16.4章 ハンフォード攻撃

 戦闘機同士の空戦が始まる前に、16機の流星改は同数の給油母機から燃料補給を受けていた。空中給油が終わると、攻撃隊とは、別行動で東方に向けて飛行を開始した。燃料補給により、流星改の編隊は米大陸内に侵入して飛び続けることができる。攻撃目標は、沿岸から東方に約200浬(370km)進んだところに存在していた。


 一航戦の44機と五航戦の36機から構成された80機の流星隊は、紫電改が米軍のジェット戦闘機と交戦しているおかげで、迎撃してきたジェット戦闘機をしばらくは避けて飛行してゆくことができた。すぐに、前方には米大陸の海岸が見えてきた。飛行爆弾の飛行距離を考えると、爆撃隊長の高橋少佐はもう少し接近したいと考えていた。


 しかし、さすがに米戦闘機を、いつまでも避け続けることはできなかった。米大陸上空から新たに接近してくる戦闘機の編隊が見えてきた。P-80とP-47の2群からなる大編隊が飛行してくる。その中から30機程度のP-80が先行して洋上を飛行してきた。ジェット戦闘機の2倍以上のP-47の戦闘機隊は、米大陸内に侵入した時点で攻撃しようとしているのだろう。海上に出て攻撃しようという気配がない。


 流星隊の上空を飛行していた橘花改が降下を始める。赤城戦闘機隊の板谷少佐が命令した。

「前方に敵の戦闘機。流星隊を守れ」


 上空から、一斉に500発以上の噴進弾を発射すると、緩降下から上昇に移った。P-80の編隊は、左右に分かれて噴進弾を回避しようとする。それでも斜め上方から編隊に突っ込んでいった噴進弾は10発以上が、P-80の編隊内で爆発した。一旦、上昇した橘花改は、P-80編隊の後方に抜けてから米軍ジェット機の上空で180度旋回すると、噴進弾の回避で混乱している米ジェット戦闘機の後ろ上方から攻撃を開始した。


 板谷少佐は、米軍が装備を開始している赤外線誘導の噴進弾を封じるために、自軍の戦闘機の後方を向けないで先制攻撃する方法を考えていた。まずはその作戦がうまくいっていた。しかし、P-80の数が多すぎる。前方の約20機のP-80と戦闘している間に、後方の10機余りのP-80が流星の編隊を目指していた。


 米軍のジェット戦闘機の接近を無視するように、流星の編隊が海岸線近くに達すると、大声で高橋少佐が命令した。

「飛行爆弾を発射せよ、繰り返す、飛行爆弾発射。発射後は直ちに回避、発射したら全力で攻撃を回避しろ。うろうろしていたら落とされるぞ」


 隊長の命令により、流星が一斉に飛行爆弾を発射した。飛行爆弾が飛んで行く方向を確認することもなく、流星は次々と機首を翻していった。米大陸に侵入することなく攻撃が終了してしまったために、大陸上で待ち構えていたP-47をはじめとする多数の戦闘機は肩すかしを食った形になった。しかし、洋上のP-80は流星を追跡していた。


 爆弾を投下した流星は、重量が軽減したことに加えて空気抵抗が減少した。空気抵抗と重量の双方の軽減により、流星は本来の速度性能を取り戻した。そのため海上に出て接近しつつあったP-80との距離があまり縮まらなくなる。それでも、12機のP-80は、じりじりと距離を詰めて、急遽搭載されたサイドワインダーの射程までは近づくことができた。P-80が発射した24発の赤外線誘導ミサイルが、西へと方向転換した流星編隊の背後に向けて飛行してゆく。


 サイドワインダーの発射に気づいて、高橋少佐は熱線弾の発射を命令した。

「敵機が赤外線誘導弾を発射した。欺瞞用の熱線弾を発射しろ。熱線弾を直ちに投射」


 流星は一斉に熱線弾を後部胴体から左右の側面に射出して、急旋回した。大部分のサイドワインダーは熱線弾に誘引されたが、8発のサイドワインダーが流星のジェット排気孔に向けて飛行してきた。


