8.5章 ミッドウェー島からの反撃
6月5日の早朝にミッドウェー島から北側の哨戒に出たレーダー装備のPBYカタリナが、ついに空母を含む日本の機動部隊を発見した。
『ミッドウェー島の北西180マイル(290km)、空母2、戦艦2、駆逐艦多数』
この報告を受けて、ミッドウェー基地航空隊のシマード大佐は、すぐに攻撃隊の発進を決断した。
「空母を含む日本の主力部隊だ。敵艦隊は、我々の基地から充分に攻撃可能な距離だ。直ちに攻撃隊を発進させよ」
あわただしく、海軍機と陸軍機が日本空母に向かって離陸していった。攻撃隊に参加しない機体も続いて離陸してゆく。日本軍の攻撃を空中で避けるためだ。
……
一航艦は米軍のPBYが接近してきたことを、既に電探で探知していた。司令部は、ミッドウェー島からの米軍機の攻撃が始まることを想定して準備を命令した。ミッドウェー島への第一次攻撃隊を発進させた後に、上空の直衛機を増やして待ち構えていた。
直衛機を発艦させてしまうと、次は空いた飛行甲板に格納庫から残った機体を引き上げて、直ちに第二次攻撃隊を発進させた。第二次攻撃隊は、烈風18機、零戦6機、彗星42機から編制されていた。
攻撃隊を発艦させ終わると、全速でミッドウェー島の北東方向へと北上を開始した。ミッドウェー島の米航空部隊から攻撃隊が出てくる前提で、距離をとる計画だった。もちろんPBYに見つかった地点から離れる意味もある。
ミッドウェー基地を離陸した攻撃機の中で、もっとも早く日本軍の艦隊上空に達したのは、6機のB-26マローダだった。陸軍機にしては珍しいことに、これらの機体は雷撃装備を搭載していた。マローダは、高度を下げ始める前に艦隊末尾の東南を航行していた榛名と霧島の電探で探知された。電探により誘導された烈風の小隊がB-26編隊に接近してゆく。
加賀戦闘機隊の飯塚大尉の烈風は、対面で飛行してきたB-26編隊の上方をすれ違った後に後方に回り込んだ。彼にとって、初めて見る双発機なので慎重に近づいてゆく。胴体上部の連装の機銃座がこちらを向いている。見た目がスマートで、外見からの印象の通り速度が結構出ている。280ノット(519km/h)程度だろうか。間違いなく一式陸攻よりも高速だ。
無線で母艦に伝える。
「新型と思われる双発機を発見。これより攻撃する」
セオリー通りに、後ろ上方から降下攻撃するために接近したが、胴体上面の銃座と尾部の銃座が猛烈に撃ち始めた。旋回銃座から反撃されるのは想定していたので、即座に横滑りをしながら機首を沈み込ませると、曳光弾が機体の右上側を流れてゆく。
無線で列機に注意を促す。
「敵機の胴体上部と尾部の防御機銃に注意せよ。連装13ミリだ」
機体を滑らせながらも烈風の方がはるかに優速なので、簡単に接近できる。一瞬直線飛行に移って狙いを定めると、射撃を開始した。20mm機銃弾が左翼に命中すると、翼上面とエンジンのあたりで機銃弾が爆発する。機銃弾の爆発でエンジンのカウリングが脱落する。左翼から炎が噴き出して、錐もみになって落ちていった。スマートな機体は性能がよさそうだが、20mm弾にはかなわない。飯塚隊の2番機も別のB-26の後方に回り込んで、後方から連続して射撃すると、肩翼の胴体付け根に命中して炎が噴き出す。そのB-26は機首を下げて落ちていった。中隊の各機も隊長の攻撃開始を見て、目標を決めて突撃を開始した。
