12.5章 オアフ島からの陸軍機発進
連合艦隊の旗艦となった大淀の司令部で議論が行われていたころ、遂に米海軍の哨戒機が日本の機動部隊を発見した。オアフ島のカネオヘ海軍基地を発進して、島の西方海域を索敵していた海軍のPB4Y-1シーリベレーターが、機載レーダーにより空母機動部隊を60マイル(97km)の距離で探知した。艦隊構成を確認しようと接近していったが、すぐに二式艦偵に誘導された上空警戒の烈風がやって来た。PB4Yが最初に発見したのは、日本艦隊のうちのオアフ島の西側を航行していた二航戦だった。今回の作戦では、遠距離探知可能な電探に装備を更新した二式艦偵が、直衛戦闘機と同様に艦隊周囲を警戒していた。この時も4機の二式艦偵が艦隊から離れた位置で、米軍からの奇襲攻撃を防ぐために電探を使って警戒していた。PB4Yも艦隊の前面に出ていたこの電探警戒機に引っかかった。
二式艦偵からの通報で、上空警戒機の中から4機編隊の烈風改が迎撃に向かった。艦の大きさからジェット機運用が不可能な二航戦の空母には、輝星エンジンをターボプロップに交換した烈風改が配備されていた。烈風改は2,900馬力のエンジンにより、速度が400ノット(741km/h)以上に向上して、上昇性能も大幅に改善している。エンジンの直径と重量が減少した代わりに、全長が増加していた。そのため、烈風改は機首がスマートになったが、液冷エンジン機のようにプロペラまでの長さが増加していた。しかも、今までヒヨッコ搭乗員でも楽に操縦できると言われた烈風の素直な操縦性は、限界に近い馬力増加により、じゃじゃ馬的な特性が出てきた。それでも欧米の機体に比べれば、はるかに操縦容易なのだが、搭乗員たちはこの変化をすぐに感じ取った。暴れん坊だの、まじめな親から生まれたドラ息子だの、よからぬ呼び名が生まれた。鼻先が延長された烈風改の特徴と合わせて、一部の搭乗員はこの烈風改を「長っ鼻のドラ息子」と呼んでいた。
蒼龍戦闘機隊の高橋一飛曹に二式艦偵から直接無線通話が入ってきた。
「こちら、艦偵3号機、未確認機を探知。そちらの東方、20浬(37km)あたり、恐らく、1000以下の低高度だ」
「了解、確認に向かう」
探知情報を受けると、4機の高橋小隊は東方に向けて降下していった。昨年後半から、日本空母の戦闘機隊は、実戦経験とドイツの情報から2機が一組となる戦闘法に順次移行していた。二航戦の戦闘機隊もその編制に代わっている。そのため、高橋小隊も欧米ではフィンガー・フォーと呼ばれる4機編隊だ。
高橋一飛曹は、艦偵からの情報を各機に伝える。
「小隊各機へ、敵機は低高度とのことだ。恐らく、電探の探知を回避したいのだろう」
列機の岡元一飛曹から報告が上がる。
「11時方向、下方に4発機」
言われた方向を凝視すると、紺色に塗られた4発機が見えてくる。ピピッと鋭くバンクして応答すると、高橋一飛曹は米軍機に向けて全速で降下を開始した。4発機は烈風の降下を発見すると、東方に機首を向けるように急旋回を始めた。しかし、B-24を海軍仕様に変更しただけのPB4Yは、全速で逃げても烈風に比べて約300km/hも鈍足だった。
たちまち、烈風は追いついた。高橋一飛曹は烈風を左右に滑らせながら、胴体上の銃座からの反撃をかわして接近すると、4門の20mm機銃を翼と胴体の交差しているあたりを狙って連射した。胴体中央部から連装銃座にかけて20mm弾が炸裂して、破片が飛び散る。続けて、岡本一飛曹の射撃が、胴体中央部から左翼にかけて命中した。PB4Yは、左翼から火を噴き出すと、左翼側にぐらりと傾いて墜落していった。
