16.10章 米大陸爆撃の顛末

 山本軍令部総長への報告が始まっていた。戦果の説明は軍令部一部の富岡大佐の役割だった。

「連合艦隊と富嶽の攻撃により米国のマンハッタン計画の拠点を破壊しました。最初の目標はハンフォードの核分裂炉でした。1カ所の核分裂炉が稼働していてプルトニウムの生成を開始していました。しかし、我々は建設中の設備も含めて3カ所の核分裂炉を破壊したことを偵察機が確認しています。次はロスアラモスの研究施設でしたが、おおむね研究所の建築物と実験施設を破壊しています。大型のサイクロトロンと素粒子加速器を収容していたビルも倒壊しています。最後は、オークリッジのウラン濃縮施設を攻撃しました。オークリッジのウラン工場と稼働していた核分裂炉を倒壊させています」


「これで、米国の核分裂爆弾の開発と製造は困難になったと考えてよいのか?」

「核分裂爆弾には、大別して2つの種類があります。一つはプルトニウムを使用した爆弾です。ハンフォードとオークリッジの核分裂炉を破壊することにより、プルトニウムは当面生成ができなくなったはずです。もう一つは濃縮ウランを使用した爆弾です。オークリッジの工場群が濃縮ウランを製造していましたが、これも破壊しています。ロスアラモスの研究所では実験と研究により、核分裂爆弾の設計を行っていたと思われますが、かなりの期間中断せざるを得ないと思います」


 軍令部次長の伊藤少将が補足した。

「今回の攻撃により、もちろん永久に核分裂爆弾の製造が不可能になったわけではありません。もう一度、研究所や工場を再建すれば可能となります。ただし、2年程度は開発が停滞することになるでしょう」


「サイクロトロンで作った物質を米国に投下することができてよかった。我々の通告が大統領に届いてくれなければ意味がないからな。ドイツの小島君と巌谷君もねぎらってやってくれ。彼らがハイゼンベルク博士から入手した情報のおかげで、プルトニウムの生成が数ヶ月は早まったのだからな。」


「小島大佐は第一次も第二次作戦も結果を出してくれました。小島大佐の作戦成果がなければ、米本土爆撃も効果が半減するところでした。彼らには褒美を考えておきます」


 富岡大佐が、西名博士のメモを取り出した。

「サイクロトロンが加速させた高速イオンを物質にぶつけると中性子が発生します。ウラニウムに速度を調整した中性子を照射すると、プルトニウムを生成できます。ドイツからの情報は、反応させるために適した中性子の速度情報でした。日本で想定していたよりも低速にすることが必要であるとのことで、純水ではなく黒鉛を中性子の減速のために使用しました」


 伊藤次長が質問した。

「研究所のサイクロトロンをもっと活用して、核分裂物質を大量に作ることもできそうに思うが、爆弾に使える量の生成は不可能なのかね?」

「それほど、簡単ではないようです。実験用のサイクロトロンではプルトニウムは少量しか生成できません。数年を超えるような長期間に渡り複数台を稼働させない限り、核分裂爆弾を作れるだけの核分裂物質を生成することはできません。かなり困難と言えるでしょう」


 メモを見ながら冨岡大佐が続ける。

「ルーズベルト大統領は、我々が生成したプルトニウムという物的証拠を目の前にしているはずです。今頃は、我が国が核分裂爆弾を製造できるのではないかと、疑心暗鬼になっているでしょう。米国は、我が国が核分裂爆弾を既に保有していること、あるいは近い未来に保有する可能性を否定することはできません」


 総長が少将と大佐の顔を見た。

「この作戦を命令した私の期待もまさにそこだ。これから、米国は、我が国が核分裂爆弾を使用するかもしれないという恐怖から逃れられない。しかも富嶽により米国の奥地であっても我が国が攻撃可能であることも証明できた。ひるがえって、米国は当面それを作ることができない。彼らが頼りにしていた最後の手段は、我が国に奪われて勝利の方程式が崩壊したはずだ。しかもドイツに対して戦い続けるための理由もほとんど消滅している。そうなれば、これ以上、米国は戦争を続けることはできないだろう」


