13.6章 マケインレポート

 私は、元太平洋艦隊司令長官のジョン・マケインだ。


 日本軍がハワイ島に上陸して以降のハワイ近海における消耗戦について報告する。合衆国海軍省へのこのレポートの提出が、ハワイにおける私の最後の仕事になるだろう。来週あたりには、ワシントンに戻って、その後は、おそらくどこかの閑職にでも就いて軍人として残りの人生を過ごすことになるだろう。


 ……


  ハワイの戦闘状況(私信)


1.ハワイ島上陸直後の判断


 日本軍がハワイ島への上陸作戦を実施して以降、オアフ島周辺での戦いは一段落した。日本軍は、ハワイ島に物資を運び込んだ後は、ハワイ諸島周辺の偵察とハワイに向かう艦艇への攻撃を重点的に行い、オアフ島自身への攻撃は控えていた。そもそもオアフ島を攻略するとなると、島に駐留する十二万の米軍と戦える兵力が日本軍にも必要だったはずだ。今となれば、日本軍はオアフ島に上陸して侵攻できるような大規模兵力は最初から準備していなかったと考えられる兆候がいくつかあった。最初から作戦目的をハワイ島に絞って、計画的に行動したのだ。オアフ島の防衛を優先していた我々は、まんまと一杯食わされたことになる。


 日本軍のハワイ島への上陸時には、我が軍の機動部隊はほぼ全滅していた。しかもオアフ島の航空部隊も大きな被害を受けたため、ハワイ島の日本軍に攻撃を仕掛けることなど、到底できない相談だった。上陸作戦の当日に日本軍の戦闘機がヒロ飛行場に進出してきたことを、我々もつかんでいた。その時点では小規模な攻撃は可能であったが、攻撃隊を差し向けたとしても、ハワイ島近海の機動部隊に間違いなく撃退されると容易に想定できた。そのため、攻撃を控えるという判断を行った。むしろオアフ島基地の被害を回復させることを優先するというのが、我々司令部の結論だった。


2.ハワイの物資の状況


 そもそもハワイ諸島は、人口が増えたおかげで自給自足ができない島になっている。食料や様々な物資をアメリカ本土から運び込まなければ、生活が成り立たない。食料に限って考えても、人口40万人を超えたハワイでの消費量は、ハワイで生産される農産物で賄える量をはるかに上回っている。特に6割以上の人口が集中しているオアフ島は、その傾向が顕著だ。しかも、戦争が始まって、十万人規模の陸軍と海軍の兵員が派遣されて一気に人口が増えた。食料をアメリカ本土から供給しない限り、備蓄がなくなれば民間人の暴動が発生する可能性さえ懸念された。


 物資補給のことを考えると、万が一日本がオアフ島を占領するようなことがあれば、彼らもかなり苦しんだだろう。その意味からも、人口の少ないハワイ島の攻略にとどめて、オアフ島をアメリカ側に押し付ける戦略をとったことは、むしろ賢い選択だと思える。


 更に深刻となったのが燃料の欠乏だ。日本軍の攻撃により、石油を備蓄していた大部分のタンクが破壊された。陸軍や海軍の基地で保有していたガソリンも爆撃や艦砲射撃で大打撃を受けた。真珠湾周辺のタンクで少しずつ備蓄が増えていた重油もほとんどが燃やされてしまった。日本艦隊との戦いで、盛んに航空機を飛ばしたことが輪をかけてガソリンの消費を増やした。我が軍の前線指揮官は、作戦実行時に石油消費を抑えようなどということは、誰も考えなかった。このため、たとえ航空機が健在でも、大規模な作戦は急速に不可能になった。残されたガソリンをできるだけ長持ちさせるために、偵察機の数さえ減らさざるを得なくなっていた。


 しかも、民間人も生活するためには石油を消費する。工業や農業、輸送でも石油を消費する。電気だって石油で発電しているのだ。軍隊が消費を削減しても、オアフ島の石油は確実に減ってゆく。


3.捕虜交換船と赤十字船


 日本軍からの申し出により、捕虜の交換船と赤十字船がアメリカ西岸とオアフ島、ハワイ島の間を往復することになった。ハワイ島では陸軍を中心として多数の我が国の兵員が捕虜となっていたが、ミッドウェーやフィリピンで降伏した兵隊と合わせて、我が国に交換船で戻ってきた。ハワイ島から脱出を希望するアメリカ国民も多数が交換船に同乗していた。


 一方、我が国からは医療品や生活物資をハワイ島に運び込んだ。日本勢力下にあったハワイ島に送り込んだのは、あくまでもハワイ島に暮らす米国民に対する人道的見地からだ。同時に、今までの戦いで確保した日本軍捕虜や、米本土で拘留していた大使館員も交換している。本来ならば、人道上の措置として我が国から申し出すべきであったが、日本に先んじられたのは我が国として恥ずべき点だ。