友軍機からの日本艦隊発見とその直後に攻撃されたとの無線を傍受して、近くを飛行していたセリル少佐は、日本艦隊の艦隊編制を確認しようとして飛行コースを変更した。少佐は、低速のPB4Yがうかつに高度を上げて、敵のレーダーに探知されれば、敵戦闘機につかまって無事に帰れなくなることを充分に認識していた。
彼の愛機は、雷撃機のように海面上200mを低空飛行してくると、一気に機首を上げた。
「今から高度を上げる、敵の艦隊が見えないか、よく見はっていてくれ」
30秒だけ高度を上げるとPB4Yは、すぐに低空へと急降下してゆく。機首から見はっていたレナード大尉が声を上げる。
「3時方向に戦艦2、更に遠方に空母2、駆逐艦多数」
副操縦士のヘイズ少尉も同数の空母を見つけたので、強くうなずいている。すぐにセリル少佐は司令部への通報を命令した。
「無線士、基地に連絡だ。空母2、戦艦2、駆逐艦多数、発見時間と位置をつけて報告してくれ」
続いて、セリル少佐は機首の方向を西北の方向に向けた。あらかじめ、複数の日本機動部隊がハワイ周辺で行動中との情報を知らされていたので、他の艦隊も発見しようと考えたのだ。燃料残量はまだ充分だ。低空を10分飛行してから、一度上昇したが何も見つからない。もちろんレーダーにも反応はない。
更に飛行していると、通信士のマリン曹長が叫ぶ。
「レーダーに目標が出ました。2時方向に艦船を探知。この高度で探知できていますから近距離の大型目標です」
すかさず、水泳の息継ぎのように上昇すると、遠方に2隻の空母が航行しているのを発見できた。
「第2の艦隊だ。空母2、巡洋艦4、駆逐艦多数、直ちに司令部に通報しろ」
……
一航戦と二航戦が米軍の哨戒機に見つかったことは、大淀にも報告が上がった。通信参謀の和田中佐が山口長官に報告に来た。
「一航戦からの報告です。一航戦と二航戦が米軍の哨戒機に見つかりました。哨戒機のうちの1機は撃墜しましたが、逃がした機体もあるようです。電波が哨戒機から発信されていましたので、我々の存在が通報されたのは間違いありません」
「少し早かったが、ハワイに接近すれば発見されるのは時間の問題だった。今回の攻撃は、事前の我々の想定通り強襲になる。計画に変更はない。今まで検討してきた作戦を実行する」
……
アメリカ陸軍のハワイ地区司令官エモンズ中将は、日本艦隊を索敵機が発見したとの報告を海軍から受けた。爆撃航空隊指揮官のファーシング大佐を呼び出すと、長距離爆撃隊による攻撃の可否について質問した。
「まだ距離が遠いが、オアフ島の600マイル(966km)西方で海軍の哨戒機により、2群の空母を含む日本艦隊を発見できた。この距離でも我が部隊からの攻撃は可能だと考えるかね? 遠いので、戦闘機隊の護衛はできない前提で考えてくれ。一方、敵艦隊の上空では艦載の戦闘機が待ち構えていると思われる」
「B-17やB-24、B-26などの多発機であれば、敵艦隊の位置まで進出して攻撃が可能です。長距離飛行を考慮しても四発爆撃機は、5,000ポンド(2,268kg)以上の攻撃兵装を搭載できます。B-26でも3,000ポンド(1,361kg)を搭載可能です。但し、ミッドウェー海戦での経験から水平爆撃をしてもまず命中しないでしょう。戦闘機が迎撃してくることも勘案すると、ここは遠距離から攻撃可能な新兵器を使う必要があります。日本の小型空母を撃沈した誘導爆弾に加えて2種類の新型誘導爆弾を使いたいと思います。中途半端な機数では迎撃される可能性が大きいので、大編隊で同時攻撃を仕掛けます」
「よかろう。暗くならないうちに、爆撃隊により攻撃をしてくれ。恐らく日本軍は、我々が発見した数以上の多数の空母を伴っているはずだ。空母は飛行甲板をやられたら作戦の継続は不可能になる。とにかくこの島を攻撃してくる空母を一隻でも多く脱落させることを目的として攻撃を行う」
