8.9章 米軍からの攻撃(後編)

 F4Uコルセアとの乱戦の途中で、坂井一飛曹が無線で、笹井中尉に突然話しかけた。

「後方に米艦攻の編隊、約20」


 坂井一飛曹は、乱戦の最中にもかかわらず、米軍攻撃隊の最後方で飛行しているTBFアベンジャーの編隊を発見した。小さな規模ではなく、20機程度が編隊を組んで飛行している。恐らく橘花改に攻撃された編隊の残存機が集まってきたのだろう。笹井中尉は、バンクして答えると乱戦の中から抜け出した。中隊もばらばらになってしまって、わずかに3機の小隊となってTBFの編隊に向けて飛行していった。


 3機の烈風は、TBF編隊の北側を迂回するように回り込んだ。TBFの背後が見えるところまで飛行すると、艦攻の編隊に向けて3機の烈風が突撃を開始する。戦闘機の接近を認めるとTBFの後部動力銃座の12.7mm機銃が一斉に撃ち始めた。


 坂井一飛曹は、背後に向けた火箭を避けるために機体を滑らせながら、TBFよりも下に機体を沈み込ませた。下部銃座の7.7mm機銃は手動なので狙いが甘い。それを避けながら一気に上昇してTBFを撃墜した。笹井中尉も負けまいと、その横を飛行していたTBFを撃墜する。後方を飛行していた本田三飛曹も1機を撃墜した。


 烈風の接近を発見した時点で、一部の機体が機首を下げた。8機のTBFが降下を始めた。明らかに雷撃を行うための降下だ。他の機体が攻撃されている間に、どんどん降下してゆく。


 低空へと飛行してゆくTBF編隊を見つけて、笹井中尉が無線で指示する。

「雷撃機を追撃する」


 雷撃機を艦隊にとって危険な存在と判断したのだ。笹井機は、後方の坂井機と本田機と共に降下していった。何とかTBF編隊に追いつくと最後方の機体を銃撃した。1機を撃墜したところで笹井機の銃撃が停止した。弾切れだ。坂井機は代わって先頭に出ると、目の前のTBFに接近して、20mm機銃の射撃を開始した。鮮やかな連続攻撃で2機を撃墜したが、坂井機の弾薬もなくなった。本田機も既に弾薬がないと風防の中で身振りで示している。


 降下し始めた5機の米軍機は、2隻の戦艦の上空を避けて、戦艦の南側を飛行していった。前方には、既に数隻の駆逐艦に守られて航行する空母が見えていた。更にその後方には別の2隻の空母が見えた。


 比叡の艦橋では三川少将が、米攻撃機がやって来るのを見ていた。

「敵の雷撃機が左舷側を飛行してくる。空母を狙っているぞ」


 すかさず艦長の西田大佐が命令する。

「左舷の敵機に向けて、電探照準で撃ち方はじめ。射程に入ったならば40mm機関砲も射撃していいぞ」


 左舷側を飛行してゆく5機のTBFに対して比叡が高射砲射撃を開始した。左舷側に指向可能な3基の12.7cm連装砲が、艦橋上の二号四型電探により統制されて撃ち始めた。


 すぐに金剛からも同様に連装高角砲3基の射撃が始まった。TBFの周りに高射砲の爆煙が浮かび始める。しかし突然射撃が停止してしまう。戦闘域の後方を飛行しているTBFが妨害電波の放射を開始したのだ。比叡と金剛は光学照準に切り替えて射撃を再開したが、照準のやり直しになって、しばらくは有効弾が発生しない。


 前方からの米攻撃隊の接近を探知して、雪風と天津風が空母の前面へと進み出ていた。西北に艦首を向けて、後方の砲塔の射界にTBF編隊を収めた。駆逐艦の艦橋上の二号四型電探は、予備の送信回路により波長を切り替えることができた。艦の後部に装備された連装2基の長10センチ砲が射撃を開始した。2隻で合計8門だ。高角砲が射撃を開始すると、たちまち2機のTBFを撃墜した。


 電波放射をしていたTBFは新たな波長のレーダ波を受信した。2機のTBFのうちの1機が放射電波を新しい波長に切り替えた。結果的に旧と新の2種の波長に対して、妨害がされたことになる。さすがに10cm高角砲の射撃に一瞬の空白が生まれる。しかし、低空に降りて雷撃位置へと飛行する3機のTBFは、今度は雪風と天津風から40mm機関砲の射撃を受けた。1機が撃墜されて、残った2機が隼鷹に向かって雷撃を実行した。隼鷹は取舵により、やや遠方から投下した2本の魚雷を簡単に回避した。


