15.2章 欧州第一次作戦
富岡大佐と小島少佐は、すぐに今後の日本がとり得る作戦について検討を開始した。もちろん、鈴木少佐から聞きとった情報と理化学研究所で聞いてきた科学者の意見も取り入れた。
あわただしく検討結果をまとめて、1週間で山本総長と伊藤次長に報告した。報告内容は、いくつかの案に分かれていた。これからの戦いがどのように進展するのか確定的ではないので、場合分けせざるを得なかったのだ。但し、鈴木少佐の見解も含めてもっともありそうな場合をわかるように示していた。
すぐに報告書を読んだ山本総長から呼び出しがかかった。総長と次長、小川少将と福留少将、それに大佐たちの6人での打ち合わせになった。
山本総長は開口一番、結論を述べた。
「君たちの検討した案を承認する。この案でやってくれ。我々はハワイに足場を作るための準備を始める。小島大佐はすぐにでもドイツに行く準備を始めてほしい」
富岡大佐が質問する。
「ハワイの作戦が成功する前提で我々は行動しますが、それで良いですね? そうすればいくつかの場合に分けた作戦もかなり絞れます」
伊藤次長が答える。
「まずは、ハワイ島に我が国の基地ができる前提で行動してくれ。我々は結果が出るように全力を尽くす。同時に開発中の兵器の完成を急がせて、米本土を攻撃する準備も始める」
山本総長も同じ意見だ。
「君たちの検討がされなくとも、ハワイの作戦が失敗すれば、我々は大きく方向転換せざるを得ないだろう。この検討結果を生かすためには、ハワイに日本の足がかりを作る道以外はないということだ。作戦結果が違ったら、その時に計画を修正すればよい」
小島大佐をじっと見てから、山本総長が念押しの発言をした。
「君がドイツで実行する作戦は二段階に分かれる。危険な任務だが、我々が日本からしてやれることはそれほど多くない。うまくいかなければ命の危険もあるが、覚悟してくれ」
小島大佐が首を縦にふった。
「ドイツ国内の作戦が失敗したら、日本国内の関係者にも影響があるかもしれません。私のドイツでの真の行動目的を知っている人員は、できる限り減らしてください。特に第二の作戦は鈴木少佐にも漏らさないようにお願いします」
すぐに伊藤次長が答えた。
「わかっている。ハワイ攻略や米大陸への作戦については、知っている人間は増えるだろう。また、君の欧州での作戦については、第一次の作戦はいくらかの人間が知ることになる。しかし、第二次の作戦については、この場の人間と欧州で君を手助けする助手以外は漏らさないことする。もちろん、この作戦は鈴木少佐にも知らせないつもりだ。技術者の彼にはふさわしくない内容だからな」
最後に山本総長がつぶやくように話した。
「失敗すれば私も責任をとるよ。君たちだけを切り捨てることは絶対にしない」
「第二の作戦は我々だけが知っていて、最後に責任をとれば十分です」
……
軍令部第三部の小島大佐は、一式陸攻に搭乗してマレー半島先端のシンガポールへと向かっていた。山本総長の命令によるドイツへの赴任という扱いだ。彼は、情報分析を担務とする第三部の所属で、過去に2度ドイツ訪問の経験があり、ドイツ通で知られている。そんな小島大佐がドイツに赴くことは、周囲からも当然なことと思われていた。それでも、できる限り目立たないように、ドイツに調査のために派遣される士官の中の一員として紛れ込んでいた。
海軍士官一行は、昭和17年10月22日に、日本本土から台湾を経由してシンガポールまで飛行すると、アッズ環礁行きの二式大艇に乗り換えた。アッズ環礁までは直線で約3,500kmなので、7,000kmの航続距離を有する二式大艇にとっては、途中で悪天候を迂回することになっても余裕のある距離になる。アッズ環礁に到着すると、現地部隊の司令部に顔を出した。すぐに警備部隊の隊長がやってきた。
「軍令部の小島だが、私への伝言は何かないか? それと近々、環礁に入港予定の潜水艦について教えてくれ」
軍令部から現地の隊長に既に連絡が入っていた。
「小島大佐への電文は届いておりません。しかし、潜水艦については、補給のために、伊号34潜水艦が当地に帰港予定との連絡が入っています。恐らく数日以内に入港すると思われますので、到着次第連絡しますよ」
「わかった。ついては、軍令部に連絡をしたい。無事にここまで到着したことを報告する必要がある。万が一、事故があれば代替要員を派遣すると言っていたからな」
すぐに、連絡のための通信士官を紹介してくれた。