 裏を返せば、ミッドウェーやハワイ島の人の数を減らそうという日本の狙いが透けて見える。日本軍にとっても、ハワイへの物資補給は難事だったのだ。


4.オアフ島基地の状況


 日本群からの爆撃と砲撃を受けて、オアフ島基地は大きな被害を受けたが、修復作業をすぐに開始できた。特に飛行場の機能回復が優先したため、1週間程度で概ね離着陸可能なまでに修復が完了した。これに伴って、アメリカ本土の西海岸から、B-17やB-24が補充機材として飛来してきた。サンディエゴからオアフ島までの距離は約4,000kmなので大型機にとってはフェリーが可能な距離になる。またC-46などの輸送機を活用した物資の航空輸送も可能になった。定期的に日本軍機も索敵機を出していたので、発見されて迎撃されることもあったが、夜間飛行に切り替えてからは8割以上の確率で輸送は成功した。


 しかし、空輸では輸送できる量に限界がある。しかも、オアフ島では航空ガソリンが絶対的に不足しているという問題があった。大型機が飛来しても帰りの燃料を補給することが難しくなった。往復分の燃料を持参してアメリカから飛んでくるのも不可能ではないが、それでは運べる物資がほとんどなくなってしてしまう。


 つまるところ、大型の輸送艦やタンカーで補給しない限り、オアフ島が必要とする物資や石油の輸送は不可能ということだ。空輸により、医療品などの物資はある程度充足したが、燃料や食料、軍需物資の輸送のためには、なんとしてもある程度の規模を有する輸送船団をオアフ島に入港させる必要があった。


5.輸送船団の戦い


 2月中旬には、早くもサンディエゴからオアフ島に向けて輸送船団が出発した。20隻あまりの貨物船とタンカーの船団に対して、護衛艦隊を随伴させることになった。我々はこの輸送船団の派遣には反対だった。この意見だけは記録に残しておきたい。


 日本海軍の恐るべき機動部隊は、ハワイ作戦後に本国に戻ったと見られていた。しかし、我々は一部の空母はミッドウェー沖に残っていると考えていた。それに対して、正規空母を全て喪失した我が軍は、プロペラ機搭載の小型空母しか護衛につけられない。ジェット機を運用できる日本の空母が出てくれば、小型空母では勝負にならないはずだ。


 それでも、ワシントンからの指示で護衛艦隊は出港することになった。軍事的な考慮よりも、大統領はハワイの国民を見捨てないという、ホワイトハウスの政治的な配慮が優先されたと考えている。


 護衛部隊の指揮官にはキャラハン少将が就任して、巡洋艦サンフランシスコを旗艦とした。小型の護衛空母だったが3隻の空母を準備することができた。太平洋で活動していたボーグ級のナッソー、オルタマハ、バーンズを集めることができたのだ。護衛空母の指揮官にはノーマン・スコット少将を任命した。


 護衛船団はオアフ島まで500マイル(805km)の地点で、ハワイ島から発進した日本軍の偵察機に発見された。オアフ島に接近すれば、いずれ見つかると思っていたが少し早かった。輸送船団の足では、まだオアフ島まで1日半を要する位置だった。400マイル(644km)地点で日本軍の攻撃隊がやってきた。


 ハワイ諸島の北側から、ショウリュウ(昇龍)とコクリュウ(黒龍)を中心とした機動部隊が南下してきたのだ。護衛空母からは、18機のF8Fベアキャットと30機のFJ-2ムスタングが護衛のために上空に上がっていた。


 日本の攻撃隊は、およそ50機のジョージ(紫電改)と40機のグレース(流星)から構成されていたと考えられる。護衛の戦闘機よりもはるかに高速のジェット戦闘機は、簡単に防御網に穴を開けて、グレース(流星)が艦隊上空に飛来した。護衛駆逐艦からは星弾を改良して赤外線を増加させた欺瞞砲弾を発射した。しかし、グレース(流星)が投下したのは、我軍が赤外線誘対策をしていることを想定して、全て無誘導のロケットアシストの爆弾だった。急降下爆撃で3隻の空母全てが被弾した。2,000ポンド(907kg)相当の爆弾が2発命中したオルタマハとバーンズはすぐに沈み始めた。ナッソーとサンフランシスコも被害を受けた。その後、機動部隊から3波の攻撃を受けて、サンディエゴに逃げ帰った数隻の駆逐艦を除いて、護衛船団はほぼ全滅した。


6.高速船による物資輸送


 キャラハン隊の壊滅により、ジェット戦闘機を搭載できる空母の就役までは、船団による物資の輸送は断念された。その代わり、駆逐艦が夜陰に乗じてオアフ島に高速で接近して海岸につけた後、物資を小型の舟艇で陸揚げして、夜明け前にはハワイ島の日本軍機の行動圏外目指して退避するという作戦が採用された。時間の余裕がない場合は、防水処理をした食料や燃料をドラム缶に入れておいて、互いに縄でつないでカネオヘの海岸に近づいて海上へ投棄し、現地部隊が回収するという方法をとった。


