13.7章 ハワイ島爆撃作戦 前編
1月22日のB-17とB-24による一航戦と二航戦に対する空爆が終わった後で、一航艦から米軍機が使用した赤外線誘導弾の情報を連合艦隊司令部に報告してきた。米軍が使用した誘導弾の対策について議論が行われたが、赤外線誘導弾の回避方法については、会議ではよい案が出てこないので、まるで私の宿題のようになってしまった。
山口長官たちとの会議が終わった後で、航空参謀の佐々木中佐がやって来た。
「米軍の赤外線誘導弾に対する回避策だが、何かいい対策はないだろうか? 私の責任範囲でもあると考えている。いつものように君に頼って申し訳ないが、一緒に検討させてほしい」
私の頭では、フレアを使えばいいとわかっているが、そんなものは今は準備できない。すぐに使える代用品で、何とかする方法を考えなければならない。
「高温の赤外線を放射する物体を海上に射出することができれば、それがおとりになって誘導弾はそちらに引き寄せられて行きます。時間さえあれば、花火程度の簡単な仕組みでも有効なのですが……」
そこまで自分で話していて、赤外線を発する高温の燃焼物が艦隊の中にもいくつかあることに気がついた。
「照明弾や三式弾は高温で燃焼して赤外線を発するので、おとりとして使えるはずです。敵機が誘導弾の投下態勢になったら、三式弾を撃てば、空中の焼夷弾が赤外線を発するので誘導弾の狙いをそらせます」
佐々木中佐は、私の着想をすぐに理解してくれた。
「なるほど、いい考えだ。米軍の誘導弾は我が軍の同種の誘導弾に比べて、遠距離から発射されて飛翔してくるようだ。恐らく、赤外線の探知性能が優れているのだろう。それを逆手にとるならば、三式弾を誘導弾の飛行方向に向けて射撃して高温の焼夷弾をばら撒けば、赤外線誘導弾を引き寄せられるだろう。さっそく、砲術の専門家とも相談して司令部に提案してみよう」
その時、佐々木中佐の発言に引っかかるところがあった。
「確かに、米軍の誘導弾は赤外線探知の性能が優れていますよね」
「ああ、多少遠方でも空中での赤外線放射に対して反応していると思うぞ」
「佐々木中佐、それでは三式弾を活用する案を前提にして、実戦で使えるように防御方法の検討をお願いできますか? 私は砲術の知識は全くダメなので、私抜きでお願いします。それよりも気になったことがあります。空技廠宛の書類を作成させてください」
佐々木中佐は突然の申し出で少しびっくりしていたが、他にもやることがあって忙しいという理由については、確かにそうだろうと納得してくれた。
私は、朝までにメモを作成することができた。米国の技術を考えれば、赤外線探知をもっと広く活用してくることが充分想定される。しかも米軍側にも自分と同じく未来の知識を有する人物がいて、2,000馬力級戦闘機やジェット機の配備時期が早まっている。そうであれば、赤外線を利用したもっと進んだ兵器がすぐにも登場してもおかしくない。
それまでに、こちらも準備が必要であることに気がついたのだ。仕組み自体は簡単なので、すぐにでも完成できるだろう。時間が惜しいので、開発内容を文書にして、私の帰国よりも早く日本に届くように手配した。開発メモのあて先は空技廠長と空技廠兵器部長だ。大淀の連合艦隊司令部の戦闘報告を軍令部に運ぶために、二式大艇がミッドウェー島経由で日本本土に向けて出発するので、私の書類も飛行艇に託したのだ。
……
ハワイ島への上陸作戦が成功すると、輸送船によりヒロ港に日本からの資材が続々と運ばれてきた。運び込んだ物資には梱包された航空機も含まれていた。事前に、ヒロ基地の制圧が成功した後の防御態勢について検討が行われた結果、ジェット戦闘機を送り込むことになった。駐留できる機数にも制限があるので、迎撃能力の優れたジェット戦闘機にすべきとの結論になったのだ。なにしろオアフ島からヒロまでは、350kmしか離れていない。迎撃機の上昇性能や速度が重要だ。
結果的に、海軍としては、ハワイ島のヒロ基地に最新型の震電を配備することになった。昭和17年末に配備が始まったばかりの震電22型が28機送り込まれた。震電22型は、水メタノール噴射により推力を増加させて、圧縮機を改良したネ30Bを搭載して、初期型の震電11型から性能を更に改善していた。
……
ヘンリー・タワーズが新任の太平洋艦隊司令長官になって、最初の仕事が、陸軍の爆撃隊を支援することだった。タワーズ長官としては、オアフ島への物資輸送が全く不調なので、本来はそちらが海軍にとっては優先事項だと考えていた。オアフ島の燃料と航空戦力が回復できれば、直接ハワイ島の日本軍をたたける。こんな回りくどい作戦に付き合う必要はないはずだ。それでも大統領の直接命令には逆らえないので、海軍として戦闘機の準備を進めることとした。