 ……


 陸軍長官のスティムソンが報告書を持って、大統領執務室に入ってきた。既に執務室には、この部屋のあるじと副大統領のヘンリー・ウォレス、ハル国務長官、海軍長官のフランクリン・ノックス、海軍作戦部長のトーマス・ハート、陸軍参謀総長のジョージ・マーシャル大将が待っていた。


 既に、大統領には日本軍の攻撃直後に一報が入っていた。しかし、マンハッタン計画への影響度合に関しては、専門家の分析が必要だった。既に、日本軍の攻撃が行われてから3日が経過している。各地の被害状況の取りまとめと科学者の分析には、これだけの時間が必要だった。


 スティムソン長官が報告書を見ながら説明を始めた。

「マンハッタン計画に関する施設の被害のみを報告します。最初に攻撃されたハンフォードの工場に対する被害です。ハンフォードでは黒鉛型核分裂炉が運転を開始していましたが、コンクリートの天井が吹っ飛んで完全に運転を停止しました。水冷システムの冷却水が漏れて、炉心が超高温になって水素爆発が発生しました。そのため放射性物質が周辺に飛散しています。また建設中だった第2、第3の核分裂炉も瓦礫の山になりました。隣接していたプルトニウムの抽出と精製工場は約7割が破壊されています。核分裂炉が破壊されてプルトニウムの生成は不可能になりました」


「施設を回復させて生産を再開することは難しいのかね?」

「核分裂施設の炉心が破壊されて放射性物質が飛散しています。物理学者は工場の修理以前に、十年はこの地域への接近さえも控えるべきだと言っています」


 陸軍長官が続ける。

「ロスアラモス研究所についての被害ですが、最も重要な実験設備だったサイクロトロンと素粒子加速器は跡形もないほど破壊されました。化学・物理実験棟と本館も倒壊しました。これで新型爆弾に関する科学実験は当面不可能になっています。住居区画にも爆弾が落ちたので科学者の人的な被害もばかになりません。生き残った物理学者で、どの程度の研究が可能なのかは確認中です」


 大統領は、手渡された研究者の一覧表を黙って見ていた。既に物理学者の名前が3割ほど横線で消してある。


「最後にオークリッジのウラニウム工場ですが、運転が始まったばかりの空冷型黒鉛核分裂炉に爆弾が直撃して壊滅的な被害を受けました。ウラン濃縮工場も8割が損壊しています。物理実験棟も破壊されています。核分裂炉から飛散した放射性物質が敷地内に広がっていて、科学者はこの工場施設を放棄すべきとの見解です」


 資料を読んでいたウォレス副大統領が顔を上げた。

「ハンフォードとオークリッジの核分裂炉が壊滅したとなると、我が国の分裂炉は全て停止したということなのか? 核分裂反応によりプルトニウムの生成が可能な反応炉は、もう残されていないのかね?」


「唯一、シカゴ大学に初期の黒鉛型核分裂炉が存在していますが、非常に初歩的な構造で安全装置も不充分です。シカゴという大都市の中で、長時間運転すべき装置ではありません。実質的にプルトニウムの生成に使える分裂炉は全て破壊されたと考えてください」


 大統領が意図的に声を大きくして話を始めた。

「破壊された工場は、別の地域に再度建設すればよい。1942年の初旬に戻ったと思えば、そこからやり直しをすれば、当初の計画からは遅れるにしろ、1年か2年で工場は復旧できるはずだ」


 陸軍長官がさえぎった。

「大統領、それほど簡単にはゆきませんよ。日本軍が投下していった包みがあります。我々のこれからの行動を大きく制約するものだと考えています」


 ウォレス副大統領がもういいという顔をして、陸軍長官に次の話題を説明するように促した。

「ロスアラモスに投下された落下傘の荷物の中身はわかったのかね?」


「投下物は鋼板製の頑丈な箱でした。内部には書類と、厳重に封印されたもう一つの鋼製の箱が入っており、その箱には鉛の内張りが追加されていました。封印された箱の中身は、少量ですがプルトニウムでした。専門の物理学者が分析して、間違いなくプルトニウムだと断定しています」


