8.8章 米軍からの攻撃(前編)

 潜水艦による米艦隊発見の報告を受けて、一航艦は、ミッドウェー島の西北からほぼ真南の海域を目指して進んでいた。ところが、ミッドウェー攻略部隊の西方から接近する大型空母を含む米艦隊を発見したとの報告を受けた。そのために、西方に航路を変えることになった。三航戦が、ミッドウェー攻略部隊の南側を西に向けて進んだのに対して、一航艦は攻略部隊の北側を西に進んでいた。まず、一航艦は、攻略部隊の防衛も兼ねて上空に烈風35機を上げた。続いて、米軍空母との距離が280浬(519km)になると攻撃隊を発艦させ始めた。一航艦の攻撃隊は、烈風25機、彗星54機、橘花改18機となった。防御側の戦闘機に対するジェット戦闘機の突破力を期待して、橘花改を攻撃隊に含めている。


 攻撃隊を出撃させた直後に、一航艦に偵察任務のTBFアベンジャーが接触してきた。


 ……


 エセックスを発艦して北東方面の索敵を行っていたTBFのASBレーダーが目標を探知した。通信士のグレナ曹長が後席から報告した。

「レーダーで探知。距離35マイル(56km)。10時方向です」


 リンゼイ中尉はTBFの機首を目標に接近する方向へと変えた。

「35マイルで探知できたとすると、目標は大物だな。これは、たぶんあたりだぞ」


 しばらく飛行していると、今度は下方の海面を監視していた爆撃手のシェーファー一等兵曹が大声で叫んだ。

「空母が2隻見えます。日本の機動部隊です」


「グレナ曹長、直ちに母艦に連絡してくれ。空母2、巡洋艦2、駆逐艦多数。それに現在位置と時間だ」


「リンゼイ中尉、前方13時方向に、機影が見えます。敵戦闘機です。逃げてください」


 リンゼイ中尉はそれに返事をすることなく、艦攻とは思えない急激な機動で機体を急降下させた。あらかじめ隠れるために、下方の雲に目星をつけていたのだ。


 ……


 小野通信参謀が駆け足で山口長官に報告に来る。

「米軍の索敵機に発見されました。空母搭載の艦攻と思われます。上空の烈風が迎撃しましたが、雲の中に逃げ込まれました」


 電探室からも報告が上がってくる。

「逆探に感あり。方位西方、友軍の電探ではない」


 米空母の索敵機に発見されたことから、山口長官は米艦隊に向けた第二次攻撃隊の発進を決断した。

「偵察機に発見されたぞ。敵の攻撃が予想される。残りの機体で大至急、次の攻撃隊を編制せよ」


 30分後には米空母に対する第二次攻撃隊が発艦していった。攻撃隊は、零戦25機、彗星27機となった。


 続いて長官は命令を出した。

「今までの戦闘で被害を受けた機体も可能な限り上げたい。整備と修理を急がせて、1時間半以内に準備できた機体は上空待機にしてくれ」


 ……


 新たな空母発見の報告は、すぐにスプルーアンス司令部に報告が上がった。2つ目の日本艦隊発見の報告を受けて、エセックスの艦上では、この艦隊を攻撃するか引き下がるかの議論が起こっていた。


 この状況でも冷静なスプルーアンスが最初に問題点を整理した。

「新たな空母部隊をどのように扱うかを決めたい。我々は、有力なヤマグチ艦隊が出現した場合は速やかに退避して、艦隊の温存を優先するという方針だった。しかし、最初に発見した空母に攻撃隊を出してしまった以上、戻ってくる攻撃隊の収容が必要だ。つまり、簡単に引き下がることはできなくなったということだ」


 ムーア大佐が答える。

「我々には、幸いにも後方の護衛空母の部隊が手元に残っています。各空母からは、20機以上の機体を出せるはずですので、我々のところには80機から90機が飛行してくるはずです。この数があれば、充分強力な攻撃隊を編制できます。第2の敵空母部隊にこの攻撃隊を向かわせることを進言します」


 横で聞いていたブローニング大佐も賛成した。

「大部隊の攻撃隊を発進させられるのに、引き下がるわけにはいきません。それに我々には新しい攻撃手段と、防衛手段があります。これらを活用すれば、新たな機動部隊に対しても優位に立つことができるはずです」


「最初に発見した日本の空母部隊に対しては、第一次攻撃隊だけで無力化できるだろうか? まずはそちらの艦隊を徹底的にたたくという作戦は考えられないか?」


 ムーア大佐が反論した。

「スプルーアンス提督、空母2隻の艦隊に対して充分な兵力を送り出しています。それも新兵器を搭載しているのです。しかも相手を撃沈しなくても、飛行甲板をたたいて空母としての機能を奪えば戦力から外れるのです」


 ブローニング大佐も同意見だ。

「第二の艦隊を攻撃しなければ、そちらから反復して攻撃を受ける可能性があります。放置するのは得策ではありません」


「わかった。私も君たちと同じ意見だが、あえて別の案を選択するとどうなるのか知りたかったのだ」


 ……


 スプルーアンスの艦隊から発進した第一次攻撃隊は、最初に発見した日本の空母部隊に接近しつつあった。日本空母部隊も米海軍の艦隊も互いを発見して攻撃隊を出したが、やがて敵からも攻撃隊がやってくるであろうことを認識していた。互いが出撃させた攻撃隊は、米軍側がわずかに早く三航戦の角田部隊に到達した。


 全速で航行した結果、西方に突出して航行していた金剛と比叡の電探が、ほぼ同時に西南の方向から飛来する航空機の大編隊を探知した。


 この時、新たに第三航空戦隊と組むことになった三戦隊の戦艦と第七戦隊の巡洋艦は、西側の先頭を金剛と比叡が2隻の駆逐艦を従えて航行していた。15浬ほど東方に離れて、空母を中心とする部隊が続行している。熊野と鈴谷の2隻の重巡が西方に出て、その後方を隼鷹と飛鷹が4隻の駆逐艦に護衛されて航行していた。その南側には、三隈、最上が前面に出て、後方を瑞鳳と祥鳳が2隻の駆逐艦と共に航行していた。


 三航戦を目指して米空母から飛び立った攻撃隊は、前方に護衛の21機のF4Uコルセアが飛行して、後方には36機のSDBドーントレスの編隊と35機のTBFアベンジャーの編隊がそれぞれ続いていた。なおSBD編隊の上空には14機のFJ-1ムスタングの編隊が、またTBFの上空にも13機のFJ-1の編隊が飛行していた。


 隼鷹の電探室の森大尉から角田長官に報告が上がる。

「電探室です。捜索電探の二号一型が妨害電波を受けています。一時的に迎撃隊の誘導不可。電探の波長を切り替え中。艦隊の各艦に二号一型の波長切り替えを指示願います」


 角田長官と河村参謀長がうなずく。河村参謀長が先に答えた。

「二号一型電探の切り替えを直ちに各艦に通知せよ」


「河村参謀長、上空の戦闘機隊は目標位置をわかっているのか?」


「敵編隊の飛来方向は既に伝達済みです。大編隊なので、目視でも見逃しはないはずですが、念のために飛行隊長の志賀大尉に確認します」


 南西方向から飛行してくる米軍の攻撃隊に対して、最も早く攻撃を開始したのは隼鷹と飛鷹から飛び立った12機の橘花改だった。電波妨害が始まったころには、既に米攻撃隊を視界にとらえていたため何の問題もない。橘花改は高度を上げつつ接近してゆく。隼鷹の橘花改の中隊は加賀から移動してきた志賀大尉を長機としていた。

「後方の爆撃機を攻撃する。北畑飛曹長、第三、第四小隊で右翼を攻撃せよ。残りの機は左側だ」


 橘花改は高速で前方のF4U編隊の上方を一気に飛び越えると、12機はそれぞれ6機の2つの編隊に分かれた。6機が後方を飛行していた左翼のSBDの編隊に向けて108発の噴進弾を発射した。前方から急降下爆撃機に向けて飛来した噴進弾は、近接信管によりすれ違いざまに爆発した。十数発の噴進弾が編隊内で爆発した。SBDの編隊はあっという間に20機程度に減っていた。


 6機の橘花改は向かって右翼を飛行していたTBFの編隊を目指した。噴進弾を前方から発射するとやはり10発以上が爆発する。橘花改からの一撃でTBFの編隊は22機に減った。


 爆撃隊の上空を護衛していたエセックス戦闘機隊のFJ-1ムスタングの中隊は、橘花改が接近してくると、急降下を開始した。しかしジェット戦闘機の速度は想定以上に早く、FJ-1が敵機に接近するよりも噴進弾の発射の方が早かった。噴進弾格納筒を投下した橘花改は更に早くなって、急降下でFJ-1が400ノット(741km/h)を超えたにもかかわらず引き離してゆく。SBD編隊に突入した橘花改は、目の前の爆撃機に向かって銃撃を開始した。たちまち5機のSBDが撃墜された。


 エセックス戦闘機隊のバレンシア大尉は愛機のFJ-1ムスタングが、ビリビリと振動を始めても、緊急出力に入れたスロットルを戻すことはなかった。斜め下方を飛行している1機のリサ(橘花改)が、別のSBDを狙おうとして右方向に急旋回したのを彼は見逃さなかった。機首の引き起こしと旋回で一瞬速度が落ちた敵機の後方に、急降下で加速したバレンシア機は何とか近づくことができた。まだ遠いと思いながら、6挺の12.7mm機銃を撃ちっぱなしにした。敵機の左側に銃弾が命中すると、ジュラルミンの板が飛び散ると共に左翼エンジンからどす黒い煙が噴き出した。急に速度が落ちると命中弾が増える。胴体からも破片を飛び散らすと、橘花改は機首を落として落ちていった。史上初のプロペラ機によるジェット機の撃墜である。残りの5機の橘花改は、降下攻撃するFJ-1からの射撃を旋回して一度やり過ごした。急降下したFJ-1は、そのまま降下速度を生かして逃避にかかるが、圧倒的に急降下速度の速い橘花改は後方から直ぐに追いつく。FJ-1は20mm弾を浴びせられて4機が撃墜された。


