14.2章 飛行爆弾の開発
空技廠兵器部の小島中佐は、廠内で試験機として使われてきた一式陸攻に乗り組んで、じっと胴体側面のブリュスター型の窓から下方を見ていた。試験開始を決断すると、前方の操縦席に向かって片手を上げて叫んだ。
「実験弾を投下。試験開始」
爆撃手の操作により、開発中の実験弾が投下された。飛行試験用の実験弾は、短い魚雷のような胴体の左右から台形の主翼がつきだしている。尾部には十字型の安定翼がついていて、胴体下部の張り出しには、胴体の曲面に合わせた楕円形の空気取り入れ口が、前方に向かって開口していた。
実験弾は、一式陸攻の胴体から切り離されると若干高度を下げた。一瞬の後に後部の噴射口から白い煙が噴き出すと、噴射炎が青白く変わった。そのまま一式陸攻の前方に向けて加速を開始した。明らかに一式陸攻の2倍以上の速度まで加速して、安定した姿勢でまっすぐ飛んでいった。
小島中佐は、胴体側面からジェットエンジンに点火する様子を観察した後は、一式陸攻の機首に移動して、小さくなってゆく飛行体の後姿をじっと見ていた。
上空では一式陸攻に随伴していた空技廠所属の橘花が加速して、実験弾の後方を追いかけていった。
「こちらは小福田だ。実験弾は順調に飛行している。現在の飛行状況は、高度7,000m、速度は430ノット(796km/h)だ。試験弾が高度を下げ始めた。私も降下する」
所定の距離を飛行した実験弾は、高度を下げると、弾頭の代わりに搭載していた落下傘を開いて小型の浮袋を展開した。小福田機が上空から、着水地点を見つけやすいように発煙筒を投下した。実験海域で待ち構えていた小型船が、海上の実験弾を拾い上げるために急行してゆく。
実験を指揮していた小島中佐は、帰途についた一式陸攻の中で、小福田大尉からの無線報告を聞いていた。実験弾の飛翔距離も速度も予定通りだ。間違いなく実験は成功だ。少佐はこの試験弾を開発した時のことを思い出していた。
……
空技廠兵器部では、昭和17年中旬に、爆弾のように投下する赤外線誘導弾を実用化した後も、もう一つの候補となっていた飛行型の誘導弾開発を継続していた。艦隊の迎撃機が向かってくるよりも遠方から投下できて、自分で目標に飛行してゆく飛行爆弾が完成するならば、攻撃手段としては理想的だと考えたからだ。
遠距離を飛行するためには、噴進弾のような固形推進薬の燃焼では、全く航続距離が足りない。そこで、小島中佐は、発動機部の鈴木大尉のところにいい知恵を出してくれと頼み込みにいくことにした。
……
私のところに小島中佐が、菓子折りを持ってやってきた。甘味は大好物の一つなのでじっくりと話を聞くことにしよう。
「なんとか、いい知恵を出してほしい。誘導弾に搭載して、高速が可能で長距離飛行できる推進装置を考えてほしい」
心の中で、いい答えがあるぞと思ってしまう。要するに巡航ミサイルのエンジンを考えろということだ。
「飛行爆弾の推進装置は、小型のジェットエンジンを利用することになりますね。飛行が一度限りの誘導弾にとっては、ちょっと高価な仕掛けではあります。しかし、もともとジェットエンジンはレシプロエンジンよりも簡単な仕組みです。それを1時間くらいの寿命を前提にして、小型化、簡略化すれば数もそろえられそうですよ」
「ジェットエンジンというと、開発に時間がかかるんじゃないのか? 半年くらいで完成させろと要求されている。間に合わせることは可能か?」
実際の期間は、三菱や中島などの生産会社に依頼してみないとわからない。しかし推力を減らして小型化するというのは、大型化、高性能化よりも簡単なはずだ。我々は既にジェットエンジンを実用化できる技術を保有しているのだ。
「何とかなると思いますよ。時間を優先するならすぐに行動して、実物のエンジン開発に着手する必要があります」
本格的に開発するならば、即断即決だ。二人で、廠長の和田少将と発動機部の種子島中佐に陳情に行った。幸い長距離飛行爆弾の有効性については、理解をしてくれて、三菱に開発要求することに了解を得た。廠長名で開発要求書の書類を作成して、さっそく三菱の名古屋工場を訪問した。
