16.5章 ロサンゼルス攻撃

 米大陸太平洋岸のサンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴは、日本軍からの攻撃の可能性が最も高い地域だ。シアトルとは異なり、多数の哨戒機が飛行していることは、連合艦隊もつかんでいた。


 ハワイ島から発進した日本の電探警戒機も大陸から西方に飛行してくる米軍機を洋上で何度も探知していた。探知位置から想定すると、600浬(1111km)程度までは米軍機が偵察飛行をしていることが判明していた。空母がB-24などの四発機からの攻撃を受ける可能性を想定すると、400から500浬あたりから攻撃を警戒する必要がある。オアフ島沖の戦闘経験から、米軍が誘導弾による攻撃を行えば、大型機であっても空母に重大な損傷を与えられると連合艦隊司令部は判断していた。


 西海岸の西方を航行していた三航戦と四航戦は、今回の作戦のために一部の搭載機を交換していた。四航戦が搭載していた流星艦爆のうちの40機を白鷹に移動した。代わりに白鷹からは32機の紫電改が飛来した。2つの機動部隊は、同一の作戦を実行するつもりがないように、かなり距離を離して航行していた。北側の三航戦はどんどん北東に向かって離れていった。


 ……


 角田長官が、時計を見ながら指示を出した。

「そろそろだな。飯島参謀、我々の位置を確認してくれ」


 すぐに吉岡少佐が海図を持ってやってきた。

「現在はこの地点です。そして目的地は、ここです」


 少佐が、海図上の一点を示した指を東北東の方向にスーッと動かしてゆくと、そこにはロサンゼルスの市街地が記載されていた。


 続いて、飯島参謀長が通信メモを持ってきた。

「連合艦隊司令部から、作戦が予定通り進んでいるとの連絡が来ています。一航戦と五航戦の草鹿中将の機動部隊は、予定通りシアトル沖で作戦を開始していると思われます」


 角田長官が命令を発した。この作戦は位置だけでなく時刻も重要だ。四航戦は、五航戦よりも、作戦計画で決めた時間だけ早く攻撃隊を発艦させなければならない。

「攻撃隊を発艦させよ。攻撃の手順は計画通りだ。作戦計画からの変更はない」


 やがて、隼鷹と飛鷹、白鷹から攻撃隊が発進した。この攻撃隊が異様なのは艦爆の数の多さだ。もともと三航戦には、隼鷹と飛鷹を合わせて24機、更に白鷹の30機を加えて、54機の流星が配備されていた。それに四航戦から飛来した40機の流星が一時的に追加されて、90機以上の各種流星が作戦に参加していたのだ。


 東北東のロサンゼルスを目指して飛行を開始した攻撃隊は、以下のような編成だった。

 橘花改20機、流星(爆装)66機、流星(給油)12機、流星改12機、三式艦偵6機


 攻撃隊が発進したのは、米索敵機の状況も勘案して、米本土から380浬(704km)まで踏み込んだ地点だった。既に索敵機が警戒する海域に入り込んでいる。事実、発艦の途中で接近してきた米海軍の哨戒機を三式艦偵が発見して、直衛機が撃墜していた。


 攻撃隊は電波攪乱紙を散布しながら、ロサンゼルス方面に接近していた。編隊に先行している三式艦偵の逆探には米軍の電探の電波が入ってくる。明らかに米本土に接近する以前に索敵機のレーダーに探知されているはずだ。


 PB4Yがレーダーで大編隊を探知して、接近してきた。上空の橘花改が降下してゆく。

「こちら志賀だ。11時方向の米索敵機を攻撃する」

 すぐに、PB4Yは撃墜された。しかし、日本の攻撃隊発見の通報はレーダーが探知した時点で行われていた。


 ……


 日本軍の攻撃隊接近は、すぐにアメリカ西海岸の防空を担務とする第4空軍司令部に通知された。この時期では、米大陸西岸の防衛を任務とする司令部では、日本軍の攻撃は想定範囲内だった。

「索敵機がレーダーで日本の攻撃隊を探知しました。どうやら、ロサンゼルスの方向を目指しているようです」


 司令官のリンド少将は、オアフ島の戦闘記録を既に読んでいた。

「オアフ沖の戦いで日本軍は、アルミ箔による欺瞞を行った実績がある。レーダーが探知した目標が、本当の攻撃隊か欺瞞なのかをよく確認してくれ」


 基地参謀のジョーンズ中佐が命令を受けて、確認のために駆けていった。大隊で飛行する日本機に対して、既に複数の索敵機が接近していたので短時間で答えが出た。

「司令、レーダーの探知は本物です。索敵機の視認による確認が取れました。グレース(流星)を中心とした大編隊です。100機程度が複数の編隊に分かれて飛行しています。しかもアルミ箔をばらまいて偽の目標を作りながら、進んできています。爆撃機ですから、明らかに我が本土に攻撃を仕掛けるつもりです」


