11.2章 空中給油
草鹿中将と加来少将、参謀たちの訪問ではターボプロップエンジンの開発状況を確認したが、打ち合わせに続いて、開発途中の試験機の見学になった。
ジェット戦闘機の震電と紫電改は増加試験機も完成して試験が進捗しており、試験飛行を見ることができた。まず、矢じりのような形状の機体が基地上空を高速でフライパスしてゆく。低空でも軽く時速800kmを超える震電の試験飛行の速度に全員が度肝を抜かれた。震電が二度目に上空通過した時には、上昇性能を見せつけるために目の前で急激に引き起こして、90度近い角度で空に向かってぐんぐん登っていった。
次に後退翼の紫電改が高速で基地上空を水平に360度旋回する。紫電改は震電に速度がわずかに劣るが、主翼が大きいこともあって旋回性能が優れている。その差がわかるような飛行となった。
最後に、草鹿中将と加来少将も見たことのないジェットエンジンの機体が飛行してくる。ただしこの機体は胴体下に大型の爆弾倉を装備しているように見える。しかも風防を見ると艦爆のように複座になっている。
「あれはなんだ。初めて見る機体だぞ。爆撃機のようだな」
「十六試艦攻と言います。艦爆と艦攻の統合機になります。彗星の後継機の位置づけですね。430ノット(796km/h)くらいの速度で敵の防空網を突破します」
地上展示では、艦載機として開発が進んでいる紫電改は、上方に翼を折りたたんで展示していた。十六試艦攻も艦載機であることを強調するように、翼をたたんで駐機してあった。
加来少将がさっそく要求する。
「一航艦としては、一刻も早くジェット機の空母への配備を進めたい。先ほど見た紫電改と十六試艦攻をまずは搭載する。ジェット機の艦戦と艦攻でほぼ無敵の航空隊ができるぞ。最近の戦いで、敵の防空戦闘機を排除しても対空砲火でやられる事例が増えている。ジェット機の高速を生かせば、その被害もかなり減らすことができるだろう。」
続いて、連山が飛行してきた。後方から銀河が接近してゆく。銀河の機首の下側からはパイプのようなものが前方に2mほど伸びている。
ある程度銀河が接近したところで、連山の胴体後方の下面から、ホース状の何かが伸びてきた。ホースの先端に円錐型に広がったラッパのような形状の部品がついている。そのラッパが空気を受けているおかげで、ホースが下に垂れ下がることなく、後方に伸びてゆく。
銀河は、連山の後方から接近すると、鼻先のパイプをラッパ状機器の中央部に突っ込んだ。よく見ると、連山の尾部は機銃を取り払って、見晴らしの良い風防がついている。その中の搭乗員が銀河に向かって合図をしているようだ。連山の尾部で緑や黄色、赤色に変わる発光灯がチカチカと瞬いている。
「いったいなんだ、あれは。2機がつながっているぞ。危ないんじゃないか?」
ざわざわとなってきたので、私から説明することにした。
「あれは空中給油ですよ。前方を飛行している連山からホースを通って、後方の銀河に燃料を送っているのです。連山の胴体内に燃料タンクを増設して燃料ポンプと電動リールに巻いたホースを取り付けています。そこから、ワイヤで補強したホースを伸ばして燃料を銀河に圧送しています。もちろん銀河がパイプの先端を押し込めば、ホースの先とうまく勘合できるようになっています。勘合しない限り燃料が外に漏れないように閉鎖する弁の仕組みも中に入っていますよ。1年ほど実験を繰り返して、飛行試験ができるところまで来ました」
私にとっては、未来の知識として知っているプローブ&ドローグ方式として実用化された技術を1940年代の技術で再現したことになる。完成した最終形を知っていれば、極端に高度な技術を要するシステムではないので、ある程度時間をかければ完成することができた。もちろん細部までの知識はないので、外見から真似をするところから入って、それ以外は燃料ポンプや空気力学、各種部材の専門家の知識を借りて、試作した。実験は、空技廠の飛行機部が中心となって、繰り返し試験をして開発してきた。
