9.3章 ジェット艦爆流星

 ジェットエンジンを搭載した実験機橘花が試験飛行を開始すると、高性能が明らかになった。この高速性能を生かした高速爆撃機を航空本部でも考え始めた。特に橘花と同程度の高速発揮が可能ならば、堅固に防御された防空網も速度により突破することが可能であると考えられた。例えば430ノット(796km/h)を超える攻撃機が実現できれば、ほとんどの防御は意味をなさないに違いない。そんな夢のような構想が航空本部内で検討され始めた。


 昭和16年4月になって、航空本部でこの高速ジェット攻撃機の議論を行ってきた巖谷少佐と永盛少佐が自らの構想を確認するために、空技廠の噴進班を訪問してきた。


 航空本部の士官の訪問ということで、種子島中佐を筆頭に、私と永野大尉、三木大尉など主要メンバーが打ち合わせに集まった。永盛少佐が資料を配って、さっそく説明を始める。

「私達は君たちのジェットエンジンの開発成果は素晴らしいものだと考えている。そのジェットエンジンを利用して、超高速の艦上攻撃機を実現したい。430ノットの速度で艦攻と艦爆の双方の任務を実行可能とできないだろうか。航続性能についても現状の艦爆と同程度として、300浬(556km)先の艦艇に対しても攻撃が可能となれば、艦隊決戦でもかなり活躍できるはずだ。空母からの運用に関しては、加賀などの大型空母にジェット機運用を可能とする改修を施せば、搭載可能とできるだろう。突拍子もない話に聞こえるが、ジェットエンジンが実用化されれば決して不可能ではないはずだ。今日は君たちのような専門の技術者から実現可否について意見を聞かせてもらいたいと考えてやってきた」


 まず種子島中佐が回答した。

「現状のジェットエンジンの性能から考えて、決して実現が不可能ではないと思いますよ。我々としても、高速攻撃機の開発に関しては協力したいと思います」


 私からも少し追加意見を述べておいた。

「速度性能については、実現可能な範囲だと思います。但し、航続距離については、現状のエンジンではちょっと厳しいと思います。もっと燃料消費率の改善されたエンジンが必要ですね。ジェットエンジンの性能は、これからも短期間でどんどん良くなってゆくはずです。たとえ初期の試作機の性能が多少届かなくても、開発している間にジェットエンジンは改善されるので、やるべきだと思います」


 巖谷少佐がニヤリとして首を縦に振っている。

「おおむね可能だと考えてよいのだね。今日は、心強い意見を聞くことができた。我々の検討結果を基にして、次期攻撃機の開発要求を出すことになるだろう。その時はまたよろしくお願いする」


 ネ20ジェットエンジンを搭載した橘花は、試験飛行を繰り返して、速度記録をどんどん更新していった。ジェットエンジンを搭載した攻撃機の検討についても、これに勢いを得て一気に本格化した。航空本部は、検討結果を十六試艦上爆撃機の開発要求として取りまとめた。開発名称として、B7A1を与えて、開発会社としては、艦上爆撃機の開発を行ってきた愛知航空機が指名された。


 十六試艦上攻撃機開発要求書(抜粋)

・1機種にて艦攻艦爆を兼ね、水平爆撃、急降下爆撃、雷撃が可能なこと。

・最大速度:高度7,000mで430ノット(796km/h)以上。

・爆撃時速度:爆弾倉内に80番搭載時に415ノット(769km/h)以上。

・航続距離は、800kg爆弾搭載時、正規状態で1,000浬(1852km)以上、過荷重状態で1500浬(2778km)以上。

・爆装:1,000kg×1、または800kg×1、または500kg×2、または九一式魚雷×1

・武装:20mm機銃2挺、後部13.2mm旋回機銃1挺

・搭乗員:操縦員および爆撃手兼通信士の2名


 昭和16年6月には、航空本部からの内示により、愛知航空機は九九式艦爆の設計経験のある尾崎技師を設計主務者に任命して開発に着手した。この時点で、愛知航空機は海軍からの発注は確実と考えて、十六試艦攻の開発のために多数の設計者を任命して、直ちに開発を本格化した。


 しかし、尾崎技師も含めて愛知の技術者は、プロペラ機の経験はあってもジェット機については未経験だ。結局、ジェット機の見学を兼ねて我々のところに協力依頼に来ることになった。


 見学を終えてから、尾崎技師がお願いにきた。

「実は、我々のところで設計するのは良いのですが、橘花の見学をさせてもらってやはりジェットエンジンの艤装などにノウハウが必要だということがよくわかりました。十六試艦攻の高度な要求に応えるためには、ジェット機の設計経験者が是非とも必要であるとの結論に達しました。別途、わが社の社長からもお願いがあるかと思いますが、空技廠さんに十六試艦攻の設計応援についてお願いしたいと思います。十三試艦爆のように、空技廠さんと我々で設計をうまく分担して開発を成功させたいのです」