小島大佐が乗船する予定となっていた伊号第34潜水艦は10月25日に入港してきた。昭和17年6月に竣工したばかりのまだ真新しい艦だ。最新型の電探を装備して、技研が開発した新型の音響探知機も装備していた。更に、昭和16年にドイツから帰国した海軍技術者が持ち帰ったドイツの潜水艦に関する情報を基にして、艦内のエンジンや電動機の静音化工事も実施していた。いたるところにゴムの板やブッシュを追加して、艦外に漏れる騒音を減らす工事を済ませていた。
26日夜には伊号34艦長の入江中佐から連絡があった。27日に乗船できるから、荷物をまとめて乗ってくれとのことだ。訪独する一行は翌日の午前にはさっそく埠頭まで出かけて、乗船した。艦長が挨拶してくる。
「皆さん、ご苦労様です。狭い艦内ですが、士官用のベッドを空けていますので、利用してください。本日中に食料や水の補充が終わります。燃料とドイツに運ぶ資材の搭載も明日には終わります。準備が終われれば、明後日には、環礁を出港予定です。この艦にはいろいろな資材や機器が積み込まれることになります。向こうに届ける荷物の扱いはベルリンの日本大使館員に任せるように聞いていますがよいでしょうか?」
直ぐに小島大佐が答える。
「積荷の内容については、私が承知している。ドイツに到着してから、ベルリンの日本大使館員や駐在武官と利用法について調整する予定だ。もちろん我が国にとって最も効果が大きくなるように活用することになるだろう。まずは、今後の航海予定について聞きたい」
「はい、明後日出港した後はインド洋西方を南下して、アフリカ大陸の喜望峰の南を経由して大西洋に入ります。その後はフランスのロリアンに入港する予定になっています。2ヶ月ほど前にドイツ訪問を成功させたイ号30潜水艦とほとんど同じ航路を進みます。航海の日数は30日以上、40日以下というところでしょうか。12月10日よりも前にはフランスに到着できると思います。インド洋では危険度は低いですが、さすがに喜望峰の英軍の哨戒機と大西洋の敵艦については充分注意する必要があります。まあ、見つかった時は逃げ回るのが本艦の方針です」
「わかった。長い航海になるがよろしく頼む」
伊号34潜水艦はドイツに供与するためのニッケル、タングステンなどの金属材料をアッズ環礁で積み込んだ。日本で実用化されたセラミック型音響探知機やマグネトロンなどの日本が先行して実用化した開発品の資料や実物は、既に呉を出発するときに積み込んでいた。その代わりに、重量を抑えるために魚雷は4本しか搭載していない。
伊34潜は大西洋に入ってから、何度か敵艦に出くわすことがあったが、逆探と音響探知機により、全て事前に探知して潜航することにより、回避することができた。このため予定よりわずかに早く、11月30日にフランスのロリアンに無事入港した。港には大使館の駐在武官として、半年ほど前にドイツに派遣されていた海軍士官が待っていた。
「はるばるご苦労様です。初めまして。海軍航空本部から派遣されている巖谷と申します。これからは、一緒に仕事をさせていただくことになります。よろしくお願いします」
小島大佐は、あらかじめドイツで活動するために接触が必要となる人物についての報告を、何度も読んでいた。何しろ資料を読むための時間は潜水艦の中でいくらでもあったのだ。もちろんドイツ国内で活動中の日本軍人についての情報もその資料に含まれていた。
自己紹介されなくても、既にどのような人物かわかっている。
「こちらこそよろしく。ああ、君のことは資料で読んできたので自己紹介は不要だよ」
しばらく間をおいてから、あまり関係ないことを小島大佐が話しだした。
「そういえば、最近わが軍は勝てないね」
直ぐに、巖谷少佐がニヤリとしながら返事をする。
「理由は、指揮官が無能だからだと思います」
思わず笑いながら小島大佐が手を差し出した。巖谷少佐も同じ動作をする。
「君と私はこれから任務遂行のための同志だ。命の危険があり得る任務だがよろしく頼む。それにしても山本総長はおかしな合言葉を考えたものだな。自虐的とでも言った方がいいのかな」
巖谷少佐が住所の書いた紙切れを渡す。
「ベルリンのこの住所は、大佐がこれから宿泊するアパートメントです。日本大使館から20分くらいのところです。その下の住所は我々の作業場所あるいは作戦の準備場所になります。わかりやすく言えば我々のアジトということになります。ドイツ人の尾行が着く可能性が高いので、アジトを知られないようにくれぐれも注意してください。ゲシュタポが、嗅ぎつける可能性もゼロではありません」