「日本自身が生成したと考えていいのだね?」


「はい、副大統領。プルトニウムは自然界には存在しないので、日本国内で何らかの手段により生成したことに間違いはありません。現時点では、ドイツから日本に渡ったという可能性は排除していいと思います。生産方法としては、例えば核分裂炉や加速器などで中性子を発生させて、それをウランに照射して生成したと考えられます。日本がプルトニウムを生産できるということが証明されました」


 説明の合間に大統領が質問した。

「図面が同封されていたと聞いたが、正体はわかったのか?」


「科学者が確認した結果ですが、核分裂爆弾の構造を示した概略図に間違いないとのことです。爆弾の弾頭の中にプルトニウムを配置して、火薬で爆縮させる構造の爆弾です。簡単な図面ですが、火薬の配置や衝撃波を集中させるレンズ、分裂物質を反応初期に抑え込むためのダンパーの構造など、必要となる機能部が記述されていたとのことです。もちろん設計図ではないので、そのまま作ればいいというわけではありません。しかし、爆弾を作るために必要となる知識を有しているということは間違いありません」


 ルーズベルトは、両手を広げたような大げさなジェスチャーをした。

「今までの話を聞くと、材料を日本国内で生成することができて、しかもそれを爆弾にするための知識もあるということになる。日本が独力で核分裂爆弾を作ることが可能だと言っているように聞こえるが、私の理解は正しいかね?」


「そのとおりです。大統領、実際に現時点で日本が爆弾を保有しているかどうかは別にして、爆弾製造が可能だということは断定できます」


「私は、ロスアラモスやハンフォードへの爆撃の状況を第一報として聞いているが、六発の高速飛行可能な重爆撃機が飛来したとのことだな。それで、六発機が多量の爆弾で攻撃をして、このプルトニウムの包みをロスアラモスに投下していったはずだ」


 海軍作戦部長のハート大将が答える。

「超大型爆撃機を飛ばしてきたのは、デモンストレーションの意味もあると思います。核分裂爆弾を製造したと仮定すると、技術者の見積もりでは、その重量はおよそ5トンから10トンにはなるだろうとのことです。これは、現状では単発の爆撃機では運ぶことが不可能な重量です。しかし、大型の爆撃機であればそれを運んで、投下することができます。実際に日本軍は我が国の奥地の工場を攻撃してみせました。あの爆撃機ならば、我が国の都市上空から10トン以上の爆弾を投下できます。それが核分裂爆弾だった場合を想像してください」


「爆弾を製造可能なことを示すだけでなく、それを運搬して我が国を攻撃する手段を既に手にしていることを示す意味もあったというのか。同封されたメッセージの解釈はどうなのだ?」


 ノックス海軍長官が説明を始めた。

「最後のメッセージには、核分裂爆弾により日本人の命が奪われるようなことがあれば、同様の爆弾で相手国を攻撃すると書かれています。わざわざ、ロサンゼルスやサンフランシスコを攻撃した場合の死傷者数まで計算して示しています。この数も科学者の試算によれば、荒唐無稽の数ではないとのことです。もう一つ注意すべきことは、今回の攻撃目標を選んだ理由です。明らかに日本人はマンハッタン計画のことを詳細に知っていて、重要な施設を選んでから攻撃しています。そこまで我が国内部の核分裂爆弾の開発状況をつかんでいて、なにかあれば報復攻撃をするぞと言ってきているのです」


 発言が一段落するのを見計らって、ルーズベルトが会議机の周りの出席者の顔を見回した。

「日本軍機が投下していった荷物の中身についての議論は以上でいいかね。次は、今までの議論を前提とした諸君の意見を聞かせてほしい。我が国はどうすべきなのか?」


 ウォレス副大統領が片手を上げて、解説口調で話し始めた。

「数十万人のアメリカ国民の命をベットするようなゲームをすべきではありません。たとえこれから、マンハッタン計画を再起動して、我々が核分裂爆弾を手にしても、先制的に使用することは全面的に禁止すべきです」


