13.8章 ハワイ島爆撃作戦 後編
昭和18年2月25日の早朝になって、ついにルメイの爆撃隊はハワイ島に向けて離陸した。64機が朝日の中を次々と離陸していったが、7機が機材の不調で引き返していった。B-29爆撃隊の隊長はルメイ准将だが、実質的には爆撃機への搭乗経験が長い副隊長のスウィーニー少佐が爆撃隊を指揮していた。
ルメイ准将が、搭乗機の機長であるスウィーニー少佐に話しかけた。
「新型のB-29なので心配したが、脱落がこの程度で済んでよかったな。今回は、民間への被害を最小限にするために、爆撃精度重視で昼間爆撃を選択した。そのため、日本軍のジェット戦闘機が間違いなく上がってくる。敵の迎撃機の実力を見くびるな」
直ぐにスウィーニー少佐が答える。
「現在のB-29のレーダーでは地上の細かな地形は、判別できませんので、夜間爆撃では狙った目標になかなか命中させられません。昼間爆撃は現実的な選択だと思います」
日本軍は約2週間前からオアフ島の海軍基地で戦闘機隊が出撃の準備をしていることを、偵察機の情報により察知していた。オアフ島南方のエヴァ基地とバーバーズポイント基地に夜間爆撃を仕掛けたが、狙った戦闘機は他の基地に退避していた。しかも基地の夜間戦闘機から迎撃を受けて、思うような戦果はなかった。
アメリカ自身の国土を爆撃するという、今までに経験のない任務を与えられた爆撃隊がハワイ島に向かっていた。57機になったB-29の部隊は2群に分かれて飛行していた。
オアフ島を離陸した海軍の戦闘機隊から連絡が入る。
「戦闘機隊のバウアーだ。オアフ島を離陸して、レーダー搭載機から誘導を受けている。そちらの北東方向から接近してゆくはずだ」
連絡のあった方向を双眼鏡で見ていたスウィーニー少佐がルメイ准将に報告した。
「方位45度に戦闘機の編隊が見えます。無線連絡のあった海軍の友軍機です」
……
B-29がアメリカ本土から離陸して6時間余り後には、ヒロ基地から東方に哨戒飛行を行っていた連山を改修した電探警戒機が爆撃隊を探知して、ハワイ島基地に通報した。
警戒機から大編隊を探知したとの報告を受けて、全力での迎撃命令が発出された。直ちに、ハワイ島地区に空襲警報が発出されると共に、陸軍と海軍双方の迎撃隊が離陸した。まず離陸したのは最初にヒロ基地に展開した、32機の「鍾馗」の部隊だった。しばらくして、18機のジェット戦闘機「火龍」と28機の局地戦闘機「震電」がジェットエンジン特有の音を響かせながら離陸していった。
火龍は陸軍が中島飛行機に命じて開発した双発のジェット戦闘機だ。ジェット戦闘機を早期に実用化するために、陸軍から頭を下げて海軍の橘花改の設計流用を依頼したものだ。しかし、搭載量を増やすために、エンジンを推力の大きなネ30系に変更したおかげで、機体が一回り大きくなってしまった。それでも昭和16年中旬の開発決定から1年後には初飛行して、昭和17年末から量産を開始していた。
武装は、ドイツから輸入されたマウザー(MG151/20)機関砲を4門、機首に装備していた。同じ20mmである国産のホ5機関砲に比べて、高初速で弾丸も高威力だった。とりわけ、「Minengeschoss」と呼ばれる鋼板の鍛造により製造された薄殻爆裂弾を使用することが可能だった。この炸薬の多い爆裂弾は、日本で銃開発を行っている技術者から、「我が国では、模倣することすら困難だ」と言わしめたほど高度な加工を要する弾丸だった。多量の炸薬による威力から、マウザーの20mm弾が命中すると、直径1m以上の大きな破孔が生じるとか、翼に命中するとそこからへし折れるなどと言われていた。
震電は、海軍におけるジェット戦闘機として三菱が開発した単座戦闘機だ。最新型のネ30Bを搭載して性能を向上させたタイプだった。武装は、海軍で実用化されたばかりの二式30mm機銃を4門機首に装備していた。
鍾馗と火龍、震電はB-29の編隊に向かって上昇していった。爆撃隊の前方に18機のFO-2シューティングスターが飛行していた。更にB-29編隊の上空に18機のFO-2が飛行している。2つの編隊に分かれたB-29の編隊は高度10000mあたりを飛行していた。