巌谷少佐が日本を出発したのは、昭和17年中旬だった。出発時に極秘の連絡のために、今までの海軍暗号や外交暗号によらない新規の暗号が軍令部から渡されていた。軍令部は既に日本海軍や外務省の暗号が米国や英国に解読されていることを知っていたので、特に重要な内容は、新暗号を使用するように指示していた。
この新暗号により、昭和17年11月になって、今回のドイツでの作戦概要と参加者を判別するための符丁が巌谷少佐に通知されてきたのだ。暗号連絡だけでは半信半疑だったが、連絡を受けた通り、潜水艦により小島大佐が彼の前に現れた。
……
潜水艦により運搬された物資や資料は、ベルリンの大使館が管理している倉庫へと運ばれた。表向きは今までの取り決めに従って、運んできた資源と機器だ。ニッケルやタングステンなどのインゴット、いくつかの機器の実物と資料などは、大使からドイツに譲渡することになっている。しかし、貴金属を含む一部の物品は小島大佐の作戦に使用する資材として残された。ドイツ軍の戦闘状況の収集やドイツ人との人脈づくり、場合によっては買収などにも使う予定だ。使い方は、作戦を実行するためであれば、小島大佐の裁量に任されていた。
さっそく二人はベルリンに移動して作戦会議をすることとなった。盗聴の恐れのないアジトに移動すると、小島大佐は巌谷少佐に日本で託された手紙を手渡した。
「軍令部の山本総長からの手紙だ。今回の作戦は鈴木少佐から聞き取りした知識が基になっているが、あくまで作戦自体は軍令部で検討したものだ。軍人らしくない任務だが、山本総長の決断で決まった作戦だ。作戦を知っている関係者は軍令部でもごく一部に留まっている。これを読めば君も関係者の一人になる」
黙って、うなずいてから、巌谷少佐は手紙を読んだ。読み進むうちに顔色が変わってくる。作戦の一部は暗号電でドイツにいた彼にも伝えられていたが、細かいことは小島大佐のドイツ着を待ってからということになっていた。巌谷少佐は既に暗号電を本国から受けた時点で、今回の作戦に対してはいかなる命令でも従う旨を誓約していたが、これほど重要な任務とは思わなかった。
手紙を読み終わるのを待って、小島大佐がゆっくりと話し始めた。
「君も今の戦争が早く終結することを願っていることと思う。この2つの作戦はそのために、必要な一歩だと認識してほしい。そのためには我々は命を賭してでも、結果を出さないといけない」
巌谷少佐の顔を見てから続ける。
「ともかく、この国での人脈づくりが必要だ。私は幸いにも、この第二の作戦の成否の鍵を握るドイツ海軍のカナリス大将や取り巻きと既に知り合いだ。そこから更に知人を広げてゆくこととしよう。ところが、第一の作戦のためにはドイツの高名な物理学者に会って、知恵を貸してもらう必要がある。私の人脈では、科学者にはすぐに行きつけないかもしれない。君は、今までの航空機や発動機に関する調査活動からドイツ企業の研究者や技術者に知り合いがいるだろう。そちら側から探ってみてくれ」
小島少佐が別のメモを取り出した。
「第一の作戦を実行するために必要なメモだ。この書類は、物理学者の西名博士と永丘博士が共同で書いたものだ」
取り出した書類には、素粒子研究をしている物理学者にしかわからないような、博士たちが想定している理論とその説明が書かれている。最後に、理論から導き出される結論について、いくつかの質問事項が記述されていた。定量的な数値を問うている質問が多い。
「我々の第一作戦の最初の目標は、ドイツの科学者からこの疑問の答えに関する情報を得て、早急に日本の博士に伝えることだ」
「こんな難しい疑問に対して、答えられる知見を有する科学者の目星はついているのですか? 残念ながら私は素粒子分野の物理学者には知り合いはいないですよ」
「優先すべき人物は、物理学者のハイゼンベルク博士だ。私は、実際に日本で西名博士と永丘博士に面談してきた。ハイゼンベルク博士から最新の核物理学に対する知見が得られれば、日本における実験はかなり加速できるとのことだ。幸い永丘博士も西名博士もこの有名な人物とは知り合いだそうだから、質問状を見せても驚かないはずだ。面談がかなうならば、質問を見せられるように、こちらの言葉で書いた文書も準備している」
続けて、小島大佐はもう一つの書類を取り出した。
「欧州の戦いのこれからの推移について、鈴木少佐が説明してくれた情報を基にして、軍令部の極秘検討会でこれから想定されることをまとめた資料がこれだ。現時点の戦況に対する見方に加えて、これから先の見通しという内容の記述がある。但し、推定事項が増えてゆくので、時間がたつとだんだんはっきりしない書き方になっている。今のまま戦い続ければ、1945年のどこかの時点では、米英仏軍の西側からの進攻とソ連軍の東側からの進軍によりドイツ帝国は滅ぶ可能性が高いとの推定になった。今のドイツには戦う相手が多すぎる。この書類は絶対に極秘だ。ヒトラー政権を肯定しているドイツ人がこれを読めば、その場で射殺されかねん」