 西の方向の母艦に帰ろうとしていた流星は、東の太陽に向けて飛行することは容易ではなかった。それでは敵機に近づくことになる。


 熱線弾にだまされなかった7発のミサイルの近接信管が作動した。5機の流星は致命的な被害を受けて、真っ逆さまに墜落していった。2機の流星はそれぞれ1基のエンジンに被害を受けたが、双発の流星は爆弾を投下した状態なので片肺でもなんとか飛行することができた。急降下で退避しながら、母艦の方向へと飛行していった。


 ……


 シアトルの西方海上で空中給油を受けた流星改はそのまま東進して、米大陸の海岸線を突破していった。流星改は、飛行爆弾のような爆弾倉からはみ出す兵装を搭載しているわけではないので、高速で飛行することが可能だ。しかも大編隊だった流星攻撃隊と紫電改、橘花改の部隊が、米軍の戦闘機隊を誘引していた。大陸沿岸で網を張っていた米軍戦闘機隊は、やや南寄りのルートを飛行してゆく16機の流星改の編隊を見逃した。


 大陸に入って、シアトルとポートランドを結ぶ南北のラインをちょうど西から東に横切るように飛行してゆくと、グレイ基地から離陸してきたP-51の部隊が北から南下してきた。遅まきながらグレイ基地のレーダーに誘導されてきたらしい。


 爆撃隊長の村田少佐が短く命令する。

「10時方向に敵戦闘機、プロペラ機だ、相手にしないでこのまま突き切る。再燃焼器(アフターバーナー)に点火せよ」


 流星改はジェットエンジンの再燃焼器に点火すると480ノット(889km/h)以上に加速した。あっという間にP-51は置き去りにされてしまう。


 流星改は、海岸からタコマ市の南側を340kmほど飛行していった。レーニア山を超えて、東に飛行すると北から南に流れるコロンビア川が西南西へと方向を変えているところが見えてきた。


 村田機の後席で航法を受け持っていた星野飛曹長が、目的地が近いことを告げる。

「まもなく、目的の地点の近くです。前方に目標となる曲がった川が見えているはずです」


 星野飛曹長の言葉通り、川の曲がり角が見えてきた。村田少佐は目標地点の地図と見比べながら、川の蛇行の形状からやや南側を飛行していると判断した。機首を北側に向けると、コロンビア川の西岸の荒れ地を開いて建設された広い敷地の工場群が見えてきた。


 村田少佐は、列機に向かって命令した。

「我々の攻撃目標だと思われる。このまま、上空を通り過ぎるぞ。目的とした核分裂物質の生成施設に間違いないだろうが、まずは確認する」


 南西から北東に上空を航過しながら攻撃目標の状況を確認した。どうやらこんなところまで日本軍が飛んでくることは想定していなかったらしく、対空砲は全く撃ってこない。


 北東方向に敷地を抜けて飛行してから、180度旋回してゆく。後席偵察員の星野飛曹長が、確認した工場の状況を報告する。

「川の沿岸部に3つの大きなコンクリートの建築物、川岸の建築物は1つが2本煙突から煙を出して稼働中。それ以外の2つは建設中です。建築物の横に水をためたプール。プールの水は暖かいようで、湯気が出ています。その南側の広い範囲に工場の建物がたくさん並んでいます。工場の建物は4群に分かれているようです。更に南東側に住居と、司令部のような背の高いビルを確認。半数以上は建設途中」


 村田少佐は各機に目標を割り当てた。巨大なコンクリート構造物については1つか2つが建設中と聞いていたが、3つは想定以上で、しかも一つが稼働中なのも想定外だ。全ての核分裂炉は建設途中のはずだったが、予想よりも早く建設が進んでいた。敷地の中央部にきれいに並んだ細長い背の低い建物群は、事前情報の通り核反応に関係する物質の工場だろう。南東側の司令部のような背の高いビルは管理や研究をしている施設に見える。コンクリートビルの近くの温水をためたプールは理由がよくわからない。施設内に多量の水で冷却すべき高温の何かがあるということしか想像できない。