 スティムソン陸軍長官が続ける。

「この時期になって、日本が秘密を暴露してまでわざわざ警告してきた理由を考えていました。恐らく、現状では日本人はこの爆弾を手中にしてはいません。時間はわかりませんが、完成するには時間を要するということなのでしょう。それで、我々に先に使用するなと釘を刺してきたわけです。しかも、何らかの手段でマンハッタン計画の詳細を嗅ぎつけたということは、場所を変えて開発を再開しても再度攻撃を受ける可能性を否定できません。つまり、我々はこれから先、核分裂爆弾の開発については、日本に対して優位に立てる可能性はありません」


 ノックス海軍長官が意見を述べる。

「楽観的な方向で判断するのは危険です。日本がまだ爆弾を完成させていないとしても、来週あるいは来月になって、それを完成させてくるかもしれません。結局、我々は、日本が核分裂爆弾を保有しているという前提で行動するしかありません」


 苦虫をかみ潰したような顔になったルーズベルト大統領が、顔を上げて話し始める。

「ハワイ島の日本軍を追い出せばいいのではないか? 爆撃機の発進基地がなくなれば、爆撃機による米本土への攻撃は容易ではなくなるはずだ」


 ノックス海軍長官が反対する。

「いいえ、大統領。パナマ運河への攻撃のことを思い出してください。日本軍は潜水艦から発射するミサイルを使用して攻撃しました。あのミサイルを大型化すれば、やがて核分裂爆弾も搭載可能となるでしょう。しかも、我々が初めて見た6発の巨大爆撃機は長大な航続力を有していると推定されます。あの機体に日本軍が実用化している空中給油を組み合わせれば、日本の領土近くからでも我々の国を攻撃できる可能性もあるのです。たとえハワイ島を我々が奪還しても、日本軍は依然として合衆国本土への攻撃手段を保有していると判断します」


 ハート大将がおもむろに口を開いた。

「都市への爆撃だけでなく、爆弾1発で艦隊の全滅や大規模な部隊が壊滅する事態も考えられます。前線で活動中の我が艦隊や地上部隊に対して、日本軍が核分裂弾を使用すれば、その地域の戦力が全滅するような被害が発生します。たとえ我々が有利に戦っていても、たった1発の核分裂爆弾によって戦局が全てひっくり返ってしまいます。人的損失も我が国が戦いを続ける限度を超えるかもしれません」


 ルーズベルト大統領の声が一段と大きくなった。

「なんということだ。日本が核分裂爆弾を保有している可能性を否定することができない。我々はその前提で行動する必要がある。そうなると、日本に対して、戦争で最終的に勝利することは不可能になるということか。しかし、マンハッタン計画は全力で再起動させるぞ。ドイツが同じ爆弾を保有する可能性は否定できないからな」


 ウォレス副大統領が机の周りの一同を見渡しながら発言した。

「大統領、ドイツはナチスが政権を失って反ヒトラー派の政府が成立しています。既に我々が欧州で戦い続ける大きな理由の一つは、失われているのではないでしょうか。ドイツの新政府も戦いをやめることを望んでいるとの情報があります。一方、太平洋では、たとえ負け続けても起死回生の手段として頼りにしていた新型爆弾は封印されました。しかも相手はそれを保有している可能性があります。このような危険な状態で戦争を続けるよりも、日本との間の停戦について、真剣に検討する必要があります。ハルノートの要求を引っ込めれば、日本は戦いを停止する可能が高いのですよ」


「どうすればよいのだ?」


「チャーチル首相と一度話してください。イギリスはマンハッタン計画の状況についても知っています。今後の戦いを続けるのか中断するのか、英国の本音を確認する必要があります」


「わかった。英国と我が国が歩調を乱すわけにはいかない。相談するとしよう」


「もう一つ、お話があります。日本軍の爆撃機は、我が国の上空を長時間飛行したので、多数の民間人が目撃しています。数多くの写真も撮影されたと考えてよいでしょう。既に一部の新聞には、怪しい大型機が西岸から中部にかけて目撃されたとの記事が写真入りで掲載され始めています。政府として早急に見解を発表する必要があります」


