12.4章 オアフ島への偵察
連合艦隊がハワイに向けて航行している間に、山口長官はミッドウェーに配備した偵察型連山によるオアフ島及び、周辺の偵察を再開すると決断した。ハワイ侵攻作戦を実行するためには、オアフ島の航空基地や真珠湾の最新情報がどうしても必要だ。電探とカメラを搭載した偵察型連山22型は、既に日本本土からミッドウェーの飛行場に到着していた。米軍がイースタン島に整備した飛行場は、1,800m滑走路が東北東から西南西方向に整備されていた。米軍のB-17やB-24が駐留して利用していたこの滑走路は、連山を運用することも充分可能だった。
連山による高高度偵察が開始されると、レーダーで探知した米軍は直ちに迎撃を行った。しかし、連山はオアフ島上空では、ジェットエンジンを使用した加速で380ノット(704km/h)の速度で高度10,000mを飛行していった。このため、米陸軍のP-47やP-51が緊急発進するが、高度10,000mに上昇した時には、既に偵察機は去った後だった。
迎撃の失敗が続いたので、陸軍航空隊に配備されたばかりのP-80シューティングスターに迎撃命令が下った。ジェット戦闘機ならば迎撃が可能であろうと考えたのだ。新鋭機の実用試験を兼ねて搭乗していたのは、第一次の真珠湾攻撃でも活躍したウェルチ大尉とテイラー大尉だった。彼らが搭乗するP-80シューティングスターの編隊は、高高度への迎撃訓練を行いながら、連山が飛来するのを待ち構えていた。
待機を開始してから、1月22日になってカワイロアの高台に設置したレーダーが北西の方向から飛行してくる目標をとらえた。直ちに、陸軍のホイラー基地から2機のジェット戦闘機が北西方向を目指して離陸した。
アメリカ陸軍航空隊では、要撃訓練を行った結果、レーダーサイトに防空指揮の経験を有する士官を派遣していた。高速で飛行する目標に会敵するために、レーダーが探知した映像を直接見ながら、迎撃機に飛行経路を指示できる士官を配備したのだ。この日は天候が良くて、高高度を飛行する連山は飛行機雲を引いていたので、遠距離からでも目標を簡単に視認できた。高度をどんどん上げてゆくと、P-80からも飛行機雲が発生した。
高村中尉が操縦する連山が北西方向からオアフ島上空に侵入すると、すぐに電探に反応が出た。新たに追加された電探先任員の板垣一飛曹が報告する。
「10時方向、前方に航空機2。上昇してきます。高速です」
双眼鏡で見ていた偵察員の佐原上飛層からも報告が上がる。
「左翼側前方に、上昇してくる2機の飛行機雲を肉眼で確認。こりゃあ、かなり速い。ジェット戦闘機のようです」
「ジェット戦闘機ならば、逃げるぞ。何しろこの高価な機体を無駄にするなと厳しく言われているからな」
連山であってもジェット戦闘機は強敵だ。翼下に備えたジェットエンジンを全開にして、380ノット(704km/h)まで加速した。加速しながらミッドウェー方面に戻るために西方に方向転換して、逃避を始める。P-80シューティングスターは高度10,000mで、全速の連山よりも約80km/h程度は優速だった。そのおかげで、追撃を続けていると徐々に距離が縮まってくる。
後部銃座の田岡二飛層が叫んでいる。
「後ろにつかれました。こちらから反撃します。あっ、敵も撃ってきました」
高村中尉は撃たれた瞬間、急所を狙われてはたまらないので、機体を左へと滑らせた。
ウェルチ大尉は、飛行機雲を引きながら飛行している大型機を全速で追いかけていた。識別表を思い出しながら報告する。
「敵機は、リタ(連山)だ。四発機がオアフ上空を飛行中」
高度を上げて、後方から接近してゆくと、まだ遠いと思いながらもウェルチ大尉は、6挺の12.7mm機銃の射撃を開始した。既に接近するまでに時間がかかっている。時間の浪費を惜しんだのだ。
連山が射撃の瞬間にスーッと機体を横滑りさせた。絶妙のタイミングだ。そのおかげで最初の一撃は外れてしまった。修正をかけて2撃目を射撃すると、今度は右翼の内翼あたりに命中した。エンジンや燃料タンクに防弾装備を施した連山は、さすがに12.7mmの一連射くらいでは炎を噴き出して墜落するようなことはない。後方からテイラー大尉が入れ替わって、射撃を開始した。やがて、右翼の内側のエンジンが煙を噴き出した。連山は灰色の煙を吐き出しながら、オアフ島の西側へと脱出していった。
P-80は全力上昇をしながら、高速で飛行する連山を追撃していたために、既にかなりの燃料を消費していた。しかも上昇の途中で、時間を優先するために増槽を落としている。既に燃料が心もとなくなっていた。煙を噴きながら逃亡してゆく四発機に遠距離から最後の一連射をした後は、ウェルチ大尉の編隊は基地へと戻っていった。
