12.2章 第二次ハワイ作戦始動
1943年1月になって、山本総長は、今まで検討してきた第二次ハワイ作戦をついに始動させた。開戦時の真珠湾攻撃以上に海軍部内でも反対の多かったこの作戦を総長の力で強引に前進させた。
山本総長は、伊藤次長と第一部の福留部長を前にして、自分の決定を説明した。
「米国の強大な経済力を前提とすると、時間が経過するほど相手の戦力は強力になってゆく。今までは、ミッドウェーやフィジー・サモアまでの数々の作戦で消耗した我が軍の戦力を回復させ、新しい機材に更新して訓練するための時間が必要だった。兵器だけでなく、消耗した兵員の補充にも時間を要した。しかし、私には、これ以上待つことはできない。我が軍も兵力を回復できただろう。ドイツからの空母も実戦可能になったと聞いている。今までの軍令部内のハワイ攻略の検討に従って作戦の開始を命令する。これは短期の決戦だ。長期の消耗戦に持ち込まれたら我々は勝てない」
山本総長は軍令部内で検討してきた作戦計画書を手にとってみせた。先般の会合で、鈴木少佐から聞き取った意見も折り込んで、一部の作戦は既に修正してあった。
伊藤次長が仰々しくお辞儀をした。
「直ちに連合艦隊や関連部隊に作戦開始を伝えます。作戦計画書は既に関係の部隊に配布しました。実際の攻撃開始に向けての準備状況は、連合艦隊の方から回答があると思います」
福留部長が意見を述べる。
「連合艦隊には準備命令を出していますので、艦隊は速やかに作戦海域に向けて出港できるはずです。恐らく1月後半には、ハワイに対する作戦が開始できると思います」
……
軍令部第四部にもハワイ作戦開始の情報が伝達された。第四部長の金子少将は、ミッドウェー海戦の時と同様に、偽電による誘引作戦を開始していた。米軍が同じ手に何度も引っかかるのか、若干の疑念はあるが、まずはできることをやるだけだと割り切っていた。1月からは、海軍の作戦対象を察知されないために、フィジー・サモアへの侵攻に続いて、オーストラリア大陸への攻撃作戦を開始するかのような偽電を増やしていった。偶然であるが、ポートモレスビーとエスピリットサンドに展開した航空部隊は、実際にオーストラリア大陸のタウンズビルへの空襲などを実行して、この偽電が本当だと思わせるような行動をとっていた。
……
合衆国海軍作戦部長のハート大将は、タワーズ少将からの助言もあって、日本海軍の暗号分析の結果を見ても、オーストラリアへの攻撃を示す電文が偽情報であると確信していた。そうなると、もっともありそうな攻撃目標がハワイだ。フィジー・サモア侵攻は、一見オーストラリア攻撃への前段階とも考えられる。しかし、中部太平洋でのミッドウェーの攻略や潜水艦の掃討戦などの日本海軍全体の行動を見ると、次はハワイへの攻撃と考えて間違いなさそうだ。しかも暗号電自身が増加しているということは、日本海軍が作戦を近い将来実行する予定だということだ。
海軍作戦部長は自分の見解をマケイン長官にも直接電話で伝えた。
「ハートだ。情報分析の結果、日本海軍の行動開始が近づいている。一部ではオーストラリア攻撃ではないかと言われているが、私はハワイが目標になっていると信じている。オーストラリアは、日本軍が意図的に流している偽情報だ。それに踊らされてはならん。行動可能な艦隊を最大限に活用して、日本軍のハワイ侵攻を阻止してくれ」
「わかりました。私も今まで入手した情報からは、オーストラリアよりもハワイ攻略の可能性が高いと判断しています。私の元には、エセックス級の3隻とインディペンデンス級の4隻の空母を中核とした3群の機動部隊が集結しつつあります。しかも搭載機は、かなりの機数が新型機になっています。これらの艦隊を最大限活用して、オアフ島への侵攻を阻止しますよ」
「それと、航空局長のタワーズ少将から君への伝言だ。新型の誘導弾についてはまだ訓練が不十分かもしれないが、躊躇なく使ってくれとのことだ。昔ながらの爆弾と魚雷による攻撃では、間違いなく犠牲が大きくなるとも言っていた。確かにその通りだと私も思う。そうだ、私から追加の情報だ。タワーズが力を入れて開発した新型誘導弾は、陸軍も最近採用した。今回の戦いでは、陸軍の爆撃隊がヤマグチの艦隊に対して使うことになるだろう。そちらの状況も気にしておいてくれ」
「もちろん、使えるものはなんでも有効に使います。次々に新手を出してくる日本軍を、楽に勝てる相手だなどとは全く思っていませんよ」
……
オアフ島の太平洋艦隊司令部には、機動部隊の司令官に任命された3人の少将とその副官たちが集まっていた。中には、モントゴメリー少将のようにハワイに向かっている空母から艦載機で飛んできた司令官も含まれていた。マケイン長官がゆっくりと出席者を見まわした。
