13.5章 日本軍上陸作戦
大淀にオアフ島攻撃後の偵察結果が届けられたのは、既に1月24日の日が暮れてからだった。戦艦の砲撃直後に偵察型連山が、オアフ島の上空をくまなく飛行して、偵察写真を撮ってきていた。空母の艦偵が撮影してきた写真も、一部が大淀に届いていた。連合艦隊司令部の士官や下士官たちは、通信筒で運ばれてきた写真を既に1時間以上分析していた。さすがにチェックのためには人数が足りないということで、私も確認作業に駆り出されていた。
様子見にやってきた山口長官が、我々の机のところに歩いてきた。
「確認作業は進んでいるかね? 我が軍の攻撃成果は十分なのか意見を聞きたい」
長官の顔を見て、作戦参謀の三和大佐が状況を説明した。
「当初予定していた攻撃目標に対する取りこぼしは、ほとんどないと考えます。オアフ島の航空基地は、爆撃と艦砲射撃で完全に破壊されたと言っていいでしょう。陸軍の駐屯地や司令部も破壊されています。やはり、戦艦の砲撃は威力が大きいですね。真珠湾の工廠設備も米海軍の太平洋艦隊司令部も大打撃を受けています」
「石油タンクの攻撃は十分か? オアフ島の石油は残らず攻撃せよと指示していたつもりだったが、様子はどうか?」
「今のところ、上空から見つけたタンクは全て攻撃していますが、わずかながら地下のタンクに備蓄している航空基地もあるようです。実際、戦艦からの砲弾が命中して炎上した地下の石油タンクも確認しています。基地周辺に秘匿された燃料の破壊については、偵察写真で確認中です。明日の朝も一航戦と二航戦から、疑わしい施設への攻撃隊を出す予定です」
山口長官は強くうなずいた。姿勢を正して、会議室のみんなに聞こえるように大きな声で伝えた。
「どうやら条件は整ったようだな。明日の朝が明けたら上陸作戦を開始する。関係する部隊に作戦実行を連絡せよ。特に、上陸部隊を載せた輸送船と物資や機材を搭載した艦艇を遅滞なく前進させてくれ」
真っ先に通信士官たちが部屋を飛び出していった。もちろん、明日からの上陸作戦開始を攻略部隊に連絡するためだ。
……
1月25日の朝が訪れると、再び日本軍の攻撃が開始された。オアフ島の基地上空に一航戦と二航戦、三航戦の戦闘機と爆撃機が飛行していった。日本軍機は、昨日の艦砲射撃からかろうじて残っていた建築物や疑わしい構造物を見つけては攻撃した。真珠湾の周囲でも、ところどころに残っていた海軍施設や工廠の設備が狙われた。攻撃されて燃え出す構造物もある。内部に石油が備蓄されていたのだ。一方、戦艦部隊も牽制のために再度砲撃を実施した。オアフ島の北方の基地に対しては、再び第二戦隊の戦艦部隊が接近して攻撃を開始した。ハレイワとホイラー陸軍基地とスコフィールド駐屯地が戦艦の砲撃目標となって砲撃された。オアフ島南方では、大和、武蔵を中心とする第一戦隊がバーバーズポイントとエヴァ基地、ヒッカム基地を砲撃した。
……
ハワイ島はほぼ岐阜県と同じ面積を有する。オアフ島のホノルルとハワイ島中心部の距離は約340kmで、これはロンドンとパリの間の距離と同程度だ。あるいは、四国の半分の面積で、オアフ島からの距離は東京と名古屋間に相当すると言った方がわかりやすいかも知れない。
このハワイ島に向けて接近する日本艦隊があった。四航戦と五航戦は夜間にオアフ島の南方海上から、150浬(278km)程度、南東方向に進んでハワイ島近海に達した。紫電改と流星の編隊が発艦して、ハワイ島東岸を目指していた。日本軍攻撃隊はハワイ島に接近すると、レーダーによる探知を避けるために低空飛行に移行した。低空からでも西方にハワイ島の火山が見えてきたので方向を間違うことはない。
攻撃隊長の高橋少佐が指示した。
「前方にマウナケア山が見える。このまま低空で南下してから西方に方向を変えて、ヒロの街を目指す」
ハワイ島の街並みが2時方向に見えてきたところで、高橋隊長は突入を命じた。
「目標の飛行場は、11時方向だ。各隊、飛行場に向けて突入せよ」