 一度、旋回して北方から接近すると、6機の流星改は、西から東に蛇行した川の沿岸の巨大な3つのコンクリート製建造物をそれぞれ攻撃した。村田少佐が西から1番、2番、3番とビルに番号をつけて、各機に攻撃目標として割り振った。各ビルの中央部を狙って、25番を投下した。背の高い煙突の付け根あたりに命中する。更に、その後に数発の5番くらいの小型爆弾を3つのコンクリート建造物の屋根を狙って投下した。小型爆弾は高度を下げると尾部から落下傘を開いて、ゆっくりと落ちていった。


 敷地の中央部に広がっていた工場の4群の施設に対しては、8機の流星改が平均的に偏ることなく爆撃した。それぞれの流星改が搭載した爆弾は1トン以下だ。各機が、25番と焼夷弾を投下した。もちろん工場の全てを破壊できないが、焼夷弾により火災が発生した。


 最後に残った2機は工場群とコンクリート製建造物の被害が小さなところを見つけて爆弾と焼夷弾を投下した。更に落下傘付き爆弾を背の高い建築物の上に投下した。爆弾を投下すると流星改はもと来た方向に引き返していった。


 しばらくして、米大陸の沿岸上で80機の流星隊が発射した飛行爆弾が飛んできた。電波で目標に誘導される飛行爆弾は、流星改が投下した落下傘付きの爆弾から発信される電波をとらえた。落下傘爆弾は4つのそれぞれ異なる周波数の電波を放射していて、飛行爆弾も特定の周波数に向けて突入するようにあらかじめ調整されていた。そのため、40発の電波誘導の飛行爆弾は、3つのコンクリート製構造物と中央のビルに平均的に分散して着弾することになった。単純計算で一つの電波の目標に対して10発の誘導弾が着弾したことになる。


 残りの40発の赤外線誘導弾は、工場群の焼夷弾の炎を目標にして突っ込んでいった。但し、一部の飛行爆弾は25番爆弾の爆発や、先行して命中した飛行爆弾の爆発に誘引されたものもあった。


 飛行爆弾が全て着弾してしばらくすると、上空を1機の三式艦偵が飛行してきた。五航戦を発艦してから、途中で空中給油を受けて、ここまで飛んできたのだ。


 上空を旋回しながら、まだ煙を上げている建物や工場群を撮影してゆく。偵察員の今福大尉は、最初に川岸のコンクリート製の3つの構造物の破壊状況を確認した。稼働していたと思われる1番の建物は、屋根に複数の飛行爆弾が命中していた。分厚いコンクリート製の天井が陥没して、複雑な内部の構造物が露出している。しかもその周囲から、激しく水蒸気の白煙を吐き出していた。特徴的な背の高い煙突も爆発によって根元から折れて、炎と黒煙が出ている。東の方向でまだ建築中と想定される2つのコンクリート構造物も誘導弾で被害を受けていたが、燃焼物が少ないのか煙は上がっていない。


 一方、工場群からは複数のところから炎と黒煙が上がっていたが、面積の広さから、敷地の建物を全て破壊するまでにはいたっていない。広域に広がった工場群のおおむね5割程度を破壊したという感じだ。

「やはり、工場全部を完全に破壊するというところまではいっていないな。稼働中だった巨大な建物は破壊して、稼働を停止させたようだ。激しく水蒸気が出ているのは、内部が高温になっていたということだな。もう一度、あのビルの上空を飛んでくれ。高度2,000まで降下。速度は300ノット以下だ」


 操縦員の湯浅飛曹長は、黙って旋回しながら機首を下げていった。同時にスロットルを戻しつつ、ダイブブレーキを開いて減速してゆく。


 今福大尉は、ドイツから運ばれてきた計測器のスイッチを入れた。測定器のプローブは腹部の爆弾倉から外に出ている。破壊したコンクリート建築物の上空まで来ると、左側で振動するように揺れていたメーターの針が、大きく振れた。指針の数値を素早くメモに書き込む。同じ測定を何度か繰り返して、今福大尉は満足した測定値を得たと判断した。