2機のB-26が烈風の攻撃を抜け出て、空母に向かって飛行していった。雷撃位置を目指して高度を下げてきたところで一航戦の南を航行する秋月と照月の火箭につかまった。たちまち2機の周りに爆煙が発生する。連続射撃を受け続けると、主翼や胴体から外板が飛び散った。1機の翼から炎が噴き出して、ひっくり返りながら落ちてゆく。残りの1機もしばらくして、煙を吐いて機首をがっくりと落として落ちていった。
双発爆撃機の迎撃戦の最中に、照月が装備した二号四型電探は、高空を飛行する別の編隊を探知した。高度測定可能な二号四型電探は編隊の飛行高度を7,000mと計測した。ミッドウェー基地には、B-17が配備されていることがわかっていた。従って、高高度を水平爆撃の機体が飛来してくることは一航艦司令部も想定していた。赤城に配備されたばかりの9機の橘花改が直ちに上昇してゆく。赤城戦闘機隊の板谷少佐は、まだ慣れていない橘花改を操縦して、B-17よりも高度を上げていった。短く中隊機に無線で伝える。
「B-17発見。今から攻撃する。前上方攻撃」
向かい合ったB-17より高度を上げていってから、上空でクルリと背面飛行にひっくり返ると、頭上の斜め前方にB-17が見えた。背面の姿勢でしばらく飛行してから、Gに耐えながら操縦桿を引いていくと、垂直を通り越してB-17が斜め下方に見える位置まで引き起こした。斜め下方を向いた橘花改の機首はB-17の上面に向いている。急降下による加速で、速度があっという間に450ノット(833km/h)を超える。高速で降下してくる橘花改に、B-17の胴体上の機銃が斜め上を向いて反撃するが、高速のために照準がつけられない。
板谷少佐は急降下の途中で機首の方向を微妙に変えてB-17の機首よりわずかに前方の空間を狙った。噴進弾の設定スイッチを切り替えて全数ではなく、半数に変えてから発射した。とっさに他の機体を落とすために、残しておこうと思ったのだ。推進剤の推力と下方への重力の合成力で急激に加速した噴進弾は、わずかに山なりになって飛行していった。
赤城の橘花改は、配備されたばかりの新型の噴進弾を搭載していた。従来の噴進弾よりも直径の大きな100mm噴進弾で近接信管を装備している。日本で開発した近接信管の動作原理は、もともと鈴木大尉のVT信管の記憶に頼っているため、米軍の信管と基本構成は同じだった。ミニチュア真空管を使った信管はかなり小型になったが、それでも信管を内蔵するためには噴進弾の弾頭を100mmに拡大する必要があった。そのため搭載数が格納筒当たり9発に減ってしまった。製造された信管は高射砲弾の信管としては、発射の衝撃に耐えられず不合格となったが、発射時の加速度が2桁は小さい噴進弾であれば充分に実用となる。
板谷少佐が発射した噴進弾は、発射されると信管の中のアンプルが衝撃で割れて電解液が漏れ出て電極を浸してゆく。積層された電極間に発電された電流が流れ始める。発電により送信管からは短波長の電波が発振された。噴進弾の飛翔により、ドップラー効果により周波数が高くなった電波が目標からの反射波として受信され始めた。それが目標の至近まで接近すると、反射電波の強度が増大した。送受信兼用アンテナが反射波を受けて、共振した信号が送信管のプレートに数百Hzの電圧変動として現れた。電圧変動の交流成分が入力されていた受信回路は、交流パルスとなった周波数変動信号を真空管により増幅した。最終段の真空管は増幅されたパルスが一定以上の電圧になると、開放していた電流回路を閉じた。その結果、電気信管に接続された電流回路が導通状態になる。一瞬の後に電流が流れた電気信管が炸薬を爆発させた。
板谷機が発射した9発の噴進弾のうちの3発がB-17の近くで爆発した。主翼と胴体に爆発により大きな破口ができると、主翼が折れ曲がって機首を下げて落ちていった。