日本軍の攻撃隊は、ハワイ島の東方海上から、海岸寄りに建設されたヒロ飛行場に接近した。最初に飛行場周辺に展開していた対空砲を、紫電改が噴進弾と銃撃で壊滅させた。日本軍の思惑通り、レーダーの探知が遅れたため、高速であっという間に接近してきたジェット戦闘機に飛行場の対空砲火は、ほとんど有効な射撃ができなかった。滑走路周辺の機銃陣地は、紫電改が20mm機関銃で攻撃を加えただけで沈黙していった。周りを盛り土で囲っただけの陣地は、空からの攻撃には無力だった。
対空砲が無力化できたと判断した高橋隊長は、爆撃機に攻撃開始を指示した。
「爆撃開始、但し、やり過ぎるなよ」
高橋隊長も、攻撃を手加減するような奇妙な指示は初めてだった。
流星が飛行場の格納庫や航空基地横の兵舎を攻撃した。狙った目標だけを破壊するために、攻撃手段は噴進弾と6番爆弾や25番爆弾だ。民間機の空港だった飛行場には小さな管制塔を備えた空港ビルが建設されていた。日本軍が空港の建築物には大規模な爆撃を控えたために、空港ビルは破壊を免れた。空港南端の石油タンクも攻撃対象から外れて残った。駐機場横の格納庫は内部に何が隠されているのかわからないので、爆撃対象となって破壊された。
2本の滑走路を有するヒロ飛行場は、比較的規模の大きな民間飛行場だった。開戦後は米陸軍が接収して、民間機に加えて陸軍機を少数配備していた。飛行場に留め置かれた機体には、オアフ島の空襲から退避してきた機体も含まれていた。飛行場の格納庫や空港ビルの周囲には、輸送機と練習機がばらばらに駐機されていた。最近になって配備されたばかりの12機のP-51は、飛行場の隅に4機ごとに分離して駐機されていた。そのうちの4機が慌ててエンジンをかけて、離陸の準備を始めたが、滑走路に向けて動き出したところで、紫電改に銃撃されて炎が立ち上る。広がったガソリンの炎にあぶられて周囲の機体が誘爆してゆく。残りのP-51もあっという間に、銃撃により破壊された。
続いて、別動隊がヒロの市街地に面した港湾施設に向かった。流星が港湾を見下ろせるところに設置された高角砲と対空機銃の陣地を、噴進弾と爆弾により真っ先に攻撃した。港の周りに配備されていた高射砲や機関砲は、防御もされずにむき出しになっていた。そのため、米軍の対空砲は、日本機に向けて短時間の対空射撃をしただけで、あっという間に攻撃されて破壊された。もともとハワイ島には要塞砲などの艦艇に対する攻撃手段は設置されていなかったが、口径の小さな砲がいくつか設置されていた。3インチ(76.2mm)や5インチ(127mm)のこれらの砲は、高射砲ではなく対艦用の砲であったが、オアフ島の要塞砲のように防御用のコンクリート製ケースが追加されていなかった。このため、噴進弾や20mm機関銃でも命中すれば容易に破壊されてしまった。
ヒロ市街の郊外に陸軍の小さな基地と思われる施設があったが、優先する攻撃目標とされていた。流星が爆撃すると、その中の1つの建物で爆発が起こった。陸軍の火砲や砲弾が格納されていたようだ。
……
ヒロへの攻撃と時刻を合わせて、ハワイ島西岸の方向に接近してきた空母瑞鳳と龍鳳から、烈風と彗星による編隊が発進していた。瑞鳳の編隊はヒロ地区とは反対側のハワイ島西岸中央部のコナの一帯を攻撃した。コナには規模の小さな民間飛行場が建設されており、第一の攻撃目標となった。小さな滑走路には数機の民間小型機が駐機されていただけで、すぐに破壊された。市街地郊外に設置されていた米陸軍施設も彗星が爆撃した。
ハワイ島西岸の北側エリアのコハラ地区は、龍鳳の搭載機が攻撃した。海岸近くには海軍の監視哨と陸軍の兵舎があったが、反撃することもできずに爆撃により破壊された。
……
ヒロ飛行場と港湾を攻撃した紫電改と流星は爆弾や銃弾がなくなると引き上げていったが、しばらくすると後続の烈風改の部隊が基地上空に現れた。瑞鶴戦闘機隊の荒木中尉は20機の編隊を率いて、ヒロ飛行場が見えるところまで飛行してきていた。
爆撃や噴進弾により、基地から何カ所も煙が立ち上っている。荒木隊は、先行した攻撃隊の取りこぼしを攻撃して、後続の一式陸攻の安全を確保することが大きな目的だった。上空で旋回しながら観察していると、空に向かって撃ってくる機銃がまだ残っているのを発見した。
すぐに荒木中尉が命令する。
