8.10章 日本軍の反撃(前編)
米機動部隊を最初に発見してからも、複数の二式艦偵が艦隊の偵察を続けていた。この海戦では、米海軍は艦隊の外側に複数の駆逐艦を配置していた。艦隊の前方に円弧上に新型の駆逐艦を配備して、早期に日本軍攻撃隊を探知できる作戦をとっていた。もちろん不用意にこの駆逐艦に接近すると対空射撃を受ける。
田中上飛曹の二式艦偵は電波情報を収集せよとの奇妙な命令から、この駆逐艦に接近していた。近づくと、駆逐艦の4門の5インチ(12.7cm)砲が射撃を開始した。爆煙が二式艦偵の周りに浮かび始める。
対空砲の砲撃が始まるとすぐに、後席の森田一飛曹が叫ぶ。
「電波放射を受信機が検知しました。この駆逐艦の12.7センチ砲は新型信管の砲弾を撃っていますよ」
「このままじゃ、命がいくつあってもたりない。すぐに逃げるぞ。表示管の数値はどれだけだ?」
「第一表示管は750を示しています。第二表示管の目盛りは120です。こちらは波形がブレてぼやけています」
「測定ができたのならば、用はない。母艦に報告しろ。攻撃隊は既に飛行中なんだ。大急ぎで報告だ」
田中上飛曹は、話しながら機体を駆逐艦とは逆方向に急旋回させた。
……
米艦隊に接近した5機の艦偵により、収集された電波情報は赤城に集められた。二式艦偵が計測した情報が、私の手元に集まってきた。米軍が近接信管で使用している電波の周波数を割り出すことができた。今は時間が優先だ。急いで報告に上がる。既に攻撃隊は進撃中なのだ。
「偵察機の収集した情報から、米艦隊で既に近接信管が使用されていることに確証が得られました。近接信管が放射している電波の周波数は中心値が120メガサイクル(MHz)です。この数値を攻撃隊の彗星に至急伝えてください。想定通り周波数の振れ幅が10メガサイクル(MHz)程度あるようです。この程度は送信機の性能範囲に収まっているので大丈夫です」
草鹿少将と通信参謀の小野少佐が首を縦にふって了解を示した。
「二式艦偵には、電探への妨害電波の周波数は750メガサイクル(MHz)を中心とした発振をするように伝えてください。こちらは米軍の電探の性能が、我々の送信機よりも上回っているかもしれません。長波の捜索電探の方は、珊瑚海の戦いの時と変わっていません。我々の二号一型とほとんど同じ波長1.5mのあたりです」
爆弾や魚雷を搭載した攻撃隊の彗星には、珊瑚海海戦時の艦偵と同じように、後方の13.2mm機銃を撤去して、そこに電波発信器を追加した機体が一部に含まれていた。その発振器に対する設定情報が赤城から通知された。
二式艦偵には、これとは別にレーダーの妨害電波放射装置が搭載されていたが、珊瑚海の時のような間に合わせの機器ではなく、複数の波長に対して電波を放射できる装置となっていた。しかも、捜索レーダーのような波長の長い電波に対する電波放射装置も追加されている。
……
スプルーアンス少将は、発艦準備を行っている飛行甲板上の戦闘機群をエセックスの艦橋から見ていた。エセックスはサラトガと同様に建造途中で斜め飛行甲板に設計を変更して完成していた。
日本艦隊に第一次攻撃隊を送り出した後、遅れてついてくる4隻の護衛空母から飛来した機体を直ちに着艦させた。日本から攻撃隊がやって来るのは確実だ。空母が被害を受ける可能性もある。その前に補給をして第二次攻撃隊として、発進させるのだ。この第二次攻撃隊の目標は先に発見した護衛空母の部隊ではなく、北東方向を航行しているヤマグチ艦隊の正規空母だ。
準備のできた艦載機が次から次へと発艦を始める。時間を節約するために、艦首のカタパルトに加えて斜め飛行甲板からも発艦させる。後方に見えるレンジャーも発艦作業中だ。
米艦隊からの攻撃隊は、FJ-1ムスタングが36機、F4Uコルセアが36機。TBFアベンジャーが24機の編成となった。F4Uは戦闘爆撃機として1,000ポンド(454kg)爆弾を搭載して急降下爆撃を行う予定だった。
エセックス艦長のダンカン大佐が報告に来た。
