13.4章 オアフ島艦砲射撃

 オアフ島への艦載機による航空基地と要塞への攻撃直後に、艦偵が上空から確認した偵察結果が大淀に集まってきた。


 航空機については、基地への空爆と戦闘機との空戦で、日本軍を攻撃可能な機体の大部分は破壊した。時限信管付きの爆弾の爆発もあり滑走路の修復は、思うように進んでいなかった。しかし、島の南方のヒッカム陸軍基地とバーバーズポイント海軍基地は、滑走路脇の誘導路を整地、拡張して滑走路として使用できるように工事していることが、偵察により判明した。他の基地もこれを見習いつつあった。加えて、航空優勢確保のための攻撃を優先したので、オアフ島の陸軍部隊の駐屯地や地上部隊の基地は、一部を攻撃しただけでほとんどそのままだ。


 宇垣参謀長がメモをもって山口長官と会話を始めると他の参謀も周りに集まってくる。

「長官、オアフ島の基地に関しては、一部分の航空基地が修復されつつあります。破壊された航空機を片づけて、誘導路を拡張するために周囲にはブルドーザや車両が稼働しています。もともと次の段階として艦砲射撃による攻撃は想定事項ですが、次の段階に進んで艦艇の砲撃による攻撃をすべきと考えますがいかがでしょうか?」


「艦砲射撃のためには、陸上の要塞砲を排除することが必要なので、航空攻撃を行ったはずだ。オアフ島の要塞砲を無力化できたならば、艦砲による攻撃を実施しよう」


 山口長官は、振り返って大淀の司令部の部屋に設置してある状況表示板を見た。ハワイ近海の各艦隊の位置が駒として貼り付けされている。表示板の中央部にはハワイ諸島を絵にした紙が貼られていて、島嶼に対して、戦艦や空母が航行している位置が一目でわかるようになっていた。


 三和参謀がメモを見ながら、山口長官に報告する。

「要塞砲に関しては、40センチと30センチ砲は全て破壊しています。20センチクラスの砲についても位置が判明しているものは全て破壊していますが、列車砲のように移動させて秘匿している砲があると生き残っているかもしれません。7.6センチ砲については、噴進弾や爆撃を行っていますが、隠蔽された少数の砲は残っている可能性があります」


「巡洋艦や駆逐艦に匹敵する要塞砲は少数が残っているが、戦艦並みの砲は残っていないだろうということか。よかろう、戦艦や巡洋艦部隊により、砲撃を実施する。敵航空機からの攻撃に備えて、空母部隊からは上空警戒の戦闘機を戦艦部隊の前面に上げてくれ。戦艦の行動海域の機雷掃海も忘れないように済ませてくれ」


 ……


 一航艦の護衛のために前進していた大和と武蔵は全速でオアフ島の南側に進出していた。ダイヤモンドヘッドの要塞群と真珠湾への出入口のある島の南側は、オアフ島でも最も防御の固い地域だ。


 オアフ島の南方の海岸線が見えてくると大和艦長の松田千秋大佐が命令する。

「取舵。撃ち方はじめ」


 オアフ島の上空では艦偵が吊光弾を二つ落としていった。基地の両端の上空に落とすことでその間が基地内であることを示している。まだ太陽が出ているので発光弾の明かりは小さいがそれでも煙と合わせて、大和からも明確に視認することができた。砲術長の中川中佐は、海上から見て目立った標的のない基地に対して、この吊光弾により、距離と方位を測定して照準を合わせようとしていた。


 要塞の見張り員は沖合に2隻の巨大戦艦を発見していたが、既に大口径の要塞砲は破壊されていて反撃できない。かろうじて1門の8インチ(20.3センチ)砲が大和に向かって反撃してきた。砲の発射炎を艦上から見つけると松田艦長が副砲射撃を命令した。


「どうやら1門は射撃可能な砲が残っていたようだな。あの発射炎からすると、巡洋艦並みの砲だな。副長、後部艦橋から照準して副砲で反撃してくれ」


 艦橋前方と後部艦橋後方、加えて右舷側側方の3基の3連装砲が発砲炎を目標に射撃を開始した。直撃しているか否かはわからないが、発砲の光が見えたあたりに、爆発炎が次々と立ち上がり始めた。やがて8インチ砲は沈黙したが、破壊されたのか、かなわないと思って自主的に射撃を停止したのかはわからない。


 艦長命令から2分ほどして、大和の射撃照準が完了した。指揮所の砲術長は、方位盤で算定された射撃諸元が出力されたことを確認して、射撃を命令した。副砲が射撃を開始した直後に、主砲が最初の射撃を行った。この時の砲撃では、一番艦の大和の射撃データに従い2番艦の武蔵も同一目標を狙う同調射撃を行っていた。撃ち方は交互射撃で、弾種は通常弾(榴弾)だ。このため、大和の主砲が火を噴くと武蔵も連動して主砲射撃を行った。大和と武蔵からそれぞれ20回射撃すると、松田大佐は射撃を停止させた。


 目標となった米陸軍のヒッカム飛行場の敷地内には、約4割の砲弾が落下していた。松田大佐の目標とした6割以上には達していなかったが、それでも一弾の威力が大きいため基地は月面のようなクレーターが多数開いて、60分前からは想像できないような様相になっていた。飛行場の建物も周囲の倉庫や格納庫も跡形もないほどにバラバラに破壊された。