 この方法でも、ハワイ島の日本軍機に見つかれば、夜間でも攻撃を受けた。海上輸送への攻撃については、日本軍はかなり力を入れていた。日本海軍の航続距離の長いフランシス(銀河)はレーダーを装備していて、夜間でも駆逐艦隊を発見して、急降下攻撃を仕掛けてきた。また四発機のリタ(連山)は、オアフ島からかなり離れた海域でも飛来して攻撃を仕掛けることがあり、油断できない相手だった。


 艦隊駆逐艦に加えて、4本煙突・平甲板型の駆逐艦を改修した高速輸送艦が輸送任務に投入された。この艦はとにかく数が多いので、すぐに輸送手段の主力となった。しかし、犠牲もこの艦種が最も多かった。通常は、護衛の艦隊駆逐艦が2隻と輸送艦が4隻の編成で輸送任務についたが、日本軍機からの攻撃を受けて一晩で壊滅的な被害を受けた輸送隊も少なくなかった。


 日本軍はこの駆逐艦輸送隊を「サンフランシスコ・エクスプレス」と呼んだ。しかし我々は、カリフォルニアに本社を構えていた有名なアニメ会社のマスコットにちなんで「ミッキー輸送隊」と自嘲的に名付けていた。もちろん、苦労してもマウスくらいの量しか運べないという意味だ。


7.日本軍の潜水艦


 我々が船による輸送を実行する前から、日本海軍はハワイ周辺に潜水艦を配置していたようだ。船舶による物資の輸送が始まるのは必然だ。それを先読みして、十数隻の潜水艦がハワイ諸島の東方海上に展開していたと思われる。日本の潜水艦は昨年の中期以降、Uボート並みに静かになった。ドイツの潜水艦技術がインド洋経由で日本に提供されたからだと言われているが、おそらく事実だと考える。


 とにかく潜水艦にとっては、アメリカ西岸から西方に航海している艦船は、途中の航路が違ってもほとんどの行き先がオアフ島なのだ。待ち構えた潜水艦により各種の艦艇が次々と撃沈された。日本軍機の攻撃を逃れた艦船が、あと一歩でオアフ島に到着するというところで多数が撃沈された。犠牲には、駆逐艦や高速輸送艦もかなり含まれる。


8.航空機の増強


 飛行場の修復が完了した後はアメリカ本土の西海岸から、B-17やB-24などの爆撃機が直接飛来して増強することが可能になった。双発機以上であれば、胴体内に増槽を搭載すればフェリーが可能な機体は結構ある。


 しかし、単発機では直接飛んでくるようなことはできない。このため、プロペラの単発機に対しては日本軍の哨戒範囲の外側まで、小型空母を航行させて、そこから発艦してオアフ島まで飛行させる手段が採用された。但し、大型空母でしか運用できないジェット戦闘機は増強が不十分だった。


 このような方法で、オアフ島の航空兵力は徐々に回復したが、ガソリン不足が解消しないので、訓練も満足にできない。


 航空機はガソリンがなければ地上においておけばいいが、パイロットは訓練しなければ、どんどん腕が落ちてゆく。我々が意識しないところで航空兵力は弱体化していた。


9.日本軍への迎撃戦


 燃料不足のために、ハワイ島への攻撃は断念したが、日本軍機がやってきた場合には迎撃を行った。特に夜間にフランシス(銀河)が飛行場攻撃のために、飛来したので、夜間戦闘機に制限して迎撃を行った。迎撃しても数機の撃墜ができるかどうかだったが、日本側も攻撃機が少ないため、爆撃効果は限定的だった。


 昼間爆撃として、リタ(連山)が飛来してくることもあったが、プロペラ機ではかなり迎撃が困難なため、少数のジェット戦闘機により迎撃を行った。但し、輸送船への攻撃と異なって、日本軍も補給が十分ではないらしく、攻撃の頻度が少ないため修復可能な程度の被害だった。


10.今後について


 ハワイ島の日本軍を撃退するためには、中途半端な戦力では消耗するだけだ。建造中の大型空母の完成を早めて、ジェット機による大規模な攻撃を行うことが、結果的に犠牲も少ない戦法だと思える。ヒロ飛行場の航空戦力さえ無力化できれば、日本軍の地上戦力は大きくない。そのため、短時間でハワイ島を取り戻すことができるだろう。


 こんなことを書けば、私の軍人としての立場はかなり悪くなるだろうが、私の後任指揮官に言っておきたい。


 ホワイトハウスからの強い要求で、長距離爆撃機によるハワイ島への攻撃を計画していると聞いているが、日本軍戦闘機の実力を侮るな。彼らはいつも、我々よりも一歩進んだ機体を前線に送り込んで、有利な戦いをしてきている。ホワイトハウスの言い分をうのみにするな。質も量も日本軍を上回る戦力をそろえて攻撃することが、時間をかけても結局は早道になるはずだ。

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