30分もしないうちにヒッカム飛行場から58機のB-17爆撃隊が離陸していた。更に、24機のB-26の編隊が続く。B-17の爆撃隊を率いているのは、カーマイケル少佐だ。幸いにもB-17が飛行をしている間にも、日本戦闘機による撃墜を免れたPB4Yから、追加の位置情報が送られてきた。B-17の攻撃目標は最初に発見された二航戦の部隊だった。
B-17の爆撃隊に続いて、ホイラー飛行場からは、フロスト大尉の機を先頭にして、36機のB-24の編隊が発進していった。この部隊は、カーマイケル少佐の目標とは別の機動部隊を攻撃する予定だった。結果的に、B-24の部隊は、2番目に発見された一航戦に向かうことになった。
3時間余りを飛行して、B-17の編隊は日本艦隊の東方から2編隊に分かれて接近していった。B-17の部隊が接近してきた時、二航戦は空母から見て東北側の前衛に、第四駆逐隊の嵐、野分、荻風、舞風が艦隊の警戒のために航行していた。その後方に、比叡と霧島、軽巡長良が続いている。艦隊は無線封鎖も解除して、全ての電探を使用して戦闘態勢に移行していた。
更に、戦艦の後方を第七戦隊の熊野、三隈、鈴谷、最上が航行していた。空母の周囲には第十駆逐隊の秋雲、夕雲、巻雲、風雲が警戒していた。第十駆逐隊の駆逐艦は、対空火力強化の改修が行われていたため、雷装の削減と引き換えに、後部の2基の連装砲を10cm高角砲に置き換えて、更に40mm連装機関砲を6基装備していた。長良も12.7cm連装高射砲を4基と40mm連装砲4基を追加搭載して、防空巡洋艦として改修されていた。
比叡の艦橋頂部に設置された電探が、B-17の編隊を真っ先に探知した。比叡の電探は米軍機から発信された電波による妨害を受けたが、周波数を変えて対抗する。この時、戦艦部隊の上空直衛をしていたのは、ミッドウェーの戦いで大量撃墜を行った蒼龍戦闘機隊の藤田大尉の中隊だった。中尉が率いる16機の烈風改が、高度を7,000mまで上げつつ、B-17編隊を迎撃するために接近してゆくと、四発爆撃機の編隊が見えてきた。
50機を超えるB-17の編隊は、藤田中尉にとっても想定以上の大部隊だ。
「敵編隊を視認。敵機は、B-17。機数は50以上。繰り返す50以上だ」
すぐに、中尉からの報告を聞いた二航戦司令の桑原少将が命令する。
「大編隊が攻撃してくるぞ。上空の戦闘機隊は、東に向かえ。続けて、各空母から、準備ができている戦闘機を上げろ。ばらばらで構わんから、準備できた機体を大至急発艦させろ。すぐに敵爆撃機がやってくるぞ」
飛行中の飛龍戦闘機隊の重松中尉の編隊が、B-17迎撃に向かってゆく。更に、飛龍と蒼龍から、24機の烈風改が続けて発艦作業に入った。
このころ、既に藤田中隊はB-17への攻撃態勢に入っていた。先頭の30機以上から構成された梯団を狙う。
「一度、敵編隊の下を後方にやり過ごして下方から攻撃する。左右に広がれ」
藤田大尉は、B-17編隊の上空まで上昇する時間を惜しんで、まずは斜め下方からの攻撃すると決断した。
日本軍の戦闘機が上昇してくるのを発見して、カーマイケル少佐は、日本軍が多用するロケット弾攻撃を警戒していた。近接信管を日本軍が使用していることも聞いている。
「密度が高いと被害が拡大する。コンバットボックス隊形はとらなくていいぞ。間隔をもっと開けて、ロケット弾を発見したら自由に回避しろ。敵戦闘機は20mmを装備したサムだ。繰り返す。敵機はジーク(零戦)ではない。サム(烈風)だ。最初にロケット弾を撃ってくるぞ」
