10.2章 空母改装

 軍令部は、ドーリットル隊の本土空襲後に鹵獲してきたホーネットの損傷状況を直ちに確認した。艦政本部の造船士官が破壊状況を確認した結果、艦の機関と破壊された後半部の船体、それに上部甲板を修理すればおおむね空母として使用可能であると判明した。1隻でも多く空母の実戦化を願う海軍は、さっそく横須賀で修理と改修を開始した。


 横須賀のドッグからは、ちょうど大型船が引き出されようとしていた。鹵獲後に修理を行っていたホーネットが、船体の修理と機関の搭載が終わって引き出されてきたのだ。被害を受けた後部の格納庫とその上の飛行甲板は、まだ搭載されていない。そのため、艦の後半部は、格納庫の床を構成する強度甲板がむき出しになっていた。それでも空母の船体としては修理も終わり、新しい機関も搭載されたので、ドッグを明け渡すことになったのだ。


 横須賀ドッグの上空を1機のジェット戦闘機が独特の高音のエンジン音を響かせて、次第に高度を下げてきた。スマートに整形された胴体に、わずかに後退角を持たせた主翼とそれとよく似た形の水平尾翼がついている。主翼付け根のジェットエンジンへの空気取り入れ口を除いて、突起物のない機体はいかにも高速機を思わせる外形だ。


 フラップを下げて脚を降ろすと、飛行試験を終えた紫電改は、横須賀の追浜飛行場に着陸した。駐機場に止めた試験機から降りたのは、このジェット戦闘機が初飛行した時からもっぱら試験を担当している下川大尉だった。試験結果の報告をした後、食堂に行くと一足早く食事をしていた小福田大尉を見つけた。


 下川大尉がやってくるのを見て小福田大尉が声をかけた。

「今日はずいぶん早く試験飛行が終わったのだな。最近のN1K2の調子はどうだい?」


「ああ、前のN1K1に比べて性能はかなり改善している。橘花改に比べて、単発の機体は軽快に機動できるから、やっぱり戦闘機向けだな。それにTJ-30は、ネ20系列のエンジンと違って、スロットル操作に対して、回転が上がってくるのが速いから加速がいい。これから艦上機の試験も始まるんだが、この機体は間違いなく烈風の後継機になってくれると思うよ」


「艦上機といえば、俺たちが鹵獲してきたあの空母が、ドッグから出てきたそうだよ。短期間だったが、ずいぶん修理が進んだようだな」


「ちょうど飛行場に降りてくるときに、上空から空母が見えていた。艦の後ろの方の格納庫なんかはまだ未搭載だったが、あとは船体の上にドンガラをどんどん乗せてゆけば修理も終わりという感じだったな」


 背後から声が聞こえた。

「早く工事が進んだのは、駆逐艦2隻分の機関をそっくり流用したからです。装甲板なんかも、今まで海軍で多用していたありもので間に合わせたり、場所によっては省略したりしたそうです。とにかく早く修理を終わらせよとの命令が出ていたとのことです」


 声の方を向くと、ジェット戦闘機の試験状況を確認しに飛行場にやってきた三木大尉が隣に座ってきた。

「多少の性能低下には目をつぶって、修理の時間を優先したとのことです。特型駆逐艦の機関が2基では出力が減っていますが、装甲板の省略なんかで重量も軽減されたので、速度はもともとのホーネットの33ノットからそれ程は低下しないようです。格納庫も日本の空母と違って、米国はもともと1段格納庫なんですが、それも変更しないと決めて割り切った改修をしています。艦の前半部で損傷が少ない部分はそのままで、カタパルトなんかもほとんど変えずに使うんですよ。エレベータの修理も手間がかかるので、損傷の激しい後部エレベータは完全に閉鎖して、2基のエレベータになりました。まあその方が格納庫の床面積も増やせるんでありがたいのでしょう」


「さっき上空から見た様子では、飛行甲板は斜め甲板になっていた。それと煙突が隼鷹みたいな斜め煙突になっていたな。我々、飛行機乗りにとっては両方とも着艦がやりやすくなって、ありがたい変更だ」


 小福田大尉が横から三木大尉に質問する。

「それで、搭載機はどれくらいになりそうなんですかね? やっぱり空母なのだからどれくらいまで搭載できるのかは気になりますよね」


「1段で天井が高い格納庫となっています。日本機の場合は高さよりも床面積が欲しいので、搭載機は65機程度に減少するようです。但し、米軍の方式を見習って、格納庫の天井から予備機を吊り下げる方法を試すことになっています。それがうまく行けば、十数機は増えることになると聞いています」


