9.4章 赤外線誘導弾
昭和16年末になって、太平洋の戦いが始まると、兵器部が開発したロケット推進による噴進弾は、実戦でも期待に応えて、空技廠の兵器部は大いに株を上げていた。続いて開発している推進式4号爆弾についても、実験結果は良好で実戦への投入もまもなく可能となる。このような新しい兵器については、私自身はアイデアを提供しただけで、後は兵器部の部員たちに任せていた。そもそも細かなことを知っているわけでも、実験データを持っているわけでもないので、できることには限度があった。
そんな昭和17年が明けたばかりのある日、空技廠兵器部の小島中佐が川北少佐を連れて、二人で悩んだ顔をしながら私のところに相談に来た。
「実は、実戦の様子がわかってくるに従い、軍令部からとんでもない要求が出てきている。米軍の艦隊の対空砲火が想定以上に強く、攻撃時の犠牲が大きいことがわかってきた。それで、高密度の高角砲や機関砲で守られていても、有効射程の外から爆撃機により攻撃可能で、しかも大型艦の装甲を貫通するような兵器を考えよとの命令だ。現状の爆弾をうまく発展させれば、有効な兵器ができるだろうと軍令部からの圧力がすごいんだが、何か良い対策はないだろうか?」
「私は発動機屋ですよ。新型爆弾の話を聞かされてもそう簡単には解決できませんよ」
二人は、やっぱりなぁ、という顔をして、大きなため息を出す。
残念そうな顔を見て、何かいい答えはないかとミリタリーオタクの頭をフル回転させた。確か赤外線で誘導する爆弾を日本軍は試作したはずだ。ケ号爆弾という名称である程度までは試験がうまく進んだというかすかな記憶がある。私は、1940年代の技術で実現できた赤外線誘導のメカニズムを思い出そうとしていた。
「赤外線の放射源に向けて落下してゆく爆弾です。水平爆撃の要領で高空から投下すると自律的に赤外線源に向けて突入させます。あるいは、もっと低高度を小型航空機のように飛行させて、遠距離で投下した後は目標に向けて飛行してゆく方法もあり得るでしょう。この場合は、飛行させるために尾部から噴進弾の要領でロケット推進させる必要があります。とにかく遠くから、爆弾を投下できれば、高射砲に撃たれて撃墜される確率は、急降下爆撃や雷撃に比べれば大きく減るはずです。爆弾の胴体に操縦翼をつけることで、爆弾の落下軌道を変えることは可能ですよね。図で示すとこんな感じです」
手元にあった紙に、飛行爆弾のラフな絵を描いてみる。細長い爆弾の中央にきわめて小さな翼をつけた外観になった。小型の飛行機とハープーンミサイルの中間のような形態になった。
「最も重要なのは、赤外線で誘導する部分だな。赤外線を検知してその方向に向きを変えるのはどういう仕組みになるんだ?」
「確かボロメータという形式の赤外線検知器を使うことで赤外線を探知します。簡単に言うと、赤外線を受けると抵抗値が変化します。抵抗値の変化は電圧の変化として取り出せますから、その信号を増幅して爆弾の飛行方向を誘導できるはずです。4つの面を有する赤外線を検知するボロメータを使って、4つの中のどの面が一番赤外線を強く探知したかにより、その方向に向けて舵をきります。爆弾の頭部が赤外線源に正対すれば、検知される信号の強さは4つの検知器で均等になるはずです」
うんうんと小島中佐がうなずいている。
「なるほど、常に赤外線の一番強いところが真正面に来るように誘導するのか。検知器から出力する電圧信号は交流になるように工夫しないと、後段の真空管では増幅できないな。赤外線検知器の構造にも工夫がいりそうだが、実現可能に思える」
この時のアイデアを小島中佐はさっそく廠長に説明して、空技廠の開発項目とすることに成功した。何しろ、軍令部からの要求は廠長にも入っていたのだ。最も重要な赤外線誘導部は空技廠に新たに設置された科学部で検討することになった。更に、爆弾本体の形状については、爆弾の様に落下する高空投下型と低空を飛んで行く飛行型の2種類を候補にした。飛行機部でとりあえず2形式の模型を作って、風洞試験をしてみることになった。
しばらくして、科学部の塚原部長からお呼びがかかった。小島中佐と飛行機部の北野大尉も同席している。
「先般依頼のあった誘導爆弾の赤外線の誘導部分なんだが、ニッケルの薄膜を利用した赤外線検出素子がなんとか使えそうだ。但し、これは増幅器も含めて電子回路なので、爆弾の頭部に入るように小型にするには、真空管や電池を小さくする必要がある」
それなら、いい部品がある。私から答えておこう。
「空技廠と技研で、新型の信管の開発を行っていますが、それに超小型の真空管や電池、更に小型の抵抗などの部品を使うことになっています。これらの部品は国内各社に製造を依頼していますが、赤外線誘導部の回路として使用可能だと思いますよ」
今度は小島中佐が説明を始めた。
「2つの形式が誘導爆弾の候補と考えていたのだが、爆撃機からの投下型に絞りたい。飛行型は航空機として、所定の距離を飛行させることが必要だ。そのために推進剤を多量に搭載する必要が出てくる。しかもジャイロなどの安定飛行させるための複雑な制御も要求される。更に命中率を考えると、上空から煙突を見下ろす方法が、明らかに赤外線による誘導に対しては有効なはずだ。投下する航空機の被害についても、真珠湾攻撃の結果を見ると、水平爆撃隊の被害は急降下爆撃や雷撃隊に比べて非常に小さい。真珠湾攻撃に関しては、奇襲だったこともあるだろうが、被撃墜はゼロだ」
