16.7章 米大陸中央突破
サンディエゴが空襲を受けている頃、12機の富嶽の編隊が高度8,000mで太平洋上を東方に飛行していた。12機の連山を改修した給油機が前方を飛行している。ここはロサンゼルスの西方400浬(741km)の地点だ。12機の連山給油機に富嶽が接近していって、母機と富嶽が柔軟なパイプで結合すると、航空燃料が富嶽に流れてゆく。給油が終わると富嶽隊はどんどん高度を上げはじめた。富嶽にとっては、空気抵抗の少ない高度10,000mあたりの方が航続距離を伸ばせる。
編隊長の野中五郎少佐が状況を確認する。
「各機異常はないか? 我々は、この先まだ長く飛行する必要がある。小さな不具合も遠慮なく申し出てくれ」
「こちら、宮前、搭載している対空電探が不調です。但し、飛行には問題なし」
ハワイ島ヒロ飛行場への強行着陸により急襲した宮前大尉たちは、搭乗機が全損になったので、本土に戻って新しい機体を受領していた。その新型の機体が富嶽だった。訓練を経て、野中少佐の隊に配属されて、今回の作戦に参加することになったというわけだ。
富嶽の機内で宮前大尉と阿部上飛曹が会話をしていた。
「俺の言った通りだったろう。俺たちにはすぐに新しい機体が割り当てられるはずだと言ったが、その通りになったじゃないか」
「新しい機体は歓迎ですが、まさか米国大陸の攻撃に参加するなんて想定外ですよ。それもとんでもない長距離をこれから飛行してゆくんですよ。しかもそのほとんどが米国内部での飛行ですよ」
「そんな悲観的なことを言うんじゃない。今回も任務を達成して、みな生きて帰るぞ」
宮前大尉は否定したものの、内心では阿部上飛曹の発言をもっともだと感じていた。目標が存在するテネシー州までは、ここからまだ3,500km以上ある。そこまで行って帰ってこなければならないのだ。しかもそのほとんどの行程がアメリカ大陸上で、今まで日本軍機は飛行したこともない航路なのだ。1万km以上を飛行できる富嶽ならば、飛行可能な距離ではあるが、米大陸上空で、何が待ち構えているのか彼にも想定できない。
……
副操縦士の夏目中尉が、野中少佐に報告する。
「どうやら、サンディエゴへの飛行爆弾攻撃は終わりに近づいているようです。連山隊が飛行爆弾を投下したとの通信が聞こえてきています。」
「願わくは、サンディエゴに敵機が引き寄せられて、こちらに来ないでもらいたいものだ。このまま計画通り米大陸に向けて飛行する」
後ろの座席で電探監視を行っていた中村飛曹長が報告する。
「左翼側に友軍機の編隊が見えてくるはずです。なお、電探でも敵機は今のところ探知していません」
まもなく、やや南方を飛行していた12機の編隊が見えてきた。野中隊とは別の目標を攻撃する山田中佐の部隊だ。2群に分かれた24機の富嶽の編隊は、ほぼ同時にロサンゼルスの北側の海岸を横切って、米大陸に侵入しようとしていた。
……
副官のべイヤー中佐から、第4空軍司令のリンド少将に、未確認機が東進しているとの報告が上がってきた。
「ロサンゼルス東北のレーダーが東に飛行している編隊を探知しました。反射から大型機の編隊と推定。高度は約35,000フィート(10,668m)です。飛行速度は、恐らく450マイル(724km/h)。偏西風に乗っています」
「サンフランシスコのマクレランとマッコード基地から戦闘機を上げろ。とにかく早く高高度まで上がれる機体が優先だ」
マクレラン陸軍基地から8機のP-80と20機のP-47が離陸した。マッコード基地からは、12機のP-80と24機のP-51が離陸した。
「マーチ基地やミューロック基地には機体が残っていないのか? ロサンゼルスの方が近いのだぞ」
ベイヤー中佐から返事がある。
