12.6章 二航戦への誘導弾攻撃

 我が軍の空母機動部隊が米軍に発見されたとの一報は、大淀の司令部にも通知された。知らせを聞いて、すぐに船体後部の司令部室に駆けつけた。先に司令部にきていた、宇垣少将に声をかけた。

「一航戦と二航戦が、哨戒機に発見されたとのことですね。ミッドウェーの戦いのときには、米陸軍が爆撃機で攻撃してきています。今回も基地からやって来る遠距離攻撃を警戒すべきです」


「艦隊に警戒を促すのはいいが、何かいい作戦はあるのか?」


「現状では艦隊の前面に艦偵が飛行して、米軍機からの奇襲を警戒していますね。それに加えてミッドウェーの電探警戒機を派遣して、艦隊とハワイの中間あたりを飛行させてください。大出力の対空電探により、艦偵よりも遠方で爆撃機が発見できます。発見した攻撃隊は、機上から友軍戦闘機を直接誘導することができます。そうなれば迎撃する時間の余裕ができて、爆撃隊の見落としも減らせます。迎撃機の隙間をすり抜けようとする攻撃機も確実に迎撃できます」


「わかった、すぐに警報を発出しよう。もちろん、君の発案についても同時に連絡する」


「誘導爆弾が投下されたならば、上空の誘導母機を堕とすか追い払えば、通常の無誘導弾になります。これも通知してください」

 宇垣少将はわかっているという表情で、首を縦に振った。しかし、大淀が通報した時には、既に二航戦への攻撃は始まっていた。


 ……


 上空に飛来してきた爆撃機に対して、高角砲の射撃が始まった。12.7cm砲の全力射撃を、前方の4隻の駆逐艦と比叡、霧島および、最上級の4隻の重巡洋艦が開始した。後方に続いている第十駆逐隊の秋雲、夕雲、巻雲、風雲からも長10cm砲の電探射撃が始まった。米軍は電探に対する妨害電波を発信したが、日本艦隊も電波の波長を切り替えて凌ぐので、あまり効果はない。まっすぐ一定の速度で飛行してくる爆撃編隊は、回避しながら飛行してくる単発の艦載機に比べて高角砲の命中率が高くなった。しかも電探により管制された射撃だ。激しい対空砲火を浴びせられて、4機が煙を吹きながら脱落してゆく。


 たまりかねて、カーマイケル少佐は爆弾投下を命令した。このまま空母を狙えるところまで前進しようとしても、その前に全滅しては意味がない。

「下方の艦に向けて爆撃開始。全機、誘導弾を落とせ」


 最終的に8機がそれぞれ2発の誘導弾を投下した。ミッドウェー海戦で米海軍が使用した誘導弾を改良した無線誘導爆弾を16発投下した。改良の結果、爆弾後部に固体ロケットを追加して、加速により着弾までの飛翔時間が半分以下に短縮されている。これで誘導母機の負担が減るはずだった。


 それでも、投下した後も上空に留まったB-17に猛烈な射撃が続く。1機が高射砲弾の爆発で炎を噴き出して降下してゆく。更に友軍の艦艇からの対空砲火をものともせずに、突撃してきた烈風改が、誘導中の3機の爆撃機を撃墜した。


 残ったB-17が誘導している2発の誘導弾は、比叡を狙って落下してきた。1発が右舷への至近弾となった。次に1発が船体後部に命中した。1,500ポンド(680kg)の弾頭が76mmの水平装甲を貫通した。更に下甲板の19mm装甲も突き抜けて缶室で爆発した。比叡の半分の機関が一撃で停止した。


 上空から接近する爆撃機を見て、霧島艦長の岩淵大佐は、副長の大野中佐との会話を思い出していた。誘導弾が投下されたならば、視界を遮る煙幕がおそらく有効だろうと話していたのだ。

「煙幕展開。煙幕を上げるんだ」


 副長もその時の会話を忘れずに、その命令を予想して準備していた。すぐに霧島から煙幕がたなびき始めた。岩淵艦長は煙幕展開と同時に、狙いを避けるために高速航行中の戦艦を左舷へと急回頭させた。