「第二次攻撃隊の発艦が終わりました。後は攻撃隊の戦果を待つだけです」
「日本軍の攻撃隊がやってくる前に発艦が間に合ってよかった。レンジャーの方も終わったようだな。次は日本の攻撃隊がやってくるぞ。戦闘機を全部上げて、迎撃の準備をしてくれ」
……
三航戦からの攻撃隊は、二式艦偵が先導していた。日本の攻撃隊は三航戦から発艦した攻撃隊の後方で一航戦と二航戦から発艦した攻撃隊がやや離れて続行していた。やがて、艦橋上の高い位置に設置された戦艦サウスダコタのSCレーダーが50マイル(80km)の距離で日本の攻撃隊を探知した。
ほぼ同時に飛鷹から発艦した二式艦偵の後席では、偵察員の中島飛曹長が新たに積み込まれた新型装置の操作を行っていた。操縦士の土屋二飛曹が前席から様子を確認する。
「その新しい電波送信機はちゃんと動きそうですか? 私にはさっぱりわかりませんが、攻撃隊を守るために必要な装置なんでしょう」
「新しい装置が搭載されるたびに使用法の勉強はしているのだが、こんなにも次々に追加されては、操作になれる時間もないよ。ああ、表示が出てきた。電波の放射を開始するぞ」
「期待していますよ。目には見えないけれど、これも戦闘なんですよね」
「もちろんだ。友軍を守るための大事な電波の戦いだ」
土屋二飛曹は、中島飛曹長が愚痴を言いながらも、何度も格納庫の艦偵に乗り込んでは、説明書を見ながらあれこれ装置を触っていたことを知っていた。それを初めて実戦で使うことになったのだ。まだ米軍の艦隊も見えない位置から、中島機は210MHzの電波を放射した。珊瑚海の戦いのときに収集した周波数情報に基づいて設計された装置が、米軍の捜索レーダーの妨害を開始した。
もっとも遠距離まで探知できるはずのサウスダコタとワシントンのSCレーダーのスコープにノイズが現れた。サラトガのガッチ艦長と戦艦部隊の指揮官のリー少将にすぐに異常が報告される。
艦長は、第20任務部隊の司令部からあらかじめ日本軍からの電波妨害の可能性について教えられていた。リー少将はこれも想定のうちだという顔をして、落ち着き払っている。艦長が指示を出す。
「落ち着いて待て、妨害電波の測定をしている。結果が来るはずだ」
やがて、通信士がメモを持って走ってきた。レーダー担当士官に向かって命令する。
「周波数を215に切り替えろ。それでレーダーが使えるはずだ」
ノイズは残るものの何とか目標が見えるようになった。
SCレーダーはサブタイプにより、使用する波長帯がわずかに異なるため、エセックスやインディアナの最新のレーダーはそもそも妨害を受けていなかった。旧式のCXAMレーダーからSCに機材を入れ替えたばかりのレンジャーも妨害電波の影響を受けていなかった。当然、日本の攻撃隊を失探することはなく、米戦闘機隊の迎撃の誘導に困ることもなかった。
やがて、日本攻撃隊の前に母艦から誘導された直衛機が現れた。米艦隊の上空には、24機のF6Fヘルキャットと26機のF4Uが迎撃に上がっていたが、30マイル(48km)前方で待ち構えていたのは、横に広がったF4Uの編隊だった。スプルーアンス少将はF4Uを前衛として、その後方にF6Fを配置することで二重の防衛線を構築していた。
F4Uの編隊に対して、最初に突っ込んでいったのは、赤城戦闘機隊の板谷少佐が指揮する橘花改の中隊だ。もともと一航艦の橘花改は、三航戦の攻撃隊よりも最後方を飛行していたのだが、巡航速度が速いおかげで三航戦の部隊を追い越してきたのだ。橘花改は、F4Uに合わせて横陣に広がって接近していった。
「噴進弾発射。すぐに相手も撃ってくるぞ。撃たれたら上昇する」
一斉に18機の橘花改から320発余りの噴進弾が発射された。それを見てF4Uの各機も両翼下の9発の2.5インチロケット弾を発射した。
白い発射煙を見て、板谷少佐は回避を指示した。撃たれる前に機動を開始すれば、その方向に撃たれると思い、ギリギリまで待っていたのだ。
「上昇回避。敵弾を回避しろ」