「ロサンゼルス周辺のP-80は、ほとんどがサンディエゴ方面に飛行しています。マーチやミューロックに残っていた機体は、基地が攻撃を受けたために離陸はしばらく不可能です。ヴァン・ナイス基地には、P-51が残っていたはずですが、基地が攻撃されて通信が不通なので状況がわかりません。パナマに移動したP-80が残っていれば、もっと強力な迎撃が可能だったのですが、ないものねだりですね」
「できるだけ早く、戦闘機を離陸させるようにロス周辺の基地に命令を出せ。とにかく高速で飛べる戦闘機は出撃だ。もちろんサンディエゴ上空からも戦闘機を呼び戻せ」
通信士官がメモを持ってきた。
「敵爆撃機の編隊が一時的にレーダーの探知から外れました。マーチ基地とヴァン・ナイス基地のレーダーは先の攻撃で破壊されています。そのため、我々のレーダーのカバー範囲から日本軍機の編隊が外れたのだと思います」
「もしかしてロサンゼルス周辺の基地を攻撃したのはこのためなのか? サンディエゴへの空襲がおとり作戦だったのか」
大声を出してしまってから、机を両手でバンとたたいた。リンド少将は副官との会話から、まんまとはめられた可能性に気付いたのだ。
案の定、ヴァン・ナイス基地を離陸したP-51から連絡が入る。
「上空を日本軍の超大型爆撃機が東方に向けて飛行中。今まで見たこともないような6発の超大型機だ。全開で上昇しているが、我々の機体では追いつけない」
……
ほぼ同じ頃、タワーズ長官のところにも、大型機の編隊が米本土に侵入しつつあることの報告が上がってきた。長官の日本軍の行動に対する引っかかりが解消した。リンド少将と同じ結論に達したのだ。
「マクモリス君、見事に我々は日本軍に引っ掛けられたようだな」
タワーズ長官は自らが導き出した日本軍の作戦を、少将に説明した。
「最初に、ロサンゼルス郊外の航空基地が攻撃された。次は、サンディエゴへの空襲だ。ロサンゼルス郊外への攻撃こそが、日本軍のおとり作戦だと我々は考えた。しかし今になれば、サンディエゴへ軍港への攻撃も戦闘機を南下させるためのおとり作戦だった。ロスの航空基地が狙われたのは、この爆撃編隊がロス近郊の海岸から侵入することを容易にするためだ。航空基地攻撃には明確な目的があった」
長官は、驚いている少将や参謀を前に説明を続けた。
「先のパナマへの攻撃も日本の布石の一つだ。西海岸の戦闘機隊を運河地区に移動させて本土の航空兵力を弱体化することが本当の狙いだった。これも、巧妙に仕組まれた日本軍の陽動作戦だった。目の前に現れた大型機の編隊こそが、日本の真の目標を攻撃する部隊のはずだ」
マクモリス少将が答える。
「しかし、もう遅すぎます。飛行爆弾の攻撃で混乱している航空基地からは、まともな迎撃はできそうもありません。今から離陸しても、プロペラ機では高速機に追いつけません。ましてや距離が離れたサンフランシスコの基地を離陸した部隊は、たとえP-80でも日本軍機の後ろ姿を眺めることしかできないでしょう」
タワーズ長官も、マクモリス少将の発言が正しいとわかっていた。太平洋艦隊司令部は重苦しい空気に包まれた。
……
中村飛曹長が電探による探知を報告した。
「電探に感あり。距離10浬(19km)。南東の編隊を探知。ロサンゼルスから発進した米軍機と推定」
すぐに隊長が答える。
「我々の部隊にはまだ距離があるな。このまま追尾を振りきるぞ。各機に連絡、ジェットエンジンに点火。運転は20分間。燃料の消費に注意」
24機の富嶽は、一気に440ノット(815km/h)へと加速して、上昇してきた米戦闘機を置き去りにしていった。
編隊はやがてラスベガスの南方を通過して、カリフォルニア州からアリゾナ州へと入っていった。
宮前機では眼下に見えてきた、赤色の荒れ地の光景に阿部上飛曹が興奮していた。
「こんな荒野が地球にはあるんですね。日本にいたら、絶対に見られない光景ですよ」
……
リンド少将は、既にアリゾナの航空群に通報をしていた。日本の爆撃機の目標が、恐らく米大陸の内陸だろうと考えたのだ。もしかするとテキサスの油田地帯を攻撃するのかもしれない。大陸の南西部の防空を担務とする戦闘群指揮官のモリス准将を呼び出した。