 霧島を狙っていた2発の誘導弾は、煙幕で邪魔されたために爆撃手が誘導目標を途中から切り替えた。このために、誘導弾は霧島の右舷側を航行していた長良に向かっていった。長良の船体中央部に1発が命中して、1発が至近弾になった。ほぼ装甲もないような艦体を貫通すると船底部で1,500ポンド弾頭が爆発した。長良は瞬時で船底の構造材が破壊されて、船体が折れ曲がりながら沈み始めた。


 霧島の様子を見ていて、とっさに巡洋艦隊も煙幕の展開を始めた。このために、最上と鈴谷を狙って落下していった4発は、いずれも至近弾となって水柱を上げた。


 その時、B-17の後方を飛行していたB-26が突入を開始した。小さな被害で迎撃戦闘機と高角砲の射撃を切り抜けた8機が、3,000mあたりから降下攻撃を開始した。高角砲に加えて40mm機関砲も射程範囲に入ってきたので、全力で射撃が始まる。3機のB-26が被害を受けて墜落してゆく。5機のB-26がそれぞれ2発の誘導弾を緩降下爆撃で投下した。


 霧島は、今度は煙幕が自らの対空射撃を邪魔することとなった。B-26はそのまま降下して低空を避退してゆくが、対空砲は命中しない。


 岩淵艦長が面舵を命令した。

「おもーかーじ。誘導弾が投下されたぞ」


 まだ無傷だった霧島に向けて投下された誘導弾は、煙幕が展開されていても、その向こうの煙突の高温による赤外線をとらえることができた。


 岩淵艦長は、既に絶叫状態だ。

「右舷に弾着するぞ。右舷側、爆弾に備えろ」


 霧島の赤外線を捕捉した1発の誘導弾が、右舷側の中央部に命中した。1000ポンド(454kg)弾頭が、水平装甲を突き抜けて下甲板の装甲板上で爆発した。機関の被害は免れたが、右舷側のほとんどの対空砲や副砲が破壊されて火災が発生した。


 熊野と三隈を狙った8発の誘導弾は2発が熊野の至近弾となった。残りの6発は三隈を狙って飛行していった。次の瞬間、艦の後部に2発と中央部に1発が命中した。3発の1,000ポンド弾頭は60mmの水平装甲を貫通して艦内で爆発した。機関は全て破壊されて、船体下部にも亀裂が発生した。推進力がなくなって速度がどんどん落ちてゆく。同時に2発が右舷の至近弾となって水柱を上げた。残った1発は艦尾の至近弾となって爆発した。至近弾でも船殻に被害が出て浸水が発生する。船体後部の浸水が増加してくると、三隈はゆっくりと船尾から沈んでいった。短時間で沈没した長良は、既に海上には何も見えない。


 遠方の煙を立ち昇らせている比叡は、微速前進となって艦上の消火に懸命となっていた。霧島も右舷の消火と応急処置のために速度を落とし始めていた。しかし、米陸軍機の攻撃はこれで終わりではなかった。


 ……


 カーマイケル少佐は誘導爆弾の投下命令と同時に、低空を飛行しているB-17編隊にも誘導弾の即時投下を命令していた。

「BATを投下せよ。狙いは空母でなくても構わん。目標が見えていれば狙って投下せよ。見えなければその場で投棄せよ」


 ボストロム大尉が率いている26機のB-17編隊にも、後から発艦してきた18機の烈風改が、上空から攻撃を仕掛けていた。戦艦や巡洋艦、駆逐艦の電探が、高度を下げつつあったこの編隊は探知できていた。


 飛龍戦闘機隊の松山飛曹長は、後続の17機の烈風改と共に、噴進弾を斜め上方から一斉に発射した。6機のB-17が火を噴き出して墜落してゆく。胴体上の銃座からは、激しく撃ってくるが構わず突撃を仕掛ける。20mm機関銃弾が機首や胴体で爆発する。更に7機が撃墜された。遅れて急降下してきた重松中尉の中隊が、上空から攻撃して6機を脱落させた。


