時に申し訳なさも湧いてきた。
司教は何を思ったのか袖口からグレープフルーツほどの水晶玉を取り出した。
「そうです!神子様の神聖力を調べてみましょう。念のためにお持ちしておいて良かったです。こちらの水晶に手をかざすと、色が変わるので、その方の神聖力の保有量がどれくらいか分かるのです。
ーーどうぞ、かざしてみてください」
オルティス司教に言われた通り、トオルは水晶に手をかざす。水晶の色が変わるにつれて司教の顔色も悪くなっているような気がする。
「……黒色ですね。こ、これはあまり保有量が多くない方に出る色で、神官よりも少ないです…。しかし、信者よりも多いですよ!」
ゔぐっ!つまりは神聖力が一般人より僅かばかりマシってことですよね。保有量を測定した結果、神子の適正なしとトドメを刺された感が否めない。ちょっと心が痛いです。
オルティス司教も予想外の結果だったのだろう。信者より多いって…いやそれ、全くフォローできてないです…。
「ーー神子の役目とかまだ知らないんですけど、神聖力がほぼない自分が神子でいいんでしょうか」
神聖力がなく、守護獣も実体がないなんて、神子として…いや神子って言っていいの?
あまりにも踏んだり蹴ったりな状況に、つい遠い目をしてしまう。もしかして歴代最弱神子とか?思わず乾いた笑いが出そうになる。
異世界転移にはチートが付きものじゃないの?全く適用される気配がないけど。最初からハードル高くないですか?容姿以外の神子要素薄すぎてツラい……。
「神子様であることに間違いありません!守護獣は神子様の神聖力によって生まれる存在。女神様の力を持っていらっしゃる神子様にしか出来ないことなのです!
……おそらくこちらの世界に顕現された際、何か予期せぬこと起きたのかも知れません。神子様を守護する一族の方をお呼びしているので、確認してみます。
随分話してしまいましたね。一旦ここまでにしましょう。お疲れでしょうし、食事の時間までおやすみください。」
オルティス司教は、少し考える素振りを見せたが、サッと話を切り上げて立ち上がる。
食事の時間って言うけど、今何時なんだろう?転移する前は朝の九時頃だったはず。
「オルティス司教、今は何時ですか?」
トオルの呼びかけにすぐに振り返ったオルティス司教は応える。
「
「??」
日の土刻??時間の単位だということは話の脈絡で分かるが、見慣れた十二時間表示の時計に当てはめることができず、困惑する。
「もしかして、神子様の世界と時間の概念が違っていますか?今は昼食を終えて数刻経ったところでしょうか。そちらにある時刻計が風を指す頃が夕食となります。」
オルティス司教が指差す先にあった置時計があった。近付いてみると、文字盤に、十二時のところから、時計回りに闇、土、水、光、風、火と、地球の時計で二時間おきの位置に書いてあった。
ここに来てまた異世界であることを痛感する。まずは、地球との違いを認識して改めて覚え直す必要がありそうだ。頭が混乱する…。
トオルが時計に向き合って考え込んでいるのを見たオルティス司教は、断りを入れ、時刻になったら呼びに来ると言って、部屋を退出した。
じっと置時計を見ていても、頭の整理がつくはずもなく、頭痛がし始めた気がして、トオルは天蓋付きのベッドに倒れ込んだ。ベッドはふかふかで、心を落ち着かせるような香りが微かにした。
枕に顔を押し当てたまま、オルティス司教との話やその前のやりとりを振り返る。
色々あったな…。分からないことだらけの状態から、神子と自分について、理解を深めたけど…状況は全くもって良くない。知ったところでどうにもならない問題にぶち当たったし、ホントなんで自分がこの世界に呼ばれることになったんだろう。
ーー答え出ない思考を無理矢理放棄して、目を閉じると、すぐに眠気が襲ってくる。トオルは抵抗することなく意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます