12章 第二次ハワイ作戦
12.1章 第二次ハワイ作戦への道
フィジー・サモアの作戦が大きな被害もなく終了すると、海軍軍令部では次の戦略目標についての議論が盛んになった。インド洋やインドシナ、ニューギニアなどの南方の資源地帯を抑えて、次の作戦をどうするのかの議論だ。その中でも山本総長が強力に推進しようと考えていたのが、ハワイ侵攻作戦だった。アメリカとの早期休戦を目指す山本総長は、直接的にアメリカの領土であるハワイを攻略することが、戦いの終結につながる早道であると考えていた。
今までも、かなりのアメリカ国民がこの戦争で死傷しているはずだ。勝てない戦いを繰り返して、軍人を中心に死傷者数はうなぎのぼりになっていると想定できる。間違いなく大統領の支持率は低下しているだろう。それに加えて、小さいながらもアメリカの領土であるミッドウェー島が占領されたことも、更なる支持率低下の要因になっているはずだ。がけっぷちのルーズベルト大統領が、決定的に国民の支持を失うまでにはあと一押しだと思える。日本との戦いで負けが続いて、米国民の間に広がりつつある厭戦気分は徐々に拡大しているはずだ。日本との戦いに消極的な意見を持つ米国民が多数派になれば、アメリカという国は戦争を続けることはできないというのが山本の論理だ。
山本総長は、外務大臣とも相談して、アメリカとの間で停戦に持ち込めるかの可能性を確認させていた。スイスとスペインを経由した外交官による情報交換のルートを利用して打診をしたのだ。その結果は、アメリカは最後まで戦い続けるという意思表示だった。もちろん正式な国務省からの回答ではなく、外交官レベルの私的な情報だが、現状でのアメリカ政府の意向を示していることに違いはないだろう。
対外的なアメリカの情報も得て、山本総長は次の作戦が必要であると決断した。日本は、今しばらく戦う必要がある。これから戦いを終息させるためには、更に勝ち続けることと、欧州での状況も考えると、総合的な対策が必要だと考えた。
軍令部内では、総長の指示でミッドウェー攻略が終わった直後から、ハワイ攻略作戦の検討を開始していた。実行時に登場すると想定される米軍の戦力についても、海外からも情報を集めて、ある程度客観的に見積もっていた。
米国で大戦前に承認されていた新型戦艦や大型空母の建造数が、その後に大幅に増加していることもつかんでいた。特に、米国内の諜報情報から開戦直後の空母の連続喪失から空母を含む航空戦力に重点をおいた兵力の拡張が行われていることも認識していた。ミッドウェー海戦で登場した25,000トン超の大型空母は、この建造計画の中心になる。以降も大型艦の建造が加速されており、近いうちに順次竣工すると想定していた。また、巡洋艦や駆逐艦、潜水艦も多数が建造されていることもわかっていた。軍令部も1943年の後半になると、これらの艦艇が続々と完成してきて、米海軍の戦力が大幅に増強されることを充分認識していたことになる。山本総長が期待する作戦を実行するならば、圧倒的な戦力差が現実となる前に開始しなければならない。
軍令部で鈴木少佐の知識を信頼している人物は、これらの作戦を具体化する前に、彼の知識を重要な情報として取り入れようと考えた。
……
軍令部第三部から私のところに丁重な言葉で呼び出しがあった。面談の相手は軍令部第三部長の小川少将と知らされた。
私が、指定された軍令部の会議室に入っていくと、既に少将が待っていた。
「君とははじめてお目にかかる。私は軍令部第三部長の小川だ。軍令部に来る前は、総力戦研究所で仕事をしていた。それで戦力分析に詳しい人物として、山本総長の特命で動いている。今までの君の空技廠での開発成果やミッドウェーでの活躍については、一通り報告書を読ませてもらった。簡単に信じてもらえないかもしれないが、決して君に敵対する人間ではないから安心してくれ」
小川少将は手元から1冊のノートを取り出した。
「我々が知りたいことを効率的に漏れなく短時間で教えてもらうために、あらかじめ準備しておいた。時間の節約はお互いに有益なはずだ。このノートにいくつか質問が書いてある。できる限り正直にそれに対する答えを記述してほしい。なお、このような質問をすることは、山本総長からも了解を得ている。しかも君が記述した内容は極秘情報として扱うことを約束する」
パラパラとノートをめくって中身を見てから、思ったことを質問させてもらった。
「私が、今の世界ではまだわからないことを、知っているはずだと考えているかのような問いがいくつかあるようです」
「そう考えないと、君の今までの行動で説明できないことがいくつかある。知識の出所はわからないが、その貴重な知見を我が国として活用させてもらいたいのだ」
少将が私の目をじっと見ている。彼の発言は信じてよさそうだ。
「いくつかの質問は、私にも直接答えられないものが含まれています。それは正直にわからないと回答してよいですね。また、いくつかの質問はかなり細かく記述したほうが良い内容もあります。そのような質問には数行程度の回答ではなく、なるべく細かく答えたほうが役に立ちそうです。それと私が回答したことは他人に知られないようにお願いします」
「うむ、不明なものは正直にわからないと答えてくれてよい。むしろ知らないことを知っているかのように答えられては困る。記述内容については、確からしさを記述してほしい。確実にそうなりそうなこととか、不確定とか、可能性としての確度を明示してほしい。詳細が答えられる内容はその情報を別紙に記述してくれ。君が答えたということについては、先ほども言ったように極秘として秘密は守る。私個人としては2階級特進くらいさせてあげてもいいと思っている。そんなことをしたら、余計目立って君が迷惑するだろうがね」
小川少将は私の隣までゆっくりと歩いてくると、懐から名刺を差し出した。軍令部としての連絡先だけでなく、裏には個人の住所や電話番号が追記してあった。
「本日以降、何か疑問や困ったことがあれば遠慮なく私に連絡してくれ。連絡があれば、いつでも対応すると約束する。回答には時間を要すると思うが、じっくりと考えて書いてくれ。お茶も食事も用意している。途中で休憩してもらってよい」
ここまで言われて、私は、自分の知っていることを吐き出そうと決めた。
質問の前半は、今後のアメリカ軍の動向に関する質問だった。空母や戦艦などの大型艦の建造見通しについての質問になっていた。
ミッドウェーでエセックスが登場していることから判断して、空母の建造が間違いなく加速している。ハワイでエンタープライズとレキシントンが失われてから、それを補うために対策を講じているはずだ。しかも日本軍と戦ったことにより、空母機動部隊の威力についてもあらためて認識しているに違いない。
それを前提とすると、史実のエセックス級やインディペンデンス級の建造が、半年くらい早まった前提で記述しておこう。
次に、米軍の海軍の戦闘機や爆撃機、続いて陸軍の戦闘機や爆撃機の動向の質問が続いた。ジェット機に関する質問もあった。
自分と同じような未来の知識を有する人物がアメリカ海軍にも存在している。そのおかげで、米国の航空機開発も間違いなく早まっている。ムスタングを艦載機としたことがその証拠だ。知識として、パッカードマーリンを搭載したP-51ムスタングの開発ストーリーをあらかじめ知っていれば、優先して開発することにより、この時期に空母に搭載可能なムスタングを登場させることは不可能ではないだろう。F4Uの早期登場も同じ理由で説明できる。F4Uが開発当初にもたついた理由を知っていれば、さっさと問題を解決して短期開発が可能なはずだ。
それを前提とすると、もっと高性能の機体の登場が考えられる。知識として知っている成功した機体を優先して、失敗した機体は切り捨てていけばいいわけだ。F8FベアキャットやA-1スカイレーダーが直ぐにも登場しておかしくない。当然ジェット戦闘機の開発にも着手しているだろう。FHファントムやグラマンのF9Fクーガーがいきなり次の作戦で登場してくる可能性もある。海兵隊がP-80シューティングスターを採用してもおかしくない。
一方、予想される今後の作戦については、既に知っている歴史とは大きく異なる展開となっているので、はっきりと答えられない。豊富な物量を背景にして、やがてアメリカが反攻に転じる時期がやってくるに違いない。しかし、その時期ははっきりしない。史実のように太平洋の島嶼からの侵攻により、日本本土を目指すルートをとるのだろうか。将来の可能性として米軍の実行した蛙飛び作戦についても、可能性の一つとして記述することにした。
戦いが長引けば、原爆がどこかで使用される可能性も出てくるはずだ。米国内で兵器としての開発がどれだけ進展しているかわからないが、海戦でこれだけ負けていれば、逆転のために開発を加速していてもおかしくない。史実でも相当な資源を投入して大規模な研究開発をしていたはずだから、大幅な前倒しは不可能にしても、実戦使用が数カ月や半年くらい前倒しされる可能性は否定できないだろう。
更に、いくつかの技術の動向に関連して、レーダーへの対策や潜水艦の音波探知についての質問も含まれていた。これはミッドウェーでさんざんやった電波戦の延長だ。これからも全力で進める必要がある。重要性を強調しておこう。更に、少し考えて、レーダーをかく乱するウィンドウのことや、日本海軍の潜水艦が騒音をまき散らして直ぐに見つかる話などを記述した。潜水艦の騒音は新型の音響探知機の開発以来、随分改善されているが、せめてUボートと同じ程度に静音化する必要がある。
次に欧州の戦いの状況に関する質問もあった。太平洋の戦いほどには、歴史と違っていない。この頃には、スターリングラードの戦いは苛烈な状況となり、膠着していた。史実通りならば、包囲されてもヒトラーは第6軍の退却を許さず、昭和18年の1月には降伏するはずだが、この世界ではインド洋からソ連南方軍への支援物資が滞っている影響で、東部戦線のドイツ軍はもう少し有利に戦っていた。恐らく、マンシュタインの救援作戦は成功して、パウルスとがっちり手を握ることができるだろう。北アフリカでも、ロンメルはまだ健在だった。エル・アラメインでモントゴメリーは反撃したがロンメルは負けずに踏ん張っている。連合軍によるモロッコやアルジェリアへの上陸作戦もまだ実行される気配がない。明らかに太平洋やインド洋での日本の戦いの効果によりドイツに対する圧力が減っている。
知っていることは書いておくが、恐らくそのようになる可能性は低いだろう。東部戦線でのソ連の反攻やノルマンディーについても、時期も未定で不確かな出来事となるだろう。
……
昭和17年末になると、軍令部第一部の部長に就任していた福留少将が会いにきた。連合艦隊司令部にいた人物なので私も知っている人物だ。
「君があの鈴木少佐か。連合艦隊司令部にいた時からいろいろ君の活躍については聞いていたよ。2,000馬力エンジンやジェットエンジン、電探に空母のカタパルトまで、とにかく君が中心になって開発したものは枚挙にいとまがないからね。小川少将との話については極秘の報告書を読ませてもらった。私もそのことは知っている前提で話してもらっていいよ」
少将の言いたいことにある程度あたりがついたので、あえてぶっきらぼうに答えた。
「それで、第一部として何か依頼があるのですか?」
「来年になって我々はハワイへの侵攻作戦の実施を考えている。大変重要な戦いになる。いわゆる乾坤一擲の作戦というやつだ。それで、ミッドウェーに続いて君も同行を願いたいと思って依頼に来たわけだ。これは連合艦隊の山口長官からの依頼でもある」
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