あらかじめ警告を受けていた橘花改の各機は、直ちに上昇して回避機動に入る。F4Uも飛翔してくる噴進弾の軌跡を見て旋回に入った。
今までならば、戦闘機への噴進弾攻撃はほとんど回避されていた。ところが今回は近接信管をつけた噴進弾だ。回避したと思っても、F4Uの近傍を通過した噴進弾の弾頭は爆発した。噴進弾が10カ所で爆発した。一方、急上昇した橘花改は下方を飛んで行くロケット弾を避けることができた。しかし後方の1機が上昇せず、旋回しようとしていた。右翼のエンジンから黒煙が噴き出ている。ジェットエンジンの故障だ。
「急降下で逃げろーっ。頭を下げろーっ」
板谷少佐の声が届いたのか、機首を下げ始めたが、回避よりもロケット弾が先に命中した。一瞬で爆発により機体がバラバラに吹き飛ぶ。
既に回避運動でちりぢりになったF4Uの編隊に向けて17機の橘花改が降下していった。F4Uはジェット戦闘機に対しては、1機の相手に複数機で対抗するように指示されていた。しかし、ジェット戦闘機の攻撃が早すぎて、戦闘態勢をとることができない。たちまち数機が煙を吐き出して落ちてゆく。
F4Uの編隊を突き抜けた橘花改の前方に、別の一群が見えてきた。ためらわずに接近して、下方から突き上げるように攻撃した。艦隊上空を警戒していた10機余りのF6Fはジェット戦闘機が下方から接近してくるのを見て一斉に退避にかかった。しかし、下から上昇してくる敵に対して急降下するわけにいかない。上昇旋回するF6Fの後方に容易に追いついた橘花改が射撃すると6機が落ちていった。
一旦、F6Fの上方に抜けた板谷少佐がバンクして合図を送る。
「全機集合、これより帰投する」
さすがに、燃費の良くなったネ20Bと大型増槽の組合せでも、米空母部隊の上空に侵攻してからの戦闘ではここまでが限度だった。
飛鷹戦闘機隊の西沢一飛曹は列機の太田一飛曹と共に6機の烈風を率いてF4Uの編隊に突入した。突撃で2機のF4Uが撃墜される。烈風の戦隊は、橘花改の攻撃でばらばらになったF4Uと乱戦になったが、乱戦を迂回した3機のF4Uが後方を飛行していた彗星隊に接近するのを発見した。西沢一飛曹のバンクで、列機の3機が続く。F4Uの方がわずかに早く彗星隊への攻撃を開始して彗星3機がF4Uにより撃墜された。F4Uが射撃を行った瞬間、既に後方には烈風が迫っていた。そのF4Uは自らの銃弾が命中したか確認することもなく、西沢機により撃墜された。同時に太田一飛曹隊と列機が残りの2機を撃墜していた。
戦闘機の戦いが行われている時に、魚雷搭載の彗星が高度を下げ始めた。先行する三航戦の攻撃隊から16機の零戦と20機の彗星が低空へと飛行してゆく。同様に後方の一航艦の攻撃隊からも15機の烈風と28機の彗星が高度を下げていった。低空を目指した彗星は、戦艦への攻撃も考慮して全て雷装になっていた。
グレイ少佐の12機のF6F編隊は、他の戦闘機隊とは別行動をしており、魚雷攻撃を警戒して低高度を飛行していた。グレイ少佐の機にエセックスから、敵の大編隊から分離した編隊の位置が通知された。指示に従って飛行すると、低高度を飛行する三航戦の零戦と彗星を発見した。
「12時方向、下方、敵編隊だ。ロケット弾攻撃を行う」
グレイ少佐は急降下で、零戦の後方を飛行する中翼の爆撃機に攻撃を仕掛けた。
「後方の爆撃機に降下攻撃だ」
初めて見るが、ジュディ(彗星)に違いない。
零戦が旋回しながら上昇してくるが、F6Fは急降下で十分な速度がついているため、それよりも早く攻撃可能な位置につくことができた。F6Fの編隊は有利な上空から約200発の2.5インチロケット弾を発射した。彗星編隊はF6Fの急降下を見て編隊を分散させたが、それでも4機に命中した。ロケット弾を受けた機体は直撃弾によりバラバラになる。
「ジーク(零戦)が上昇してくる。回避せよ。敵機を深追いするな」
下方から突き上げるように上昇してきた零戦に対して、上昇旋回で回避しようとしたF6Fは零戦に後方に取りつかれて銃弾を浴びた。2機のF6Fが撃墜されたが、他の機体は急旋回から降下による退避に成功した。