「空港ビル屋上に機関銃あり、攻撃せよ。滑走路北端にも機銃座が残っている」
列機の烈風改が、地上に舞い降りて噴進弾と20mm機銃で攻撃した。任務の時間が長いので、全機が一斉に攻撃するようなことはしない。やがて、ミッドウェー島基地を離陸してきた一式陸攻が縦列の編隊となって、高度を下げつつ侵入してきた。
荒木中尉がバンクで列機に知らせる。
「一式陸攻が接近して来た。事前に滑走路上を航過飛行する。第一、第二小隊続け」
隊長機を先頭にして、8機の烈風改が、滑走路上空を低空で航過していった。飛行場の上空で米軍の反撃の有無を確認するためだ。低空飛行する烈風改を狙って、砲火を空に向けると上空を旋回していた別の烈風改が降りてきて銃撃を加えた。その結果、反撃する砲火はなくなっていった。
先頭の一式陸攻はどんどん高度を落としてくると、主脚を出してそのまま滑走路に正対するように飛行方向を変えた。
一式陸攻の操縦席では、副操縦士の阿部上飛曹が、滑走路の様子を見て、思わず叫んだ。
「さっきまでビルから機銃を撃ってきていましたよ。本当にあんなところに降りるんですか?」
宮前大尉がエンジンの音に負けないような大声でそれを制する。
「つべこべ言うな! 誰かが一番くじを引かなきゃならないんだ。搭乗員の装備を確認してくれ。降りたら我々も陸戦隊と一緒に戦うことになるんだぞ!」
機長の声を聞いて、後ろで電信員の須田上飛曹が答えた。
「この機の搭乗員は、全員、鉄兜を着用。銃も準備しています。お客さんもベルトを締めて着席しています」
後方から陸戦隊の堀内中佐が顔を出した。前方の様子をしばらく注視していた。
「飛行場の米軍は、烈風改が相当痛めつけてくれたようだな。これならば予定通り着陸できる」
宮前大尉が大声で返事をする。
「まもなく着陸します。着陸してからは、左側の空港ビルに向けて、機体を寄せます。どこまで近づけられるかわかりませんが、ビルに機首を向けて機体が止まったら飛び降りてください。昇降用のドアは滑走路を抜けて誘導路を走っている間に、開けてかまいません」
それから後ろを振り返ると、一式陸攻の搭乗員に命令を出した。
「銃座からの射撃は、各自の判断で実施してよい。地上から射撃を受けたら発砲してかまわん」
堀内中佐は後方の陸戦隊員にまもなく着陸することを伝えに行ったようだ。
宮前機は、滑走路に向けて高度を落とすと、通常よりも速い速度でそのままドスンと滑走路に着地した。敵基地への強行着陸だ。この様子を見て、滑走路の周囲の建物から慌てて機銃の射撃が始まる。4カ所で射撃の銃火が見えた。
上空の荒木中尉は、一式陸攻が降りれば、隠れたところから撃ってくることを想定していた。ビルや物陰から、発砲の光が見えた地点めがけて20mm機銃を撃ちまくると、直ぐに射撃は停止した。銃撃と同時に飛行場の誘導路で爆発が発生する。
「どこかから大砲を撃ってきているぞ。恐らく迫撃砲だ。発射位置を見つけて攻撃してくれ」
荒木中尉が上空の列機に指示した。
1機の烈風改が、飛行場の建物裏の南側で迫撃砲の発射煙を見つけた。上空から、発射地点めがけて急降下して、20mmの一撃で制圧した。
その間に接地した宮前機は滑走路の半分以上を走ると、速度を落としてから南側の誘導路に向けて滑走路を外れた。飛行場内を走るにはかなり速い速度で誘導路を抜けて、機首を左に向けると空港ビルの近くで急停止した。そのころには2番目の一式陸攻が同じように滑走路上に接地していた。強引に着陸した一式陸攻は、十二試陸攻試作時に長距離援護機として開発されたが、用済みとなった後に、輸送機に改造された機体だ。
宮前機の胴体後部の円形ハッチは、誘導路を走っている時点から開いていた。二十数名の銃を持った陸戦隊の兵が飛び降りてきた。一式陸攻の胴体上部と側面の銃座が西側のビルに向けて撃ち始める。
堀内中佐の声が機体の後部から聞こえてくる。
「降りる兵を援護しろ。銃座から機銃を撃ちまくれ。とにかく、敵に頭を上げさせるな」
銃を持った兵の後に、円筒状の筒を背中に担いだ兵が降りた。空港ビルに隠れていた米兵が、降りてきた日本兵を見つけて射撃を開始した。胴体銃座の13.2mm機銃が、空港ビルの発砲炎が見えたあたりを狙って反撃する。物陰に隠れていても薄いビルの壁くらいならば、13.2mm弾が容赦なく貫通してゆく。
陸攻から飛び降りた兵士は、物陰に隠れると肩に担いだ筒から噴進弾を発射した。航空機搭載の噴進弾を基にして、歩兵が携行できるように開発された70mm無反動砲だ。3発の無反動弾が窓から建物に飛び込んで爆発すると、米軍の攻撃は目立って小さくなった。既に同様に着陸した後続の2機からも続々と兵隊が降りてくる。機銃で援護された一部の兵隊が空港の建物に飛び込んでいく。続いて無反動砲の爆発や手榴弾の爆発が建物内で起こった。まもなくヒロ飛行場の空港ビルと格納庫の一帯は、日本軍に制圧された。
兵員を降ろして空になった一式陸攻は、既に2機が多数の機銃弾を浴びて穴だらけとなり飛行不可能となっていた。1機は主翼から炎が噴き出して黒煙をもうもうと上げている。もともとすり潰すつもりで投入した機体だが、搭載していた機銃や無線機など利用可能な装備は取り外して空港ビルに運んだ。
いつの間にか堀内中佐は、空港ビルの屋上に上って日章旗を立てていた。ビルの中で一休みしていると、宮前大尉が阿部上飛曹に話しかけた。
「どうだ、計画通りうまく言ったではないか」
「攻撃はうまくいっても、我々の機体はあの通り燃えていますよ。どうやって基地まで帰ればいいんですか?」
宮前大尉は黙って東側を指さした。その先には、高度を下げてくる大型の4発機が飛行していた。試作されたが、不採用になった十三試陸爆を輸送機に改造した深山改と呼ばれる機体だ。
「バカ烏じゃないですかぁ。あれでミッドウェーに帰れということですか?」
「海軍機に対して、そんな言い方をするんじゃない。あの機体は高価だぞ。何とか無事に持ち帰りたい」
深山改は、見かけから想像するよりも短い距離で着陸すると、滑走路を後続機に開けるために左側の誘導路から空港ビルの方向に進んで止まった。深山改の内部から30名以上の兵隊が降りてきた。同時に迫撃砲など、一式陸攻では運べなかった火砲を降ろし始めた。機内に搭載していた多数の無反動砲と弾薬も同時に降ろす。その間にもう1機の深山改が降りてくる。すぐに一番機と同様に兵員と搭載していた荷物を下した。
日本軍の攻撃を察知して、西方のヒロの市街地方向から6両のM4シャーマン戦車が空港に向けて東進してきた。後方にはM3スチュアート戦車とハーフトラックが続いている。上空を飛行中の荒木隊の烈風が戦車を発見した。
「西から飛行場に近づいている戦車部隊を攻撃する。各機、噴進弾で攻撃せよ」
まず荒木中尉の烈風改が、後方に回って噴進弾で射撃した。後部に命中した100mm弾頭が爆発するとエンジンから猛烈な火災が発生して停止する。ガソリンエンジンを搭載したこの戦車は、後部のエンジンルームに被弾すると容易に火がつくのだ。
後続の2機の烈風改は並んで走っていた2両のM4を狙って上空から噴進弾を発射した。砲塔の正面に命中した噴進弾の100mm弾頭は戦車の前面で爆発した。さすがに100mm弾頭だが、噴進弾は低初速のロケット推進の榴弾なので、M4の3インチ(76mm)の正面装甲は貫通できない。しかし、砲塔の上部に命中した噴進弾が天井の1インチ(25.4mm)装甲上で爆発して、鋼板が割れた。割れ目から吹き込んだ爆風により、砲塔内が破壊された。残った3両のM4は後退しようとしたが、後ろから烈風改の噴進弾攻撃を受けた。後方からの噴進弾が命中するとエンジンから黒煙が立ち上って停止した。ハッチが開いて乗員が転げるようにして飛び出して一目散に逃げてゆく。内部の弾薬が誘爆した1両は、砲塔が爆風で上に吹き飛んでしまう。M4戦車の後方に続いていた装甲車や機関銃で武装したハーフトラックも烈風改から20mm弾を浴びせられて、次々と炎上した。
黒煙で上空の視界が悪くなったところで、M3スチュアート軽戦車が燃えるM4を避けて道路脇の荒れ地に飛び出てきた。3両のM3はそのまま空港ビルの近くまで猛然と突っ込んできた。ビルを制圧した陸戦隊の部隊は、戦車が航空攻撃を受ける様子を見て既に迎え撃つ配置についていた。
堀内中佐が攻撃を命令した。道路の両脇に散開した兵が接近する戦車に向けて70mm無反動砲を発射した。先頭を走っていたM3に砲弾が命中した。モンロー効果を利用した成形炸薬弾は車体前面の1インチ(25.4mm)装甲を破って、車体内部を破壊した。後方に続いていたもう1両のM3にも2発の成形炸薬弾が命中した。最後の1両は上空から、烈風改の20mm弾を浴びて停止した。
……
ヒロ飛行場の攻撃が開始されたころ、ヒロ湾の北東には駆逐艦に護衛された数隻の艦艇が現れて、湾の近くに停泊した。ヒロ湾上空には烈風改が警戒のために飛行している。神州丸とあきつ丸が艦尾のハッチを開いて上陸の準備を始めた。
護衛の駆逐艦から海岸に向けて艦砲射撃が始まった。狙ったのは、ヒロ湾の南東のケアウカハビーチだ。上空から見ていても、防御柵のたぐいは何も設置されていない海岸にひとしきり砲撃を行った。上陸に備えたトーチカも陣地もないが、隠れた陣地や地雷を警戒して、ビーチ一帯を砲撃していった。
神州丸とあきつ丸は、船尾と舷側の扉を開けて、8台の特二式内火艇を海に降ろした。特二式の後には、12隻の大発が降りてきた。特二式内火艇は、ケアウカハビーチで接岸可能な場所に目星を付けると、次々と海岸に乗り上げていった。上陸した海岸のあたりには、展開していた米軍はいないため反撃を受けることもなかった。次に、沖合で様子を見ていた大発は反撃がないとわかって、次々と海岸に接岸してきた。
上陸地点に乗り上げた大発には、兵や物資だけではなく九五式軽戦車を搭載した船もある。神州丸とあきつ丸の船腹に積み込まれた様々な物資がどんどん浜辺に到着していった。運んできた荷物が大量に陸揚げされて、短時間に上陸部隊の進撃準備が整っていった。
上陸した陸軍部隊は、装備がそろうと飛行場目指して進軍を開始した。海岸から飛行場までは、直線で2km程度の距離なので、周辺を制圧しながら進撃しても、すぐに飛行場に到着することができた。陸軍部隊が飛行場まで進撃できなければ、限られた火力と弾薬しか有していない飛行場の陸戦隊は、米軍の守備部隊にすぐに駆逐されてしまう可能性があると心配されたが杞憂だった。
元々、ハワイ島には米軍は港湾や空港には警備の兵力を配置していたが、大規模な兵力と戦うことまでは想定していなかった。オアフ島には10万名規模の海兵隊や陸軍兵力を配備して、日本軍の上陸作戦を警戒していたが、米軍基地のないハワイ島は空白地帯となっていた。オアフ島さえ押さえておけば、他の島には必要に応じて迅速に移動して防衛ができるとの読みがあった。しかし、太平洋での海上兵力の喪失がその前提を覆してしまった。ハワイ近海の海上戦力が駆逐された状況では、オアフ島からハワイ島までは空しか移動手段がない。しかし、オアフ島の航空戦力も既に大打撃を受けていた。
ケアウカハビーチから上陸した日本軍は、飛行場への進攻とは別の部隊を編制して、西方の防波堤と埠頭のある小さな港湾に向けて進んでいった。埠頭とそれに隣接した海沿いの公園までの距離は3km程度しかない。海沿いの道路を進撃してゆくと、米陸軍の戦車が道を塞いでいた。M4シャーマンが6両、九五式軽戦車に砲塔を向けると、次の瞬間、軽戦車に向けて発砲した。12mmの装甲では、75mm砲弾は簡単に貫通する。あっという間に3両の日本戦車が破壊された。道路の両脇に広がった兵が、一斉に70mm無反動砲を射撃した。射手の後方に砂煙が上がる。70mmの成形炸薬頭はモンロー効果によりM4の側面装甲を貫通することができた。次の瞬間、米戦車の後方のハーフトラックから機銃の射撃が始まって、無反動砲を撃った兵がなぎ倒される。今度は、軽戦車の後方に続いていた2両の特二式内火艇の37mm砲が、トラックに向けて射撃して沈黙させた。
道路上の戦車と米兵を排除すると、港への日本軍の進撃を妨げるようなものはなくなった。それ以降は、あっけないほど短い時間で港を占領することができた。小さいながらも荷揚げができる埠頭を確保できれば、かなり効率的な物資の揚陸ができるようになる。
既に、ヒロ湾の北東側には輸送船が航行してきて停泊していた。港に入ってきて、埠頭に横付けすると、兵員と共に戦車や、歩兵砲もどんどん陸揚げされる。ヒロ港とそれを取り巻く市街地と飛行場エリアも含めて、日本軍による制圧が可能になった。
空港の上空警戒をしていた烈風改に対して、飛行場への着陸が可能になったとの許可がでた。
荒木中尉が着陸指示を出す。
「着陸可能表示がでている。我々の小隊がまず降りる。伊藤一飛曹、上空に残って警戒していてくれ」
4機の烈風改がまず着陸した。何事もないかのように着陸してから、空港ビルの手前まで移動してきた。路面の損傷が激しくないエリアを選んで駐機して待機となった。
烈風改は、しばらく警戒していたが、上空の機体から更に8機が降りてきた。
……
埠頭に接岸した2隻目の輸送船は甲板に載せていた6台のトラックをまず陸揚げした。トラックを使って、埠頭に降ろした物資を次々と空港に運搬してきた。ヒロ飛行場を日本軍の基地として使うために必要な物資だ。
一方、新型の電探を搭載して、後部主砲を長10センチ砲に換装した陽炎と不知火が空港沖に停泊して、海上から電探による警戒態勢をとった。陸揚げされた電探と対空砲が空港に設置されるまでの一時的措置だ。
ハワイ島の南方海域には、昨年末に改装が終わったばかりの空母千歳が航行していた。千歳は、飛行甲板の前部に装備したカタパルトを利用して陸軍の二式単座戦闘機を発艦させた。
二式単戦は「鍾馗」とも呼ばれ、もともとは中島が開発した2,100馬力のハ45エンジン(海軍名は誉)を備えて、海軍の雷電とほぼ同等の性能を達成していた。しかし、最新型では、烈風改が装備したのと同じターボプロップエンジン(ネ301)に換装して、性能が大きく向上していた。いわば中島飛行機が三菱の戦闘機に負けまいと、意地になって開発したと言っても過言ではない。小型の機体に2,900馬力のターボプロップを備えた鍾馗二型になって、最大速度は756km/hに向上していた。武装も烈風改と同様の4挺の20mm機関砲を主翼に搭載している。甲板上と格納庫に収められた18機の二式単戦は空母から発艦すると、制圧されたばかりのヒロ飛行場に降りてきた。
約5千名の陸軍部隊が上陸して、港湾と空港を含む海岸に近いヒロ市街は、日本軍の制圧下となった。ヒロ地区に駐留していた2千名の米陸軍警備部隊は、進撃してくる日本軍に押されて徐々に海岸近くから西北方向に後退していった。
一方、港から東方の米軍を完全に排除して飛行場の占領を確実にした日本軍は、ヒロへの海岸に沿った道路を西に進撃するだけでなく、同時に南下して更に西に進んだ。マウナケア山に続く道路に出て、ヒロ市街地を大きく迂回するようにそこをから北東方向に進んできた。米軍は港湾地域に対する攻撃を断念して、海側から山の後方に向けて後退していた。しかし、市街地の外側を大きく回って、郊外から北東へと、山側から進んできた日本軍に遭遇することになった。米軍は戦車を前面に押し立てて強行突破を試みたが、上空に飛来した戦闘機からの噴進弾攻撃を浴びてことごとく戦車は破壊された。
更に状況を悪化させたのが、ヒロ市街の北側の海岸に上陸した部隊だった。大発により、ヒロ港を迂回して北側の海岸に戦車と数百名の部隊が上陸して南下してきたのだ。結果的に、十字路の3方向から挟撃された米軍の防衛隊は、わずか半日の戦闘で逃げ場がなくなり大多数が降伏することになった。
日本軍の包囲網を免れた少数の米兵は犠牲を出しながら、ヒロ市街地からハワイ島の北方のエリアへと後退していった。日本軍は市街地と港湾、空港の施設を取り囲むように守備範囲を決めて、利用価値のあるエリアのみを囲ってその内部だけを守る態勢をとった。ヒロ地区の中心部以外は占領範囲を広げずに放置した。
翌日も引き続き、艦隊後方から航行してきていた輸送船とタンカーがヒロ港の埠頭に横付けすることができた。貨物船は、船体に取り付けられたクレーンを使って梱包された食料や弾薬をどんどん降ろし始めた。陸揚げされた貨物には。分解された航空機や対空砲も含まれていた。陸軍も海軍も早期にハワイ島の基地化を実現するために、まずは最も重要な航空機と必要な物資を送り込んだ。