「こりゃすごい威力だ。巨大な4発機が一撃でバラバラじゃないか」
振り向くと、板谷少佐の後方を飛行してきた僚機も、上方からそれぞれ別のB-17に対して噴進弾攻撃を行い、B-17を攻撃していた。噴進弾の爆発により、水平尾翼やエンジンが飛び散っているのが見える。
それでも、前方には十数機の編隊がまだ飛行していた。
「続けて前方の敵機を攻撃する」
少佐は敵編隊の下に抜けた後、水平飛行に戻ると編隊右翼側を飛行するB-17に向けて上昇してゆく。ジェットエンジンのおかげでこの高度でも上昇しながら、B-17よりもかなり優速で接近できる。
下方から接近すると、残った9発の噴進弾を射撃した。今度は2発の噴進弾がB-17の機首付近で爆発すると、先端のキャノピーや胴体外板がちぎれ飛ぶ。B-17は機体が裏返しにひっくり返るとそのまま墜落していった。
そのまま速度を落とさずに前方のB-17をめがけて接近してゆくと、胴体下面の銃座が反撃をしてきた。フットバーをぐいと踏み込んで機体を滑らせて、射撃を回避する。B-17の翼幅が前面の風防いっぱいに広がったところで、20mm機銃の射撃を開始した。近距離からの射撃により、半分以上の20mm機銃弾が命中した。爆発で左主翼下面の外板が吹き飛んでいる。爆発の衝撃で左主脚が降りてしまう。主脚や破片が斜め後方に落下してゆくと、左翼をがっくりと落として落ちていった。
後方の列機も編隊左翼側と中央部のB-17をめがけて突進していた。いたるところで攻撃を受けて炎と黒煙を噴き出しながらB-17が落ちてゆく。まだ飛行している機体も、被害を受けたようだ。そのまま高度を下げてゆくと、海上に爆弾を全て投下した。この機体にとっては、今日のところはこれで任務終了だ。
9機の橘花改が25機のB-17を迎撃した。16機を撃墜して、4機に大損害を与えた。飛行可能な機体は爆弾を海上に投下して、ミッドウェー島の方角に引き返していった。まだ、他の攻撃機が来る可能性があるので深追いはしない。この間、橘花改は翼端の増槽はつけたままだ。しかもエンジンが燃費を改善したネ20Bとなっているので、まだしばらくは飛行していられる。
B-17とタイミングを合わせて、ミッドウェー島を発進した海兵隊の爆撃編隊が現れた。SBDドーントレス20機とTBFアベンジャー18機の攻撃隊だ。その前方をFJ-1ムスタング20機とF4Uコルセア12機が護衛している。米軍のSBDは二つの編隊に分かれて、後方をTBFの編隊が続いていた。
加賀戦闘機隊の二階堂大尉の率いる9機の橘花改は、ジェット戦闘機の速度を生かして全速で前方のFJ-1の編隊を突破した。
「爆撃機を攻撃する。戦闘機隊は後回しだ」
米編隊の最後尾まで中央突破してから水平旋回により、TBF編隊の後方に出た。橘花改は、艦攻の後方から一斉に100mm噴進弾を発射した。162発の近接信管付き噴進弾がTBF編隊を取り囲むように飛んで行って爆発した。煙が晴れると残っていたのはわずかに7機のTBFだった。そのまま後方から直進した橘花改が銃撃するとその7機もあっけなく落ちてゆく。
二階堂隊の9機はTBF編隊を攻撃した後に、前方を飛行するSBDの編隊に後方から突っ込むと、編隊のSBDを後方から20mm機銃により、片端から攻撃した。7機のSBDがたちまち撃墜された。二階堂機はSBD編隊も突っ切ってさらに前方で戦っている戦闘機隊に接近していった。