「日本が攻撃してきた事実は公表するが、攻撃された目標については軍事基地への攻撃として公表する。もちろん我が国の防衛体制を今まで以上に強化することも、同時に発表する」


 ウォレス副大統領が窓からホワイトハウスの外を眺めると、千人を超える市民が集まって歩いていた。家族や友人を戦いで失った人たちを中心とするデモのようだ。過激なデモではなかったが、米国は戦争を直ちにやめるべきだとのプラカードを手にしていた。最近は、こんなデモをアメリカのいたるところで目にすることができる。


 開戦時の日本軍の真珠湾攻撃に対して、ルーズベルト政権は日本の卑怯な騙し討ちだと発表しようと試みていたが、国務省の職員が、正式な宣戦布告の後に日本軍の攻撃が行われていたことをリークしてしまった。新聞発表が大々的に行われると、真実を隠していた政権の態度は却って逆効果になってしまった。そのような経緯もあって、アメリカ国民の一定数は今までも戦争に反対の意志を表明していたが、それが急激に増加している。それに反比例するように大統領の支持率は急降下だ。このような状況を放置すれば、間違いなく来年の大統領選挙以降は、大統領は交代することになるだろう。いや、来年の選挙までもたない可能性が高い。


 副大統領個人としては、すぐにでも戦いをやめるべきだとの思いがあるが、大統領と正面から意見を衝突させて喧嘩はしたくない。客観的に勝てないとわかった以上、犠牲が増えるだけの戦いはできないはずだ。それでも戦争をやめないならば、自分がルーズベルトに代わって判断するしかないだろう。そんなことにならないうちに、大統領自身が停戦の方向で決断してくれと願っていた。


 この打ち合わせに出席した誰もが、最も認めたくない答えを自分に言い聞かせることに時間を要していた。特に大統領は床を見るようにうなだれてつぶやいた。

「やはり、我々は勝てないということが結論なのか」


 ……


 チャーチルのところに核分裂爆弾審議会の会長であるジョーン・アンダーソンが報告に来ていた。イーデン外相も同席している。そもそも核分裂反応が爆弾となり得るとの考案は、英国に住んでいたフリッシュとパイエルスの覚書がきっかけであった。しかも、マンハッタン計画にもボーアやチャドウィック、フリッシなどの多数の科学者が参加していた。そのような経緯でチャーチル自身も、マンハッタン計画については推進者の一人として詳細を知っていた。


 チャーチルはアンダーソンが持ってきた、日本軍による各施設への攻撃被害についての報告書に目を通した。日本軍機が落としていったプルトニウムと爆弾の概略図についても報告書に書かれていた。


 チャーチルが報告書を読み終わって、ムッツリとした顔を上げた。

「アメリカは、徹底的にやられたようだな。これでマンハッタン計画は、しばらくの間は完全に停滞するだろう。日本が何らかの手段で計画の詳細情報を入手したのは疑いがない。それと、日本の投下物から考えると、日本は核分裂爆弾を保有していると考えてよいのだろうね?」


 アンダーソン会長が答える。

「ロスアラモスの科学者の分析によると、内容物は間違いなくプルトニウムでした。しかも設計図のような書類は科学的に正しい知識を有していなければ、書けない図面です。日本人が知っているのは工場の場所だけではありません。マンハッタンの研究内容までわかっているということです。日本は近い将来、核分裂爆弾を保有するでしょう。それは明日かもしれません」


 イーデン外相が両手を広げた。

「恐ろしい威力の新型爆弾を、我々が手にするよりも先に、日本が保有しようとしています。我々がこの分野の開発について最も懸念すべきライバルは、ドイツではなく日本でした。我々は完全に見誤りました」