しかも、彼は、日本軍がハワイ島に上陸して以来、サンディエゴに留まっていてハワイに移動することさえできていない。上官のハート大将が、前線のオアフ島を避けてしばらくアメリカ本土から指揮を執るように指示していたのだ。それで、艦隊司令部のスタッフをサンディエゴの暫定司令部に呼び戻していた。
マクモリス少将が報告書を持って入ってきた。
「長官、護衛空母の手配ができました。ボーグとガトーの2隻をジェット戦闘機の運搬に使うことができます。ジェット排気用のデフレクターなど、ジェット戦闘機の発艦に備える改修もすぐに終わるでしょう。ちなみに空母が小さくて低速なので、着艦はできません。つまり、オアフ島にジェット戦闘機を送り込む時は、一発勝負になります」
「ご苦労。空母さえ何とかなれば、護衛の駆逐艦はまだ手元に残っているな。それでジェット戦闘機の準備はどうなっているかね?」
「長官の希望通り、FO-1シューティングスターを空母に搭載するように準備中です。それも、英国のゴブリンをベースにしたエンジンから、GEが改良して出力向上させたジェットエンジンを搭載した改良版です」
「ロッキードでの改良型の試験が順調に終わったということかな?」
「はい、試験機は項目を消化しています。2割ほど推力が増加した推力3,700ポンド(1.7トン)のエンジンは、GEとアリソンが既に生産の準備に入っています。我が軍でのジェットエンジンの名称はJ-33になるとのことです。既に前期生産型の新エンジンを搭載した戦闘機が、ロッキードの工場からロールアウトしています」
「ところで、私が以前から開発加速を要求していた赤外線誘導ミサイルの開発はほぼ終わったと聞いているが、実戦に使えるだけの数がそろっているかね?」
「いくつかの民間企業の協力も得て、生産を開始しています。今回の戦いに使用するくらいの数は揃えられるでしょう。この戦闘機が使用する赤外線誘導ミサイルは、サイドワインダーという名称に決まったようです」
タワーズ長官は満足したということを、表情で示した。
そもそもタワーズ大将は、この計画の初めからB-29を護衛するための戦闘機は、全てジェット戦闘機にするつもりだった。ジェット戦闘機といっても、FHファントムのような高速で振動問題を抱えたような中途半端な機体では、日本の戦闘機には通用しない。彼は最初から、ロッキードのFO-2シューティングスターをオアフ島に運び込むことを決心していた。戦闘機の新兵器として、航空局長の時代から開発を推進してきた空対空ミサイルが、やっとできたということを聞いていた。それで、真っ先に実戦に使用するつもりになっていた。ニヤリと笑ったのは、自分が未来の知識で知っているミサイルに再び同じ名称が付与されたからだ。
一方、空母の準備をしている間に、アリソンとGEが協同で開発していたジェットエンジンによりジェット戦闘機の性能が改善していた。新型エンジンを搭載したおかげでFO-1が新しいタイプ名のFO-2シューティングスターに変わった。FO-2は、最大速度が時速558マイル/時(898km/h)に向上していた。これは、棚ぼただがうれしい誤算だ。
「ジェット戦闘機の燃料輸送の手はずは、どういう状況なのか? とにかく駆逐艦で運ぶしかないだろう」
「オアフ島の北東方面から高速の駆逐艦隊が一気に燃料を運び込みます。米本土から運んだ物資を陸揚げするに真珠湾に回ると時間がかかります。オアフ島の東岸のカネオヘ湾の近辺で燃料を陸揚げできるところを調整中です」
……
駆逐艦に護衛された空母ボーグとガトーは、サンディエゴからサンフランシスコの方向を目指して北上した。その後、ハワイの北東方向から、オアフ島に500マイル(805km)の距離まで接近した。時間の調整をして、夜間になって搭載していたジェット戦闘機を発艦させた。
サンディエゴからは、対空レーダーを備えたPB4YとB-17が飛び立っていた。南方からハワイ島に近づくルートで飛行していた。ジェット戦闘機の発艦時刻に合わせてハワイ島に接近した。念を入れて、飛行しながらアルミ箔を散布している。爆撃機の編隊は、ハワイ島から日本軍機が飛び上がって迎撃に向かってきたのを確認すると、サンディエゴの基地に戻っていった。