……
ジェット機の高性能を生かして、震電の編隊が真っ先に10,000mあたりの高度に達した。鴛淵大尉が先頭になって上昇していたが、爆撃機の上空を護衛するジェット戦闘機群を発見した。あらかじめ聞かされていたロッキードの戦闘機だ。空母の戦闘機隊で戦った経験を有する戦闘機乗りからは、450ノット(833km/h)を超える速度と意外に軽快な運動性に、最も警戒すべき相手だとの注意を受けていた。
鴛淵大尉は、あらかじめ決めた通り戦闘機隊を2群に分けた。
「遠藤隊は、爆撃機を攻撃せよ。我々は、戦闘機と交戦する」
編隊中央部の震電が軽くバンクで指示すると、14機の震電が右方向に旋回して、B-29の後方に向けて飛行してゆく。一方、鴛淵大尉は残った14機の震電と共に、爆撃機の上空を飛行する米軍戦闘機を目指して上昇していった。
続いて、列機に上空の米軍ジェット戦闘機に対する攻撃を命令した。
「上空の戦闘機に向けて、突撃せよ。狙いをつけたら噴進弾を発射しろ」
もちろん遠距離からの噴進弾攻撃では、まず命中しないだろうとわかっている。それでも、鴛淵大尉は、戦闘機相手の戦いになったので、早めに撃って、できるだけ身軽な状態で空戦に入ろうと考えたのだ。
……
護衛のために爆撃隊上空を飛行していたバウアー中佐は、単発の奇妙な形のジェット戦闘機が上昇してくるのを発見していた。
「なんだ、あの航空機は? 前と後ろが逆になっているようだ。しかし間違いなく、ジェット戦闘機だ。それもかなり速いぞ」
それでも、中佐は部下に対して命令することは忘れなかった。
「右翼側、2時方向から日本軍機。初めて見る機体だ。ロケット弾を撃ってくる可能性がある。油断するな」
バウアー中佐の想定通り、奇妙な形のジェット戦闘機は上空のFO-2シューティングスターに向けてロケット弾を発射してきた。FO-2編隊は降下しながら、急旋回によりロケット弾を回避した。急旋回による回避が遅れた2機の至近でロケット弾が爆発したが、それ以外の14機は回避に成功した。
バウアー隊のFO-2は、急降下で加速しながら旋回を続けて震電隊の北側の側面へと回り込んでいった。日本軍のジェット戦闘機の後方につこうと旋回してゆくが、震電も米戦闘機の後方に回り込もうと機動して互いに水平面の旋回戦になった。
FO-2は、速度も旋回性能も震電と同等だったが、FO-2は降下しているのに対して震電は上昇していた。そのため、一部のFO-2は、斜め後方から日本戦闘機のジェットエンジンの排気孔が見えるところまで旋回することができた。バウアー中佐が空対空誘導弾の発射を命令した。
「赤外線シーカーが目標をとらえ次第、サイドワインダーを発射しろ。確実に命中させるために2発同時の発射で構わん」
機銃の射撃にはまだ遠い距離なのに、FO-2シューティングスターが翼下に下げたミサイルを発射した。震電に対して、シーカーが検知できる位置につけたのは、8機のFO-2だった。今までの米軍の2.5インチロケット弾と異なって、各機が2発の5インチ程度の大型のロケット弾を発射した。16発のサイドワインダーがマッハ1.5まで加速して、日本軍機の方向に飛んでいった。
……
敵機から伸びてくる白煙を見て、鴛淵大尉は新兵器だと確信した。しかもその白煙は直線ではなく、自分の機体の方に向きを変えながら驚くほど高速で飛んでくる。大尉はあらかじめ空対空の誘導弾を米軍が使ってくる可能性について、司令部から聞いていた。目標を追いかけていくのは、誘導弾に間違いない。
命中するまでに時間がない。大声で列機に命令を叫んだ。
「欺瞞用の熱線弾を発射しろ。敵は新型誘導弾だ。欺瞞用の熱線弾を発射しろ」
震電の後部胴体側面に設置された埋め込み型の発射機から、左右に多数の高温燃焼している弾子が花火のように円錐状に発射された。赤外線の誘導弾を熱線で欺瞞させる弾子が、燃焼しながら山なりに落ちてゆく。大淀から運ばれた文書に基づいて大急ぎで空技廠の兵器部が開発した赤外線欺瞞用の熱線弾が間に合ったのだ。