 低空で雷撃隊が迎撃されている頃、7機のTBFが水平爆撃を行うために、6,000m以上の高度にどんどん上昇していった。しかも上空に残っていた6機のFJ-1がそれを護衛して同行している。宮野大尉がそれに気がついて上昇を始めた。

「上空に爆撃機だ。高空からの爆撃に注意せよ」


 しかし、戦艦も駆逐艦も低空を飛行する雷撃機に対空砲を向けていた。しかも電探は電波妨害を受けている。TBF編隊の近くを飛行していた笹井小隊も既に機銃弾がない。


 上昇していった宮野大尉が率いていた4機の烈風は、上空から降下してきた同数のFJ-1と空戦になった。そのためTBFを攻撃することができない。5機のTBFアベンジャーが空母を見下ろす上空から、爆弾を投下し始めた。狙われたのは三航戦の南側を先頭になって航行していた祥鳳だった。


 アーネスト大尉のTBFが投下した1,500ポンド(680kg)の新型爆弾は、爆弾の尾部の安定翼だけでなく、胴体の中央部にも小さな翼が追加されていた。しかも尾部からは赤色の光が点灯している。この光の色は他機の番弾と混同しないように、白色や黄色、緑色と色が分けられていた。爆撃手のマニング一等兵曹は、椅子を折りたたんで、腹ばいになってアベンジャーの胴体腹部下面に設けられた風防から下方を見ていた。本来この位置には、後ろ下方を狙うブローニング7.7mm機銃が取り付けられているのだが、それを外して眺めのよいキャノピーに交換していた。外形から想定される以上に、この位置からは下方がよく見えるので、海面の捜索時に活用するのだが、風防の改修で下方への視界が更に改善されていた。


 マニング一等兵曹が下方を見ながら、スティック状の操縦桿を前後左右に動かすと、新型爆弾に無線で指示が送られ、ソレノイドの電磁力で爆弾の操縦翼を動かした。操縦にはコツがいるが、うまくやれば目標の船が回避運動をしても、それに追随するように爆弾の落下コースを変えることができる。


 祥鳳艦長の伊澤大佐は、上空からの爆撃に対して取舵を命じた。急速な左への回頭により、高高度からの水平爆撃ならば容易に回避できるはずだった。


 6,000mの高度から投下された自由落下の爆弾は弾着までおよそ35秒程度の時間がかかる。その間に25ノットの艦船であっても、450m以上進む。つまり、冷静に爆弾の落下コースを見極めれば充分回避できることになる。


 ところが5発の爆弾は、向きを変える空母に吸い寄せられるようにコースを変えて落下してきた。高度6,000mから落下した爆弾は、重力により約1,000km/hの速度に達していた。


 最初に落ちてきた3発の爆弾のうちの2発が飛行甲板の中央部と後部に命中した。一瞬、遅れて2発のうちの1発が再び後部に命中した。高空から高速で落下してきた1,500ポンド爆弾は、装甲防御されていない水平隔壁を次々と破って。機関室や缶室の船底近くで爆発した。


 すぐに爆発により船体に亀裂が生じて、大量の浸水が始まった。祥鳳は3発の大型爆弾の命中に耐えられなかった。機関も停止して、船底の大きな亀裂からの浸水により、どんどん船体が沈んでゆく。


 隼鷹への雷撃と祥鳳への爆撃が行われている頃、最後尾を飛行していた2機のTBFが上空に侵入してきた。空母と駆逐艦から全力で対空砲の射撃が行われる。初風と時津風は二号四型電探を妨害されて光学照準に切り替えて、10センチ砲を上空の敵機に向けて撃っていた。1機のTBFが煙を噴き出して、斜め下方に落ちてゆく。残った1機が爆弾を投下した。狙われたのは、東方を航行していた瑞鳳だった。回頭して回避する瑞鳳に爆弾が追いかけてきた。1,500ポンド爆弾は、前部飛行甲板に命中すると格納庫と強度甲板を破って船体内で爆発した。