元々、私は三菱で生産中のネ20の構造を簡略化して、小型化する前提で考えていた。永野大尉や川田中尉にも協力してもらって、エンジンの概略図は作成済みだ。頼む相手は、いつも通りの発動機部の深尾部長と佐々木技師だ。
ネ20を小型化したエンジンは、2ヶ月後に地上試験機が完成した。おおむねネ20の大きさを3割まで縮小して、内部の構造は圧縮段を6段に削減した。小型で軽量化するための工夫は必要だったが、エンジン推力を落としてもいいという条件なので、内部の燃焼温度や回転数を増加させていない。すなわち、技術的にはネ20からの飛躍があるわけではない。そのため、比較的短時間で完成したのだ。
試験してみると要求推力の360kgfを上回る380kgfを発揮した。運転時間も10時間くらいは大丈夫だった。
もともと技術が確立されていた軸流型エンジンは、大きなトラブルもなく試験が進んだが、むしろ課題になったのは安く簡単に作ることだった。1号機から4号機までは既存のネ20と同じ部材を加工して作ったが、それ以降は燃焼器やタービンをニッケル系から代用材のマンガン系に変えた鋼材に変更した。高温で劣化するがもともと短時間用のエンジンだ。内部の構造も加工しやすいプレス加工や鋳造部品を多用した構造へと変更してた。
……
昭和17年12月になって、代用材を使用したジェットエンジンが完成した。このエンジンは、TJ-23(ネ23)と命名された。
TJ-23(ネ23)ジェットエンジン
・全長:850mm
・直径:400mm
・圧縮機:軸流式6段
・タービン:1段
・重量:185kg
・推力:380kgf
・運転時間:1時間
……
ジェットエンジンが開発されている間も、飛行爆弾本体の開発は継続していた。機体の外形は飛行機部の北野大尉と三木大尉の設計により、胴体中央部に低アスペクト比の主翼を設けて、後部に十字翼の尾翼をつけた飛行機型の形態に決定した。機体の設計ができたならば、推進機がなくても無動力のグライダーを製作して、飛行試験することができる。ジャイロによる安定飛行の試験や航空機からの投下実験もグライダーで進めることができた。
一度限りの使い捨てなので、機体の構造も安価で大量生産できる構造にする必要がある。重量的に多少のペナルティがあっても経済性と作りやすさを優先した。例えば、主翼も鋼材の桁やパイプを強度部材としてプレスした外板を結合していた。
昭和17年9月に空中試験用のYTJ-23が完成すると、さっそく飛行試験が開始された。飛行試験といっても時速700kmから800kmで1時間程度をまっすぐ飛行させる試験だ。2回の試験飛行で、750km/hから800km/hで飛行可能なことがわかってきた。
私のところにも、小島中佐から試験の状況が入ってきた。400kgf程度の推力は世界最初の試験機であるHe178と英国で最初の試験機であるグロスターE.28/39が搭載したジェットエンジンの性能とほぼ同じだ。そのエンジンで、一人乗りのこれらの試験機は700km/h程度の速度を出している。それに比べて、飛行爆弾は明らかに機体が小型で空気抵抗もかなり小さい。800km/hは達成できて当然だというのが私の考えだった。
……
飛行試験は順調に推移していたが、問題になったのは誘導方式だ。ジャイロでまっすぐに飛行していっても、機器の誤差や、風の影響でどんぴしゃりと目標には到達しない。そもそも航法の基本になる速度さえも、測定値は対気速度であって対地速度ではない。補正をしても数百kmも飛行すれば、目標からズレは十km単位にはなるだろう。
GPSなどという便利な手段はないので、現実的な誘導手段としては、電波か赤外線ということになった。そもそもの目的が、誘導弾だけで防御体制を突破するのが前提なので、母機が誘導するような手段もとれない。
この誘導法については小島中佐も悩んでいた。
「遠距離からでも飛行爆弾を正確に着弾させる、いい方法はないものだろうか?」
一つの答えは、対レーダーミサイルのように電波発信源に向けて飛行するミサイルだ。