発射されたほとんどのサイドワインダーが、敵機の後部から射出されたオレンジ色の光に吸い寄せられてゆく。バウアー中佐は、目の前の事実を理解するのにしばらく時間がかかった。
「敵は、赤外線を欺瞞する燃焼物質を散布しているぞ。通常の銃撃による攻撃に切り替える」
ほとんどの誘導弾はあらぬ方向に外れていったが、鴛淵大尉の後方を飛行していた4機の震電は、熱線弾の発射が遅れた。誘導弾は欺瞞されず後方に迫っていた。
鴛淵大尉は、司令部から聞いた注意事項を思い出した。太陽に向かうと赤外線誘導弾を欺瞞できるという言葉だ。
「杉田一飛曹、太陽に向かって飛べ。太陽で欺瞞できるぞ」
杉田機は、わずかに機首を右上方に向けて、上昇を開始した。誘導弾がそれに追随して方向を変えた。誘導弾が接近したところで、杉田機は思い切りロールしながら機首を真下に下げて急降下に移った。誘導弾は方向を変えずに太陽に向けて上昇していった。
他の3機の震電も太陽に向かって急上昇してゆく。それでも、上昇が遅れて、太陽に欺瞞されないミサイルが震電2機に命中した。
編隊がバラバラになったが、残った12機の震電が14機のFO-2シューティングスターに向けて旋回していった。水メタノール噴射により、エンジン出力を1.4トンまで増加させると、震電はFO-2に向かっていった。震電がFO-2に接近して噴進弾を発射した。
射撃後に、噴進弾ポッドを投下して空気抵抗が減少すると、震電の最大速度は486ノット(900km/h)に達した。ほぼFO-2と同じ速度だ。旋回性能は小型の震電が優れているので、旋回戦に持ち込めれば後ろをとることができた。しかも二式30mm機銃の威力は絶大で、1発でも命中すれば、米軍戦闘機に巨大な破孔が開いて墜落していった。
……
火龍隊を率いているのは、試作機の時から試験を実施してきた黒江大尉だ。彼は、新型機の試験だけでなく、ジェット機による戦技の研究も行ってきた。それを実地に試す機会を逃すはずがない。
双発のネ30のエンジン推力のおかげで、火龍は震電からは大きく引き離されずに上昇することができた。従って、震電隊の直後に米軍編隊と会敵することになった。
黒江大尉は、爆撃機の上空で震電と米軍機が戦闘を開始したのを一瞬見ることができた。双方が噴進弾を発射したが、米軍の噴進弾だけが旋回する震電を追いかけていった。その時、震電から花火のような熱線弾が放出されると、米軍の大型噴進弾はそれに引き寄せられて狙いを外したのだ。
心の中で、陸軍も同じ装備を早くつけてくれよと思ったが、今更どうしようもない。何か代わりになるものがないのか考え始めた。既に目の前には、もう一群の米軍ジェット戦闘機の編隊が迫っていた。
……
B-29編隊の前方で日本の戦闘機を警戒していたフォス大尉は上昇してくる双発のジェット戦闘機を発見した。上空では既に日本軍の戦闘機との戦闘が始まったようだ。彼は、すぐに接近する双発のジェット戦闘機を攻撃することを決断した。
「8時方向の戦闘機を攻撃する。恐らくリサだ。敵機の後方につけたら、サイドワインダーを発射せよ。このミサイルのおかげで、我々は有利なはずだ。訓練通り落ち着いていけ」
フォス大尉は火龍を形が似ている橘花改と誤認していた。
米軍のFO-2が火龍を目指して左旋回を開始した。フォス大尉は、日本軍機の正面には向かわず、右手に見ながら急旋回してから、上昇姿勢の火龍の後方につこうとした。火龍も米軍機の後方をとろうと旋回してゆくが、単発で小柄な機体のFO-2の方が旋回性能は良好だった。機首を上げ気味にすると、火龍の翼下のジェットエンジン排気孔の赤外線をサイドワインダーのセンサーがとらえた。ブザー音でパイロットに発射可能なことを知らせる。フォス大尉は、ためらわずに2発のミサイルを発射した。
……
黒江隊は大型噴進弾の発射煙を認めて旋回による回避機動を行ったが、旋回する火龍を追いかけるようにロケット弾が追尾してきた。彼は、たった今、目撃したばかりの震電隊の戦闘を思い出していた。
方向を変えて飛んでくる噴進弾から誘導型であることをすぐに察知して、黒江大尉は大声で命令した。