広がったB-17の編隊に対して、烈風改の編隊が一斉に噴進弾攻撃をしても、多数の命中は期待できないと思われる。
「噴進弾攻撃を行う。2機で1機の敵機を狙って攻撃せよ。訓練と同じだ」
藤田大尉は、2機の戦闘機が組になって1機のB-17を攻撃するように指示した。2機合わせれば、36発の100mm噴進弾の攻撃が可能となる。しかも、装備している噴進弾は、ミッドウェーの戦いで威力が証明された近接信管付きだ。彼は、今までの戦闘経験から、いくつかは至近弾で爆発してくれるに違いないと判断した。
藤田機の発射が引き金になって、他の機も一斉に噴進弾を発射した。2機から40発近くの噴進弾を浴びせると、直撃弾はなくても、数発の弾頭は爆撃機の近傍で爆発した。
中隊の一斉攻撃で、6機のB-17が瞬時に撃墜された。それ以外に2機が至近での爆発により被害を受けて、煙を吐き出しながら高度を下げていった。
カーマイケル少佐は、今までも日本軍のロケット弾攻撃により多くの友軍機が撃墜されていることを知っていた。銃座から外を見張っているガンナーたちに日本の戦闘機がロケット弾を発射したら、即座に警告を出すように命令していた。
尾部銃座のホール軍曹が叫んだ。
「サムがロケット弾発射。多数のロケット弾がこちらに飛んでくるぞ」
その言葉が終わらないうちに、カーマイケル少佐はB-17の機首を思いきり下方に突っ込んだ。同時にラダーペダルも踏み込んで左側に機体を滑らす。こんな急激な機動は、安定性に劣るB-24では不可能だ。右上を多数のロケット弾が飛び去ってゆく。右主翼からやや離れたところで、1発が爆発して、飛び散った破片が主翼上に穴をあけたが、大きな被害ではない。
噴進弾攻撃による集中攻撃を浴びせかけられても、前方集団のB-17はまだ二十数機が飛行していた。
「敵編隊に突撃、突撃を開始せよ」
続けて、藤田機はB-17編隊に後方から突っ込んでゆくと、尾部と胴体下面銃座からの反撃をよけながら、20mm機銃の銃撃を開始した。編隊の列機も続いて突進してゆく。16機の烈風改の攻撃にたまりかねて、たて続けに6機が落ちてゆく。
その時、重松中尉の8機の戦闘機隊が戦闘に加わった。藤田中隊の上方から、噴進弾射撃をしながら編隊に突入してきた。攻撃により6機のB-17が脱落していった。
一方、後方を飛行していた20機以上の梯団は、高度をどんどん下げ始めていた。後から発艦してきた24機の烈風隊のうちのほとんどは、降下飛行をしてくる編隊を目標とした。
飛龍戦闘機隊の児玉飛曹長は、乗機の準備の都合で遅く発艦することになった。B-17の後方を目指して上昇してゆくと、B-17に続いて飛行してくる双発機の編隊がやや下方を飛行しているのを発見した。母艦に直ちに通報する。
「高度4,000mあたりに双発機。20機以上。恐らくB-26だ」
しかし、母艦との無線はうまく会話ができなくなっていた。担当兵から何かを話してくるが、自分の報告に対する応答ではない。多数機が攻撃してきたために、無線が集中して防空指揮が一時的に混乱しているのだ。
それでも児玉飛曹長の周りに遅れて発艦した8機の烈風改が集まってきた。噴進弾をまだ撃っていない6機が斜め上方から噴進弾攻撃をすると5機を撃墜した。そのままB-26編隊に突入して更に7機を落とす。まだまだ周りに敵爆撃機が飛んでいるので、児玉飛曹長はあきらめずに攻撃を続けて更に1機を落としたが、圧倒的に米軍機の数が多い。
烈風改の激しい迎撃をすり抜けた爆撃機は、二航戦の前衛部隊の第四駆逐隊、比叡と霧島、第七戦隊の巡洋艦部隊、第十駆逐隊に近づいていた。
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