 続いて、フォード島内の海軍基地を攻撃した。同様に吊光弾により射撃を行うと、10回目あたりの砲撃で基地の中で大きな炎が立ち上った。偽装により、爆撃を免れていたガソリンを備蓄していたタンクに砲弾が命中したのだ。2隻の戦艦は、次の射撃目標を真珠湾東側の司令部や工廠施設に移した。ドックや工廠の設備、工場を目標として射撃を行った。爆撃を受けてもまだ残っていたクレーンも46センチ砲弾の爆発で倒壊した。重油タンク群は、爆撃により重油火災が発生していたが、周囲の建物は無傷で残っていた。海軍施設の建物にも容赦なく砲撃が加えられた。砲撃には、榴弾に加えて三式弾も併用したために、広い範囲で火災が発生して巨大な黒煙が上がっていった。


 真珠湾周囲の基地への攻撃を行った後に、狙ったのはワイキキ市街の北側に位置する陸軍施設だった。フォートシャフターの一帯は、砲台を破壊するために爆撃を受けていたが、陸軍の司令部施設や陸上兵力の駐屯地としての建築物は無傷だった。アジア太平洋地域の陸軍の司令部機能を有する建築物や装備品の貯蔵庫が目標となって、次々と砲撃を受けた。


 46センチ砲が着弾したあとには、建築物は完全に破壊されて、ガレキの山が残っているだけだった。格納庫に砲弾が直撃して、内部の戦車や火砲も破壊された。日本軍はあまり意図していなかったが、砲撃により、地下の設備も深刻な被害を受けていた。大口径弾の爆発により、司令部の地下壕内の代替施設が落盤により使用不可能となった。


 続いて、大和と武蔵は西方に進んで、バーバーズ岬が前方に見える海域まで航行してくると、エヴァ基地への砲撃を行った。エヴァ基地には航空機設備用の格納庫がまだ残っていたが、整備資材と共に砲撃を受けて粉々になった。続いてバーバーズポイント海軍基地も砲撃の対象となった。機械的に同じ攻撃が繰り返されて、砲撃のたびに基地は確実に破壊されていった。


 同じころオアフ島の北方に進んだ第二戦隊の伊勢、日向、扶桑、山城は、内陸のホイラー陸軍基地を攻撃していた。射距離が長くなったために命中率が悪くなったが、1艦当たり12門の主砲による砲数で補った。航空基地内には3割程度しか弾着しなかったが、合計300発以上の砲撃を受けて、基地と飛行場は大きく破壊された。


 次に、航空基地の東側に離接していたスコフィールドの陸軍駐屯地も砲撃対象となった。日本軍は、この時期の正確な兵員数をつかんではいなかったが、少なくとも師団規模の部隊が駐屯していると考えていた。この基地の陸軍兵力だけでも数万人規模で、開戦後にはそれから更に増員していると推定していた。上空の観測機の指示に従い、広い陸軍基地をまるで畑を耕すように順番に場所をずらしながらまんべんなく砲撃していった。


 この機会に地上戦に向けて保管されている火砲や、戦闘車両もできる限り破壊する必要がある。倉庫や格納庫と思われる建物もどんどん破壊してゆく。砲撃を開始して50分後には、基地内に備蓄していた石油タンクに直撃して大火災が発生した。巨大な黒煙が噴き上がるが、砲撃は衰えない。この基地は徹底的に破壊せよとの命令が出ていたのだ。


 次に第二戦隊は、オアフ島北部のハレイワ基地を目標とした。比較的小さな規模のこの基地は、約100発の射撃を受けて穴だらけになった。


 第四戦隊の巡洋艦群は速度を生かして、オアフ島南方海域で大和と武蔵を追い抜くとオアフ島の東側まで進出していた。高雄、愛宕、鳥海、摩耶が縦列になって、カネオヘ海軍基地を20センチ主砲で1時間余り攻撃した。あまり防御されていない基地設備にとっては20センチ砲弾であっても、命中すればやすやすと破壊されてしまう。滑走路にも爆撃によりできたクレーターに、砲弾による多数の砲撃孔が追加された。格納庫内に置かれていた航空機修理用の部品やエンジンが、格納庫の屋根と共に吹き飛んだ。


 次に第四戦隊は、南下してベローズ基地を攻撃した。空中避難を終わらせてから降りてきて、その後、離陸できずに駐機していたB-17に砲弾が命中すると激しく炎を噴き出した。続いて基地の南端に砲弾が命中すると、大爆発が起きた。地下の弾薬庫に貯蔵されていた爆弾が誘爆したのだ。これにより基地の3分の1が吹き飛んだ。爆炎が静まるとそこには巨大な窪地ができていた。


 1月24日は早朝から大規模な空爆を行って、オアフ島の米軍基地と航空機に加えて要塞と真珠湾岸の工廠と石油タンクを破壊した。多数の航空機は空中でも日本軍機の攻撃を受けて多数が撃墜された。更に、有効な反撃ができないうちに、海上から戦艦や巡洋艦の砲撃を受けて基地と真珠湾の施設が徹底的に破壊された。オアフ島に多大な被害を与えた日本軍の艦隊は日が落ちると、夜間攻撃を警戒してオアフ島から一時的に後方に下がっていった。

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