「モリス准将かね、リンドだ。日本の大型爆撃機の編隊が東に向けて飛行中だ。まもなくアリゾナに入ると思われる。迎撃してくれ。情けないが、こちらはサンディエゴを攻撃されて手いっぱいだ」
「了解しました。直ちに戦闘機隊を発進させます」
モリス准将は、アリゾナの北部のウィンスロー基地と中部のルーク基地に迎撃命令を発出した。しかし、双方の基地とも普段の任務は訓練が主体で、実戦機の配備はそれほど多くはない。ましてやジェット戦闘機の配備は少なかった。
ウィンスローからは、8機のP-80と24機のP-51が発進したが、ルークからはやっとのことで28機のP-47が離陸できただけだった。
……
やがて、オクラホマ州を目指していた山田中佐の編隊は、わずかに南の方向に変針しはじめた。野中少佐の編隊とは攻撃目標が異なるため、飛行経路を変えたのだ。山田隊の目標はハワイ島から片道5,000kmの距離だが、航続距離12,000kmの富嶽ならばぎりぎり飛行可能な距離になる。それに想定外に燃料を消費しても、帰途には連山の空中給油機が準備されていた。
南側を飛行する富嶽の先頭機では、山田中佐が位置を確認していた。航法の新井一飛曹が答える。
「アリゾナ上空、中央部を飛行中。偏西風の影響で計画よりも速く飛行しています」
うん、と首を縦に振る。
「そろそろ、潮時だな。おとり弾を投下せよ」
12機の富嶽が前部爆弾倉の扉を開いて、それぞれ1機の飛行爆弾を投下した。投下した機体は、外形は三式飛行爆弾と同一だが、弾頭を縮小する代わりに燃料を増加していた。しかも機体後部に電波の反射板を取り付けている。断面が半円形の細長いかまぼこ型の機器を胴体後部に張り付けた。かまぼこ型の電波を透過させる樹脂製の整流カバーの中は、多数の電波反射器が横方向に並べられていた。電波反射器は円形金属板の上に直角に交差する十字型になるように半円形の軽金属板を張り付けることにより、入射した電波を入射角と同一方向に反射する構造となっている。このため、電探には実際の機体以上に大きな電波反射物体として映ることになる。設計値としては、富嶽以上に大きな映像が電探に表示されることになっていた。
発射された12機の飛行体は、あらかじめ設定された方位に向けて6機が東南東方向のテキサス州の方角を目指して飛行していった。残りの6機は進路を北東に向けて、コロラド州の方向に飛行していった。野中少佐の隊は残った飛行距離が長いため、おとりの飛行体はまだ投下しない。
……
モリス准将は混乱していた。アリゾナに入った日本軍をレーダーが探知したのだが、編隊は4つに分離していたのだ。全ての編隊が高速で移動しているので、アルミ箔によるおとりではない。今から目視で確認しているような時間の猶予もない。なにしろ、レーダーの探知でも相手はかなり高速で飛行しているように思われるのだ。
「迎撃機に命令。4つの編隊に分かれて攻撃せよ」
この命令により、ただでさえ少ない迎撃機が更に分散されることになった。
ウィンスロー基地からP-80に乗って離陸したミッチェル少佐は、東北側のコロラド中部に向けて飛行している目標を追撃していた。幸いにも目標は、ウィンスローの近傍を飛行していたため、離陸してからすぐに北側の横方向から接近することができた。
「かなり高速の6機の小型機が北東に向けて飛行している。無人機のような外見に見える。飛行爆弾かもしれない。P-80とほぼ同じ速度だが、わずかにこちらの方が優速なので、追いつけるだろう」
直線飛行する飛行体にミッチェル少佐の編隊は、時間をかけて接近していった。護衛の敵戦闘機もいないので、後方に接近すればサイドワインダーによる撃墜が可能だ。やがて、少佐の編隊は6機の飛行体を次々と撃墜した。