「想定通り放射線が出ている。ガイガー計数管の数値は、大きな値ではないが中央あたりまで振れたぞ。上昇して、西に飛行してくれ。母艦に戻る」


 湯浅飛曹長がそれに答える。

「我々の身体は大丈夫なのですかね。作戦の直前に読んだ理化学研究所のメモには、強い放射線は体に悪影響があるって書いてありましたよ」


「たぶん、そこまで放射線は強くないよ。それに上空を飛行したのは、短時間だから大丈夫だろう」


 今福大尉は知らなかったが、三式艦偵が飛び去った後に爆発が発生していた。


 稼働中だった核分裂炉は爆撃により、安全装置が作動して分裂反応は速やかに停止した。しかし、水による分裂炉の正規の冷却システムが爆撃で破壊された。予備の冷却システムも冷却水がパイプから漏れて、激しく水蒸気を上げていた。やがて予備系統の冷却水が枯渇すると、すぐに炉心の温度が上昇し始めた。


 核分裂反応は停止していたが、分裂炉の中で生成された放射性物質(放射性同位元素)は、アルファ線やベータ線などの放射線を放出しながら、より安定した物質に変わろうとしていた。核分裂炉の余熱とも言うべき、物質の変質の時に発生するエネルギー(崩壊熱)が炉心を加熱していた。水冷システムが止まって、どんどん高温になっていった結果、冷却液の水蒸気が分解して水素が発生した。黒鉛型分裂炉の基本構成物であるレンガ状の黒鉛パイルは爆撃と高温によりいたるところでひび割れが発生していた。分裂炉内の水素が発火して、黒鉛と共に爆発的な燃焼が発生した。


 爆発により、真っ赤な爆炎が立ち上った。周囲の建物を大きく破壊するほどの爆発ではなかったが、炉心にたまっていた放射性物質が爆発と共に周囲に飛び散った。核分裂反応が再度引き起こされることはなかったが、放射性物質は周囲に拡散した。結果的にハンフォードの一帯は、10年という単位で人が立ち入ることができないほどに汚染された。


 ……


 三式艦偵が帰艦すると直ちに写真を現像して、ハンフォードプルトニウム工場への攻撃結果を確認した。加来少将と大石中佐も写真確認に加わって、30分ほどでチェックを一通り終わらせた。


 加来少将が、草鹿長官に偵察写真を確認した結果を報告するためにやって来た。

「写真確認をしてきました。ハンフォードの核分裂反応炉は、早くも1基が稼働状態となっていました。煙突から煙が出ていました。軍令部の想定よりも早く工場の建設が進んで、稼働していたものと推定します。コンクリート製の反応炉のビルは天井に穴をあけて破壊しました。煙突も倒壊しています。加えて上空で放射能を検知していますので、ビル内の反応炉自身を破壊して内部の放射能が漏れてきたと考えます。他に2基の反応炉が完成間近の状態でしたが、これも建物を大きく破壊しました。反応炉で生成した核分裂物質を抽出して、濃度を上げてゆく精製工場については、上空から見る限り約5割を破壊しています。精製の工程は複雑だと言われているので、残っている建物だけで、抽出と濃縮ができる可能性はそれほど高くはないと思います。但し、これについては専門家の判定が必要です」


「わかった。最大の目標だった反応炉は破壊したと判断する。反応炉が動かなければ、この工場では核分裂物質のプルトニウム生成は不可能だ。一旦、このままミッドウェー方面に退避する。連合艦隊司令部に、破壊の状況を報告してくれ。第二次攻撃について必要であれば、何か言ってくるだろう。摩天楼作戦では、同時に複数の地点を攻撃しているはずだ。そちらの結果とも関係するからな」

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