「そうなれば、搭載機についても速度からも翔鶴級が1隻増えたようなものだな。是非ともそれが早く実現することを願いたいものだ」


 ……


 昭和17年6月になって、アッズ環礁に高雄と足柄、雲鷹を中心とする第二次遣印艦隊が到着した。艦隊と言っても、実際は、はるばる日本からやってきた輸送船の護衛任務だ。


 連合軍の潜水艦や輸送船を掃討しながら、シンガポールから航海してきたが、インド洋の東側の海域ではセイロン島に近づかない限り、発見する潜水艦の数も減って、実際に戦うことはめっきりなくなっていた。


 南洋の波穏やかなアッズ環礁に到着して錨を降ろした足柄の艦橋では、高橋艦隊司令と艦長の一宮大佐が環礁の中を眺めていた。

「あの潜水艦、我が軍の伊号とはセイルの型が少し違いますね。外国からの船ですか?」


「ああ、あれはドイツのUボートだな。ついでに言うとその隣の輸送船も恐らくドイツの仮装巡洋艦だと思うぞ」


 インド洋は、日本艦隊が英海軍の艦船を駆逐してから、ドイツ海軍にとっても安全な海になりつつあった。紅海やインド大陸、セイロン島に不用意に近づかない限り、英艦艇と鉢合わせするようなことはあまりない。環礁には、大西洋を南下してインド洋まで足を伸ばしてきたUボートや仮装巡洋艦が停泊していた。日本海軍はドイツとの取り決めに従い、自軍の艦艇と同様に喜望峰を越えてやってきたこれらの枢軸軍艦艇にも、燃料や食料の補給を行っていた。


 彼らは、ここまでくれば、燃料や食料の補給だけでなく、乗員を上陸させて休ませることもできる。もちろん遊ぶところはないが、揺れることのない大地の上のベッドと食堂がそこにはあった。しかも、日本人の風習に合わせて浴場まで作られていた。


「開戦してからわずかの期間でこんな島まで占領して、艦隊の停泊が可能になるとは、ずいぶん我が国の占領範囲も広がったものだ」


「ええ、ほんの少し前まではここは敵基地だったのですから。それが今や同盟軍の補給基地になっています」


 ドイツからやってきた仮装巡洋艦には、アッズ環礁の上陸作戦で活躍した3隻の大発が横付けして、さかんに荷物を降ろしていた。


「どうやら、補給をしてもらうだけでなく、我が国への贈り物をさっそく荷降ろししているようだな」


「ドイツの電子装置や梱包された航空機、車両、機関銃や大砲など、ここまで彼らが運んできた貴重品は全部、私たちが護衛してきた輸送船に載せて日本に持ち帰りますよ。逆に彼らは、南方からのゴムや蘭印で産出したニッケルやクロム鉱石などのドイツが喉から手が出るほど欲しい資源を持ち帰ります。今回の航海では、資源だけじゃなくて、酸素魚雷やジェット戦闘機も運んできていますから、それも渡します」


「まあ、南方でとれた資源を一部分だけシンガポールに集めてから、たいして加工もしないで横流しするようなものだからな。我が国にとっては効率の良い取引になっているから、少しくらいはおまけをつけても、損得勘定は成り立つということだな」


 3日後になって、高橋中将たちが待っていた2隻の大型艦が入港してきた。ドイツとの間で南方の資源との交換条件で、引き渡し交渉が成立した空母グラーフツェッペリンと大型客船オイローパだ。特にオイローパは、塗装だけはドイツ海軍の3色の迷彩に変えているが、豪華客船の外見は全くこの場には不釣り合いだ。


 遣印艦隊は、空母と客船に乗り組んで航海してゆく要員もアッズ環礁に運んできていた。これから日本本土に向けて、彼らが2隻の大型艦を回航してゆくのだ。


 高橋中将が回航部隊の指揮官の高尾大佐に話しかける。

「やっと来てくれたぞ。しかも、損傷は何もないとのことだ。あんな大型の船が、2隻もよくぞ攻撃も受けないで喜望峰を無事に回って来たものだ」


「危険海域では、27ノット以上の速度で潜水艦をかわしてきたようですね。我が軍に大型艦を次々に沈められて、南大西洋では英軍と米軍の活動が下火になっている効果もあるかもしれません。それにしても、大型艦を2隻一緒に引き渡してくれるなんて、ドイツも随分気前がいいですね」


「彼らにとっては、もはや活用すべき場所がないということだ。潜水艦作戦を中心にすると決めたドイツ海軍にとっては、お荷物になったということなのだろう。厄介払いができて、必要な資源が手に入るならば、一石二鳥と考えているかもしれないぞ」


 グラーフツェッペリンは機関の搭載を完了して、艦艇としてはほぼ完成していたが、飛行甲板や発着艦のための装備などの格納庫の天井より上の部分は艤装が中途半端な状態で中断していた。予定していた対空砲も未搭載で、煙突はついているが、艦橋構造物は未完成だった。そのため、仮設艦橋を右舷に設置して、ここまで航海してきていた。