「わかった。迎撃戦闘機を発進させよう。サンディエゴの海軍基地にも迎撃機の発進を要請する。100機以上の大編隊だ。海軍も協力してくれるだろう」


 ロサンゼルス郊外のマーチ航空基地からP-80が発進した。続いてP-51が追随してゆく。やや遅れて、東方のヴァン・ナイス陸軍基地とミューロック基地にも戦闘機による要撃が命令された。


 サンディエゴの防空を任務とする海軍のクレイグ大佐のところにも、リンド少将から連絡が入った。

「100機を超える日本軍機がロサンゼルス沿岸に接近している。陸軍航空隊から迎撃機を上げたが、海軍でも要撃を検討してくれ」


「南下して、サンディエゴを攻撃する可能性はありませんか?」


「わざわざ北の方向から、迂回する理由はないだろう。飛行距離が長くなって発見されやすくなるだけだ。それよりもロサンゼルスが主目標だと考える」


 クレイグ大佐は、サンディエゴの海軍基地からFO-2シューティングスターの発進を命令した。FO-2は、P-80の姉妹機である。実質的に性能はほとんど変わらない。


 ……


 ジェット機から構成される日本軍機の編隊は、どんどんロサンゼルスの沿岸へと接近していた。

 先行している三式艦偵の電探が、西へと飛行してくる未確認機を探知した。

「東から接近してくる編隊を探知。我々に対する迎撃部隊だと思われます。加えて別編隊として南から接近する編隊を探知。サンディエゴからの戦闘機と推定」


 護衛の橘花改が、米軍の2群の戦闘機に向けて二手に分かれて加速してゆく。東に10機と南東に10機が分かれて、どんどん加速を始めた。


 東方の編隊に向かった志賀大尉が報告してきた。

「米戦闘機は、ハワイの戦いで登場した単発のジェット戦闘機。約20機。後方にP-51の多数の編隊を確認」

 志賀大尉の編隊は、一斉に噴進弾を発射した。


 同様に南東の米戦闘機に向かった、白鷹戦闘機隊からも報告が入る。

「ジェット戦闘機が20機以上。あっ、赤外線誘導の噴進弾を発射した」


 ……


 コーク大尉は、先頭になって日本編隊を目指していた。ロングビーチ沿岸から海上に出ると、東方にゴマ粒のような編隊が見えてきた。接近してゆくと前方の編隊で白煙が発生するのが見えた。直ちに基地に状況を報告する。

「こちらコークだ、前方に双発機の日本編隊を発見。恐らくリサ(橘花改)の編隊だ」


 基地からは、海軍機の参加が通知されてきた。

「海軍からジェット戦闘機がそちらに飛行している。バウアー中佐の隊だ。海軍機を敵と間違えるな」


 大尉が基地と話している間に、日本機がミサイルを発射した。

「ミサイルを撃ってきたぞ。全力で、旋回して回避しろ」


 P-80は編隊を崩して、急旋回により橘花改の発射した噴進弾を回避した。しかし、数に劣る日本軍の戦闘機はそれ以上接近せず、北方へと旋回していった。



 バウアー中佐が指揮するFO-2の編隊が南南東から飛行してきた。中佐はハワイ島上空の戦いで消耗してしまったFO-2の部隊を再編すべく、サンディエゴの海軍基地に戻ってきていた。部隊の出撃命令が出た時には、やっと訓練が佳境に入った時期だった。新入りを除いて、実戦経験者のみを率いて飛行してきたのだ。


 目の前に、別の双発の戦闘機隊が現れてきた。ためらわずにサイドワインダーを発射した。日本機は胴体の後方から赤外線フレアをまき散らして上昇を始めた。そのまま太陽に向かって上昇すると、上空を南方に向けて退避していった。


 ……


 流星の編隊は、米戦闘機の編隊が向かってくるのを電探で確認してもしばらく東進を続けていた。橘花改が戦闘機をひきつけたために無事に飛行することができた。やがて下方に島が見えてきた。白鷹爆撃隊の阿部大尉が攻撃開始を判断した。

「もう十分だろう。石井飛曹長、現在位置を確認したい」


「ロサンゼルスの西方約50浬(93km)の地点です。サン・クルーズ島が左翼側に見えています。できればこのまま飛行を続けて、米本土に直接爆弾を落としてやりたいですね」


「飛行爆弾で攻撃できれば十分だ。直ちに攻撃を開始する。全機に命令、飛行爆弾を投下せよ」


 流星隊は目標に応じて3群に分かれて飛行していた。それぞれ飛行方向を若干変えてから、飛行爆弾を投下した。66機の流星は飛行爆弾を投下すると、空母を目指して180度方向を変えた。既に帰りの燃料を心配する距離になっている。


 ……


 12機の流星改は。給油母機から空中給油を受けると、流星の編隊を上空から追い越して全速でロサンゼルスの方向を目指していった。仕事の終わった給油機はUターンすると母艦に帰っていった。


