10章 新たな戦いに向けて

10.1章 アメリカ海軍の状況

 合衆国海軍作戦部長のキング大将は頭を抱えていた。今まで、ニミッツ長官をかばってきたが、さすがにミッドウェーでの負けも重なって、これ以上は無理になった。


 太平洋艦隊の戦艦や空母の大きな損害は、もちろんニミッツだけの責任ではない。真珠湾での損害は就任前の出来事だった。また、ドーリットル空襲での空母の損失もルーズベルトの要求が遠因だ。


 しかし、それを考慮しても日本本土空襲や珊瑚海、ミッドウェーの戦いでの責任は免れない。当たり前だが、ルーズベルト大統領や海軍長官のフランク・ノックスはニミッツ以外のもっと勝てそうな男を探して来いと圧力をかけてくるようになった。


 このままでは自分の地位も危ない。キング大将はルーズベルト大統領とノックス長官が、生贄を欲していることをよくわかっていた。彼らは、日本に負け続けている原因を国民に対して説明する必要に迫られている。この男が原因だったのですと示すことができれば、これほどわかりやすいことはない。


 加えて、後任にバトンタッチさせることが必要だということは、キング自身も考えており、それに反対するつもりもない。自分で引っ張ってきて、切り捨てるようで申し訳ないが、ニミッツには勝てない男という烙印を背負ってもらうことにする。さて、そうすると後任として自分が推薦できる人物を探さなければならない。もちろん、自分に従う人物でなければならない。やがて考えをまとめて決断した。彼がパラパラとめくったページにはマケイン海軍少将の名前が書かれていた。


 マケイン少将は中将を通り越して、大将に昇格して太平洋艦隊司令長官に就任した。新たな長官に代わっても、今の米艦隊としては、それほど変わるところはない。被害が大きいおかげで、たいしたことはできないからだ。マケイン提督も日本に対する作戦において前任者と大きく変わることはなかった。しかし、オセアニア方面への対応は、大きくニミッツ大将と違う考え方をしていた。すなわち米豪間の連携に対する戦力投入については、米海軍の状況を考えるとそれを縮小すべきと判断をしたのだ。それによるオーストラリアやニュージーランドの連合国からの離反の可能性については、政治家が解決することだと割り切っていた。最も典型的な例が、日本軍が食指を動かそうとしていたフィジー・サモア方面の防衛に関して、兵力の増強を渋ったことだ。


 その方面で日本軍が攻勢に出るならば、損害が拡大する前に基地を引き払えばよいと考えていた。端的に言えば今の米海軍にそんな余裕はないということだ。


 米海軍が新たに建造中の空母や戦艦により、戦力を強化するまでの間は、太平洋では積極的攻勢を行わず守りに徹するという方針を決めた。マケイン長官にとっては、このような状況に至ったのは、ニミッツの責任であり、米海軍の戦力が充実するまではこれ以上の戦力の消耗を抑えるということが、自分の最初の任務だと考えていた。


 事実上子飼いともいえるマケイン大将を大統領と海軍長官に認めさせて、キング大将は一息ついていた。敵の多いキングにとって、逆らうことはまず考えられないマケイン大将はこれからも味方になってくれるだろう。


 しかし、想定外のところからキングにも弾が飛んできた。チャーチルは、次々に大西洋から太平洋に空母や戦艦を移動させて、挙句の果てに日本軍に大敗したキング大将の采配に大きな不満を持っていた。


 その結果、大西洋での作戦にも支障が出ているのだ。英海軍もインド洋では負けているため、今まで我慢してきたが、ついに限界を超えた。ルーズベルトにやんわりとキングの更迭を要求してきた。ルーズベルトも米海軍が太平洋で負け続けていることは事実なので、チャーチルの要求に反論できない。チャーチルもまた生贄を欲していたのだ。しかもルーズベルト自身もヨークタウンが撃沈され、ホーネットが日本軍に捕獲された件では、責任の一因が自分にあると感じており、強く反対ができない。


 最終的にノックス長官から少し休んだらどうかとの連絡があり、キングも合衆国艦隊司令長官から退くことになった。後任には、アジア艦隊司令官だったハート大将が任命された。


 ハート長官は、戦う軍人というよりも全体のバランスで判断する政治家のような軍人だった。大西洋と太平洋の海軍兵力についても、バランスを重視して判断した。日本軍に対しては建造中の空母や戦艦が完成して戦力が回復するまでは、しばらく大型艦による海軍の作戦を自重するとのマケイン長官の方針を承認した。