 一方客船のオイローパは、全長が283mでグラーフツェッペリンよりも更に一回り巨大な客船だった。しかも強力な機関で巨大な船体を27ノット超の速度で走らせることができる。日本海軍はこの巨体と速度を活用して大型空母に改修するつもりだった。


 ドイツから乗り組んできた艦長との挨拶もそこそこに、回航要員が空母と客船に乗り組んでゆく。


 高橋中将が乗組員を前にして回航を命令した。

「我々は、1日後にこの環礁を後にして、シンガポールを目指す。その後はグラーフツェッペリンとオイローパは日本本土に直行だ。シンガポールでは別の護衛艦隊が待っているはずだ。一刻も早くこの船を無事に日本に届けてくれ。ここに来るまでにドイツから渡された資料はみんな見ているな。慣れない艦で、操艦も大変だと思うが、扱いは慎重にやってくれ」


 グラーフツェッペリンもオイローパも斜め飛行甲板に改修することになっていた。飛行甲板にはカタパルトや着艦制動装置など、日本製の空母の装備が追加されるはずだ。航空機の艤装に関しては、ほぼ隼鷹級に準じた改装が行われることになっていた。高速を出せる大型空母は、日本海軍にとって宝石以上に貴重な存在だった。


 ……


 ミッドウェーの戦いから戻って一休みしていると、一航艦主席参謀の大石中佐が草鹿少将のところにやって来た。艦政本部から、今後配備予定の空母について工事の進捗の報告があったので、説明にやってきたのだ。


「新規空母に関して、いつになったら艦隊に配備可能かを問い合わせたところ艦政本部から回答が来ました。千代田と千歳は、珊瑚海の戦いの直後の決定に従って、改修のために以降の作戦への参加を中止しました。千代田は横須賀と千歳は佐世保に回航して空母への改修に着手しました。進捗に問題はないようで、両艦ともに残り5カ月もあれば空母として竣工できそうだとのことです」


「小型の空母だが、船団護衛だけでなく、いくつかの作戦でも活用することができる。それが次々に増えるのは期待して良いな」


 大石中佐が報告書のページをめくってみる。

「改修中の大鯨については機関の変更により当初の計画よりも時間がかかっていますが、不調だったディーゼルから蒸気タービンへの載せ替えは済んでいます。今年末までには完了するとのことです。更に、鹵獲したホーネットですが、機関の搭載も終わって、船体の主要部も修理したので、ドッグから引き出したとのことです。大きな峠は越えたようですね」


「ホーネットは30ノット超えの正規空母として、飛行甲板も大きいので翔鶴型に準ずる空母として機動部隊配備となる。ぜひ次の作戦には参加させたい。ジェット機運用は可能になるのだろうな?」


「ええ、航空機関係の装備は隼鷹級の運用実績に基づいて、ほぼ同様の装備とありますから、ジェット機運用も可能ですね。そもそも飛行甲板が、240m以上ありますから、加賀に次ぐ大きさになりますね」


 更に次のページを見てみる。

「ドイツからの空母と大型客船は、無事にインド洋で日本側に引き渡されました。現在のところ本土に向かっています。正式には日本で造船官が確認してからになりますが、2隻ともに機関と船体の状態は悪くないそうです。空母の形まで工事が進んでいるグラーフツェッペリンの方が早く竣工しそうですね。一方、客船の方は空母として完成すれば、280m級の飛行甲板で我が国最大ということになりそうです」


「うむ、この2艦も速度と船体の大きさから、機動部隊を構成する大型空母の扱いとして、配備することになるな」


「昨年、起工された第4次充実計画の大型空母の工事も進捗していますね。マル四計画の空母です。英国空母のように飛行甲板を装甲した重防御艦となります。竣工は昭和19年3初旬の見込みです」


 草鹿少将が開いたページには大型空母の状況が記述してあった。

「これは、中途半端な工事状態になっていた大和級3番艦だな。空母への改修が決まってから、どのような空母とするのか、いろいろ議論があったとのことだが、山本長官の一声で、工期を最優先することになった。飛行甲板への装甲も軽度として、早期に竣工することを目標にすると書いてあるぞ」


「次に、改飛龍級として、戦時急増計画で追加の空母建造が決まったようですよ。今年中旬に2艦を起工する予定になっていますが、これも竣工は2年後ですね」


 草鹿少将もそのことを記述しているページを読んでいた。

「2年も先の空母については、まだ我々が気にすることじゃないな。それよりも私にとって重要なのは、半年後にどれだけの空母が戦力に加わるかだ。鈴木大尉も言っていたが、これから米軍はどんどん空母を完成させてくるぞ。そうなれば間違いなく、大海戦が生起することになる。そのための準備が重要だ」


 草鹿少将が大石中佐の顔を見た。

「山口長官に半年後の空母配備案について進言するぞ。もう少し詳しく搭載機数や性能について教えてくれ」


 二人の検討は深夜まで続いた。

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