12.3章 第二次ハワイ作戦の幕開け
復旧作業を行っていたミッドウェー島の航空基地が利用可能となると、最新型の電探と磁気探知器を装備した十数機の一式陸攻改造機が日本本土からサイパン経由でミッドウェー島へと飛来した。進出した一式陸攻を改造した哨戒機により、中部太平洋での潜水艦掃討作戦が開始された。海軍は、ミッドウェー島を中心とした中部太平洋を対象海域として、米潜水艦を一掃して輸送路の安全を確保しようと考えたのだ。
哨戒機の運用が可能な飛行場を有するウェーク環礁とミッドウェー島を中心として、900浬(1667km)内の海域の潜水艦に対する哨戒が開始された。
ミッドウェーから飛び立った755空の一式陸攻哨戒機はミッドウェー島の南東450浬(833km)の地点で、電探に反応を検知した。電探担当員の岩田上飛曹が声を上げる。
「電探に感あり。南方35浬(65km)、海上目標、反射の大きさから恐らく単独の艦艇」
機長の多田中尉が命令する。
「南方の海域を確認する。何か見えないか、海上の目標をよく見ていてくれ」
多田中尉の機体は電探に反応があった位置に急行したが、既に海上には何も発見できるものはなかった。
岩田上飛曹が報告する。
「つい先ほどまで電探が探知していたので、まだ深くは潜っていないはずです」
「この海域には、友軍の潜水艦はいないはずだ。低空に降りるから、磁気探知器を作動させてくれ。逃げられたかもしれんが、やれるだけやってみるぞ」
一式陸攻哨戒機は、高度100m以下に降りて、低空の海上を往復する飛行を開始した。索敵部隊の搭乗員たちは、海域の端から行きつ戻りつ順番に捜索してゆくこの方法を、自嘲気味に雑巾がけ飛行と呼んでいた。
やがて5往復したあたりで、再び、岩田上飛曹が叫ぶ。
「磁気探知に感あり、この下です」
磁気反応が出たところを確認して、一度やり過ごしてから戻ってくると、そこに発煙弾を投下した。更に、発煙弾の周囲を繰り返し飛行してゆく。岩田上飛曹の指示に従って、もう1発の発煙弾を最も磁気の強いところに投下した。
一式陸攻は爆弾倉の扉を空けて、旋回して二度目に投下した発煙弾の上空に戻ってくると、16発の小型の対潜弾を海面に向けて順番に投下した。着発信管を備えた対潜弾は沈んでいった。しばらくして水中で何ものかに当たった1発が爆発した。海上に1本の水柱が上がる。続いて周りの弾頭も衝撃を受けて連鎖的に爆発することにより、更に大きな水柱が立ち上る。しばらくして、白い泡と一緒に油や様々な破片が浮き出てきた。その海面の上を一式陸攻は旋回していたが、油と一緒に浮き上がった木片や紙が漂っているのを確認すると飛び去っていった。
副操縦士の平木一飛曹が、多田機長に話しかける。
「やりましたね。今月に入って、我が航空隊が撃沈したのは、このあたりの海域で3隻目です。敵潜水艦の活動が活発になっているように思えるのですが、米軍は何か次の作戦でも考えているのですかね」
「その想像は、あながち間違っていないと思えるな。但し、次の作戦に向けて行動を開始するのは、我が軍の方が最初で、それに米海軍が対抗しようとしているのかもしれんぞ。今週になって、我が軍はミッドウェーの航空機を次々に増強している。索敵飛行させる機体の数を増やして、海域をきれいにしようとしているのも妙に符合する」
平木一飛曹は確かにそうだと思い、コクリとうなずいた。
中部太平洋における哨戒機の活動強化から2週間遅れて、日本海軍の大艦隊が行動を開始した。一部の艦艇はトラックから部隊に合流すべく北上を開始していた。
……
一方、米軍も4発爆撃機のB-24を改造してレーダーを装備の海軍機としたPB4Yにより、連日オアフ島から長距離哨戒を行っていた。ハワイの200浬(370km)南方の海域では日本潜水艦が既に1隻撃沈されていた。オアフ島からは、しばしばミッドウェー島方面の偵察も試みられたが、接近するとミッドウェーに配備された烈風が迎撃に出てくるようになった。
ミッドウェー島の電探に探知された米軍機はすぐに迎撃される。既に、逃げ遅れた1機のPB4Yが、迎撃してきた烈風により撃墜されていた。それ以降は、米軍機はハワイとの中間線よりもミッドウェー島に近づかなくなった。同様に、ミッドウェー島からは、ハワイ諸島に偵察機として一式陸攻や二式大艇が飛行したが不用意に接近すると米軍戦闘機の迎撃を受けた。その結果、年末までは、日本軍のオアフ島偵察は不活発な状況となっていた。
……