 ……


 ミッドウェーの戦いの報告が太平洋艦隊司令部で行われた。戦闘報告は航空局でも見ることができる。タワーズ少将は報告書を静かに読んでいた。


 これでは、絵にかいたような惨敗だ。それにしてもスプルーアンスは、右往左往することになって、本当に不運だった。これじゃあ誰かに操られたと言っても過言じゃない。

「誰かに操られだと?」


 突然、ある考えがひらめいた。大急ぎで、副官のウィルキンソン中佐を呼び出す。

「書類をすぐに作成してくれ。宛先は、艦隊司令長官にしよう。タイトルは、『日本に対する暗号解読』の件だ。今から、私が口述するから文書にまとめてくれ」


 日本軍が繰り出す新兵器や戦い方を見ると、日本にも自分と同様に未来の知識を有する人物がいるのは間違いない。そうであるならば、その人物は合衆国が日本の暗号を解読して作戦に利用していることも、未来の知識として知っている可能性が大きい。それを逆手にとって、偽情報を我々に与えることにより、スプルーアンスの艦隊を手玉に取ったのだ。冷静に考えれば、インド洋でも珊瑚海でも、日本海軍が有利になるように情報が操作されていたと思える。全てが一つにつながった。


 ……


 しばらくして、新たに合衆国艦隊司令長官となったハート大将は、タワーズ少将を呼び出した。


 ハート大将は、タワーズの正面に座るとにこやかに話しだした。キングとタワーズの間の確執を知っていて、自分はあえてタワーズ少将とは敵対しないことを表情でアピールしている。


「君の書類を読ませてもらった。なるほど、我が国が日本の暗号を解読していることが、日本にも知られていると考えると、今までの戦闘の状況とつじつまが合いそうだ。私も君の見解には賛成するよ」


「我が国の暗号解読を知ったきっかけは、はっきりしませんが、諜報活動の可能性があります。日本には、我が国の秘密を探り出す優秀な諜報員がいるに違いありません。今後の対応についてですが、しばらく騙されたふりを続けることがよいと思います。大きな作戦の場合には、逆に日本の偽情報を生かすことができます」


 ハート大将は同意を示すように首を縦に振った。

「しばらくは、君の意見に従おう。大きな作戦時に、日本が偽の情報を暗号で打ってきたとすれば、彼らはそれとは逆の行動をするはずだ。敵の作戦行動が予測できれば、我が軍の戦闘はかなり有利になるだろうな」


 それから、手を組んでいた姿勢を変えて、話題が変わったことを示す。

「もう一つ君に聞きたいことがある。日本の新型機への対応手段だ。特に、太平洋での戦いでは、日本軍のジェット戦闘機が登場して、我が軍の戦闘機も爆撃機もいいカモになっている。時速500マイル(804km/h)を超えるジェット戦闘機に我が軍はどうしたら対応できるのか? これは大きな問題だ」


「我が軍もジェット戦闘機は、完成一歩手前まで来ています。英国の手も借りてエンジンはほぼ出来上がっています。まもなく国内のウェスティングハウス社とアリソン社の工場での生産が開始される見込みになっています。最も早く実用化できそうなのが、マクダネル社が開発しているFH-1ファントムという艦上戦闘機です。また、ロッキード社が驚異的な短期間で設計したFO-1シューティングスターという機体も初飛行が間近になっています。こちらはまず陸上機型を開発していますが、まもなく艦上機型の開発に着手する予定になっています。ジェット戦闘機だけではまだ不確定なところもあるので、グラマンがF8Fベアキャットという戦闘機を開発中です。空冷のレシプロエンジンですが、時速430マイル(692km/h)程度の速度を見込んでいます」


 説明しながら、タワーズ少将はあらかじめ準備していた何枚かの写真を取り出して、ハート大将の前に置いた。

「これが、FH-1ファントムの試作機です。そしてこちらが組み立て中のFO-1シューティングスターです」


 ハート大将は写真を手に取ると、しばらくの間、じっと見つめていた。

「うむ、よかろう。なかなか性能のよさそうな外見だ。納得したよ。これらの機体が一刻でも早く我が軍に配備されるように手配してくれ。次期戦闘機の件で、私に要求があるなら何でも言ってくれ。開発を加速するためならば、最大限の努力をすると約束しよう」


 ハート大将は手元のメモに視線を落とした。どうやら、彼が気になっていたことをあらかじめメモしていたらしい。

「次は爆撃機の状況を聞きたい。現状のSBDドーントレスは、明らかに時代遅れになっている。開発中のSB2Cヘルダイバーは安定性が不良で評判が悪いと聞いているぞ。もっと高性能の爆撃機が我が軍には必要だ」