港湾や飛行場で米軍が使用していた車両も日本軍の手に落ちたので、輸送に活躍することになった。一式陸攻による奇襲部隊が、いきなり飛行場に侵入してきたことで、米軍の守備隊は飛行場の施設などを破壊した後に撤退するための時間もなかった。米兵が後退した後には、トラックや給油用の車両、ブルドーザも残されていたのだ。ヒロ飛行場と港は急速に日本軍の基地となっていった。飛行場の戦いで損傷の激しかった空港ビルの南側のエリアもどんどん整地されていった。
空港では早くも、陸揚げされた物資により強行着陸していた深山改に対して給油が行われていた。簡単な機体の確認をしてから、ミッドウェー島へと戻ることになった。
宮前機の搭乗員たちは、なんとか帰りの深山改に同乗することができた。
「なあ、俺の言った通り大丈夫だっただろう。これで今日中にはミッドウェー基地に戻れるぞ」
「わかりましたよ。それでも我々の愛機はおしゃかですからね。次はもう少し、しっかりした機体に乗りたいものです」
「本土では超大型の爆撃機の開発が進んでいるようだぞ。ターボプロップ6発の化け物のような機体だそうだ」
「私の知り合いが空技廠にいるので、その噂は聞いていますよ。なんでも中島飛行機の社長の希望で、富嶽という名前が既に決まっているようです」
……
日本軍に大きな被害がなく、上陸作戦が終わりつつあることを聞いて山口長官は安堵していた。
「何とか上陸作戦も落ち着いて、飛行場と港湾の占領もうまく行ったようだな。やはり、ハワイ島には大規模な米軍の防御拠点はなかったということか」
永田参謀が独り言のように話す。
「ハワイ島の攻略は、被害があまり大きくなく、計画通りに推移してよかったと思います。やはり、オアフ島への上陸は難しかったということでしょうか?」
宇垣参謀長が答えた。
「もともと、開戦時の真珠湾攻撃後には、米軍がハワイの防衛を強化していることを我々も察知した。その結果、我々は、オアフ島の米軍が10万規模の兵力に増員されたと想定していた。それを前提とすれば、我が国は少なくとも15万以上の上陸兵力を準備する必要がある。そんな大兵力を準備するだけでもとんでもなく大変だが、それを一気に輸送して上陸させるのも、我が軍の能力を超えている。つまり何年も準備をしない限りは不可能ということだ」
私は、その会話を聞いて心の中でつぶやいていた。15万以上の上陸作戦などというのは、ノルマンディー作戦と同じ規模なのですよ。とても我が国の国力で可能な作戦じゃありません。
「それで、今後、ハワイ島を維持することは、我が国にとって可能なんですかね? オアフ島からは目と鼻の先ですよ」
宇垣少将が露骨に顔をしかめる。そんな初歩的なことを質問するなよと思っているのだ。山口長官が私の顔を見ているので、私に説明しろと要求しているようだ。
「現時点で、オアフ島の米軍は海上戦力も航空戦力も壊滅しています。大規模な補給をしない限り戦力の回復はできません。一方、ホノルルとヒロの間の距離は350kmです。これはロンドンとパリの間の距離に匹敵します。航空攻撃は可能な距離ですが、我が国の陸軍や海軍の航空機がヒロの航空基地に展開している限り、しっかり準備しなければ容易ではありません。しかも現時点で、米軍はほとんどの航空機を破壊されて、燃料もかなり失ってしまいました。ハワイ島の我が軍への攻撃が可能な規模の部隊をオアフ島で組織するのはしばらくは困難でしょう」
宇垣少将が続ける。
「それで、ハワイ島の攻撃よりも兵力回復のために、オアフ島への物資や石油、兵隊の補充が米軍の急務になるはずだ。加えて、オアフ島には結構な数の住民が暮らしているので、軍人だけでなく、それらの人々の生活物資も運ぶ必要がある。多量の物資を輸送するとなると当然輸送船だ。高松城の水攻めじゃないが、当面の間、我々はその輸送船団を攻撃して、オアフ島への物資の流入を妨害する」
山口長官が最後に説明した。
「輸送船団への攻撃は、もともと空母や戦艦が米軍に残っていた場合に、それをつり出すための作戦と考えていた。ところが現状では、我々の脅威になりそうな大型艦は撃破したから、当面は輸送船と米軍の小型空母や護衛の駆逐艦を攻撃することになるだろう。それでも米軍の戦力は消耗してゆくはずだ。空からでも物資の輸送は可能だから、オアフ島が干上がるようなことはないはずだ。しかし、大規模な船団が入港できない限り兵力の本格的な回復は困難だ」