 流星改飛行隊の兼子大尉が命令した。

「再燃焼器に点火しろ。このまま速度を上げて、全速で突破する」


 米大陸に接近すると、流星改は3方向に分かれて飛行していった。それぞれの編隊が東方に飛行すると、目の前に海岸線が見えてきた。米大陸の海岸を突破すると、3つの方向のそれぞれ別の目標を目指した。


 6機の編隊は、付近の基地で最も規模の大きなロサンゼルス東方のマーチ陸軍基地を目指していた。飛行方向の前方には、どこかの基地を離陸したP-38の編隊が飛行していたが、480ノット(889km/h)を超えた速度で簡単に振りはらった。やがて前方に、マーチ基地が見えてくると対空砲の射撃が始まった。しかし高速の機体に照準が全く追いつかない。


 流星改は緩降下して基地の上空を一航過すると、次々と25番爆弾を投下した。各機が4発搭載していた25番爆弾が滑走路や格納庫、基地の管理ビル付近に着弾した。一部の爆弾は投下後に落下傘が尾部から開いて飛行場内に落下した。


 流星改の3機編隊は、ロサンゼルス北のヴァン・ナイス陸軍基地に向けて、飛行していた。ここでも同様に流星改が25爆弾を投下した。残りの3機は、ロサンゼルス北北東の乾湖上のミューロック陸軍基地に向かった。広い塩湖の中に建設された基地には、複数の長大な滑走路があったため、基地の建築物が集中して狙われた。


 ……


 爆装していた流星隊が発射した飛行爆弾の編隊は、米戦闘機隊とすれ違った。コーク大尉は、日本軍の双発戦闘機を追ってゆく途中で、北側を飛行してゆくと、飛行爆弾を目にすることができた。

「多数の無人機が東方に飛行中。恐らくミサイルによる攻撃だ」


 コーク大尉が報告すると、ロサンゼルス戦闘群司令のモリス准将からの命令が返ってきた。

「攻撃の阻止が優先だ。ロサンゼルスの方向に向けて飛行中の編隊を全力で迎撃せよ。P-80ならば、なんとか日本軍のミサイルに追いつけるはずだ。爆弾を投下したグレースを撃墜しても意味はない。ミサイルを優先して撃墜せよ」


 P-80の編隊は、戦闘機との空戦をあきらめて、飛行爆弾の追跡を始めなければならなかった。P-80は翼を翻して、西から東に飛行してゆく小型の無人機を追いかけ始めた。ところが、ジェット推進の飛行爆弾の速度は明らかに500mile/h(805km/h)を超えている。クリーンな状態でのP-80の最大速度はこの高度でも550mile/h(885km/h)なので、追いつくことは可能だったが、高速の小型機を撃墜することは容易ではない。ロングビーチの海岸を超えたあたりで、最後尾を飛行していた飛行爆弾が、サイドワインダーの射程に入ってきた。


 ためらわずに両翼の空対空ミサイルを発射する。サイドワインダーは、直線飛行している飛行爆弾のジェット排気口に命中した。続いて左前方を飛行する別の飛行爆弾に向けて。列機がサイドワインダーを発射して撃墜した。


 それでも多数の飛行爆弾に比べて20機のP-80は数が圧倒的に少ない。後からやって来た海軍の22機のFO-2が加勢に加わったが、それでもまだ不十分だ。


 コーク大尉は、3方向に飛行したミサイル群のうちの最も数の多い編隊を追跡していった。飛行爆弾は、ロサンゼルス市街地の南端をかすめて、郊外の台地を超えて東へと飛行していった。やがて、コーク大尉が叫ぶ。

「なんてこった。この飛行爆弾は、俺たちの基地を狙っているのか!」


 総計42機のジェット戦闘機は、入れ替わり立ち替わり攻撃して、20機以上の飛行爆弾を撃墜できた。高速の小型機だが、敵の戦闘機が邪魔するようなことがないので、落ち着いて狙うことができる。それでも速度が速いので、あっという間に攻撃目標の地点に到達した。


 最終的に20発程度の飛行爆弾は、マーチ航空基地が見えてくると高度を下げて、地上に突入していった。既に、基地は流星改の爆撃により被害を受けていたが、落下傘で減速した爆弾は電波の発信器だった。内部には設定した周波数の電波放射を続ける無線機とバッテリーが格納されていた。投下した発信器はそれぞれ周波数を変えており、3種の異なる周波数の電波が放射されていた。飛行爆弾は、あらかじめ設定した周波数の発振器に向けて飛行して突入した。このため、多数の飛行爆弾が一つの場所に集中することを防ぐことができた。大部分の飛行爆弾は、滑走路や格納庫、建築物に投下された電波源を目標として突入した。


 ヴァン・ナイス陸軍基地でもミューロック陸軍基地でも同様に、投下された電波発信源に飛行爆弾が誘導され着弾した。唯一の違いは、着弾した飛行爆弾の数がマーチ航空よりも少ないことだけだ。


 ロサンゼルス周辺の航空基地は一斉に被害を受けたことになる。

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