 台南空から烈風の訓練で本土に戻っていた笹井中隊は、ニューギニア方面への配備が予定されていた。しかし、珊瑚海の戦いの勝利でその方面の敵勢力が大きく削減されたため、ベテラン乗員の不足していた飛鷹に配属されることになった。笹井中隊を含む飛鷹戦闘機隊は、米攻撃隊の正面を飛行していたF4Uの編隊に接近していった。


 笹井中隊の中でも、最も見張り能力に優れた坂井一飛曹が真っ先にF4Uを発見すると、軽くバンクして、編隊を誘導する。9機の烈風はF4U編隊の北側を迂回して、斜め後方から接近していった。烈風は後方から一斉に噴進弾を発射するが、F4Uは既に日本の噴進弾を警戒して、密な編隊飛行をしていないので、1発が命中したのみだった。しかし、F4Uは後方の烈風からの噴進弾攻撃により、上下左右に回避したために編隊はあっという間にバラバラに崩れてしまう。9機の烈風は噴進弾ポッドを落として、二手に分かれた。左右に旋回したF4Uの編隊をそれぞれ追尾してゆく。


 この戦いで烈風は、ハイオクガソリンの効果でF4Uよりも30ノット(56km/h)以上優速だった。速度差から旋回中でもどんどん距離が詰まってゆく。笹井機が一連射すると、20mm弾がF4Uの胴体に命中して爆発する。胴体に大穴が開いたF4Uはくるくると錐もみになって落ちてゆく。小隊の坂井機と本田機もそれぞれ別のF4Uの後方に迫ると、F4Uは激しく機動して逃げようとするが一瞬早く機銃弾が胴体に命中する。至近距離から数発の20mm弾の命中に単発機のF4Uは耐えられずに、破片をばら撒きながら墜落してゆく。笹井中尉は戦闘の最中に、後方を飛行していたF4Uが、胴体下に爆弾を搭載していることに気がついた。20機余りのF4Uのうちの後方の約10機は戦闘爆撃機だったのだ。


 笹井中尉が飛鷹に向かって報告する。

「米軍のF4Uは、爆弾を搭載している機体がある」


 無線で話しながらも、笹井機は既に別の爆弾を搭載したF4Uが下方を飛行しているのを見つけて降下攻撃を開始していた。いつの間にか坂井機は左下方のF4Uを、本田機は右下方のF4Uを狙って既に追尾を始めていた。F4Uは爆弾を投棄して逃避してゆくが、たちまちF4Uは追い詰められて撃墜された。


 一方、隼鷹戦闘隊の戦闘機隊長の宮野大尉は日頃から編隊空戦の研究をしていた。珊瑚海の戦いで、米軍戦闘機2機が連携して、相互に援護しながら日本戦闘機に対抗する方法が登場したことも既に聞いていた。米軍が編隊で空戦するならば、同じような編隊空戦法で、それに対抗するつもりで訓練してきた。もともと日本海軍では3機が1個小隊だ。しかし3機では連携が難しく、編隊がばらばらになる可能性があるとして2機を最小単位の編隊として戦闘することが、ドイツや米国では考えられていた。宮野大尉もそれにならって、2機を戦闘単位として、小隊を4機構成にして訓練を行ってきた。


 F4Uの2機は連携した編隊戦で宮野中隊との空戦に入った。烈風も2機が組になってこれに対抗した。1機のF4Uを宮野大尉の機が追いかけてゆくと、友軍機を支援しようと別のF4Uが宮野機の背後に迫ってきた。更にその背後に列機の大原飛曹長の烈風が迫ってゆく。前方の宮野機は急上昇で後ろのF4Uを回避した。後方の大原機が前方のF4Uに迫ると、性能差から旋回でも降下でも引き離せない。ついに、後方のF4Uが最後方の大原機から射撃されて、煙を噴き出しながら錐もみで落ちてゆく。同時に、上昇した宮野機は残った1機のF4Uに向けて降下攻撃をしかけた。残ったF4Uも宮野機に後ろをとられて撃墜されてしまう。他の4機の烈風も同様の2機編隊でF4Uと空戦に入っていった。


 烈風隊の後方を飛行していた16機の彗星は、急上昇により乱戦になった戦闘機隊の戦いから抜け出て、その後方のSBD編隊に向けて横一線に広がった。隊形が整うとSBD編隊の正面から噴進弾攻撃を行った。280発以上の噴進弾が横長の楕円形に広がって、白い煙を弾いて飛んでゆく。SBDの編隊は既に橘花改から攻撃を受けて、かなりバラバラになっていたが、いくつかの近接信管はSBDの機体を感知して爆発した。噴進弾により6機のSBDが落ちてゆく。彗星の編隊はそのまま残ったSBDの下方を通り過ぎると、後方で旋回すると後ろ下方からそれぞれSBDに向けて接近して13.2mm機銃を射撃した。彗星の銃弾を受けて、更に5機のSBDが墜落してゆく。


 100機を超える米軍の大編隊も日本軍の迎撃戦闘により、大きく勢力を減らしていた。

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