 その後、愛知航空機からの正式な設計応援依頼も来て、空技廠長と飛行機部長の判断により、空技廠が設計を分担することが決まった。今まで前例のないジェット爆撃機ということで、基本構成、空力設計、ジェットエンジン艤装については空技廠飛行機部が主導して、愛知と共同開発を行う。構造設計や細部の詳細設計については愛知が行うという十三試艦爆(彗星)設計時の分担に似た体制となった。


 但し、空技廠飛行機部は、十五試陸攻(後の銀河)、十六試局地戦闘機(後の橘花改)が手いっぱいで、すぐには経験のある設計者が作業に取り掛かることができなかった。そこで、三木技師の下で設計していた、高山大尉を主務、服部大尉を副主務とする若手技術者主体の体制を決定した。


 基本検討が進んでゆくと、高山大尉が三木大尉と私のところに相談にきた。

「設計の方は順調に進展して、速度や爆弾搭載量などの飛行性能は満足できる見通しが得られているのですが、航続距離の方が厳しいのです。この攻撃機は爆弾などの搭載量からネ20の双発が必須ですが、ジェットエンジンの燃料消費の大きさから、大容量の燃料タンクを胴体内に備えることにしました。しかし、胴体内に爆弾倉も備えなければならないため燃料タンクの大きさにも限度があります。まあ、もっと太い胴体にすればいいのですが、それでは速度などの性能が悪化します」


 三木大尉が私の方を向いた。やはりそれが問題になったね、という顔つきをしている。私から説明することにした。

「たとえ燃料タンクを詰め込める場所があっても、燃料を増やした分だけ重量が増加するので、性能が劣化するよね。エンジンの方でもっと燃料消費量を改善しないと、速度と航続距離の両立は困難だと思う。幸い開発が進捗しているTJ-22への置き換えにより、航続性能をかなり改善できるはずだ。エンジンの大きさも艤装法もネ20とは大きく違わないからエンジンの変更は容易なはずだよ」


 最終的に十六試艦攻のエンジンはTJ-22を使用することを決定して、エンジンを交換した機体は開発名称をB7A2に変更した。


 昭和17年3月になって、半年以上の設計期間をかけて機体の設計が完了した。ジェットエンジンは軸流型の特徴である小直径を生かして、左右の主翼付け根部に埋め込み型に装備した。胴体下に爆弾倉を備えることが必要なので、主翼は胴体に中翼形式に取り付けることになった。中翼そのままでは脚柱が長くなってしまうので、それを避けるために、主翼は逆ガル翼とした。主翼は目標とした速度範囲から後退翼は採用せず、直線翼の単純なテーパー翼を採用した。翼端部には、橘花改と同様に大型増槽を搭載して、外翼部の下面には爆弾搭載架を設けて、25番までの爆弾や噴進弾を搭載できる構造とした。また、高翼面荷重であるため、空母での運用も考えると前縁スラットと大面積の親子式のファウラーフラップの採用は必須だった。急降下爆撃を可能とするために、彗星と同様に翼下面のフラップ前面に引き下げ式のダイブブレーキを装備した。


 胴体内の構造としては、中央部には上半分がかまぼこ形状の燃料タンクを配置して、下半分は爆弾倉として、上下の中央部を主翼の主桁が貫通する構造となった。このため操縦席はかなり機首寄りに位置することとなり、ほぼ前脚の上に胴体内燃料タンクと背中合わせに2名の座席を配置した。


 高速を生かして、戦闘機としての用法も考えられたため、2挺の20mm機銃を機首下面に装備した。更に、爆撃機の迎撃のために、爆弾倉に取り付け可能な2挺の30mm機銃と弾倉を一体化したパックが後に開発された。


 昭和17年5月初旬には1号機が完成して初飛行を実施した。しかし、この機体の搭載エンジンはまだネ20であった。初飛行の結果、明らかになった機体不具合の改修、ジェットエンジンの調整後のネ20の全力飛行で425ノット(787km/h)を記録した。


 昭和17年7月になって、待望のネ22を搭載することが可能となって、それを装備した3号機が飛行を開始した。軽荷重状態ではあったが、計画した出力のエンジンを搭載することにより、最高速度445ノット(824km/h)を記録することができた。但し、その後に各種装備を搭載して重量が増加すると、速度は438ノット(811km/h)となった。空技廠は、離艦条件が要求条件を満足しないが、カタパルトの使用または。離陸促進用のロケットを胴体下に装備することを前提として、艦載機としての試験を加速させた。空母部隊に高速爆撃機を導入することを優先して判断した結果だ。


 流星11型 機体略号  B7A2 昭和17年11月制式化

・全幅:13.2m

・全長:12.2m

・全高:4.2m

・翼面:31.0㎡

・自重:3,900kg

・過荷重:6,100kg

・エンジン:TJ-22-11型(統合名称ネ22)×2 (推力:1,100kgf)

・速度:438ノット(811km/h)(高度8,000 m)

・武装:20mm機銃2挺、後部13.2mm旋回機銃1挺

・爆弾:800kg~1,000kg×1、500kg×2、250kg×4(うち2発は翼下面)

・魚雷:九一式魚雷×1

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