「ダグラスが開発しているBT2Dスカイレーダーという機体は、新しいコンセプトに基づいて開発した最初の機体です。任務により急降下爆撃も雷撃も一つの機体でこなすことができます。基本は単座型ですが、偵察など任務によっては複座の必要があるので、平行して複座型も開発しています。何よりもこの機体は搭載量が非常に大きいのです。胴体内の爆弾倉を廃止して全ての兵装を胴体や主翼の下に搭載しますが、5000ポンド(2,268kg)以上は搭載できる見込みです」


「5,000ポンドとは並外れた搭載量だな。君の計画はよくわかった。新型機については、状況をまたレポートを提出してくれ。我々が、今の機体でヤマモトの部隊と戦っても今までと結果は変わらないだろう。私は、空母上の機体が、半数以上は新型機に変わらない限り、日本海軍と正面からやり合うような作戦は許可しないつもりだ」


「もちろん新型機の報告書はしっかりと作成しますよ。現状のコルセアやムスタングも性能を向上させた改良型に置き換わってゆく予定です。それも合わせて報告します。話は変わりますが、空母の建造はどういう状況なのですか? 新型機にはそれを乗せる船が必要です」


 ハート大将は机の引き出しからメモを取り出した。

「まずは、エセックス級とインディペンデンス級に資材と作業員を優先的に割り当てて、建造を急がせている。全て、アングルドデッキを採用した形態だ。そのあおりで、アイオワ級の戦艦や重巡洋艦の建造に遅れが出ているが、それは、やむを得ないだろう」


 差し出したメモには、「レキシントンⅡ」、「ヨークタウンⅡ」、「エンタープライズⅡ」の名前が記されていた。さらにその下に「インディペンデンス」、「プリンストン」、「ベロー・ウッド」、「カウペンス」とある。


「これらの空母は大型艦と小型艦の2種類だが、どれも30ノット以上の速度で機動部隊を編制できる。恐らく数カ月以内には戦力化できるだろう。このリストの空母全体で搭載機は500機になる。現状の分析では、ミッドウェーで戦った日本海軍の艦載機は、全体で400機程度だったと我々は想定している。このリストの空母だけで、それを上回ることが可能になるわけだ。しかもこれとは別に輸送船の護衛をするための小型空母を建造中だ。1年もあれば数十隻が完成するだろう。恐らく、作った空母の半分は英国に引き渡すことになるが、我が軍でも20隻は使えるはずだ」


「なるほど、新型艦がどんどんできてくるわけですね。空母や戦艦への電波妨害はどうするのですか? 私も、近接信管の開発については、関係していて心苦しいのですが、電波の戦いに関しては、我が軍は完全に後手になっています。いつもやられっぱなしの状況です。日本軍の小型空母を沈めた誘導爆弾については、改良型を開発中ですが、レーダーなどの対策はどうなっているのですか?」


「長距離警戒レーダーと対空射撃管制レーダーは新型に置き換えてゆく。周波数を切り替えられるので、簡単には妨害できないだろう。少なくとも航空機に搭載できるような機器で、妨害されるようなことはなくなるはずだ。近接信管についても簡単に妨害されないように、複数の周波数を使用できるように変えてゆく。既に新しい信管の実験は開始しているよ」


 今度はハート大将が話題を持ち出した。

「ああ、もう一つ。君が横やりを入れていた陸軍のB-29が初飛行したとのことだ。君の助言のおかげで、R-3350のいくつかの部品はマグネシウム合金からアルミやスチール合金に置き換えられたと聞いている。加えてシリンダの冷却フィンもライト社で実験していた新型を前倒しにより採用したおかげで、エンジンが過熱するという問題も少しずつ解決に向かっているようだ。まだこのエンジンには他のトラブルが残っているようだが、少なくとも火災の可能性は大幅に減少したようだ」


「R-3350は、ダグラスが開発中の次期艦上爆撃機でも使うことになっています。我が海軍も無縁ではありませんので、私自身もこのエンジンの開発については、これからも口出ししていくつもりです」


 B-29が早期に実現できれば、海軍の作戦もそれに合わせていろいろ工夫ができるかもしれない。少なくとも、太平洋の島からでも攻撃可能な足の長い高性能な爆撃機があれば、戦い方の選択肢が増えるはずだ。タワーズ少将は思わずニヤリとした。

「今日は有益な会話ができた。君とはしばしば意見交換したものだな。また会おう」


 タワーズ少将と新任のハート大将の会談は友好的に終わった。

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