「わかりました。私は日本にいた頃は、鈴木少佐との付き合いが、かなりありました。その時の会話でも、彼の知識は何か予言のような内容をいくつも含んでいると思っていました。しかし、いろいろ考えてみると予言というよりも、彼は我々の世界とよく似た別の世界の出来事を経験して、知識として知っていると思えるのです」
激しく小島大佐もうなずく。
「私の分析も同じだ。前世の記憶が残っている。その世界ではこちらと同じような出来事が起こっているが、完全に同じというわけでもない。恐らく、彼自身が出来事を変える変数となっていると思える」
「実は、彼がミッドウェーの敗戦という言葉をポロリと漏らしてしまったのを聞いたことがあります。しかし、それから1年以上たっても、我々の世界の戦いはその通りにはなりませんでした。山口さんや草鹿さんは、ミッドウェーで負けないために、事前に彼から助言を得て行動したのです。それでミッドウェー海戦の結果が変わったのだと考えています」
「草鹿さんからはいくつか話を聞いているよ。私も彼の言っていることを信じて行動すると決めた。彼の知識を頼りにしなければ、我々の作戦は成功しないだろう。山本総長も同様の考え方だ。我々の後ろには山本総長がいつもついてくれている。そこのところは、自信をもって行動してもらってよい」
……
ハイゼンベルク博士に面談できる機会は意外に早くやって来た。巌谷少佐が日頃から付き合っていたユンカースやBMWのエンジンの技術者がカイザー・ヴィルヘルム研究所の研究員をよく知っていたのだ。化学研究の一環として、カイザー・ヴィルヘルム研究所では、石油の改質による出力向上やシリンダ内の燃焼に関する研究を行っていた。これらの研究はエンジン製造メーカーとの共同研究テーマとなっており、メーカーの技術者がしばしば研究所を訪れていたのだ。そのため、化学部に籍をおくシュトラスマンという若い科学者とユンカースのエンジン技術者は知り合いだった。
一方、ドイツの学会ではウランや同位元素の物性の解析などは、化学研究の一部とも考えられていた。従って、ヴィルヘルム研究所では、核物理学の研究は化学部門と物理部門が一緒に研究するテーマだった。シュトラスマンは、化学者の立場から物理学者と研究を行っていた。それで、ハイゼンベルグが素粒子物理の実験を行う時には、他の研究者と一緒に助手の一人として参加していた。
巌谷少佐は、ユンカース社が開発したジェットエンジンであるJumo004開発のリーダであるミューラー技師と懇意にしていた。日本が先行して実用化したネ20やネ30の資料を渡すだけでなく、潜水艦が運んだ実物のエンジンもユンカース社に提供していた。巌谷少佐に日頃から恩義を感じているミューラー技師は二つ返事で、少佐の依頼を了解した。すぐに技師は、シュトラスマンに日本人との面談の約束をとった。そのおかげで、小島大佐と巌谷少佐は、12月22日には、シュトラスマンと会うことができた。この若い研究者に駐独日本大使名で書いた、研究所の見学要望書を見せて、上に掛け合ってもらった。もちろん依頼時には、日本から持ち込んだ貴金属の一つを手渡すことを忘れなかった。その結果、科学部と物理部の見学の了解を得ることができた。
……
翌週の27日になってさっそく二人は、予約した時間にカイザー・ヴィルヘルム研究所見学を訪れた。あくまで本当の目的を隠すための欺瞞であったが、日本人に見せてくれる研究だけでもなかなか興味深いものがあった。午後には、物理学研究部門の見学時にハイゼンベルク博士に会うことができた。もちろん、彼が研究している核分裂に関する事項については、秘密なので完全に見学の対象外だ。
ドイツ国内では、まだ核物理研究は、ナチスからは注目されていないことを小島大佐は知っていた。1年もたてば状況が変わるだろうが、会談をした時点ではナチスの興味を引いていないので、秘密の度合いは小さいはずだと確信していた。それでも、安心はできない。ハイゼンベルク博士と話せる時間は30分もないだろう。
周りに注意して、ハイゼンベルク博士と3人になったところで、さっそく西名博士からの手紙を見せる。
「ご存じだと思いますが、あなたと同じ分野の研究をしている日本の科学者から手紙を預かってきました」
「ああ、ニシナとナガオカは知っているよ。優秀な科学者だ」
ハイゼンベルク博士は、手渡された手紙を読んでいた。遠くを見ながら考え込んでから口を開いた。