「急旋回で回避しろ。敵の新型誘導弾だ。追いかけてくるぞ」
一呼吸おいて、誘導弾が接近したところで更に命令した。
「全機、噴進弾を発射しろ。何もないところに向かって発射しろ。発射したら、太陽に向かって急旋回しろ」
30発以上のミサイルが発射されたが、シーカーが目標を探知して火龍の編隊に向かったのは21発だった。しかし、接近したところで火龍が噴進弾を一斉に発射したために、噴進弾の噴射炎に10発近くのミサイルが幻惑された。旋回した火龍ではなく、まっすぐ飛んでゆく。噴進弾を追いかけ始めたのだ。
一方、旋回しながら上昇する火龍を追いかけた11発のサイドワインダーのうちの6発は、シーカーが太陽の方向を向いたために狙いを外すことになった。最終的に5発のミサイルが火龍の編隊の後方から接近して、近接信管を作動させた。
5インチ(127mm)弾頭が至近距離で爆発すれば無事でいられるわけがない。2機が炎を噴き出しながら墜落していった。被害を受けたが、かろうじて墜落を免れた2機は片方のエンジンから黒煙を噴き出しながら、ヒロ基地のある方向へと降下していった。
一撃で14機にまで減少した火龍隊は急旋回で、FO-2の後方に迫ろうとした。FO-2は改善したエンジンのおかげで、最大速度でも、旋回性能でも火龍より優れていた。但し、双発のエンジンで2.5トンを超える推力を生かした加速性能と上昇力は、火龍が優っている。その結果、急降下による加速を生かした戦い方をした数機の火龍は、FO-2の後方に迫ることができた。逆に旋回により後方をとられた火龍も、同じくらいある。
火龍が後方から2機のFO-2を撃墜したが、3機の火龍がほぼ同時に撃墜された。編隊前方の戦いは次第に混戦になっていったが、数でも性能でも火龍が不利だった。
……
遠藤中尉が率いた14機の震電隊は、2群で飛行するB-29の前方の編隊に迫っていた。B-29は2基のジェットエンジンをポッド形式にして左右の主翼下に合計4基追加していた。既に、日本軍戦闘機が接近してくるのを発見して、J-30ジェットエンジンに点火して加速していた。それでもジェット戦闘機の方が圧倒的に高速だ。
「前方の編隊を狙って攻撃する。後方から降下攻撃を行う。」
定石通りB-29第一梯団の後方まで回り込んで、ゆるく上昇して敵編隊よりもやや高い高度につける。
「噴進弾攻撃をする。乙隊形で発射せよ」
遠藤中尉はあらかじめ訓練で編隊戦闘時の隊形を符丁で決めていた。乙隊形は爆撃機の後方から横方向に広がって攻撃する隊形だった。
B-29から猛烈な射撃が始まる。与圧された胴体内の銃手により遠隔操作された機銃が、震電に向かって射撃を開始した。B-29は、銃の射撃管制にアナログコンピュータを備えており、銃手の照準器と銃座の位置の違いによる照準の視差を補正していた。しかも、見越し量も計算して補正するので、銃手は正照準で狙うことができる。
それでも、時速800km以上の速度で飛行する震電への照準は容易ではなかった。しかも、機銃の有効射程よりも遠距離で噴進弾を発射した。
横方向に広がった震電の編隊が、250発以上の噴進弾を発射した。噴進弾が一直線に爆撃機の編隊に向けて飛行していった。結果的に約5%の噴進弾の近接信管が作動した。編隊内の12ヶ所で弾頭が爆発して、周りに破片が飛び散る。翼の中央部が折れたり、エンジンが脱落したり、尾翼が吹き飛んだり様々な被害により10機のB-29が墜落してゆく。1機のB-29がぐらりと傾いて、左翼を下にして墜落を始めると、下方を飛行していた別の機体の主翼に接触した。2機のB-29はもつれるようになって、落下していった。
第1群のB-29は噴進弾攻撃により編隊がバラバラになりつつあった。遠藤隊の震電は相互の距離が開いてしまったB-29の編隊に向かって、上方から降下しながら30mm機関銃を射撃した。B-29編隊より高い位置から30mm機関銃を射撃したのだ。30mm機銃は、エリコンの20mm機銃の機構を応用して、日本独自に口径を30mmに拡大した機銃だ。エリコンの作動機構を踏襲したために、20mm同様APIブローバックで動作した。欠点も引き継いだために、毎分の発射弾数は400発程度になってしまったが、長銃身を採用して初速は750m/s以上を確保していた。機銃弾の初速が大きかったことと、震電にはベテラン操縦員が重点的に配属されていたこともあって、ほとんどの震電が機銃弾を命中させた。