米艦隊は空母を中心とした2つの輪形陣による濃密な対空砲火で、各空母を防衛する隊形をとっていた。個艦の高角砲の照準が多少甘くても、弾幕を形成することにより、攻撃機を撃墜しようとする作戦だ。
空母エセックスを中心とした輪形陣には前方に戦艦サウスダコタと防空巡洋艦サンディエゴ、右舷側にはインディアナ、左舷側には重巡ウィチタ、後方は重巡ルイスビルと軽巡洋艦ホノルルが防御を固めていた。更に戦艦と巡洋艦の間には駆逐艦を配置していた。
空母レンジャーの輪形陣は、前方に戦艦ワシントンと防空巡洋艦アトランタ、右舷側に防空巡洋艦サンフアン、左舷側に重巡オーガスタ、後方に軽巡ナッシュビルが守りを固めて、大型艦の間には駆逐艦を配置していた。
橘花改と烈風の戦闘により空けられた米戦闘機群が排除された空域から、15機と25機の2つの編隊に分かれた彗星編隊と8機の烈風編隊が米艦隊に接近していった。これらの攻撃隊から南北方向に離れて飛行していた、2機の二式艦偵は、MK.4射撃管制レーダーに対する波長40cmの電波放射を開始した。
中島飛曹長は、二式艦偵の後席で今度は先ほどとは別の装置の操作を行っていた。
「射撃管制電探への電波放射を開始した。受信管には750のところに受信電波の山が出ている」
日本軍機からの妨害電波を受けて、米艦はMK.4レーダーの周波数をわずかに変更した。
「おっ。755のところにも受信電波が現れたぞ。周波数755への電波放射を開始する」
日本軍機からの2種類の電波の放射を確認して、米軍は艦ごとに違う波長に切り替えてきた。
「お手上げだ、これ以上、やりようがない」
吐き捨てるように中島飛曹長がつぶやいた。
操縦席の土屋二飛曹が驚いて尋ねる。
「どうしたんですか? 故障ですか?」
「いいや、故障じゃないが、受信電波の輝線が5種類くらい現れた。この機体では、今のところ3種の波長の妨害が限度だ。3種類の妨害は続けるが、それ以上はあきらめるしかない」
「それじゃあ、これからは各小隊長の彗星に搭載した妨害装置が、うまく働くことを祈るしかないわけですか?」
「ああ、対空砲火を弱めるための最後の手段に頼ることになるな」
彗星と烈風の編隊は既に輪形陣を構成する艦艇の高射砲の射程範囲に入りつつあった。MK.4管制レーダーが妨害されたおかげで、改修していないレーダーを搭載していた一部の艦は光学測定に切り替えて照準を行った。しかし、アトランタ級の防空巡洋艦と3隻の戦艦、空母などの大型艦は全てレーダーを改修済みだった。波長を切り替えてレーダーによる高角砲の照準を行っていた。
輪形陣では、各戦艦が20門の5インチ両用砲を備えているのをはじめ、サンディエゴなどの防空巡洋艦が16門を装備するなど輪形陣全体で200門を超える対空砲が、日本の攻撃隊を迎え撃つ態勢を整えていた。しかも空母を護衛する艦に対しては、優先的に近接信管が搭載されていた。
スプルーアンス少将も第20任務部隊の参謀たちもこの防空体制には、自信を持っていた。よほど多数の編隊でない限り、輪形陣の外側で撃破されて空母に近づくことさえ難しいだろう。
米空母部隊への攻撃は、三航戦の部隊によるレンジャーへの攻撃が先行した。三航戦の攻撃隊は、15機の彗星が上空から、低空からは16機の彗星と16機の零戦が接近していった。
隼鷹爆撃隊の阿部大尉は後席の石井飛曹長に命令した。
「電波を放射してくれ。母艦から指示されたのは周波数120だ。送信機はちゃんと動いているのだろうな?」
「了解、装置は問題なく動作中です。周波数120メガサイクルで電波放射を開始しました」
阿部機に続く中隊の中で軽くパンクをしている機体がある。同様に電波放射を開始したということだ。彗星隊の小隊長機には防御用の後部の13.2mm機銃を降ろして、その位置に電波発信器を追加搭載していた。それらが電波の放射を開始した。
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