 残った7機のB-17は、対空砲火の射程圏外の300mの低高度でBAT2と呼ばれる誘導弾を投下した。それぞれのB-17は2発のBAT2を投下した。14発の誘導弾がB-17を離れると、日本艦隊に向けて降下しながらロケット噴射で加速した。BAT2は、もともとは海軍が主導して開発していた1,000ポンド(454kg)の弾頭を内蔵したBATという誘導弾がもとになっている。機首にSバンドのパルスレーダーを内蔵しており、レーダーの発信電波の反射波をとらえてその方向に誘導するという米軍らしく高級な誘導方式を採用していた。BAT2になって、タワーズ少将の指導により、尾部に強力なロケットエンジンを追加してレーダーの出力を増加させることで、グライダーのような滑空爆弾から、ロケット推進する対艦ミサイルへと変身していた。しかも、ロケット推進とジャイロによる飛行制御装置により、低空で投下しても水平飛行により目標に突入することが可能になった。総重量が1,900ポンド(862kg)に増加したが、運用の柔軟性が増して命中率も確実に改善していた。


 松山飛曹長はB-17が投下した異様な爆弾に最初は驚いたが、主翼をつけた爆弾のようなものが尾部から噴進弾のように煙を吐いて加速しながら、艦隊に向けて飛行していくのはわかった。噴進弾と同様に、推進剤の燃焼によりどんどん加速してゆく。編隊末尾のB-17が投下した噴進爆弾は、投下直後はしばらく、追いつけそうな速度で飛行している。

「小型飛行弾を撃墜する。続け」


 最後尾を飛行していた爆弾にギリギリのところで追いついて、松山機が射撃するとあっけなく、翼を飛散させて落ちていった。急降下した列機も射撃を開始すると、空中で大爆発が起こる。近づいていた烈風が1機巻き込まれて墜落してゆく。

「離れて撃て。相手は直線飛行だ。遠くから落ち着いて狙え」


 しかし、それ以上は、ロケット推進であっという間に加速した爆弾に追いつくことはできなかった。10機の噴進型爆弾は低高度を飛行して、前部のレーダーが96mm波長のマイクロ波を放射すると、前方からの最も大きな反射に向かって飛行していった。


 最終的に、機構の不具合や有効なレーダー反射波を捕まえられなかった6機を除いて、4機が射程内の目標にロックオンした。狙われたのは、その付近で電波反射の最も大きな目標の戦艦だった。


 1発が速度を既に落としていた比叡の第3砲塔付近に命中した。1,000ポンドの弾頭が砲塔横の甲板に命中して、下甲板まで貫通して主砲塔のバーベットにぶち当たって爆発した。第3砲塔が爆発の衝撃により旋回不能となったが、弾薬庫の誘爆だけは免れた。


 岩淵艦長は高速で飛行してくる小型の飛翔体に対して、既に被弾した右舷が再び被弾することは避けようと苦戦していた。面舵を続けた結果、飛来する誘導弾に艦首が向くことになった。


 艦橋からも、正面から突入してくる飛行爆弾は良く見えた。もはや回避することは不可能だ。

「前方から誘導弾。前部に命中するぞ」


 霧島からの反射電波をとらえた誘導弾が正面から突入した。1,000ポンド(454kg)爆弾が第一砲塔前盾に命中して、砲塔前面の250mm装甲を貫通することができずに砲塔上で爆発した。船体前部に配置されたむき出しの機銃への被害が出たが、機関への被害はない。そのため霧島はまだ全速発揮が可能だった。もう1発が前方から飛行してきたが、面舵により、回頭し続ける霧島の左舷に外れた。


 最後に、巡洋艦戦隊に向かった1発が、最上を目標とした。船体後部に1発が命中した。五番砲塔付近に命中した爆弾により、四番と五番の2基の砲塔が破壊されて、水偵用の装備やカタパルトを吹き飛ばした。最上は甲板下の魚雷を全て射出放棄して誘爆を回避した。


 ……


 攻撃を終えたカーマイケル少佐の機は、高射砲弾を至近に受けて、損傷しながらもオアフ島の方向に機首を向けていた。指揮官としての任務を思い出して、基地に戦果を報告する。

「巡洋艦2撃沈、戦艦1大破。加えて、別の戦艦と巡洋艦に被害を与えた。我が方の被害甚大。日本艦隊の防御網は厚い。戦闘機の護衛が必要だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る