連合艦隊は、ハワイ侵攻作戦実施に当たり、真珠湾に停泊している艦艇の把握は極めて重要なので、最近になってミッドウェー島からオアフ島上空の偵察を強行することを決定した。一式陸攻に偵察装備を搭載した機体は、胴体内に増槽を追加して過荷重とすれば、6,000km近くを飛行できる。一方、ミッドウェー島からオアフ島の距離は約2,100kmである。従って、往復飛行も可能となり、高高度での偵察飛行を開始した。しかし米軍もこれを眺めているわけはなく、すぐに戦闘機により迎撃を始める。既にオアフ島には米陸軍のP-47とP-51の配備が始まっていた。レーダーが一式陸攻の接近を探知すれば、一式陸攻よりもかなり高速の戦闘機による迎撃は十分に可能だ。一式陸攻の偵察飛行も、1度は成功したが2度目からは迎撃を受けるようになって、立て続けて2機が撃墜されてしまった。
竣工したばかりの大淀の連合艦隊司令部では、宇垣参謀長が山口長官に相談にやってきた。今回の作戦から、連合艦隊は戦艦を司令部として使うのをやめていた。戦艦を前線でもっと有効活用するためだ。代わりに通信機能を完備した巡洋艦を利用することとなった。連合艦隊は、大淀の初期の建艦計画にあった手間と時間のかかる高速水上機向けの工事をさっさと中止して、空き地になった水上機用の格納庫を拡張して司令部施設を搭載させた。
「長官、ミッドウェー島からハワイへの偵察は現状の一式陸攻では無理があります。現状では、オアフ島上空の偵察は中断していますが、我が艦隊の今後の行動を考えるとすぐにでも再開が必要です。いっそのこと新鋭機の連山を使ってみますか? 連山の性能ならば、オアフ島上空に侵入してもむざむざと落とされることもないと思われます」
「連山のミッドウェー島からの実戦参加の準備を進めてくれ。但し、今のところは手の内を見せたくない。オアフ島の上空偵察はギリギリまで中断だ。但し、ハワイ諸島周囲の海域の偵察は実施する。軍令部第三部からの情報になるが、新たな正規空母が完成しているらしい。それも複数だ。実戦配備されれば、米艦隊に何らかの動きが出てくるだろう」
「もちろん、連山の準備は偵察機も爆撃機も進めます。現状では、潜水艦隊も計画通りハワイ沖合に哨戒線を張りつつあります。オアフ島の偵察は中断しても、米艦隊の動きはそちらで探知できる可能性もあります」
「うむ。了解した」
……
マケイン長官と3人の少将との打ち合わせが終わると、日をあけずに真珠湾に停泊していた艦艇は出港していった。更に、一部の艦艇は、サンディエゴからハワイに直行して、オアフ島の沖合に達していた。1月20日になって、3群の米機動部隊は、マケイン長官が指示したハワイ諸島の西側の海域に到達していた。
マケイン長官の命令を受けて、最先任のフィッチ少将が指揮する第30.1任務部隊はオアフ島の西方約90マイル(145km)の海域を航行していた。キンケード少将が指揮官として乗り組んだ第30.2任務部隊は、オアフ島の南西方向110マイル(177km)に到着していた。モントゴメリー少将の第30.3任務部隊は最も北側のカウアイ島の西方100マイル(161km)の地点で日本軍を待ち構えていた。オアフ島の真西に第30.1任務部隊を配備して、その南側が第30.2任務部隊で、北側を第30.3任務部隊とした布陣であった。
第30.1任務部隊参謀のローレンス中佐がフィッチ少将に報告に来ていた。
「我が艦隊の3つの任務部隊は予定していたハワイ諸島の南西から北西の海域に達しました。キンケード少将とモントゴメリー少将からも、遅れはないとの連絡が入っています」
「わかった、幸先は悪くないな」
「但し、日本艦隊を待ち構えるために、一つの海域に留まれば、オアフ島航空部隊の援護は受けられますが、敵にとっては発見も容易になります。恐らく日本軍にも早期に発見されることになるでしょう。それでも我々に向かってくる日本艦隊を迎え撃って撃滅するのも悪くありませんね」
フィッチ少将は首を横に振った。
「君の言う通り、ヤマグチ艦隊の攻撃を跳ね返して、彼らの機動部隊を粉砕できれば、そんなうれしいことはない。しかし、むしろ我々は日本艦隊を引き付けるためのおとりなのじゃないか。我々への攻撃を目的に接近した日本艦隊を、オアフ島兵力の総力を挙げて攻撃する。最悪は、我が艦隊に被害が出ても、日本艦隊を撃退することできれば、目的は達成となる」
ローレンス中佐にフィッチ少将は向き直った。
「ということは、どれほど我々の部隊に被害が出ても日本艦隊が去るまでは、逃げずにこの海域に留まれということだ」
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