「ニシナの書いていることを信じてよいのか? 私と彼らの関係は親友とまでは言えないが、優れた科学者であることは承知している。君たちは、本当にこの世界的な戦争を終わりに近づけるつもりかね?」
小島大佐は目で肯定を示して、小さく首を縦に振った。
「簡単には信じてもらえないかもしれませんが、我々はうそを言っているつもりはありません」
博士は、じっと二人の顔を見てからもう一度、はるばる日本から運ばれてきた手紙をもう一度見た。
「私もナチスのやり方には、必ずしも賛成ではないのだ。我々の研究は、一歩間違えればとんでもない破壊兵器が生み出される可能性がある。少なくとも、私は破壊兵器をヒトラーに持参して、彼の手先に喜んでなるつもりはない」
話しながら、ハイゼンベルク博士は引き出しから、実験の結果を書き込んだメモ帳を取り出した。パラパラとページをめくって、目当てのページを見つけたようだ。別の小さな紙を取り出して、メモ帳を見ながら、いくつかの数字をゆっくりと書き込んだ。間違いがないか確認する。いくつかの数字の後には、単位と思われるアルファベット記号を付け加えた。最後に、解説のような文章をいくつか書き加えた。
その紙の切れ端を小島大佐に渡した。
「これは、ドクターニシナが知りたいことの全ての答えではない。それでも私の知っていることは、これが全てだ。私との話は、もう終わりだ。今までの話は全て忘れてくれ。手紙も読まなかったことにするから、処分してくれ」
二人は、研究所の見学を終えるとアジトに直行して、小島大佐が潜水艦から運び込んだ無線機で、ハイゼンベルク博士のメモ書きを日本に連絡した。第一の作戦の成果を報告するためだ。もちろんこの秘密作戦のために彼らと海軍の特定の者しか解読できない、新規暗号を使っての打電だ。
……
年末までには、理化学研究所にドイツからの情報が伝えられた。既にサイクロトロン2号機は11月から本格的に稼働しており、西名博士の研究室を中心として実験が進められていた。
富岡大佐が持ってきたメモを見ると、西名博士はノートを開いて、メモをとりながら計算尺で何やら計算を始めた。
「私の想定よりも中性子を減速する必要がありますね。海軍で黒鉛の板を手配できますか? 厚さが20センチくらいの板であれば、寸法はこのノート以上の大きさならばかまいません。大きければ切って使います。それを使うことができれば、実験はかなり前進すると思います」
「グラファイトですね。もちろんすぐに手配しますよ。入手に障害はないと考えます」
富岡大佐が帰ろうとすると、メモの最後の文章を読んだ博士が呼び止めた。
「最後に、欧州からアメリカに渡った物理学者の名前が書かれていますね。彼の研究の結果が実際の形になって実現したと書いてあります」
「その科学者はアメリカで研究をしているのですね。いかにもハイゼンベルク博士の同僚の研究が実現したという書き方なのですね。正直、フェルミの反応炉については、学術的というよりも工業的な意味合いが強いものです。それで、私はあまり注目していませんでした」
博士は書棚から一つの論文を持ってきた。
「まだ学術発表が自由な時期に公表した研究論文では、彼はウラニウムと黒鉛を使用した反応炉を提案していました。これはその時期の論文です。それが進歩してアメリカで実現したと考えられます。反応炉が稼働すれば、そこでは工業的な規模で核分裂物質が生成されるはずです。少量の物質を使って実験する我々のサイクロトロンなどは、足元にも及びませんよ。我々がグラム単位の実験物質を手にしている間に、彼らは多数の兵器製造が可能なトンを単位とする物質を入手することが可能でしょう。もちろん以前から説明しているように、グラム単位の物質では何も反応は起こりません」
「米国内での進展が速くなっているということですか。我が国の実験による生成物では反応を起こすことができないのは、以前から承知しています。その前提でかまわない」
大佐は、論文を借り受けると、急いで戻った。研究所で教えられた情報を、山本総長に直接説明に行った。米国で反応炉が既に稼働していることを考え合わせると、今まで想像していた以上に時間の猶予がないと感じたからだ。博士から言われた黒鉛を大至急手配して、理化学研究所に持ち込んだのは言うまでもない。
昭和18年が明けると、理化学研究所でも海軍の技研でもサイクロトロンにより実験の結果が出始めた。目的とする物質が、微量ではあるが生成できたのだ。
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