次に、空力担当の北野大尉が検討結果の説明を始めた。
「投下型を前提にすると、誘導に応じて舵をきる必要があるが、弾頭の前部に小さな翼を取り付ければ、方向を変えるくらいは可能だと思う。前部に操縦翼をつけるので、安定のために後方の翼も大きくする必要があるだろう。4号爆弾のようにロケット推進で加速するか否かは兵器部で検討してほしい。高高度から落とした場合は、終末速度は相当な高速になるので、翼の形態は後退角を持たせる必要があるだろう」
そこまで話を聞いて、高空投下型の誘導弾について絵を描いてみた。爆弾の前部に誘導装置と誘導翼をつけると、私が知っているレーザー誘導のペイブウェイ爆弾の前翼を大きくしたような形状になった。
「前方につけた操縦翼の動作は、小型のモータや油圧機を組みこんで舵面を動かすよりも、電磁コイルを使ってスポイラーを動作させた方が機構は簡単になりそうですね」
この時の会話が基になって、誘導爆弾の基本構成が決まって設計が本格化した。4か月後には、試作機を製造して投下実験を行うところまでこぎつけた。実際に実験してみると、この方式の欠点も明らかになる。単純な誘導方法だから、最も強い赤外線源に集まってしまうのだ。明かりに惹かれる昆虫のようだなどという意見が出たほどだ。加えて、原理からして天気が悪いと使えない。当然だが、雲の下に出て目標が視認できない限り、誘導ができないのだ。逆に夜間でも雲が邪魔しない限り、命中を期待できるという利点もあった。
しばらくして、小島中佐も検討したようで、対策を考えて報告に来た。
「赤外線誘導装置の視野をある程度狭くして、視野内の目標に限って誘導するようにする。爆撃回避中に複数の艦船が接近していることはまずないから、目標以外の船には命中しないはずだ。従って、投下する場合は照準をしっかりとして、爆弾が落下途中で目標を視野に収められないと、命中しないことになる。逆に降下爆撃でも目標が視野内に入っていれば命中させることができる。曇天時には、降下攻撃により、雲の下に出てから投下する攻撃法も可能だと思う」
なるほど、工夫したようだ。悪くない方法に思える。
「3,000m以下の投下もあり得るならば、命中時の貫通力を考えると、4号爆弾と同様にロケット推進剤による加速があった方がいいですね」
「むしろ4号爆弾に誘導装置を追加して、対空砲火の少ない高空で投下しても赤外線誘導により命中率を向上させるということになるな」
「もう一つ注意すべきことがあります。空母のように舷側に煙突のある場合です。赤外線源に対して誘導しても誤差は発生しますのでばらついて着弾すると想定すると、最善の場合でも半数は、煙突の海側に外れることになります。また着弾の範囲は煙突からの高温の煙が後方にたなびくことを考えると、後方に誘導される可能性が高いように思います。高速航行中の艦艇を狙うと、どのような散布界で着弾するのか実験が必要です」
「それは私も考えていたことだ。高射砲を発砲すると、砲口の発射炎は高温になるから、その影響もあり得る。まあ、多少ばらついても3割でも命中してくれれば、攻撃力として大いに有効だと考えているがね」
その後は、ジェットエンジンの開発に忙しくなって、しばらく忘れてしまっていたが、実際に試作した爆弾を何種類も使って、実験艦に向かって投下試験をしてから、試射場で実弾による爆破実験もしたようだ。
数か月後になって、私がミッドウェーの戦いから疲れて戻ってきたころに小島中佐がやってきた。
「君がいろいろいい考えを出してくれた赤外線誘導弾だが、何とか実用的に使える目途が立ったよ。結局、高高度からの爆撃では、水平爆撃の要領で正確に目標に照準してから投下することが必要だ。やはり狙いが不正確になっていると、落下途中で赤外線を感知できないことが多いという結果になった。もっとも低高度からの降下爆撃時は、もう少し狙いが不正確でも命中するがね」
「それでも誘導の効果はあるんでしょう」
「ああ、狙った艦船が回避運動をしても、その方向に追随してゆくという効果は大きいね。結局、照準誤差を補正して、船がよけてもそちらの方向に向きを変えてゆく爆弾ということになる。それと弾道はやはり煙に影響されて、艦船の後方に落ちてゆく。意図的に赤外線の感度を落とせば命中しないから、これはどうしようもない。まあ、命中すればそれでいいと考えることにしたよ。それと、目標のずれの補正時に、宛て舵ができないので飛翔経路は蛇行気味になる。舵をきりすぎないように、技研の技術者にも協力してもらって電子回路でずいぶん改善したが限界があった。これも命中すればいいということで妥協した」
その後は、試射場での実験結果に対して軍令部が着目して、軍機扱いとしたようで、私自身も細かな開発状況はわからなくなってしまった。しかし、相模海軍工廠や光工廠で、80番や100番の大型誘導爆弾が生産され、この後の実際の戦いに登場することになった。
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