 この攻撃を最後に米軍の第一次攻撃はやんだ。角田長官が命令する。

「時津風に命令。祥鳳の乗員を救助せよ。初風に命令。瑞鳳の被害を確認せよ。上空の戦闘機隊は飛鷹と隼鷹に収容する」


 祥鳳の伊澤艦長は、既に自分の船を助けることが絶望的だと判断して、総員退去を命じた。時津風が、飛行甲板まで水に浸かりそうな空母に近づくと乗組員の救助を始めた。初風も停止した瑞鳳に横付けして、煙を上げている破口に向けて放水している。


 電探室から駆け上ってきた森大尉が状況説明を始めた。角田長官や三航戦の参謀が周りで聞いている。

「新型爆弾と敵の電波妨害について、大至急情報を集めてください。電波妨害は、私が知る限りでは二号一型への1種類の波長での電波妨害と二号四型への2種類の波長の妨害です。もっと他の電波妨害がないか、比叡と金剛、雪風、天津風などの通信士官に確認してください。新型爆弾については、祥鳳と瑞鳳の周囲を航行していた駆逐艦からの目撃情報を集めてください。同じ攻撃を他の艦隊も仕掛けられる可能性があります。10分後には、山本長官と山口長官宛に集めた情報を報告してください」


 角田長官と河村参謀長を残して、少佐や大尉が散っていった。河村参謀長が角田長官の方を向いた。

「情報を収集している間に、第一報として祥鳳が撃沈されたことと瑞鳳が大破されたことを、山口長官や近藤長官に報告します」


 角田少将は黙ってうなずいた。


 ……


 10分後、赤城の艦橋に隼鷹からの通信文が届いた。一航艦司令部員だけでなく、艦橋に上がってきていた私にも通信文を見せてくれた。電探に関する情報だ。


 草鹿少将が説明を始める。

「隼鷹や駆逐艦の対空電探は予備の波長に切り替えたが、そちらも使用不可能になったとある。捜索電探も一時的に表示が乱れてから切り替えたとのことだ。鈴木大尉の懸念したとおり、切り替えた電探の波長を検知されて、どちらも妨害されたということだな?」


「間違いありません。我々が保有している二種類の電探に米軍は妨害を仕掛けてきました。しかも二号四型には複数の波長で妨害をしています。複数波長の電波を放射する機材を持っているか、あるいは複数の機体が分担して妨害電波を放射しています。長波長の二号一型は4種まで波長を切り替えられますので、あらかじめ各艦で違う波長に設定してください。一部の艦の電探が使用不可能になっても使える電探で補うように徹底させてください。二号四型は2種波長なので妨害されたら使えません。光学照準への早期切り替えを徹底するように指示してください」


「それと新型爆弾だが、かなり高い高度から水平爆撃の要領で投下されて、回避運動をしている空母をまるで追いかけるように落下方向を変えて命中したということだ。もしも回避不可能な爆弾だとしたら、投下される前に撃ち落さないと大変なことになるぞ。本当かどうかわからんが、爆弾の尾部で赤や黄色の光が発光しているのを見たという証言がある。爆弾の胴体に小さな翼がついていたとの発言もあるようだ」


「高空から投下されて、尾部の光……フリッツXだ! 間違いない。ドイツの技術の先取りだ。無線操縦くらいなら、米国の技術を活用すれば数カ月もあれば実用化できるはずだ」


 思わず大きな声で叫んでしまった。周りのみんなが驚いている。

「無線操縦による誘導爆弾です。上空の親機が、爆弾の落ちてゆく方向を上下左右に変えるように電波で指示しています。尾部の光は上空から見て、落ちてゆく爆弾の位置がわかりやすいように光らせているのです。電波で爆弾の舵面を動かせば、回避する船を狙って操縦可能です」


「ということは、上空で操縦している親機を落とせば、無誘導になるのだな。戦闘機がやってきても、爆弾を見ながら操縦している間はそう遠くには逃げられないはずだ」


「まあ、撃墜しなくても上空から追い払うことさえできれば、操縦はできなくなりますよ。ちなみに電波妨害も電波を出している機体を見つけて落とすか、遠くに追い払えば妨害は無くなります。逆探を使えば、妨害電波の方向がわかりますよ」


「方向がわかっても位置まではわからないぞ。逆探では大まかな遠近すらわからない」


「三角測量です。離れた2隻の船の逆探で電波が到来する方向を精密に計測します。測定した方位に直線を引けば、どこかで二本の線が交差するはずです。そこが電波発信源です」


 みんななるほどと納得している。私の発言は直ちに他の艦隊にも通知された。

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