私は、これからオアフ島がアメリカにとってのガダルカナルになりますよ、と言いかけたがやめた。ポートモレスビーやフィジー作戦が成功した、こちらの時間線では、そんな島の名前は誰も知らないからだ。その代わり別の懸念事項を話しておくことにした。
「アメリカ本土の西海岸からハワイまで約3,700kmです。これは大型の4発機が無理をすれば作戦可能な範囲に入ります。大型機の爆撃については十分注意すべきです」
山口長官はわかったという顔をしてうなずいた。
……
オアフ島にある太平洋艦隊司令部のマケイン長官の元には、既にハワイ島への日本軍が上陸したという報告が入っていた。直ぐに偵察を命じたが、オアフ島の航空基地と軍用機がほとんど破壊されていて、偵察機さえも少数機しか飛ばすことができない。どの基地も日本軍から猛烈な攻撃を受けていて、それどころではなかった。結局、準備でき次第、夜間偵察機を飛ばすことと、ハワイ近海を活動中の潜水艦にハワイ島の偵察を命じることが、できたことの全てだった。
……
ハワイ島に日本軍が上陸して飛行場と港湾を占領したという衝撃的なニュースは、すぐにホワイトハウスも知ることとなった。アーノルド陸軍大将とノックス海軍長官、海軍作戦部長のハート大将が同時に呼び出された。ルーズベルトは猛烈に怒っていた。
「なんということだ。ついに日本軍がハワイまで攻めてきて、ハワイ島の領土を占領したぞ。冷静に考えてみれば、最初に真珠湾の攻撃を受けて以降、我が国は負け続きだ。いったい、君たちは自分の責任を果たしていると言えるのか」
大統領は、何か言おうとしていたノックス長官に向けて片手を上げて制して続けた。
「とにかく、ハワイ島に上陸した日本軍を撃退する方法を提案してくれ。このまま何もしないで見過ごすわけにはいかん。大統領は、ハワイに居住する国民に対しても責任があるのだ」
アーノルド大将が片手を上げた。
「1ヶ月ほど時間をいただければ、我が軍で開発中の新型爆撃機が作戦可能になります。この爆撃機は戦闘行動半径が約2,200マイル(3,541km)あります。一方、アメリカ西岸からハワイまでの距離は2,300マイル(3,701km)ほどです。つまり、爆弾を少し減らせば往復可能です。しかも、被害や故障があってもオアフ島の基地に緊急着陸することができます。オアフ島で燃料や物資が不足していても、緊急用途の滑走路には使えるでしょう」
ハート大将が陸軍ばかりにいい顔をさせないと異論をはさむ。
「日本軍のジェット戦闘機を侮るべきではありません。爆撃機だけの護衛戦闘機も随伴しない部隊で攻撃しても、大きな損害が出るだけです。護衛戦闘機のない作戦は無謀です」
アーノルド大将が直ぐに言い返す。
「そうであるならば、戦闘機は海軍で準備願いたい」
ハート大将は自分の発言が、やぶ蛇になってしまったので、反論できない。
ルーズベルト大統領はこの案が気に入ったようだ。
「ハート大将、空母でもオアフ島の基地航空機でいいから、戦闘機を準備できないだろうか。多数の攻撃隊を編制するのは無理でも、護衛の戦闘機くらいなら何とかなるだろう」
そこまで言われたら、海軍作戦部長も反対するわけにはいかない。新型のB-29の開発が順調に進んでいるのも、海軍のタワーズ少将がいろいろ助言したおかげでしょう、とハート大将は言いかけたが、さすがに嫌味にしかならないのでやめる。
大統領が話を締めくくった。
「アーノルド大将、準備には1ヶ月ほどかかるのだな?」
「はい、B-29の初期型は既に試験を終えて生産中なのですが、ジェットエンジンを追加した改良型の試験が終わったばかりです。それで、生産済みの機体にもジェットエンジンの追加をして改修している最中なのです。それが終われば、改良型のB-29の機数もそろって作戦可能となる見込みです」
いい話を聞かせてもらったという顔をして、大統領がうなずいた。
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