B-29の胴体上面から激しく12.7mmを撃ってくるが、高速の震電を追いきれていない。大威力の30mm弾が数発命中すると、胴体内部で爆発した銃弾により胴体外皮が外側に膨れ上がって5メートル近くの破孔が生じた。被弾した数機のB-29があっという間に墜落していった。
遠藤隊はB-29の編隊を一度下方へと突き抜けると、上昇旋回でB-29の直上に戻ってから、90度に近い急降下攻撃を加えた。今度は、直下へ30mm機関砲を撃ちっぱなしにして、B-29の横をすり抜けて下方へと突破していった。たちまち6機のB-29が30mm弾の被害に耐えられなくなって、機体を傾かせて落ちてゆく。脱出した搭乗員の白い落下傘がいくつも開き始める。しかし、B-29の横をすり抜けるときに、2機の震電が側面に向けたB-29の弾幕にとらえられて、後部から黒煙を噴き出した。被害を受けた2機はそのまま下方へと降下してゆく。
30機近くが飛行していたB-29の第一編隊は、かなりの数の機体が撃墜された。被害を受けた機体も任務を放棄してオアフ島方面に退避していった。無傷で残ったのはわずかに5機だった。
……
B-29の第一編隊が攻撃を受けていたころ、第二の編隊にも日本軍の迎撃機が迫っていた。
ヒロ飛行場を離陸した、陸軍の鍾馗がジェット戦闘機よりも一歩遅れて上昇してきたのだ。高高度での戦いであったが、鍾馗もターボプロップエンジンに換装していったので、10,000mでも空戦が可能だった。
もともと、鍾馗隊の尾崎大尉は、米軍がジェット戦闘機を護衛につけているだろうと想定していた。そのため、護衛戦闘機については、火龍と震電に任せて、爆撃機を優先して攻撃しようと決めていた。
そのため、飛行経路も大回りになるが東側に進んで、B-29編隊の後方から上昇していった。第二群の編隊長であるハルバート少佐は、機上レーダーで日本軍機が東から接近してくることに気がついた。すぐに戦闘機隊のバウアー中佐に通報する。
「我々の後方から、日本軍機がやって来る。撃退してくれ」
「わかった。何とかする」
既に火龍と震電との空戦が始まっており、バウアー中佐は返事をしたが、後方に向けて飛行していったのは4機のFO-2だけだった。
尾崎部隊が後方から横方向に散開した隊形をとって接近していった。その時、B-29編隊の上空から4機のジェット戦闘機が飛行してきた。
「佐々木曹長、280度方向のジェット戦闘機を迎撃しろ」
8機の鍾馗が上昇を始める。ジェット戦闘機が攻撃してきた場合には2倍の数で対抗すると事前に決めていたのだ。
鍾馗は上昇姿勢でFO-2に向けて噴進弾を発射したが、回避されて命中しない。FO-2は既に火龍との交戦でロケット弾を発射していたので、機銃による攻撃を目論んで、鍾馗の後方に旋回していった。しかし、後方から別の鍾馗が接近してくるので思うように射撃位置につけない。一進一退のような空戦になった。
戦闘機同士の空戦が始まったころ、尾崎中尉の編隊は、B-29編隊に向けて噴進弾を発射した。鍾馗の編隊全体で400発以上の噴進弾が発射され、28機のB-29の第二群に向かっていった。16発が編隊内で爆発した。
鍾馗は噴進弾の燃焼剤の白煙を追うように編隊に突撃していった。B-29はジェットエンジンの加速により、430マイル/時(692km/h)の速度に達していたが、ターボプロップに換装した鍾馗は400ノット(741km/h)の速度により、追いつくことができた。
鍾馗の攻撃手段は20mm機関砲だった。しかし、陸軍のホ5機関砲は同じ20mmでも、1弾当たりの重量が海軍の20mmに比べて軽いので破壊力が劣っている。防弾に優れた米軍の4発機を相手にする場合は、多数の弾丸を命中させないと撃墜は不可能だ。尾崎機が降下してゆくと、まだ距離が離れているのに敵機の胴体上と尾部の12.7mm連装機銃が激しく反撃してくる。