ミッチェル少佐が飛行体を撃墜している最中に、地上ではちょっとした混乱が起こっていた。ウィンスロー基地の北側を飛行していた飛行体の1機が基地に向かって急降下すると、レーダーに向けて突入したのだ。富嶽が投下したおとり飛行体の中には、レーダー電波を探知する誘導弾が一定数含まれていた。飛行爆弾の電波受信機が近傍の基地のレーダーを探知したのだ。
ウィンスローのレーダーが突然停止したため、東方に向けて飛行してゆく富嶽を追尾した戦闘機隊には、地上からの指示が一時的に止まった。離陸した戦闘機は、レーダーの探知情報を基にした最短コースで接近することが不可能になった。
テネシー州に向けて飛行する野中少佐の編隊に対しては、24機のP-51が追尾したが、はるか遠くに機影を見ただけで、時間をかけても全く距離を詰められない。そもそも高度が10,000m以上を飛行しているため、同じ高度に上昇するのにも時間がかかる。加えて、敵編隊はP-51の最大速度よりもやや速い速度で飛んでいるので、全く距離が縮まらない。
ルーク基地を飛び立ったP-47は更に不運だった。飛行している日本軍機から基地の位置が南側に離れていた。東方に飛行する山田編隊に向けて上昇していったが、追尾を開始した時点で日本軍機は速度を上げたようだ。明らかに、P-47よりも高速になった敵編隊との距離は、どんどん拡大しはじめた。速度も速く距離も遠いので、日本軍機をはっきりと見ることもなく追撃は早々に放棄された。
残りの8機のP-47は、テキサス州の方向に向けて南方を飛行する機体を追いかけることになった。この米軍機も、500mile/h(805km/h)で飛行している飛行体に対して、プロペラ機では追いつくことができない。30分間追尾していたが、やがて諦めて基地に帰っていった。
……
アリゾナからニューメキシコを目指して飛行する山田中佐の率いる12機の編隊は、加速用のジェットエンジンの推力を最大にして、どんどん速度を上げていた。後方から飛行してくる米戦闘機の編隊を電探でとらえていたからだ。米戦闘機を引き離してニューメキシコの州境を超えると、おとりの飛行体を再び発射した。恐らくニューメキシコでも迎撃の戦闘機が上がってくるだろう。攻撃目標への接近の前に、できる限り向かってくる戦闘機を減らそうと考えたのだ。
それぞれ富嶽には4機のおとり弾が装備されていた。富嶽には最大20トンの爆弾が搭載可能なので、そのうちの2割(4トン)をおとり弾の搭載に費やしたことになる。アリゾナ上空で12機を射出しているので、残りは36機になる。帰路のことも考えて、24機のおとり弾を発射した。
12機をニューメキシコ州のやや北よりを西から東に横断する様に飛行させた。しかも高度を次第に下げてゆくように設定した。同時に自らの編隊は目標を北側に見て迂回するようにニューメキシコ中央部を目指すように南東に変針した。更に残った12機の飛翔体は北方の6機を各機が扇側に開くように飛行させた。同様に南方に対しても6機を扇型に広い範囲で飛行させた。
この時、野中少佐の編隊は州境からややコロラド州に入り込んだあたりを飛行していた。
「こちらは山田だ。24機のおとり弾を発射した。これでニューメキシコの米軍基地はしばらく混乱すると思われる」
「了解。我々はしばらく様子見とする」
山田中佐からの報告を受けて、野中少佐はそのまま東方に向けて飛行を続けることにした。山田編隊が引き起こした混乱に乗じて、しばらく飛行できるのならば、その方が好都合だ。これから先の飛行距離を考えると、自分たちのおとり弾はまだ温存したい。
ニューメキシコ州の中央部を南下しながら、山田中佐は時計を見ていた。アルバカーキの街並みが左翼側から遠くに見えていた。そろそろ方向転換すべき地点に近づいている。航法担当の新井一飛曹が片手を上げて、エンジンの音に負けないように声を出した。
「あと、5分ほどで変針位置に達します。方向転換したら、その後は北北東に進めば、攻撃目標のロスアラモスです」
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