タワーズ長官は、平行して燃料の輸送作戦も実行させた。爆撃機による陽動作戦に合わせて、高速の駆逐艦だけで編成された部隊が空母と同様の北東側のルートからオアフ島に接近していった。夜間に30ノット以上の速度でオアフ島に運搬させたのだ。この作戦の前週では、潜水艦や、夜間爆撃機から散々攻撃されて、1週間で4隻の駆逐艦が撃沈されていた。
この危険な任務には、第23駆逐戦隊を中心として8隻の駆逐艦を投入していた。この日の夜も、いつもの通りアーレイ・バーク大佐は、カネオヘ湾の沿岸に近づいても減速を許可せず、31ノット以上での航走を命令した。
駆逐艦が燃料を陸揚げしている頃、護衛空母から発艦した36機のFO-2は1.5時間の飛行でオアフ島に到着した。さすがに短時間の飛行に対しては、日本軍の索敵機も逃したようだ。この時、ハワイ島の日本軍機は、南方から接近したPB4YとB-17の編隊により、オアフ島の南方海上へと誘引されていた。
……
ハワイ島上陸作戦後に、大統領の前で大見えを切ったアーノルド大将は、さっそく自分の約束を実現するために、精力的に行動を開始した。ボーイング社に部下のストラテマイヤー大佐を派遣して、生産中のB-29に何かトラブルがあれば報告させて、即座に手を打った。
アーノルド大将は、爆撃隊の指揮官についても、大胆な人選をした。欧州戦線で成果を出していたルメイ大佐を呼び戻して、准将に昇格させてからB-29爆撃隊の指揮官に任命したのだ。
「これから君には太平洋の戦いを担当してもらう。厳しい任務だが、ハワイ島の日本軍基地の爆撃を成功させてくれ。しばらくの間、機材は君のところに優先的に回す。B-17でしか飛んだことのない連中を、一人前のB-29の搭乗員に仕上げてもらう必要があるからね」
「要求はわかりましたが、アメリカ本土からは護衛戦闘機が随伴できない距離です。何の手も打たないならば、敵の迎撃機によって相当な被害を覚悟してもらわないといけません。それに、精密爆撃じゃないとダメだなんてことは言わないでくださいよ。日本人の頭上に爆弾を落としてみせますが、日本軍基地をねらっても、一部は周りの市街地に落ちると思ってください。ハワイの民間人に被害が出ても、政治家がしっかりと抑えてもらうことが条件になります」
「戦闘機については、海軍がオアフ島に集めたジェット戦闘機を出してくれる。まだ確定的ではないが、切れ者のタワーズ長官がなんとか準備してくれるだろう。民間人への被害の可能性については、政治家に頑張ってもらうしかない。これは大統領の命令による作戦なのだ。その程度のリスクはホワイトハウスに背負ってもらう」
……
B-29による長距離爆撃隊の訓練が行われている最中に、オアフ島での戦闘機の準備情報がアーノルド大将に通知されてきた。アメリカ海軍はジェット戦闘機のシューティングスターを調達して、オアフ島に着陸させることに成功した。燃料についても、充分とは言えないが、数回の出撃くらいはできる量を備蓄したことが報告された。
アーノルド大将はルメイ准将に状況を伝えた。
「オアフ島での海軍の戦闘機の準備が進んでいる。新任のタワーズ大将は、聞いていた通りやり手のようだ。力ずくでも海軍の責任を、何とか果たそうとしている。このままでは、今度は陸軍に大統領からあおりが来るぞ。とにかくできるだけ早く実行できるよう急いでくれ。大統領が何か言ってきたら、私も時期を明確に回答せざるを得ない。聞かれたら1週間以内に作戦を実施すると答えるからそのつもりで頼む」
案の定、大統領から作戦を急ぐようにすぐに指示があった。アーノルド大将は、作戦開始を決断した。
……
震電22型
・全幅:12.4m 20度後退翼
・全長:10.5m
・全高:3.3m
・主翼面積:22㎡
・全備重量:5,550kg
・エンジン:TJ-30-32型(統合名称ネ30B)1,650kgf(水メタノール噴射時)
・最大速度:486ノット(900km/h)
・巡航速度:365ノット(676km/h)
・武装:機首に二式30mm×4挺
・爆弾:25番(250kg)×2、100mm噴進弾
FO-2 シューティングスター
・全幅:11.81m
・全長:10.49m
・全高:3.42m
・主翼面積:22.07㎡
・最大離陸重量:14,000lb(6,350kg)
・最高速度:558mph(898km/h)
・巡航速度:410mph(660km/h)
・エンジン:J33-Aターボジェットエンジン 3,780lb(1,715kgf)
・武装:機首に12.7mm×6挺
・爆弾1,000lb、両翼にロケット弾
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