尾崎大尉は目の前の機体が照準環から大きくはみ出して、前方の風防の枠いっぱいになったところで射撃を開始した。尾崎機の射撃した20mm弾は右側の内翼部に命中して、爆発により翼外板を破片にして飛び散らせた。破孔ができた翼内タンクから黒煙が噴き出すが、消火されて黒煙はすぐに消えた。尾崎機は続けてもう一撃を放っていた。この一撃は左側内翼のエンジンに命中した。内翼のエンジンに弾丸が命中してカウリングがばらばらに飛び散った。
列機が続けて攻撃態勢に入ると、右翼に向けて長い射撃を行った。B-29の銃座からも激しく撃ってくる。被害を受けていた右内翼に弾丸が命中すると、次第に燃料に火がついて、オレンジの炎と黒い煙が激しく噴き出した。B-29は右側にぐらりと傾くと錐もみになって墜落していった。ほぼ同時に射撃していた鍾馗からも炎が噴き出す。B-29を追いかけるように鍾馗も落ちていった。
左翼側では別の10機の鍾馗が攻撃を行って、3機のB-29に被害を与えたようだ。真っ黒な煙を噴き出して落ちてゆく。一方、B-29に接近したおかげで12.7mm銃座の反撃により被弾した3機の鍾馗が煙を噴き出しながら降下してゆく。
第一群を攻撃していた震電の一部が後方に飛行してきて、第二群に向けて攻撃を開始した。既に第二群のB-29は半数に減って編隊もばらばらになっていた。
高速機動を妨げないように間隔を空けた編隊を組んだ8機の震電が500ノット(926km/h)を超える速度で降下してゆく。震電は後方からB-29編隊内に突撃して、次々に目の前に現れる爆撃機を繰り返し攻撃した。震電は500ノットを超えていたので、B-29の機銃は全く追いかけられない。攻撃後は大きく左水平旋回により再びB-29編隊の後方につけると、同じように後方から射撃した。圧倒的に高速で重武装の震電は、絶大な威力を発揮した。
……
被害の小さいB-29がハワイ島上空に到達してヒロ基地を爆撃した。最終的に8機が日本軍の飛行場を目標として爆撃を行ったが、敷地内に落下した爆弾は12発だった。4機がヒロの港湾を目標にしたがこちらも高空からの爆弾は、港湾倉庫周辺も含めて5発が目標内に着弾したと判定された。結果的に大きな被害はほとんどなく、航空基地としての機能も一部の誘導路が被害を受けただけだった。一方、撃墜された機体はいたるところに墜落したため、皮肉にも住宅地に墜落した機体の爆発に巻き込まれた民間人の方が、むしろ大きな被害を被った。
何とか、サンフランシスコの基地に戻れたB-29は出撃時の2割以下に減っていた。被害がなく再度作戦可能な機体は1割に過ぎない。しかも未帰還機にはルメイ准将の搭乗した機体も含まれていた。准将が搭乗した機体は第一群を飛行しており、機体はハワイ島上空で墳進弾の撃墜されたものと推測された。アーノルド大将は、被害の大きさと司令官自身がいなくなったことから、陸軍長官には、作戦の結果は失敗で継続も不可能と報告した。
一方、日本軍の迎撃機も被害を受けていた。引き続き作戦可能な機体は、火龍が5機、震電が17機、鍾馗が22機に減少していた。米軍が同規模の攻撃を続けたならば、日本軍の迎撃機もすり減ってしまうだろう。不幸中の幸いは、機体には被害を受けても、ハワイ島に落下傘降下できた搭乗員が多かったことだ。
……
スティムソン陸軍長官が、ハワイ島爆撃作戦の失敗をルーズベルト大統領に伝えた。
「大統領、ハワイ島爆撃作戦は60機の機体を用いて爆撃を実行しましたが、迎撃機によりかなりの数が撃墜されました。基地に帰還する途中でオアフ島に不時着した機体も含めて40機以上が被害を受けて作戦不可能になりました。B-29に搭乗していたルメイ准将は搭乗した機体が撃墜されて行方不明です」
ルーズベルトは黙って聞いていた。
「ハワイへの日本軍上陸に加えて、この作戦の結果は、当面の間、公表しない方がいいのではないだろうか?」
スティムソン陸軍長官が発言する。