「電探で使用している電波は周波数が高いので、極めて指向性が強くなります。それを前提とすれば、遠いところからでも受信電波の発生源に向かって飛行することが可能です。幸い今までの戦いで、我々は、米軍や英軍の電探で多用されている周波数はわかっています」
「なるほど、電探を使用しているのが重要拠点だと考えれば、そこを攻撃するのは理にかなっているな。それでも、電探を停止したらどうするのだ? 無線封止は我々もよく使うぞ」
「そうなると、赤外線に向けて飛行する誘導法も必要ですね。それでも、赤外線探知器の視界の範囲に赤外線源が無いと誘導できないので、所定の距離を飛行したら、赤外線源を捜索するように飛行させることが必要になります」
「一定距離を飛行したら、付近をぐるぐる回って捜索するということか? 自動的にそんな飛行をさせることができるのか?」
「単純な、ぐるぐると渦巻のように飛ぶ、あるいは行ったり来たりするような飛行であれば、機械的な仕組みで可能ですよ。たとえ話ですが、オルゴールは小型のドラムを回転させて、音楽を奏でますよね。こんな仕組みを利用して、音程を変えた音を出す代わりに方向舵や昇降舵を動かせば、機体が上下左右に向きを変えて、あらかじめ決めた飛行動作をさせることができます。舵を動かす飛行制御用のドラムを変えれば、簡単に飛行パターンを変えることもできますよ」
最終的に、電波源への誘導弾と赤外線の誘導弾の2種類を生産することになった。1種類で双方の機能を持たせられないのは、誘導部分の小型化の限界からだ。また、米軍の誘導弾のように、レーダーを搭載してその反射波に向かってゆく誘導弾は、マイクロ波の電探を誘導弾に内蔵できる程度まで小型化できなかったので、先送りされた。
この飛行爆弾は、艦載の攻撃機に搭載することが前提となって、総重量は1トン以下に制限されていた。それで、弾頭の重量は400kgになってしまった。試験は順調だったのだが、制式化目前になって、軍令部第二部から横やりが入った。長距離を飛行して攻撃できるのならば、艦艇からも発射できるようにしてくれという要求だ。空中を飛行する魚雷のような用法を考えているらしい。
またもや、小島中佐が私のところにやってきた。
「艦上から発射するとなると、飛行爆弾も飛翔体の一種だから水偵のようにカタパルトから射出することになる。しかし、完全に停止していて高度0から射出するとなると結構な速度が必要になる。カタパルトで打ち出しても、加速して高度を取るためには、小型のジェットエンジンでは推力が足りないようだ」
「そうですね。飛行爆弾はかなり翼面荷重が高いので低速での上昇は苦手です。上昇のための加速には推進装置の追加が必要です。空母搭載機の加速用に、固体燃料の発艦加速装置がありますが、それと同じ仕掛けを使えば、問題ないはずです。燃焼させる推進剤の量は調整の必要がありますが、技術的には確立されていますよ。4号爆弾の加速器だって同じ推進剤ですからね」
すぐに、発艦加速用の推進器を飛行爆弾に追加して、実験が始まった。一連の地上からの発射実験の後は、艦上からの発射実験が必要だ。実験艦として、軽巡川内が選定されて、水偵射出用のカタパルトを改修して実験することになった。飛行爆弾は胴体の後部に固体加速器を追加している。
あまり問題もなく艦上からの射出実験が終了して、飛行爆弾の一部は艦上からの発射型として生産することになった。連続して複数の飛行爆弾を発射するならば、艦艇側で改修が必要だが、そちらは艦政本部が責任を持って開発するとのことだ。
……
三式飛行爆弾
11型は電波誘導、12型は赤外線誘導、21型は艦載電波誘導、22型は艦載赤外線誘導
・全長:4.2m
・全幅:2.6m
・胴体直径:533mm
・最大速度:440kt (815km/h)
・航続距離:200浬(370km)
・重量:1,030kg
・弾頭重量:400kg
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