連山が1周回って再び飛行してくると、今度は後方から彗星が飛行してきた。先ほどの銀河と似たパイプが、右翼のやや外翼よりのところから前方に伸びている。プロペラで連山から伸びたホースを切断しないように注意深く接近して、ラッパにパイプを突っ込んだ。しばらく、一緒に飛行した後に前後に分かれて飛行してゆく。
加来少将は空中給油の価値に気がついて、さかんに感心している。
「双発機だけじゃなくて、単発機でも給油することができるのだな。つまり、あのパイプさえ追加すれば、ほとんど全ての機体で給油ができることになる。空中で燃料の補給ができるとすると、給油する親機と子機を一緒に飛行させてゆけば、給油を受けた子機の方はかなり遠くまで飛んでいけるぞ。一度燃料を補給すれば、爆撃機でも、戦闘機でも航続距離をかなり伸ばすことができる。これは今まで不可能だった作戦を可能にする技術だ。敵の想定外の地点を航空機により攻撃できる技術だ」
「そうです。給油するための母機を準備する必要がありますが、無着陸で戦闘機や爆撃機を遠距離飛行させて、前線から離れた目標を攻撃することも不可能ではありません」
横にやって来た草鹿中将が質問する。
「例えば、空母の搭載機同士でも利用が可能なのかね?」
「親機にするためは、爆撃機のようにある程度機内容積に余裕があって、重量物を積載できる機体が必要ですね。増槽のようなタンクに給油装置一式を収めて、翼下に吊り下げてその下からホースを伸ばすやり方もありますが、今はまだそこまで小型化できていません。子機の方もパイプの取り付けが必要になりますが、それほど手間はかからないでしょう。もちろん給油するには、搭乗員の訓練が必要になります。見ての通り衝突の危険性のある飛行なので、充分な訓練が必要です」
みんな、作戦の範囲を大きく広げられる技術だと言ってさかんに感心している。
草鹿中将が人払いを要求したので、限られた人数だけが会議室に戻ってきた。
出席者を確認するためにゆっくりと周りを見まわしてから、草鹿中将は話し始めた。
「次の作戦はハワイ侵攻となる方向だ。既に軍令部では山本総長の命令で、具体的な作戦計画の検討が始まっている。間違いなく、連合艦隊の総力を挙げての作戦になるだろう。今日見せてもらった素晴らしい技術と新型機は、ぜひとも次の戦いには間に合わせてもらいたい」
……
海軍内のルートで、空中給油実験が成功しつつあるという情報が軍令部にも伝えられていた。
「ターボプロップエンジンの目途がやっとついたと思っていたら、今度は空中給油だ。空技廠には、とんでもないことを考える男がいるのだな。実はその男には、私も会ったことがある。確かエンジン開発をしている鈴木と言ったな」
山本総長から話をふられて福留部長が答える。
「彼は、もともとエンジンの技術者です。2,000馬力級エンジンの開発を成功させて、次はジェットエンジン開発でも中心人物でした。それに加えて、電探や噴進弾といった畑違いのものにも口出しして結果を出しています。おまけにミッドウェー海戦では、赤城に乗っていって、参謀も顔負けの働きをしたとのことです」
「ふむ、一度、頭の中を覗いてみたいくらいだな。空中給油をうまく使えば、我が軍の航空機の活動範囲は飛躍的に拡大する。今まで、候補にならなかったところも攻撃ができる可能性があるぞ」
「ええ、我が軍がハワイの基地を占領することができれば、この技術を利用して、米本土すら攻撃の範囲に含まれてきます。あるいは、ドイツへの連絡飛行もかなりやりやすくなります。我々が考える作戦にも大いに影響があるでしょう」
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