「日本は、ハワイ島の上陸成功を既に公表しています。この戦いも、戦果として公表することになるでしょう。日本からの情報が先行すれば、結果的に、米国内のマスコミを欺いたことになって逆効果です。日本軍への反撃を実施して被害を被ったことを公表すべきす」
長官の言葉を無視して、大統領は質問した。
「ハワイに対する次の作戦はあるのか?」
アーノルド大将が答えた。
「我々は、ハワイ島に展開している戦力を侮るべきではありません。彼らは、今回の戦闘で前翼形式の新型戦闘機を使用しています。我々の最新型のジェット戦闘機よりも高性能でした。それを上回る性能の機体を手にしない限り、日本が占有した地域の攻撃は慎重に行動すべきです。よろしいですね」
ルーズベルト大統領は黙ってうなずいた。
「ロス・アラモスの科学者は成果を出しているのかね?」
思ってもいなかった方向の質問が出て、スティムソン長官は驚いたが、報告書には目を通していた。
「計画は遅れていませんよ。報告書が出ていると思います。まだかなりの時間が必要ですが、前進しています」
長官は大統領の顔をじっと見てから、話を続けた。
「私は、あの兵器が使用可能になっても、実際に使うことには反対です。我が国が劣勢になったからといって、人類の頭上で使ってしまえば、大統領、あなたは悪魔の手先として歴史に名を残すことになりますよ」
「もちろん、君の意見は尊重するよ。無謀なことはしないと約束しよう」
大統領は右手を上げて、この場の会話が終わったことを合図で示した。
……
山本総長のところに、ハワイ島上空で生起した戦闘の情報を福留少将が持ってやってきた。
「総長、ハワイ島への攻撃は我が国の戦闘機隊が撃退しました。敵の新型爆撃機はB-29と呼ばれる大型爆撃機だと判明しました。ハワイ島に墜落した機体の分析を進めます。なお、基地に爆弾は落ちましたが、数が少なく被害は深刻ではありません」
「そうか、我が軍も陸軍も戦闘機隊が頑張ったということだな。ハワイ島の基地は、これからもしばらくは維持することが必要だ。我々がこの基地を利用した次の作戦に移行するには、まだ少し時間がかかるだろう」
「理化学研究所の実験が進展しています。次の作戦の準備もまもなく整うでしょう」
山本総長は大きくうなずいた。
日本は米軍爆撃隊の攻撃失敗として爆撃を公表した。もちろん多数の爆撃機を撃墜して攻撃を撃退したという内容だ。米政府は戦果の小さな作戦として公表したが、自軍の被害は詳細を省略した。米国内の新聞は太平洋の戦いにおける負け戦が一つ増えて、大統領支持率が更に下がったという報道を行った。
……
B-29A
・全幅:141.2ft(43.04m)
・全長:99.0ft(30.18m)
・全高:27.8ft(8.47m)
・翼面積:1,736sqft(161.3㎡)
・エンジン:ライトR-3350:2,200馬力×4
・補助エンジン:ウェスティングハウスJ30:1,700lb(771kgf)×4
・最大離陸重量:135,000lb(61,000kg)
・最高速度:365mph(587km/h)、補助ジェット使用時:430mph(692km/h)
・航続距離:3,445n.mile(6,380km)
・戦闘行動半径:1,843n.mile(3,413km)
・武装:12.7mm×12、20mm×1
・爆弾:20,000lb(9,072kg)
三式戦闘機 火龍
・全幅:12.4m
・全長:11.9m
・全高:3.8m
・翼面面積:24.5㎡
・全備重量:6,350kg
・エンジン:TJ-30-22型(統合名称ネ30A)×2推力:約1,380kgf
・最高速度:860km/h 9,000mにて
・武装:マウザーMG151/20:20mm×4(後期型はホ155:30mm×4)
二式単座戦闘機 鍾馗
・全長:10.2m
・全幅:11.8m
・全高:3.5m
・翼面積:24㎡
・全備重量:4,100kg
・エンジン:ネ301ターボプロップ 離昇2,900hp
・最高速度:756km/h 8,200mにて
・武装:ホ5:20mm×4
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