前方から米軍攻撃隊を迎撃した35機の烈風隊は、約半数の2つの編隊に分離した。1つの烈風隊がFJ-1編隊に向かってゆくと、残りの烈風隊は、いったん上昇して戦闘機の後方のSBD編隊を目指した。前方でFJ-1ムスタングと烈風とのほぼ同数の戦いが始まる。本来FJ-1は水平でも、降下でも高速で有利なはずだが、烈風は高品質ガソリンを使用して短時間限定でほぼ同等の性能になっていた。このため自分が得意とする戦い方に引き込んだ方が勝利した。旋回戦に持ち込まれたFJ-1が後方から撃墜される。一方、急降下で引き離そうとした烈風は、加速力に優れるFJ-1に後方から追いつかれて撃墜された。
互角の戦いをしているところに、後方から二階堂隊の9機の橘花改が降下してきた。続いて上空からも、B-17を撃退した赤城の橘花改が急降下してきた。FJ-1が高速で回避しようとしても、ジェット戦闘機の速度には全く歯が立たない。FJ-1がジェット戦闘機の後方からの射撃を浴びて落ちてゆく。FJ-1と並行して飛行していたF4Uも橘花改に攻撃された。ジェット機の攻撃をかろうじて急旋回で橘花改の攻撃をかわしたものの、速度が落ちたところを烈風による攻撃で撃墜された。急降下で逃げようとしても、ジェット戦闘機の圧倒的速度で追いつかれて撃墜されてしまう。
一方、米戦闘機隊の後方では、橘花改の攻撃により編隊はばらばらになったものの、10機以上のSBDが空母を目指して飛行していた。上空に上がった15機の烈風は急降下すると、上方からSBD編隊を噴進弾で攻撃した。広がった編隊の中で、噴進弾が爆発する。最初の急降下で5機のSBDが落ちてゆく。下方に抜けた烈風の編隊がSBDの後方に回って上昇しながら再度攻撃すると、SBDの編隊は蒸発してしまった。
米編隊の西側と東側にそれぞれ1機のTBFアベンジャーが飛行していた。これらの機体をよく見ると、主翼や胴体に複数のアンテナが取り付けられているのがわかる。日本艦隊には一定の距離をあけながら飛行していた。
日本軍戦闘機と乱戦になった下方を、6機のF4Uが降下して抜け出てきた。飯塚大尉の小隊が上空から日本艦隊に接近しようとしているF4Uを発見して、降下してゆく。よく見ると、これらの機体は胴体下に爆弾を装備している。母艦に向けて警告を発する。
「敵戦闘機に爆装の機体あり。艦隊に向けて降下中。繰り返す。大型戦闘機が爆弾を搭載している」
F4Uは胴体下に1,000ポンド(454kg)爆弾を搭載していた。もともとF4Uは設計時から、後ろにひねって収容された脚を下げれば、ダイブブレーキとして使うことができるように考えられていた。しかも急降下時の直進安定性が抜群で、機体の構造も頑丈にできている。もちろん爆弾を投下すれば、戦闘機として空戦も可能だ。
既に降下により加速していたF4Uの編隊は3機ごとの編隊が前後に分かれて飛行していた。飯塚機は最後尾の機体を射撃できる距離まで追いつくと、1機を撃墜した。列機も1機を落としていた。
空母直衛艦として、艦隊の南側には秋月と照月が航行していた。直ちに高射砲の射撃を開始する。しかし、敵機への命中弾を得る前に突然射撃が停止した。しばらくして射撃を再開したが、その間に爆装したF4Uは北方の空母に向けて進んでいた。背後からかろうじて1機を10cm高角砲が撃墜した。
空母に向けて3機のF4Uが降下姿勢に入ったところで、友軍の高角砲が射撃をしている中を後方から全速で飛来してきた橘花改が機銃弾を浴びせかけた。なすすべもなく全機が撃墜された。日本艦隊の周囲を飛行していた2機のTBFはしばらくすると、ミッドウェー島の方角に戻っていった。
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