副操縦士の上岡飛長が叫んでいる。
「右側3番エンジン被弾。消火剤が出て炎は消えました。3番エンジンを停止します」
後方の田岡二飛層から報告が入る。
「敵機、2機共に引き返してゆきます。どうやらこれ以上は攻撃してこないようです」
10,000mの上空にもかかわらず、高村中尉の顔にはびっしょりと汗が噴き出ていた。
「けが人はいないか? よく確認してくれ。ああ、それと機体の方の被害確認だ、とにかく最短で帰るぞ。佐原上飛曹、航法をよろしく頼む」
突然、偵察員の稲田飛長が声をあげた。
「10時方向、艦隊が見えます。空母を伴っています」
高村中尉も言われた方向を、双眼鏡を受け取って確認する。
「基地に報告してくれ。空母3、巡洋艦3、駆逐艦多数。敵機動部隊発見」
連山偵察機が発見したのはフィッチ少将が率いている第30.1任務部隊だった。
……
連合艦隊の空母と戦艦部隊は、西の方向からハワイへと近づいていった。前方を航行する一航戦の部隊は、オアフ島の哨戒圏と想定されていた700浬(1,296km)に近づいていた。
後方の大淀に座乗した宇垣参謀長が山口長官に報告に来る。
「ハワイ島の南方海域で哨戒していた潜水艦から空母と巡洋艦を発見したとの報告が来ています。かなり遠方だったようですが、少なくとも空母1隻を視認しています」
「米海軍の空母が出てきたというわけだ。おそらく空母で機動部隊を構成しているはずだ。少なくとも我々の空母に対応できる目算があって出てきているはずだ。楽観しない方がいいぞ」
最も南方の位置に展開しようとしていた第30.2任務部隊のエンタープライズⅡがイ8号潜水艦に発見されていた。
航海参謀の永田中佐が報告に来る。
「そろそろ、前方の一航艦はハワイからの哨戒機に発見される可能性があります。この先は予定通り、減速して一時待機となります」
しばらくして、通信参謀の和田中佐が駆けてきた。
「ミッドウェー基地から報告。偵察型連山が米艦隊を発見。オアフ島の西方50浬(93km)の地点に空母3隻の機動部隊を発見。大型空母1、小型空母2、巡洋艦3、駆逐艦多数」
ぼそりと長官がつぶやいた。
「どうやら、2つ目の機動部隊が行動開始したようだな」
……
高村中尉の機体からやや遅れて、ミッドウェー島から飛び立った705空の連山は、偵察型連山よりも改造の範囲を広げて大出力の電探を搭載した最新型の電探警戒機だった。本来爆弾倉となっていたところに、電探を中心とした各種の電子機材を搭載している。更に、膨らんだ下腹部には、波長50センチと150センチの新型電探用の2種類のアンテナが内蔵されていた。二つのアンテナは、胴体下部のある種の金魚の腹部を連想させる形状に膨らんだ樹脂製のフェアリングに格納されていた。高出力の電探により高高度から遠方の海上と空中の目標を探知できる機体だ。その電探警戒機が、ミッドウェーを離陸してから3時間が経過している。
電探操作をしていた長谷川上飛曹が叫ぶ。
「南東150浬(278km)に海上目標を感知。反射が大きい。複数の艦艇です」
すぐに機長の中村少佐が反応する。
「この位置で航行しているのは間違いなく敵艦隊だ。通信士、艦隊発見を基地に報告してくれ」
しばらく南東方向に飛行すると、海上を注視していた偵察員の井出飛長が報告する。
「5時方向に駆逐艦発見。あっ、その先に艦隊。空母が見えます」
中村少佐も操縦席から機首の最前方に降りていって確認する。
「連合艦隊司令部に報告だ。空母2、巡洋艦4、駆逐艦多数。機動部隊だ」
第30.3任務部隊の空母ヨークタウンⅡの上空には、8機のFJ-2ムスタングが直衛のために飛行していた。この改良型ムスタングはキャノピーを完全な水滴風防に変えて、水・メタノール噴射付きの出力を増加させたエンジンにより、性能がFJ-1から更に向上している。レーダーで未確認機をとらえた母艦から敵機の位置が知らされた。直ちに迎撃に向かってゆく。
長谷川上飛曹が再び叫んだ。
「電探に反応、複数の航空機。3時方向から上昇してきます」
「退避するぞ。佐原上飛曹、ジェットエンジンに火を入れてくれ」
電探警戒型連山は飛行方向を北西に向けると、ジェットエンジンで増速して、全速で退避にかかった。今まで徐々に短くなっていたFJ-2ムスタングと連山の距離がほとんど変わらなくなる。
やがて追いつけないと判断したFJ-2は艦隊上空へと戻っていった。
ほぼ同じころ、流星に電探を搭載した三式艦偵も、赤城を飛び立ってから、指示された海域の捜索を行っていた。
「山田大尉、電探に反応はありません。このあたりには、めぼしい敵はいないですね」