「確定情報ではないが、まもなく日本軍が攻略作戦を開始する見込みだ。情報部もワシントンの合衆国海軍司令部も攻略対象は、この島だと推定している。諸君は全力でこれを阻止しなければならない。既に、真珠湾から動ける輸送船などには、非難命令を出した。すぐにオアフ島全体が臨戦態勢に移行することになる。今回の作戦では、我々は、艦隊が行動する海域をオアフ島の基地航空部隊の行動範囲内として、ハワイ諸島の前面で敵を待ち構えることとする。日本軍の機動部隊が攻撃を仕掛けてきた場合は、機動部隊自身の防衛戦力に加えて、基地航空隊の戦力も兵力として参加してもらうことになった。この方針は、オアフ島陸軍司令官のエモンズ中将と海兵隊のヴァンデグリフト少将に了解を得ている。もちろん、基地航空隊の爆撃機は、相手にリーチが届くならば攻撃も行う。陸軍は新型誘導弾で攻撃するとの情報を得ている」
フィッチ少将が軽く手を上げてから質問する。
「我が軍の空母の行動海域を制限するということは、高速に移動できるという機動部隊のアドバンテージが低下することになります。それを行っても、得られるメリットの方が大きいということですね。それだけ、基地航空隊の支援兵力が大きいと考えてよいのですね」
「この島には、陸軍と海軍、それに海兵隊もあわせて数百機の戦闘機が配備されている。そのうちの半数が我々の艦隊の周囲で戦ってくれると考えただけでも、我が艦隊を護衛する戦力は軽く倍増することになるだろう。私は利点の方がはるかに大きいと思う」
「それと、陸軍の爆撃機が新型誘導弾で攻撃するつもりならば、我々よりも先に仕掛けてもらいたいと思います。まずは陸軍に日本艦隊の力を少しでも削ぎ落してもらって、その後に我々が攻撃するようにしたいと思います」
「自分たちの犠牲を減らすためには、陸軍が代わりにそれを被ってもかまわないということかね?」
フィッチ少将はニヤリとしたが、何も答えなかった。
マケイン長官の発言が終わるのを待っていたキンケード少将が口を開く。
「日本軍の行動の予測について、何か情報はあるのですか? 彼らが、いつ、どの方角から攻撃してくるのか、知っているのといないのでは大きな差があります」
「残念ながら、その点の情報は不足している。ナグモ部隊の真珠湾攻撃のように北回りも想定できるが、南の可能性もある。結局、我々は南北どちらから敵がやってきても対応できるよう、ハワイ諸島の西側で待機することになるだろう。現状では、オアフの索敵機は800マイル(1287km)までは偵察しているから、早期に発見して、そちらに向かうことになる。日本艦隊の情報については諸君が艦隊に戻ってからも、私の方から提供する。中部太平洋に向かわせている潜水艦部隊が、先に日本艦隊を発見する可能性もあるからな」
最後にモントゴメリー少将が質問した。
「日本空母部隊の規模はどの程度になりそうですか? ミッドウェーでは6隻の正規空母と2隻の小型空母から構成されていたはずです」
「わが国の情報局によると、ミッドウェー海戦時には2隻の大型空母は日本本土で、珊瑚海で受けた損傷を修理中だったはずだ。更に、イギリスの諜報情報からだが、ドイツの空母が日本に売却されたとのことだ。また、大型客船を空母に改修したとの情報もある。つまり客船からの改造も含めて空母は最低9隻で、恐らく10隻になると考えている。但し、日本の空母は我が軍の空母よりも搭載機が少ないので、全体で600機程度の航空戦力と想定している。この機数は、我々の機動部隊の搭載機よりも若干多いが、オアフ島基地の航空隊とあわせれば我々がかなり上回るはずだ」
「それで、オアフ島基地部隊との連携が必要になるということですね」
マケイン長官は黙って周囲の将官の顔を見てから、おもむろに口を開いた。
「各部隊の司令官が私の思いを理解してくれてうれしい。日本軍は、ミッドウェーでは電波妨害とロケット推進の爆弾で攻撃してきた。ジェット戦闘機が発射した対空ロケット弾には、VTヒューズ(近接信管)を使用していたとの情報もある。彼らは、今回の戦いでも何か新しい手を使ってくるはずだ。新手の兵器についてはすぐに報告してくれ。ある艦隊が新兵器にやられたら、同じ手を他の艦隊が食らう前に警告する必要があるからな。逆に、こちらの新兵器は躊躇せずに使ってくれ。この戦いに負ければ、私も君たちも次のチャンスはないと心得てくれ。海軍では居場所がなくなるということだ」
最後の言葉が染み渡ると、少将全員がしばらく押し黙った。
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