 チャーチルは話を続けようとするイーデン外相をさえぎって話を始めた。

「なーに、それほど悲観する必要はない。ヒトラーのいなくなったドイツは国内からナチスを一掃した。反ナチ派が政権を握って、我々との戦いを一気に終息させるつもりだろう。一方で、日本の中国大陸と東南アジアにおける資源への利権を認めてやれば、彼らには領土的な野心はそれほどないはずだ。日本の言い分を聞いた上で、なんとか戦いの矛を収めるのだ。私が今後について危機感をもっているのはむしろソ連だ。ドイツは我々とソ連の間に位置する。日本もソ連の国境に近い国だ。彼らにはむしろスターリンに対する壁の役割を果たしてもらおう」


「そうなると、ドイツも日本も我が国の側に引き込むということですか?」


「そのとおりだ、日英同盟の時代に引き戻すのだ。それができれば、核分裂爆弾の保有も大きな脅威ではない。どうも日本では海軍のヤマモトが一連の作戦を裏で操っていたらしい。君の仕事は、ヤマモトとの間に極秘のチャネルを開通させることだ。それを通して連合国との戦いを一刻も早く停止するように日本と交渉しなければならない」


「ハワイ島に上陸した時から、今回のアメリカ本土爆撃までヤマモトが描いたシナリオだったということですか?」


「いや、ミッドウェー攻略時から、既に今回の作戦を考えていたに違いない。ミッドウェー上陸作戦から米本土爆撃まで、あまりにも手際が良すぎるからな。それに諜報部(MI6)でもまだ確認中だが、ドイツのクーデターにもヤマモトが裏で支援を行って成功させたとの情報がある。つまりドイツも彼の手のひらの上で踊っていた可能性がある」


 チャーチルから想像以上の発言を聞いて、イーデン外相は青ざめた顔で首相の顔を見上げた。

「アメリカ大統領には、これからどう対応しますか?」


「失敗続きのルーズベルトは、我々の思惑通りに行動する以外の道はない。彼が望んだ道はもはや閉ざされたのだ。むしろ私は、最近は副大統領のウォレスと連絡をとろうとしているぞ。ルーズベルトがこれからホワイトハウスで過ごす時間も、もはや長くはないだろう」


 ……


 米国の核開発拠点への爆撃の結果は、鈴木少佐のところにも報告が行われた。わざわざ木更津の空技廠のジェット機格納庫まで軍令部第三部の山口大佐が報告にやってきた。


 北米情報担当の第三部第五課の課長である山口大佐は、鈴木少佐も軍令部で何度か打ち合わせで見かけていた。

「米本土への爆撃の結果ですが、ハンフォードとロスアラモス、オークリッジと核開発施設への攻撃は成功しました。これで、米国の核分裂爆弾の開発はしばらく停止するでしょう。なお、我々からの贈り物も投下しています。軍令部一同、鈴木少佐に非常に感謝しております。山本総長からも、要望があればなんでも言ってくれとのことです」


「わざわざ報告に来てもらって申し訳ないです。核施設への攻撃が成功して荷物も無事に投下されたとなると、この戦いももはや長くは続かないでしょう。次は米内さんが登場するということですね」


 木更津では、試験飛行を開始したばかりの十八試陸爆が翼を休めていた。中島の富嶽に対抗して三菱が開発したターボファン型の新エンジンであるTJ-24を後退翼下に6基ぶら下げたジェット爆撃機だ。この機体は、未来の知識を有する鈴木少佐の目には、ほとんどB-47と同じ外見に見えた。

「この爆撃機も実戦での出番はなさそうですね。兵器が戦場で活躍する機会が減るならば、その方がいいでしょう」


「これからこの機体はどうなるのでしょうかね?」


「問題ありません。胴体を再設計すれば高速の旅客機にできます。戦争が終われば、間違いなく人々が続々と航空機で海外に出てゆく時代になりますよ。ジェットエンジンで飛行する旅客機には大きな市場があるはずです」


 山口大佐は、鈴木少佐が戦争の終わった次の世の中のことを話し始めたので少し面食らった。この人の頭は既に戦後に切り替わっているのだ。そう思うと、そんな世界を自分も待っていたなと妙に納得してしまった。


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