「わかった。しかし何度飛んでもこの機体は本当に速いな。1時間しか飛行していないのに、もう350浬(648km)は飛んだぞ。雲の下に出てみるから、海上の目標を見落とすなよ」
しばらくして偵察員の野坂一飛曹が報告する。
「何もいません。電探にも反応がないんですから、そりゃいませんよ」
「わかった。いないものを見つけるのは不可能だ。そろそろ帰投する」
三式艦偵は半径の大きな水平旋回をすると、母艦に向かって飛行を始めた。
……
ミッドウェー沖に停泊していた大淀の連合艦隊司令部では、今後の作戦についての議論が始まっていた。
宇垣参謀長が状況を整理する。
「潜水艦が最初に発見した空母の部隊と、2機の連山が見つけた2群の部隊が同一かどうかわかりませんが、それぞれが異なる艦隊だとすると、米軍は3つの機動部隊を出してきたことになります。短期間でこれだけの空母をそろえるとは、さすが米国の工業力は巨大ですね。ここは、相手の戦力が大きいことを前提にして作戦を考えるべきかと思います」
航空参謀の佐々木中佐が発言する。
「偵察機の報告によれば、1つの艦隊には、大型空母が1、小型が1ないし2含まれるとのことです。従って、3部隊全体では大型空母3、小型空母5程度と想定できます。鹵獲したホーネットの分析から、米軍の正規空母は搭載機が我々よりも多いと判明しています。それを勘案すると、搭載機は500機から550機程度と想定されます。これは我が艦隊全体の搭載機よりも若干少ない程度です」
宇垣参謀長がそれを引き継いで説明する。
「明らかにオアフ島の基地航空機との連携作戦をあてにしていますので、陸軍や海兵隊の航空機も合わせると、その数は倍増します。その場合、我々の艦隊は1,000機余りの敵機を相手にしなければなりません。なお、今のところ艦載の偵察機は米艦隊をいずれも発見できていません。艦載機の偵察範囲からは外れていることを考慮すると。米艦隊は我々の機動部隊から、500浬(926km)程度離れている3ヶ所の海域で待ち構えていることになります。おそらくオアフ島基地の航空機の行動範囲内です。うかつに近づいて、攻撃すれば、空母からもオアフ島からも反撃されかねません」
山口長官が端に立っていた私の顔を見た。
「鈴木少佐、意見はあるか?」
「オアフ島基地の航空機を我々の艦隊がいない海域におびき出すことができれば、2面作戦が1面に変わります。例えば、多量の電波攪乱紙を散布して、大編隊に見える電波反射を作り出すことにより、米軍機に迎撃させます。攪乱紙を散布する位置を艦隊から離れた海域とすれば、そこに米軍の基地航空隊を誘引できる可能性があります。その航空隊が戻ってきて、戦闘に参加する前に米軍の空母を攻撃できれば、その時の我々の相手は空母の戦力だけになります。それほどうまく行くのか、五分五分に思えますが、まとめて米軍の全戦力を相手にするよりもはるかに良いと思います」
少佐を見ながら、長官がうなずいた。
「私もやってみる価値はあると思う。今回の作戦にあたり、電波攪乱紙は多数用意させているので、ミッドウェー基地の部隊も誘引作戦の実施は可能だ」
長官の発言を受けて、佐々木中佐が説明を始める。
「アルミの電波攪乱紙ですか。今回の戦いでは、技術研究所からの電探妨害に有効だとの助言で、ミッドウェー基地と空母にあらかじめ準備していますから、いくつかの場面で使用可能です。但し、これには時間調整が重要です。おびき出された戦闘機が戻ってこないうちに、攻撃隊が空母に突入しないといけません。戻った戦闘機に鉢合わせすると2倍以上の敵機を相手にすることになりかねません。敵艦隊の上空でも電探を使って、飛行隊を誘導できればいいのですが、艦船の電探はそこまで見通せないですね」
「我々には連山を改造した電探機があるだろう。確かあれは、遠距離からの電探による探知ができるはずだ。少しばかり敵艦隊に寄せて飛行させれば、攻撃隊を敵艦隊上空まで誘導できるのではないかね?」
佐々木中佐はなるほどという顔をしている。
「わかりました。電探警戒機からの誘導について、ミッドウェー基地と調整します」
山口長官がもう一度見まわした。
「敵の3つの部隊の概略位置はわかったのだから、各艦隊に通知するぞ。我々は直接戦闘する前線部隊ではない。従って、無線封鎖する意味は小さい。必要な情報は前線部隊に伝達してゆく。もう一つ、我々が発見できたということは、米軍もそれが可能だろう。米軍索敵機の飛行に注意するように通達する」
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